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輪廻の圏士  作者: くろよ よのすけ
43/46

43.生命繋げる願いと祈り①


「———ッ、アリスか!!」


 雷光で照らされた暗闇の世界に黄昏の輝きが満ちていく。

 雷環の瞳へ吠え立てながら、巨大な躯体を以って天地を覆い隠す巨大に過ぎる神威躯体。

 戦場以外へ被害が及ばぬよう、そして俺たちの戦いが誰にも邪魔されぬように。


「場は整ったというわけか……。それにこのヴリトラは」


 先刻打倒した、不完全なガワではない。契約をもって降臨した本体に近しいモノ。


(——顕現に至った? いや、結局アリスはそこまでの器を持ちえなかった)


 ならば答えは一つ。


「契約不履行を利用しての疑似顕現か。完全ではないが、こと防御に関して言うならこれほど適した存在もいない」


 既に夕暮れは過ぎ、巨体に太陽すら覆い隠された。意図的に日食を起こすこともできず、日の出まではどうしようもできない。そして——。


「それほどの時間は、残っていない」


 じわじわと弱くなっていくことが自分で分かる。積み上げてきた研鑽も努力も何もかも。だが、何が失われているのかまでは分からないことがあまりに腹立たしくて叫び出したくなる。


「……だが、真に場は整った。後は、お前だけだ、トーレス——ッ!」


 怒りを向ける先は自分ではない。戦うべき相手は光の先にいるのだから。

 目を向けた先、純白の極光の内から黒き影が軌跡すら残さず飛び出す。

 しかし纏っているのは影だけではない、黄昏さえも纏った黒金の圏士。自分以外の為に命を懸けた一人の男が疾走する。


「来いトーレス、これで真の終わりとしよう」


 どちらが勝利したとしても、互いに終わりは定められている。俺たち自身が後の世に残ることなど在りはしない。

 けれど、この期に及んで強くなり続ける友を前にして、感じたのは恐怖でも怒りでもなく、喜び。

 最後の最後に、誰かと競い合うことができるのならば、他者の為に剣を振るうお前が俺の為に戦うというのなら、これほどうれしいことは無い。

 故に全力で対応する。

 時が経るにつれて弱くなり続ける雷霆、強くなり続ける修羅。顕現により弱体化の速度も上がっている。そう時間もかからず追い抜かれることは分かり切っている。

 だが、それでも込み上げる喜びを止めることは誰にもできはしない。


「は、はははははははははは————。だがッ、だがなトーレスッ、最後に勝つのは……俺だッ!!」


 さきほど、雷撃を防ぐために失った腕は既に修復していた。

 刀を構え、見定めた唯一無二の標的は無色の細波、世界樹の影、慈悲の黄昏、その身に宿った神威を『原型』へと送り込む。

 都合三柱の神格だ。その総量、質ともに桁違い。

 自身で補えぬ分を他者から譲り受け、この場に立っている。


「どこまでも、正反対なやつだ。 さあ見せてみろ、お前の到達する先を。お前が作り上げる未来を——ッ!」


  □ □ □


「———ッ!」


 背中が軽い。心も体も、もう背負うものなど在りはしない。

 そう思っていたけれど、結局誰かに助けてもらっている。そうだ、初めから僕一人で出来ることなんて何もなかった。誰かに助けてもらってようやく、一人前に手がかかるかどうかなんだ。


(ありがとう)


 胸に宿る想いは皆への感謝のみ。

 本来ならとうの昔に代償によって限界を迎えていた肉体。

 しかしそれでも、ミカの神威が、想いが、僕を生きながらえさせてくれている。命の奔流が体内で渦巻き、止まりかけの心臓を無理やり動かしながら最後の一撃を放つため疾走する。

 流れる景色は荒れ果てた大地と、空を覆う黄昏。視界にとらえているのはたった一人の男だけだ。

 大地を踏みしめるたびに地割れを起こさんとする勢いのまま走り抜ける中で、不意に時が止まった。


 走る最中だったはずの体は、いつの間にか月を見上げて立ち止まっている。

 そもそも、目の前に広がる荒野自体が消え去っている。そこに広がるのは月夜の下で崩れた一軒の家。——かつて失った暖かな思い出の一つ。


 その世界で一人、声を上げた男がいた。


『……あの雷霆の顕現、どうやって倒すつもりだい?』

「神を呼ぶ、今の僕の力なら応えてくれるはずだ」


 そこにいたのは古めかしいスーツ姿に、褐色の肌。そして、帽子を被った男。

僕と契約をしている『代行者』。彼の表情から何かを読み取ることは難しい。なぜならば、彼は帽子を下げ、その目線は隠されているからだ。


『あぁ、だろうね。……今の君なら大抵のものは呼べるだろう。君の対話次第では、彼の神話体系最上の破壊神でさえ応えるかもしれないね』


 纏う二柱の神威と、内から湧き出る自身の神威。

 怪物、魔人、世界樹の三種がそろったのだ。

 神威の総量、質ともに桁外れとなっている今、神々の王たる雷霆をも超越する神格が応えたとしても何ら不思議じゃない。


『対話をするのは君だが、そこまでは案内しよう。これより先はボク達『代行者』には立ち入れない世界だ』

「うん、分かってる」

『では、神域への扉を開こう。墜ちた雷霆を討ち果たしながらも忘れ去られた神の王、魔人たる修羅の真なる光輝。人を超え、神を超え、その領域に君を送り届けられるのならば本望だ。さぁ、呼びたまえよ。勝利はそこにある」


 同じ神話体系の中で争う以上、力の差は物語に引っ張られる。

 だが物語の善悪は伝え紡いだ者達の立ち位置によって大きく変わる。であればこそ、契約すべきは当然勝利者。

 神の領域へ駆け上がり続ける人威を以って、人の領域へ墜落し続ける神威を超える。


『さぁ、契約を——』

 招く言葉は終末への片道切符。

 今の僕は蝋燭が最期に燃え上がるように煌めく命の輝きに他ならない。だから、最後の最後、出来ることをしなければ。

 世界から忘れ去られる僕に唯一、世界に残せるものがあるのなら。


「それじゃあダメだ、力で押しつぶすだけの勝利じゃアイレンと同じなんだ」


 だがそれは、ただ力で勝利するだけの決着は、望むものではない。


『……だが、どうやって倒すつもりだい? 確かに彼自身、顕現した時よりも弱くはなっている。だが、呼び出された神にその影響はない。顕現さえすれば神はその性能をいかんなく発揮するからね。この世界に“ある”か、“ない”かの二択だ』

「………」


 夜闇の向こう。遠くに映る人の世界で、空に浮かぶ雷霆の瞳はこちらを見定めたまま動かない。

時が止まっているのだから当然なのだけど。しかしその存在は太陽をも凌駕する威圧感を放ち続けている。


『だからこそ、君は神を越えねばならない。契約者本人を狙い撃ちにするのは良いが、その程度の実力に合わせた顕現なんて意味がない。上から叩き潰されるのがオチだよ』

「うん……、分かっているよ」


 弱体化の一途を辿るアイレンがいまだ戦い続けられているのも顕現契約による加護の影響が大きい。軍神の性質を持つ以上、この戦いが終わるまでは力を与え続けるだろう。

 そして、雷霆自身も攻撃に参加する。そうなれば、アイレンを倒しきる前に僕がやられてしまう。


『なら——』

「でも、僕とアイレンの進む道は違うから。皆を護りたいっていう想いが同じで、向いている方向は同じだったとしても。その道のりは違う、僕はアイレンのようにはなれない」

『……そう、か。は、はははは……、はぁ……、分かった。それじゃあどうするんだい?』


 彼は呆れたように息をつくと、帽子に隠れていた顔を見せる。

 怒っているかとも思ったけど、そこに浮かぶのは苦笑い。どうにも呆れの方が強いみたい。


『せっかく頑張って支援をしようとしたのに、これじゃあカッコつけ損じゃないか。手を貸すという言葉を台無しにしないでくれ給えよ』

「はは……、ゴメン。でも、いいんだ。君には、僕のこともミカのことも、これまで数えきれないくらい助けられてきたからね」


 戦いは苦手だという彼は、初めて出会った日から僕の適正とやらには気づいていたはずだ。なのに、そのことは一切言わなかった。


「それって、僕を戦わせないようにするためでしょ?」

『いやぁ…、あー……まさかまさかそんなこと。アレは、ただ戦いが苦手なだけさ。ボクでは性格が向いてない』


 苦笑いを色濃くしながら話す。

 今日初めて、彼が嘘を吐くのが苦手なことを知った。


「……君とも、もっと話すべきだったね。契約してる『代行者』でも、僕が死んだら忘れちゃうのかな?」

『…………あぁ、多分ね』


 分かっていたけど、それでも夢を見てしまう。誰かに覚えていてほしいと。


「そっか、寂しいよ…」

『……ボクもだ』

「じゃ、行ってくる。最後に、君と話せてよかった」

『あぁ、ボクもだよ。……トーレス』

「この戦いが終われば、僕のことは忘れてしまうだろうけれど……、良かったら———」

『お姫様だろ、……任せてくれ。そしてこれが、ボクたち最後の契約だ』

「……うん」


 彼と、故郷の思い出に背を向けて歩き出す。

 歩みは駆け足となって、道を進むごと月明かりに影すら残さぬ疾走へと化していく。

 かつて逃げ出した夜の道、誰も救えぬままに心を潰し、惨劇によって孔が開いた幼き日々を振り切って、目指すべき光を見失ったりはしない。

 もう、逃げ出したりはしない。


 僕は、圏士だ。

 けど、大切な人や見ず知らずの人、全員を救うのは無理だし、僕は手の届く範囲さえ護れればいいとも思う。

 我儘かな。我儘だろうな。でも、これまで大人しく生きてきたから、最後くらい我儘を貫かせてほしい。僕も男だ、意地がある。

 ……男なら一度くらいは最強に手が届くと、言ってみたいじゃないか。


『もう、大丈夫だね』

「———ぇ?」


 過ぎ去った道から、不意に懐かしい声が聞こえた気がしたけど、もう振り返ることはしない。

 生きている者と、死んだ者の住む世界は違う。

 そのどちらにも行き場のない僕は何処へ行けばいいのか。

 分からない。分からないけど、頑張ってみるよ。ずっと傍で見ていてくれた君の為にも。


「———ッ!」


 夜の闇を抜けて黄昏へ、挑むは天の雷霆、輝かしき覇王。

 そして———


「アイレン———ッ!」


 闇を抜け、広がるのは黄昏の世界。終焉を知らせる狭間の色彩。


「———これでッ、君を超えるッッ!」


 これまで共にあり続けてくれた『原型』へ三柱の神威を叩き込む。

 圏士として、『穢れ』と呼ばれた彼らの使命さえ背負い、対話する神格へと自身の願いと祈りを伝える。


(……、行くぞ———!!)


 紡がれるは次代への祈り、未来へと廻る流転の契約。


「顕現契約———、我が祈りを聴け自律の王、総ての命を繋げるためにっ!」


 ぶつかり合うのではない、叩き潰す力でもない。あるがままに流転し、次代へ繋がる生命のような強く優しい力。


「ここに祈りと誓約を。我が身が朽ちるその前に、世界へ命を残していきたい」


 終わりは近い、ミカの力を奪っていなければ心臓は既に止まっている。

 世界樹、命を宿し世界を支える優しき力。そして同時に、死を内包した恐るべき力。


「矮小なる人の身なれど、神さえ超えねばならぬから。友を殺す、悪なる所業を果たさねばならぬから……ッ!」


 僕自身為すべきこと、それが友を殺すことであったとしても、誰かが終止符を打たねばならない。

そして今、それが出来るのは僕だけだから。貴方だけだから。


「望みは一つ、先の世界に平穏を、世界を繋げる輪廻を為すがため———」


 終焉の黄昏に覆われた戦場で望むこと。

 未来に平穏を、彼女が笑って生きていける世界が続いていきますように。

 消え去るこの身に宿った気持ちが愛ならば、消え去る中でたったの一つ、それだけは残していきたいから。


「僕に力を! ただの一度で構わないっ! 世界に広がる慈愛を以って、此処に降り立て自律の王! 未来に命を繋げるためにッ!」

 

 ———大地に芽吹くは緑の命。

 駆け抜けた軌跡に数え切れぬほど樹木が成長を始め、寄り集まってより大きな一本の大樹と化していく。黄昏の光を受けて成長するは、万象全ての生命を内包した世界樹を思わせるほどの大樹。

願いは届き、祈りは通じた。

 大樹の内から伝わってくる慈愛の神威が、終末に向かって疾走する背中を押してくれる。

 僕もアイレンも、ここで終わることは分かっているから遠慮はいらない。後は、力のぶつかり合いですべてが決まる。

 荒廃した世界に広がる神威の萌芽が今、神域の慈愛を以って返り咲く———!!


「神威、顕現ッ! 自律の王、(サンサーラ)大地潤す生命の守護者(パルジャニヤ)!!」


 瞬間消え去る命の灯を燃やしながら、命を詠う神が降臨した。

 ここに、神々の黄昏が終末に向かって加速する。


  □ □ □


「なるほどな」


 彼の扱う神格と相似性のある雷、雨の神。しかしその実、大地を潤し、実りを与える。彼とは正反対の力。ゆえに対抗できる。


「正面からのぶつかり合いではない力の形を願うか!」

「———ッ!」


 神の領域に立ち、この身も人を超え強化されているはずだ。だがそれでも、たとえ黄昏の残滓を纏おうと、瞳から墜ちる雷光を防ぎきることはできない。

 死を、目の前に見つめながら生きている。絶命の瞬間を凌ぎながら生存への道を模索している。


「はぁああアアァァァァッ!!」

「オォオオオオオおおおおおッ!」


 戦場の中央で起る神威の波濤。ただの剣による打ち合いであるはずの一撃はそれだけでこの世界を巻き込む暴威と化す。だが、黄昏の輝きは破壊を内に堰止める。人の世には決して破滅は届かない。それが契約者である彼女の願いで、龍にとってはただの嫌がらせに過ぎないのだろう。


「ついに……ッ、ここまで来たな! トーレスゥゥウウ!!」

「君と、僕の我儘もこれまでだ! アイレェエエン!!」

 

 頭上から伝わる破滅の圧力、アイレンもここで決めるつもりだ。手加減の一切ない、純粋な神威による天弩。円環が瞳を細めるように歪み、雷のみで構成された終の雷矢を番える為の弓と化す。

 狙いは直下、二人の人間。

 契約者自身が巻き込まれることを考慮していない破滅の一矢。地上へ着弾すれば被害は僕達だけでは済まない。不完全な顕現もあって、黄昏の龍とて耐えきれぬほどの一撃。

 放たれれば最後、龍を殺したその先に広がる世界を殺すやもしれぬ大いなる一撃。


「真なる神威を見ろ……ッ!! これぞ真威、雷霆之矢!! これでェ……! 終わりだァアアア!!」


 放たれる神の一撃、触れれば消し飛び後に残る物は何もない、破壊を以って実行される死の具現。

 だが———、死から生まれる命だって存在するのだから———!


「———この時を、待っていたァッ!」


 神の王たるその力を利用する。これが、最初で最後の好機。逃すわけにはいかない。

 神威によって生み出され、いまなお広がり続ける樹木は、天から降り注ぐ純粋な神威を吸収しながら急激な成長を続ける。

 そして、この樹木全ては神格の一部。


「———ッ!?」


 驚きはアイレンから。

 地下を這って広がる根がアイレンを拘束せんと地上に現れる。

 躱し、切り刻みながら退避するアイレンの周囲では、既に成長を遂げた樹木が見たことも無い森林を形成している。

 蓄えきれぬ肥料によって、狂ったように急激な成長と死を流転する中、実った種子は新たな樹木と化し、神威を発するアイレンごと取り込もうと追いすがる。


「この、程度ォオオ!」


 迫る大樹へ向かって刀を振るう。ただそれだけで太さ数メートルはあろうかという大木は切断されはじけ飛んだ。神格の力によって生み出されたものでさえ動きを止めるにはまだ足りない。

本当に化け物と言わざるを得ない傑物。何か行動を起こすたびに、純然たる力量差を見せつけられる。

 ———だが、たったの一度で終わらせるつもりなど毛頭もない。


「命は巡るものだ! 例え弱者であったとしても! 繋いでいけるものは、大切な物を護る力はきっとある!!」

「……なッ、ヅ———ッ!?」


 折れた樹木が地面に横たえると、実っていた種子が新たに芽吹きだす。それは一本の木から数百もの命を生み出し、規格外の鼠算式を行いながら一気に広がっていく。

 新たに生まれた命も、先代の遺志を継いで、彼に向かって動きを抑制しにかかる。どれほど破壊しようとも新たな種子が、大地に、朽ちた先代の残骸に、落ちては生まれまた次代に託すため命を使う。

 破壊しようとも破砕しようとも、限りなくまとわりついてくる樹木を相手取るのに梃子摺っている。

 これほどのものだとは予想していなかったようだが、ここを切り抜けられれば次は対応される。一撃あれば盤面はひっくり返されるのだ。

たった一度のチャンス、逃すわけにはいかない。

樹木を呼び出したのは、彼の動きを止めるためではあるが、それだけではない。その先のための布石。


「……、っ———」


 胸の内から痛みが奔り、固めた決意に罅を入れようとする。

 この期に及んで自分はまだアイレンのことを友人だと思っている。分かりあえたならどれほどいいだろうと思ってしまう。


「けどもう、ダメなんだ———」


 そう、もうダメだ。アイレンはやってはいけないことをした。独りよがりな価値観で、多くの人を恐怖に陥れた。

 終わりにしないといけない。

 君と違って、僕は弱い。皆がいてくれなかったら、もっと早く真実を知ってしまっていたら、君と同じようなことをしていたかもしれない。

 けど、そうはならなかった。僕には皆がいてくれたから。ミカが、いてくれたから。

 揺らぎかけた決意を定めなおす。天を突くほど成長し、新たな命を生み出し続ける生命の森を見定める。動きを止め、時間を稼ぎ、究極を組み上げる。

 これ以上の一撃はもはや行えない。これで、決めるしかない!!


「森羅万象在るもの総て! 雷霆さえも流転して、今ここに終末を為せ!!」


 アイレンを捕えた大樹を中心とした円。その外縁に存在する樹木から中心に向かって、青々と茂っていた葉も、荘厳さを感じるほど巨大な幹も、見る影もなく瞬く間に枯れていく。 

 成長のために蓄えていた神威と共に。


「これまでの全部、ここで返すッ! 墜ちろぉおおお!!」


 逃しはしない、それほどの猶予など与えてたまるものか。

 枯れ落ちた樹々の中心地点。大量の樹木がより集まってできた大樹の内に、彼がいるのが分かる。そして、そこには足を踏み入れただけで、この世に存在する命全てが死を迎えるほどの神威が滞留している。

 生と死によって濃縮され、行き場のなくなった命の滞留。


 ただの一矢で世界を焼く神の一撃、雷環から放たれた雷の矢が地上へと墜落する。

 そして地上には、本来あり得ぬほどの火薬がため込まれている。

 不意に熾った火の粉が、自らの意志を持って火薬庫に向かうかのように。戦場の中心、二人の人間に向かって狙い違わず墜落した———。


  □ □ □


 吹き飛ぶ中で何が起こったのかなんて、何一つ理解できはしなかった。


「がっ—————————」


 着弾と同時、視界すべてが光に染まった。

 音など聞こえすらしなかった。自分自身、吹き飛んでいるのかもわからない。

 何とか意識を取り戻しても、目を開いているのに真暗闇だ。手足の感覚すらあやふやで、上手く掴むことすらできない。


(動け、動け動け動け———、倒せたのか? 確認、しないと……! 倒せていないとダメだ。アイレンなら立ち上がる!)


 唯一動く声帯を醜く震わせ、体に力を籠める。

 全身に神威を籠めて、回復を促すと、暗闇だった視界に色が戻り始めると同時、全身に耐えがたい苦痛が襲い掛かった。


「ア、あぁアアアうぅゥゥゥゥゥウウ…———!!」


 体中が灼けつく様に痛い。いや、実際灼けている。空気にふれるだけで進行する傷が肉体だけでなく、精神すら焼き切ろうとする。

 だから全身余さず痛みが走るし、それを無理やりにでも治そうとしているから、余計に痛い。

 内臓に達するほどの自傷、その端から麻酔無しで縫い合わせるかのような暴挙。苦しみに終わりがない以上、どうやって安心しろというのか。


「ガ、アアァ……、ヅ、ゥゥゥウウ———は、ハぁ——」

 

 しかし、永遠に終わらぬかと思えた疼痛の連鎖は、ゆっくりと、痛みを残しながらも終わりを迎える。朧気ながらも戻り始めた肉体に、何度も何度も鞭を打つ。

 黄昏の光は消えていた。

 耐えきれなかったのだ。どれほどの神秘の鎧を纏おうとも、契約者による疑似的な顕現。完全な性能を再現しているとは言えなかったらしい。


「はぁ……、ハァ————っ」


 状況を少しでも確認しなければならない。比較的まともな視界をフル稼働させ世界を見ようとする。ぼやけて、何がどのような色をしてるのかも良く分からなかったが、ただひとつわかることと言えば……明るい。


「……ァ、ヅゥ……ッ!」

 

 立ち上がり、運よく近くに落ちていた『原型』を拾い上げると、改めて自分の居場所を確認する。が、判別がつかない。ただでさえ真っ平だった地平に、数えきれないほどに大小様々な穴があいている。地表は焦げつき、元の面影は完全に消え去ってしまった。


(アイレン、は———)


 ひと際被害の大きな場所を探す。あれほどの攻撃だ。彼でさえ、ただでは済まない筈。

 回らぬ頭と上がらぬ足を稼働させ、泥中を這いずるかのように進んでいく。

 冬だというのに暑い………、砂漠の太陽が罪人を焼く様に。天に輝く太陽は、わずかに残った僕をジリジリと蒸発させていく。

 爆発の中心地点にたどり着くと同時、倒れ込む。……彼はいない。

 消え去ったのか? それとも先に意識が戻って逃げたのか? 


(それなら……もう、今の僕には———)


 どうしようもない。いずれにしても動くこともできはしない。なら、もういいだろう。自分にできる限界、それ以上を発揮した。昇華した。なら、自分にとって、これは満足な結果と言える。

 しぶとく寿命を延ばし続けたが、これでお終い。

 それに、もう顕現した神格の存在を感じとることができない。

 契約の代償から、もう戦う力も残っていない。


「後は……他の、皆が………」


 焦げ付き、黒くなった地面に倒れ込み、空を見上げる。空を、見上げたはずだ。


「……ぇ———?」


 空が焦げ付いている。

 違う———、……呆然の中、黒雲が立ち込めている空を見やる。

 雷光はなく、雷鳴も響いていないため気づかなかった。違う、それ以前からもっとおかしなことがあった。空が黄昏に覆われた時、外は夕刻も過ぎていた。

 気を失っている間に朝になったというのか? 違う、意識を失っている間はまともに力も使えていなかった。そんな状態で一夜生き延びるなど不可能。

 なのに、なぜこれほどまでに明るいのか。雷光もなく、日は差していない。それだというのに、この溶け落ちる日輪を思わせる輝きは———。


「トーレス……、俺は………お前を侮って、いた……わけじゃあない———、決して———ッ」

「ハ、ァ…ハァ……!」


 動悸は速く、抑えられずに呼吸が荒くなる。


「お前なら、俺を倒す術を、……考え付くこと、は……分かっていた———」


 この声は、どこから、どこから聞こえている。


「どこ、に……」


 体はもう動かない。首から上、その中でも瞳だけを動かして、何とか見つけ出そうとする。


「だが、俺はそれでもかまわないと、思っていた……。それで敗れた、のなら……俺が弱かっただけだと、納得できた……」


 動かない身体になけなしの神威を回しながら、優先的に聴覚の回復を行う。

 声の出どころはすぐに分かった。黒雲に覆われた太陽の代わりに光を発する雷環の瞳。彼が最初に生み出した空に空いた孔。真円であった円環は溶け落ちるかのように歪んでいる。

 けれど、その淵をなぞるように輝き帯雷する軍神の雷は、暗闇を光輝で照らす太陽そのものだった。

揺らぐ蜃気楼、灼熱の具現の真下。

 そこに、———彼がいた。


「俺は、耐えたぞ……、お前の全力、自身を顧みない究極の一撃を完全に防ぎきることもできずに受けたが……俺は、耐えたぞ———、発動が、あと少し早ければ……死んでいた。そして俺は、戦いを途中で放り出す、ような男じゃあ、……ない。俺の、勝ちだトーレス。この一撃で全てを焼き払う……!」

「クっ、……ハぁッ———。させ———な、いっ……!」 


 あぁでもだめだ、体がもう動いてくれないのだ。回復のため、全身にまわしていた神威すら感じ取れなくなってきている。

 心臓の脈動は足音よりも小さい。瞳すら満足に動かせず視線すら変えることができない。

 あとはただ見ているだけ。

 光輝の円環は際限なく輝きを強めながら、己の存在理由を果たそうと大地を焼き殺さんとする。

より灼熱を、より絶望を。

 たった一人に勝つために世界を破壊せんとする力を、この場において顕現させようとしている。

止める術はない、時間稼ぎする方法すらも。

 だが、目を閉じて終わりを迎えることこそありえはしない。すでに僕は死を待つだけの運命の虜囚だとしても、抗い続けたいと願っている。


「………」


 だから、絶対に目は逸らさない。


「その、目だ。やはり、俺の目に……狂いは無かった。さよならだ、トーレス。俺は、お前だったからこそ———。幕を引く、明けぬ夜をもって人畜どもを人間に還す———、堕ちろ……落陽の雷環」


 日輪が落ち、———光が、世界を覆う。

『本編について』

・トーレスの顕現契約 『自律の王、(サンサーラ)大地潤す生命の守護者(パルジャニヤ)

 周囲一帯の神威を元に生命を循環させる力。樹木が主であるのはミカの力をベースにしたため。

 樹木一本、雑草の一本に至るまで、神格の一部なのでアイレンほどの力が無ければ切ることすら不可能であり、それぞれが高密度の神威の塊のため本編のような使い方も可能。

 また、生命の循環装置でもあるため、時間を与えれば与える程に強力な使用方法が出来るようになってしまうため、相手からすれば時間をかけるのは危険。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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