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輪廻の圏士  作者: くろよ よのすけ
45/46

45.命の証を紡ぐこと

『駅までの見送りも無しかよ、母親代わりが聞いてあきれんぞ』

『まぁまぁ、アナタももういい年なんですから。旅立ちくらいは一人でするものですよ。あぁ、そうそう、私の友達にもよろしく言っといてくださいねー』

『うっせぇ、んじゃな———』

『はいっ、お気をつけてー。あぁはいはーい、ご注文はなんでしょうかー?』

『ったく……』


「む……」


 ほんの少し前、思い出というにはまだ早い記憶が夢に流れる。


「くそ……、家恋しいってわけでもねえだろうに……」


 世界が揺れる。ガタンゴトンと規則的な音に楽しさを見出したのは最初の1日くらいだったか。

 格安列車の固い木製ベンチと、あるのかないのか分からない薄いマットレスに揺られること1週間とちょっと。

 長ったらしい移動時間を乗り越え、この列車はようやく目的地にたどり着こうとしている。


「痛え……」


 寝転んだ背中から首にかけてが異様に痛い。

 くそ、こんなことなら金をケチらずにもっといい席を選んでおくべきだった。

 だがもう遅い、というか意地を張りすぎた。あと一日あと一日と、我慢し続けていたらいつの間にか終点だ。その結果が、ちゃんと前を向けているのか心配になる首の凝りと痛みなんだからアホらしい。


「まもなく到着いたします——」

「ん? はぁ、やっとか……」


 個室の外から聞こえてくるのは乗務員の声。

 よっこらせと、痛い体を勢いに任せて起こすと、窓の外に広がるのは広がる緑とそれでも隠し切れない巨大な孔がいくつもあいている。


「ったく、何をどうしたら人間があんなもん作れんだよ。意味分からんわ」


 幼い頃の時分と違って緑広がる大地は、より生命力を感じられ、美しさを増している。


「よっ……、ったく建付けワリィな……こんのッ!」


 力任せに開けた窓枠の一部からバキリという、木枠が折れる音に慄きつつ顔を出す。


「……おぉ——」


 そうして、進行方向。この列車が目指すべき終点、『灯日』と呼ばれる街が眼前に迫って来ていた。


「あー着いた。あぁ長かった。あの席選んだの俺だけど、アァあ、ったく……、自分に腹立ってくるな」


 体の痛みに独り言ちながら改札を抜ける。


「へぇ……」


 一際痛む首をさすりながら、重い荷物を持って駅前の広場に出た時、唯一残る懐かしさが小さな感動を生んだ。

 時間が経つのは早いもので、特級とやらが起こした戦争から12年が経った。

 人を護るはずの圏士、それも最強とやらが一人敵に回っただけで人類の危機とやらになったらしい。どうにも半信半疑だったが、戦場痕を見てようやく納得できた。

 確かにカミサマの力使ってるとは言っても、街が何個も収まる規模の孔が大量に開いてるんだ。そんなのを一人の人間が起こしたとなりゃ世界の危機だろうさ。


「……まだ、森の中に死体でも残ってんのかな」


 だが、最強は消えた。というか、死を確定できる証拠がない。死体でもあれば話は早かったろうが、それもいまだに見つかっていない。戦闘によって死体ごと消えたというのが定説だが、それもどこまで信用していいものか。

 しかも、誰かと戦闘の形跡は見られたが、件の圏士も正体が確認できない。


 戦争によって自信を失った者が多く去り、組織としての維持自体が厳しくなった。さらに壊滅状態の討滅局は市民や政界から槍玉にあげられ、解体の危機に追われながら事後処理も訪れる。

 人類を単体で殲滅できる力を扱える存在が生まれると示してしまったうえで、何時また問題を起こすのか分からない組織の何を信じられるというか。

 この時点で、組織としては完全に死を迎えた。と、誰もが思っていたわけだが……

 不安が消え去らない中、その上にほぼ駆逐されたと思われてた『穢れ』の出現率が跳ね上がったときた。聞くところによるとそれまでの数十倍。

 幸か不幸か、『穢れ』を殺せるのは『原型』を持つ圏士だけだ。

 ならば、その力に頼るしかなくなる。『穢れ』共を放っておけば新たに生まれた植物も永遠消え去ってしまう。人が街の外へ版図を拡げるための足掛かりが消えてしまうわけだ。

 おかげで規模はかなり縮小したらしいが討滅局は存続、出撃するのにもかなり制限を食らっているらしいが、居なけりゃ文句を言ってる連中も死ぬんだから言うに言えないってところか。

 そして今日、俺もそんな連中のお仲間になりに来たわけ、なんだが……


「にしても、来ればなんか思い出すかもと思ったけど何ともねえな。ガキの頃の知り合いも……、いたとしても覚えちゃいねえか」


 正直言うとこの街のこともほとんど覚えちゃいない。精々駅前広場が微かに記憶に残る程度だ。

ガキの時、アイツに拾われた俺は少しの間ここに住んでいたらしいけど、その時の記憶ってのはあんまり残ってない。

 いわゆる戦争孤児、でいいのか?

 まあ、ガキの頃の俺は心的ショックやらなんやらでそれ以前のことは覚えていないし、俺は拾われてすぐこの街を出てったから、っていうだけの話。

 それに、今生きてるからいいだろ昔の事なんて。

 だから、この街に来たのは初めてと言えなくもないんだけど、それはそれ。気持ちの問題だ、気持ちの。


「さて……どこだったかな……」


 母、というか年の離れた姉というか……、育ての親である人に渡された紙切れには大雑把な地図と短いメッセージ。


『↑ココまで行けば分かります♪』


「いやだからそこがどこだよ」


 地図に目をやると2,3本の交差した歪な線。そして、目的地と思われる建物っぽい絵と、変なマーク。駅やら公園やら、そういったランドマークは一切無いときやがる。

 あぁいや方角だけは示されてんな、しかもここだけ印刷したのかってくらい上手い。……アイツ。


 バカにされているのか、描いたやつがバカなのか。答えは分かり切っているけど、文句を言っても前に進まない以上歩くしかない。

 そうだ、俺が分からないからと言っても、街の人間なら分かることだ。ここに来たのが初めてである俺だからこそ、分からないんだ。そうに決まっている。


「ったく、連中がいれば分かるはずだけど……、普通に街の中歩いてるもんなのか?」


 周囲を見回すと、大きな駅ということもあって、駅前には公園が作られている。

 石畳のモザイクアートと、中央に建てられた噴水が目を引く。そしてそこには、お目当ての黒い服の連中はいない。すると、駅前広場から音楽が流れてきた。そちらに目をやると同時、時計が目に入る。どうやら昼の時間を伝えるための音楽らしい。


「……しかたねえ。腹も減ってるし、飯のついでに聞きゃあいいだろ……」


 辺りを見渡し、とりあえず目についた喫茶店に向かうことにした。

 駅前にあった小さな喫茶店。数席だが、テラス席もあって数名の常連らしい主婦が世間話に花を咲かせている。白を基調とした外壁は綺麗に保たれていて、市民の憩いの場なのだろうと感じられた。

 可愛らしいベルの音とともに店内に入ると店員さんに一人であることを伝え、勧められた席に座る。

 机の上に置かれた、メニューの書かれた二つ折りの紙を手に、遅めの昼食を吟味する。

 やはりここは軽いヤツでいいだろ。手持ちの金もそんなにないし、動いたばかりだから量食っても気持ち悪くなっちまう。


「すんませーん」


 とっとと決めて、とっとと食う。んで、さっさと目的地探しにもどろう。

 時間は有限、あんまりもたもたしてもいられない。


「はーい」

「ん?」


 店員さんの向かったカウンターに声をかけたつもりだったが、全く見当違いの方向から声が返ってきた。外からか……?

 先ほど、自分でも開いたドアが開き、再度ベルがかわいらしい音で鳴り響く。

 そちらに目を移すと、俺と同じか少し下くらいの女の子が入ってきた。長い黒髪に色白の肌、丸っこい瞳は猫を思わせる。有体に言うと、すごいかわいらしい容姿をしている。

だが、何より目を引くのはその服装だ。

 艶のない漆黒、闇に融けこむことが前提であるかのような色をした軍服に軍靴。ところどころに装飾はあるものの、上も下も真っ黒で、陽だまりの中ではあまりに似つかわしくない重々しさ。

 そして、その腰に刺された、小柄な彼女には似つかわしくない大きさの直剣が目を引く。

 ……所属している組織を考えれば当然と言えるが。


 しかし、その子の服装はお世辞にも喫茶店という場所には似合わぬもの。聞き間違いか、外での会話がタイミングよく聞こえてきたのかと思ったが、彼女は我が物顔でカウンターにある伝票を手に取ると、急いでこちらに向かってきた。


「お待たせしました、ご注文はどちら、で——?」

「え? あぁ、えーと。この、サンドイッチセット一つで……、えぇっと何か……?」

「……っ、い、いいえ? えぇ、はい。それじゃ……少々、お待ち下さい」


 なんだか動揺を隠しきれない女の子はさっさと頭を下げると、カウンターの奥へ。ここのバイトか? いや、連中ってバイトとかしながらできる職業だったか?

 つーか、俺そんなにおかしい恰好してるか? ……いや、もしかして匂いか? くそ、そこまで気が回らなかった。だって仕方ねえだろ、荷物置きに行くはずの場所が謎なんだから。でも、これで助かった。あの子なら目的地も知ってるはずだ。

 だが、注文を取ったきり彼女は姿を見せない。

 飯も食い終わってしまって、そろそろ出ないといけないんだけどな……。


「聞くか」


 うだうだやってるのも面倒だ。さっさと聞いてしまってとっとと向かおう。


「すいませーん、お勘定いいですかー」


 小綺麗な店内に似つかわしくない、埃塗れの荷物を拾い上げると、妙齢の女性が作業をしているカウンター席に向かう。


「はい、ちょうどね。あなたは、旅行の人?」


 駅前の店ってこともあってか、こっちの風貌か移動疲れを感じ取ったらしい。


「ん? あー、まあ一応。今日越してきたんだ」

「なるほど、そうだったの。この街は良いところよ、この店にもまた来てちょうだいね」

「あー、どうも……。そうだ、聞きたいことが」


 さっきの少女のことを聞かないと。そう思って言葉を続けようとした時、後ろから急に腕を引っ張られた。


「ほら、さっさと行くわよ」

「えっ、ぬわ———! ちょっ、まっ……!」


 女の子の力とは思えない腕力で無理やりに引きずられる。荷物を落とさないようにするのが精いっぱい。気を抜けば荷物ごと地面ですり下ろされる。


「おばさんっ、それじゃあ行ってきます!」

「はい、気を付けてね」


 こっちのことなんぞ興味も無さげに、つーか認識されてねえんじゃねえのかこれ。ガン無視だよ、ガン無視。

 引っ張られたまま数分程度、結局腕は振りほどけないまま。


「……っ、この———ッ。いい加減に離しやがれ!」


 少女へのケガも考慮せず、力任せに振るった腕はしかし、その瞬間に離された。空回りする腕、支えを失った体はそのまま地面へ抱擁を交わす。


「……んだよ、見せもんじゃねえぞ」


 その音で周囲の目を引き付けてしまったが、俺の言葉ですぐに目を逸らす。だが、こちらへの視線が途切れることは無い。

 ったく、別に犯罪者じゃあるまいしなんだってんだ。


「……、何やってるの?」

「テメエが離したんだろうよ……。あぁ、ったく。……で? どこ連れてこうってんだよ?」


 怒るのも馬鹿らしい、既に埃塗れの服を払いつつ立ち上がる。場所はどうやら大通り、買い物の荷物持ちにでもしようってか?


「アナタ、アリスのとこの子でしょ? まさか家に来てるとは思わなかったけど」

「ん……、なんでアイツのこと知ってんだよ?」


 実家、というかこの街に来る寸前まで住んでいた、小さな喫茶店の女店主の名を呼ばれて少し驚いた。それと同時に、なんでこんな少女がアイツと知り合いなのか。

 ガキの俺と一緒にここ出てったはずだから10年以上前だぞ。


「アイツだなんて……、アリスは教育間違えたみたいね、まぁ彼女らしいけど。それでアナタ、討滅局に用があるんでしょ? こっちよ」

「………」


 言いたいことを勝手に言って、勝手に先に進んでいく少女の姿はなんつうかこう、無性に腹が立つわけで。


(一回力関係ってのを——)

「そうそう、何か勘違いしてるのかもしれないけど。これでも私、アナタよりも年上だから」

「は?」


 振り向く姿は幼さを残した少女にしか見えない。


「いやいや、どっからどう見ても俺よりか下くらいだろ。あんまり適当なこと言ってると訴えられんぞ、おま……」

「んん?」

「……アンタ」


 しかしアチラは怒るというよりも呆れた様子。


「……はぁ、なんでアリス一人に任せちゃったかなぁ。もっと引き止めればよかった……」

しかも俺相手にですらねぇと来た。あの女若い時からマジで何やってたんだ。

「……で、もしも、仮に? お前が俺より年上だとする話を認めた上でだ。なんでアイツとアンタが知り合いなんだよ。アイツよりも年上とかいうんじゃねえだろうな」


 歩くのを再開した少女? に置いて行かれないよう着いて行く。どうしようもないが、この街の地理が分からない以上放置されたら結構どうしようもない。


「ま、そういう見方もできるのかもね?」

「マジか……」


 神様の力を使うってすげえんだな……


「ふふっ、冗談よ。……昔、アリスが圏士だった時にね、助けてもらったの。それと——」

「ん?」

「ううん、何でもない」

「……そうかよ」


 否定されちまったから聞くに聞けなくなったが、最後の言葉はどうにも変な感じだった。思い出すというよりも、想像するかのような素振り。

 初めから無いものは、零から作り上げるしかないから。寂しさと、不満、後はイラつきか。それらが綯交ぜになった複雑な表情。後ろを歩く俺からは一瞬しか映らなかったが、それだけで何か大切なことなのだろうと分かった。

 だからまあ、突っ込むのは止めとく。


「手紙届いてたの。アナタがここに来るって。ただ、手紙には大体の日時しか書かれてなかったから、会えたらいいかな。ってくらいに思ってたんだけど。それにほら、この地図の横の絵見てよ。多分アナタなんだけど……、アリスがこんなに絵が下手だなんて思わなかった」

「あー、知ってる……。けどこれは……」


 見せられた手紙に描かれた人、人かこれ? いやねえわ人間ではねぇ。

 これを人間と認めてしまったらそこらの『穢れ』の8割は人間として扱わなくちゃならなくなる。いやマジで、いくら何でもひでえ。


「ま、そういうことだから。案内を頼まれたっていうわけ、アナタはアリスから何も聞いてないの? 私の事とか、行く場所の事とか」

「あー、聞いてねえ。つーか『行けば分かる』とか『世界を自分の目で見るのです』だとか、適当にはぐらかされてよぉ。具体的な話はさっぱりだ。ただ…」

『友達によろしく言っといてくださいねー』


 あれって、コイツのこと言ってたのか?


「ただ…、なによ。聞きたいことがあるならハッキリ言いなさい。黙ってたら誰にも伝わらないわよ」

「うんにゃ、なんでもねえ。大した事無いさ、ソレっぽいことだけは言ってたと思っただけだ」

「そっか。ねぇ……、聞いてもいい? アリス、元気にしてる?」

「ああ、うざってえ位にな。朝から晩までジジババの話し相手してるよ。あいつら飲み物一杯で何時間も粘りやがる。ったく……」

「そっか…、そっか……っ」

「?」


 なんだか、やけに嬉しそうに言葉をかみしめるな。

 助けてもらったって言ってたし、年は離れてるけど女同士だしで仲が良かったってことかね。俺には知る由もないが。

 そのまま歩くこと数分、いかにもなデカい門の前で立ち止まる。


「はい着いた、ここが討滅局。中に入れば、私の方から話は通してあるから」

「話通してあるって……。なんか試験とかするんじゃないのかよ。そんなことで入ったらやっかまれそうなんだけど。それに、聞いた話だと圏士には年に一度の入隊試験があるとか聞いてたんだが、まさかのコネで入れるってか? こちとら『原型』に触ったことすらねえんだぞ」

「そういうことならちょっと遅かったわね。入隊試験なら一週間前には終わってる。新人はもう訓練の真っただ中よ」

「な、じゃあ俺は来年までぼーっとしてろとでもいうのかよ。試験が終わってるんだったら適性調べるもクソもねえだろ。」

「その点は安心していい。アナタの使う奴は決まってるから」

「それってどういう——」

「で、聞きたいんだけど——」


 俺の疑問はさらなる疑問によって遮られる。

 彼女は門に手を掛け、こっちに背中を向けたまま問いかける。


「アナタ、本当に圏士になりたいの?」

「ん? ああ、まあな」


 そう、俺はそのために遠路はるばるこの街に来たのだ。

 ここまで来てとんぼ返りでもしようものなら一生の笑いものになるのは間違いない。

 だが、彼女はそんな答えでは満足できないらしい。


「どうして?」

「どうしてって……そりゃあ——」

「だってそうでしょう? 今時討滅局に入りたいなんて人、そうはいない。色んなところからやっかまれて、こっちの姿を見るだけで文句を言われる。組織としては死にかけの体で地面を這ってるようなものよ。それも、何重にも首輪をつけられてね」

「あぁ——」


 なるほど、さっき俺が倒れた時に見てきてた連中は俺じゃなくて、コイツ……この女圏士を見てたわけだ。たった一人が敵に回っただけの戦争。

 あれから12年も経ったってのに、いまだに人々は暴れ出さないだろうかと恐れてるらしい。助けてもらってなきゃ生きてけない連中が、よくもまあいけしゃあしゃあと被害者面ができるもんだよまったく。


「で、どうなの? どうしてアナタは圏士になりたいの? 言葉次第では、ここで無理やりにでも追い返す。アナタにどれほどの適性があろうと関係ないわ」

「………」


 最初に見た人懐こい猫のような優しい表情は消え失せ、こちらへ振り向いた時に向けられたのは全てを切り裂く怜悧な瞳。その手に掛けられた直剣は返答を誤れば、刹那に俺の首を飛ばすだろう。

 こまったことに、どうにも本気らしい。

 それならまあ…仕方ない、気恥ずかしいがそうも言っていられないみたいだしな。ちゃんと、伝えなきゃいけないことはある。


「助けたいんだよ、俺みたいなやつを。戦いに巻き込まれて家族とかいなくなってさ、ただ墜ちて行くような奴って結構多い。今だって、いや今だからこそ孤児とかって増えてるだろ。俺は、本当の家族のことなんて覚えてねえから良く分からねえけど、それでも誰かに手を伸ばしてもらえるってことの意味は分かってるつもりだ。だから、俺も同じようにしたいって思う。……この想いは間違いだなんて言わせねえ」

「……それくらいの想いならここにいる皆が持っている。アナタと同じ境遇の人も少なからずね。決してアナタだけが抱えている重さでも、アナタにしか感じ取れない想いでもない」


 だからもっと、俺にしか持たない決意を伝えろってか。我儘な女だよ、ったく……。


「他に苦しんでるやつがいるから、それ以上を持って来いってか? はっ、不幸自慢なら別でやれって話だ。別に俺自身が不幸だなんて思ったことはねえし、孤児が絶対に不幸だなんて思ってもねえ」

「でも、アナタは彼らを救いたいと言った。それは上から目線の偽善じゃないの?」


 責め立てるように繰り出される問いは、その一つ一つが俺の体に穴をあける鋭さを以って襲い掛かってくる。気を抜けば腰が抜けちまいそうだ。

 なんで俺に対してここまで厳しいのかとか、そんなことしてるから評判下がるんだぞとか、言ってやりたいことは色々あるが、それはまた別の機会でいい。アンタの想いが定まってるってんなら、それは俺も変わらないからな。


「あぁ、偽善だろうよ。お前はこのままだと不幸になるから俺が助けてやろう、ってな。だが、それでもいい。苦しんでるやつがいて、俺の力で救うことができるって言うなら、俺は偽善と独善で人を救う。文句あるってんなら真っ向から受け止めてやるさ」


 そうだ、俺だって別に助けてくれだなんて一言も言ってない。あの女が勝手に助けて、勝手に育てただけの話だ。偽善も偽善、大偽善だろうよ。一緒に住んでる時はムカつきもしたし、何度も悪態ついた。けどな……、感謝はしてるんだ。


「もしかしたら、そんな風に思うのは俺だけかもしれない。普通の奴は苦しんで恨んで、救われずに死んでしまえばよかったって思うのかもな。だが、それがどうした。また苦しんでるって言うなら、何度だって助けるさ。何度だって手を伸ばしてやる」

「それでも……、それでも立ち直れなかったら? 救われたことを死ぬまで恨み続けるような相手だったら?」

「あぁ? あー、それすら拒んで引きこもろうってなら、ぶん殴ってでも外に出す。ここがお前の生きる世界なんだって、ちゃんと思い知らせてやる。自分の世界にだけ閉じこもってるとか、楽だろうけど心身ともに不健康だろ」

「———」


 ほんの少し、怜悧な輝きを秘めていた彼女の瞳が見開かれたかのように見えた。


「それに、なんだ……、これはアイツの受け売りだけど。俺たちは折角人間として生まれて、生きてるんだ。なら、色んな世界を見た上で自分の足で生きてみたいだろ。そんで、俺が選んだ道がここだったってだけだ。勘違いしてるのかもしれねえけどよ。ここに来たのはアイツに勧められたからでも、無理やりこさせられたわけでもねえ。俺自身の意志で来たんだ。さっき言ったろ? 俺のこの思いを間違いだなんて言わせねえ。文句があるってなら真っ向から受け止めてやる。そら、なんかあるなら掛かってきやがれ」

「……れ———。……、ぁ………」


 小声でつぶやかれた言葉を聞き取ることはできない。それは無意識のうちに紡がれた彼女の心だ。聞こえてたとしても、俺が踏み込んでいい場所じゃないってことは何となくわかった。


「………で、どうなんだよ」

「………え?」

「だから、俺はそこを通してもらえるのかって聞いてんだよ」


 デカい門へと指差しながら、放心状態だった彼女へ今度はこっちから問いかける。

 ここまで言わせといて納得できない理由で断られようものなら、全身全霊を以って悪評を広めるしかねえ。


「……ふふっ、あはははは——」

「ん、な、なんだよ。急に笑い出しやがって気持ちのワリィ……」


 剣呑な空気はどこへやら、周囲の空気から切り取られたかに思えた冷たい圧力は霧散し、何事も無かったかのように笑う彼女にどう接すればいいのか分からない。


「フフ……、ゴメ……あはは———」

「こいつ……」


 それからも、落ち着くことなく笑い続ける彼女を止めることもできない俺は、しばらくの間立ちすくむことしかできなかった。


「はぁー……、ごめんなさいね。あぁ、こんなに笑ったの久しぶり。その点についてはありがと」

「俺としては馬鹿にされたみたいで気分ワリイよ」

「だから、謝ってるでしょ? 肝の小さい男ね、夢のあの人と……。いえ、何でもない。そ、そう……っ! 入れるかどうかだったわね。……んー、どうしようかしらねー?」


 この女、この期に及んでまだ伸ばすつもりかよ、半ば呆れて肩から力が抜けちまう。

 しかもその姿を見てまた笑いそうになってるし……、俺にどうしろってんだ。でも、その笑い顔は、悔しいが、その、なんというか……可愛くはあった。


「ふふっ、そうね。これ以上引き延ばしても意味無いわね。はいっ、それじゃあどうぞ。貴方を表裏境界圏残穢討滅局に受け入れましょう!」


 その言葉と同時、向こう側から自動的に開かれる門。そしてその先には男の圏士が一人立っていた。


「面接に時間掛けすぎじゃねえか? あんな圧迫面接はじめてみたぞ。ビビッて腰抜かしそうだったわ」


 そこに立っていた圏士は30台後半ってところか、言葉尻から軽い空気を醸し出し、今も軽快に笑っている。


「フォムドは黙ってて。いいのよ、これくらいで」

「おお怖い怖い、それじゃ俺は次の準備でもしてくらぁな。ってか本当にあの『原型』でいいわけ? 『代行者』もアレからこれまで、うんともすんとも言ったことないんだけどよ」

「いいのよ、それにどうせ余りものなんだから、押しつけられる相手に押し付けておいた方が良いわ」

「ははっ、手厳しいね“お姫様”はよっ」

「ちょ、その呼び方は止めてって言ってるでしょ!?」

「かっかっか! そんじゃあまたあとでなぁー」


 フォムドと呼ばれた圏士は、彼女をからかうだけからかうと、手をひらひらと振りながら風のように去っていった。一体何だってんだ。


「ぐぬぬ……っ」

「あのさ……」

「ん? なに、どうしたの?」

「“お姫様”って……、なっ?!」


 気付いた時には首元に突き付けられる切っ先、元に戻っていたはずの優しい瞳は圧迫面接の時の怜悧なものに戻っている。


「……そのことは忘れなさい、答えは?」

「……はい……、俺は、何も聞いてないです」

「そう…、それでいいの。私たち、仲良くやっていけそうね?」


 ニコリと笑う彼女の表情は笑顔と言うにはいろいろなものが足りなさすぎる。


「……まったく、この帽子バカが変なことを広めるから——」


 直剣を睨みつけながらぶつくさ言う彼女の言葉の意味は良く分からないが、その剣を突き付けられているこっちとしては恐怖以外の何物でもない。


(その目のままで言われても怖えんだよ、失言即死亡じゃねえか!!)


 何とか話題を逸らさねえと……! あ、そうだ。


「そういやさ、アンタの名前聞いてなかった」


 ここまで案内してもらってる間に聞くのが普通だろうが完全に忘れていた。


「ん、そういえば言ってなかったわね。ゴメンゴメン、私の名前はミカ・ルアックよ。皆からはミカって呼ばれてるから貴方もそれでいい」

「……でもさっきの人はおひ——」


 最後まで言い終わる前、足の間に一筋の剣線が走っていた。


「次は無いわよ?」

「……はい、今度こそ忘れました」


 流れる無言の圧力——、半眼でこっちを睨む彼女、ミカは仕方ないと言いたげに剣を収めると気を取り直してこう言った。


「コホンッ、それじゃあココが貴方にとっての分岐点。自分の命さえゴミのようにかなぐり捨てて、全ての人を護る覚悟があるのなら門をくぐりなさい。一片でも曇りが、後悔するのなら今すぐ帰った方が良い。……ここが、最初で最後の分岐点よ」

「分岐点……ねぇ?」


 線も引かれていない門の彼方と此方側。だが、そこには明確な世界の違いがある。

 生きるか死ぬか。生きていても苦しみに満ちた世界しか広がっていないかもしれない。その世界へ足を踏み入れるか否か、最後の選択は自分でしろと。

 ……選ばせてくれている。


「んなもんよ、いまさら聞かれることでもねえな」


 だったらはっきり行動で示してやろう。

「俺の決意は変わらねえ、やるべきことも、やりたいことも」


 踏み出した足は迷いなく門の向こう側、生死分ける世界へと向かう。


「俺は、全員を救う。この手に収まる分だとか、生きるべき人間だけとか関係ねえ。そんなもんは、全員助けてから考えればいいんだよッ!」


 誰かを助けるのに理由はいらない。ムカつく奴がいるのなら、助けた後にぶんなぐって分からせればいいだけだ。難しい事なんかありゃしないだろ。

 全員護る、この気持ちに曇りはないし、後悔も無い。

 進むべき道を見誤ったりなんてしない。


「ようこそ、討滅局へ。歓迎するわ」

「おう、これから世話になる」


 足を踏み入れたからといって急に何がどう変わるというわけでもないが、確かに変わったこともある。でもそれはこれからの話だし、俺が考えるべきこと、やるべきことは別にある。とりあえず今やらなきゃいけないことをやるだけだ。

 まぁ、やれるだけやってやるさ。


「そうそう。私は答えたけど、貴方の名前を聞いてなかったわね。……教えてくれる?」


 ほんの少し、複雑そうな表情で問うてくるミカ。

 別に隠すようなことでもないし、互いに知らなきゃこれからの関係にも問題だ。

だから伝えよう。

 俺の持っていたはずの過去も、名前でさえ失った俺を育ててくれた赤い髪のアイツがつけてくれた名前。

「あぁ、俺の名前は——」


 俺の名前を聞いたミカは、少しの間噛み締めるように頷くとすぐに顔を上げた。


「うん、素敵な名前。じゃあ行きましょうか、フォムドが待ってるしね!」


 そう言うと走り出すミカに置いて行かれないよう慌てて走り出す。


「あっ、ちょっと置いてくな。俺来たばっかなんだぞ、道なんて分かるかよっ!」

「あははっ、ほらほら頑張りなさい。また迷子になりたくないでしょっ!」

「こんのっ、馬鹿にしやがって! 待ちやがれぇ!」

「あははは——」 


 走り抜ける二人の起こした風に乗って、一枚の葉が舞い踊る。

 それは彼女たちの背を見るかのように空中に留まると、すぐにどこかへ飛び去ってしまった。

広い、青く輝く空に向かって。


  □ □ □

 

 世界は続くと、誰かが言った。


 自分が消え去ってしまっても何か残せるものがあるのなら、それは素敵なことだと。

 命は続く。強くても弱くても、言葉を紡ぎ、想いを残し、次代へ繋げていく。それは今までもこれからも変わることは無い。

 そして、新たに圏士として加わった彼も、自らの命を懸けて戦い続けるのだろう。

 誰かの世界を、繋げていくために

『恒例行事(仮)』

 6/29(土)21:00~ 

 まだ一文字も書いていない”あとがき・備忘録”を書く配信をやろうかなと思っています。

 作品内の質問などあれば、内容については答えられるかと思いますのでまた気が向いたらよろしくお願いします。

↓ youtubeのURL ↓

https://www.youtube.com/watch?v=phwcq5HT33A&ab_channel=%E3%82%88%E3%81%AE%E3%81%99%E3%81%91


『本編について』

・最終回あいさつ

 拙い内容でしたが、これまでお付き合いいただきありがとうございました。また別作品でもお付き合いいただければとてもうれしいです。

 ほんの少しでも彼らのことを好きになってくれたならこちらとしてはそれ以上なく素敵なことだと思います。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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