40.始まりの慈愛②
ミカが手を貸してくれていても、元々の地力が違う。それは僕自身が埋めなければならない!
「ハアアアアーーーーーッ!」
暴威の中心、穢れなき輝きを放つ雷霆。そこへ向けて今できる全力を叩き込むっ!
「まさに修羅と化すか! ならその上から叩き潰すッ!!」
剣に神威を乗せ、アイレンに向かって力任せに放つ。
触れたものを塵に還す極細の波状。それは瞬き程の瞬間空気を打ち振るわし、音もなく周囲に満ちた神威さえも消し去っていく。
神さえも滅却しきる魔人の波動は、アイレンの攻撃ごと消滅させる。
その発生源を除いて——
「な———ッ!?」
迫る光輝の刃、突撃じゃない。正面から撃ち落としに来たわけでもない。
神さえも凌駕する怪物を殺したヴァジュラの投擲、神話の再現ともいえる一撃を僕達に向かって放ってきた。
「ぐぅ———ッ……!」
攻撃を仕掛けたはずのこっちが押されている。ヴァジュラを弾丸として落とされた撃鉄は、気を抜けばこの身を貫くまで止まりはしない。その上、契約している神格の差が現れる。例え神を殺し世界を奪い去る力を持つ存在とはいっても、かの雷神に勝利したわけではない。
そうなると後は使用者次第だ。
アイレンの手を離れてなお、雷を放出しながら破壊を続けるヴァジュラ。魔人の力を以ってしても消し去ることのできない雷が空を這い、僕達に襲い掛かる。
「トーレス危ないッ!!」
目前まで迫った雷光は影によって弾かれると、続けて迫ってくる雷も同様に防ぎきる。
「だいじょうぶっ!?」
「ああ、ありがとう! ———ッ、オオォオオオ!!」
この程度の攻撃、防御を考える必要はない。
剣を振り切り、迫るヴァジュラを今度こそ撃ち落とす。神威の余波は地上を襲い、土煙一つ上げず大地をえぐり取っていく。
だが、アイレンは——
「下っ!!」
「なっ、ぐ———ッ?!」
「ハハ——ッ、まだ反応が遅いなッ。ハァアッ!」
武器も持たず懐に入り込まれ、蹴りを見舞われた。ミカのおかげで傷はないものの、反応の遅れた僕では防ぎきれず、弧を描きながら中空を落ちていく。
「クソ———っ!」
二筋の足跡を刻みながら地面を滑る。
「まさか代償を払った武器を捨ててくるなんてっ!」
アイレンは『具象契約』を結ぶ度に代償を払うタイプだ。
僕のように、契約時に寿命を半分渡すことで自在にオンオフ出来るわけじゃない。
「蹴り飛ばすためだけに使い捨てるのは流石にどうかしてるだろ!」
「そう、でも……ッ! ないさッ!!」
「は———、グ————ッ?!」
速い、そう感じきる前に再び蹴り飛ばされる。だが、意識はともかく身体は反応してくれた。体を覆うミカの影が、意識の反射をより速く肉体へ伝達させてくれている。
僕だけじゃどうしようもない部分をミカが助けてくれている。今すぐにでもお礼を言いたい気持ちを我慢して、目の前に集中する。
「神器・具象ォォォオ———ッ!!」
「また!!?」
その手に握られているのはまたしてもヴァジュラ。
狙いは低空飛行をする僕達であり、今度は全力で放つための時間を与えてしまっている。
「受け止めきれる!?」
「無理だ! だから!」
ミカの質問に最短で回答し、剣を正中線に構える。
「——ッラァ!!」
世界を破壊する一撃が直線に放たれる。ごまかしも手加減も一切ない神威の暴力。
極光が瞬いた瞬間には到達している。
剣から伝わる衝撃は、帯雷する一つの宇宙だ。到底受け止めきれるものじゃない。
「っこ、のおおおおおお———ッ!!」
受け止めた剣から影を奔らせる。それは全方位に放出される雷から身を護り、迫る神器を後方へ逸らす道筋を生み出した。
螺旋を描きながら過ぎ去り粒子となって消えていく。雷の光輝に目が焼かれることは無い。
逸らすために用いた神威が、影そのものとなって光で目が潰れるのを護ってくれている。
「後ろから来てるっ!!」
「ふ———ッ!」
声に従い、いまだ滑空する身のまま、振り返りながら剣を振るう。
「その影、思ったより厄介だな!」
「僕にとっては女神みたいなものだよ!」
「確かにそうらしいッ、だが驚嘆すべきは具象を身に着けてからの成長速度だ! ずいぶんと上手く『代行者』が仲を取り持ってくれているらしい!」
自身の投擲した物体に追いつく速さで背後を取られる。
「一度でも考えたことは無かったか!? お前の妹が『穢れ』に完全適合する特性を持っていたんだ、自分にも何か特別な力があるんじゃないかとなァ!」
「———ッ!! そんなことは、ないッ!!」
地に足を付けての剣戟、一振りするたびに豪風を起こし、躱され防ぎきれなかった神威は視界の先で地上を粉砕し、空を歪めていく。
(連続使用しているのにまだこれほど)
『具象契約』とミカの影による肉体の強化をもってしてもまだ追いつかない。アイレンは度重なる代償によって弱体化の一途を辿っているというのに、いまだこれほどの差があるのか。
これが特級、人類の頂点に立つ者の力———!
「ああそうだった! お前にそんなものを見る心の余裕はなかったか。心が痛むたび、孔の外縁に放り込んでいるくせにその存在は知らぬ存ぜぬだったものなァ!」
「確かに、そうだったかもしれないけど、関係はないッ! たとえあの子の死を見つめられていたとしても僕が特別な存在だなんて思いはしなかった!」
頭、心臓、足を高速で狙う三連続の突きを防ぎきり、伸ばしきった腕の懐へ入り込もうとする。
だが間に合わない。掬い上げるように振るった剣先は虚空を切り裂き、大地に新たな孔を開ける。
「それは今でも変わらない! 今この場に立っているからと言って、君と打ち合えているからと言っても、僕が特別だからじゃない! それは皆が協力してくれたからに他ならない!!」
振り切る前に、剣を返すように振り下ろす。
突きを放った以上、次の動きの為に刀を引く必要がある。ならこの瞬間には隙が生まれる。生まれていたのに——!
「いいや、お前がどう思っていようとも、特別だ。間違いなく……ッ!」
「……ヅァ、ぐうぅううアア!」
振り下ろすよりも速く、4撃目の突きが放たれた。
振るった剣の軌道修正を行って心臓手前寸前で刃を捉えたものの、ミカの影を突き破って肩へ突き刺さる。更に前へ一歩踏み出された足、刃は根元まで食い込み、僕の身体から刀が突き出しているように見えるだろう。
「グ———ッ、お、ぉおおおおお!!」
「代償をここに、代替により履行ォ———ォォオ!!」
「———くううううッ!!」
動かすことのできる右手で剣を振るうが、完全に懐に入られていて致命傷を与えるには間合いの内にすぎる。ダメージによる自身の強化もまだ追いつかない。いや、発揮されているがまだアイレンの実力には届いていない。この状態での雷撃を放たれれば脱出は不可能に近い。外からのモノであれば弾けるが、内部からでは精神ごと焼き切られる。
「離れてっ!!」
「———っ」
首元から覗く、影に覆われた肌から黒き刃が幾重にもなって飛び出した。現れた方向は真逆だが、さながら胸に打ち込まれた杭のよう。
「厄介だ」
「ぐ———っ」
流石のこれは不意打ちだったのか、刀を引き抜きながら一度後退する。
「すぐ治す、気にせず戦って———」
「ありがとう」
窮地に追い込まれれば追い込まれるほどに魔人の神威が体に満ちる。だが、傷ついたところで埋まらない実力差のために傷を残す必要もない。少しでも万全の状態を保つことの方が重要。
それにしても刀を逸らされてなお、肩関節の間に刃を通してくる技量には肝を冷やす。今の攻防で数度死んでいてもおかしくはなかった。
(肉体の強化だけで、その上弱体化していてコレか……。もっと強かったアイレンと単独でやり合ってた二人はすごいな)
心の中で二人に感謝と称賛を、技量も神威の扱い方すら満足でない自分が戦えているのはアリスとエイガの二人。そして、傍にいてくれているミカのおかげだ。
……どれほど感謝をしてもし足りない。
「異なる能力なのが面倒だな。膂力の強化ならやりようはいくらでもあるんだが」
「そう言うのは、君の方が得意だろう。纏って飛ばして、武器にして。それほど力が扱える君の方が……、僕には”特別”に見えるけどね」
アイレンは僕を特別だと言った。あの子が今のミカとなった切っ掛けの原因。だが、僕自身にこれまで特別な何かが起きたことは無い。
「自分では気づかないものだよ、そういうのはな。なら教えてやる、お前の妹が『穢れ』との適性が高かったように。トーレス、お前自身は『代行者』との適性に秀でていた」
ナキと、僕の『代行者』である“彼”の話通りなら、『穢れ』と『代行者』はかつて同じ存在だった。
あの子が『穢れ』との適性が高かったというなら、血の分けた兄妹である僕が『代行者』との適性が高かったというのは、それほど納得できない訳じゃない。でも——
「……あの帽子男と?」
ミカの怪訝そうな声とは別の意味で僕に疑問が持ち上がる。
「ナキの話ならあの子は死体の状態でも『原型』……、『代行者』が契約を望んだって言ってた。それが僕に起きてたっていう覚えはない。入隊試験の時も、その後も」
もしもそうなら、誰かが気づいていたはずだ。
当時意識不明だったはずのあの子の家族だとバレていれば、同じように研究に巻き込まれていたかもしれない。けれど、僕の身の周りでは何も起こっていない。それは気に掛けるほどの事ではなかったということじゃないのか?
「……なんのために俺が入隊試験に巻き込んだと思っている。そのことがバレないようにするためだろう。幸い苗字が変わっていたのは手間がかからず済んだが……。試験の最中、お前に興味を持つ『代行者』共を黙らせたのは俺だ。あのまま放っておけばお前は注目の的、妹と同じ目に合わなかったんだ。俺に感謝してもいいくらいじゃないか?」
当然、そうでなければ研究対象だ。
そう言って笑うアイレンの言葉を受けてなお、実感が湧かない。
「アイレンがその時にばれないようにしたのは分かった。……それでも、その後に反応する『代行者』だっているだろ、そうなればすぐに——」
「契約相手は原則一対一、どれほど契約を結びたがろうと相手が別人を選べばそれで道は閉ざされる。基本だろう? 死体に反応したのは持ち主が相当凡骨だったんだろうさ」
「けど……っ、『代行者』との適性が高いと言っても僕自身に何かあったわけじゃ———っ」
「『代行者』と会話したことがあるだろう。それも試験の当日に」
「———っ、……確かにそう、だけど。でもそれが一体」
「普通はありえない。そも圏士が『代行者』と会話をすること自体が難しい、『具象契約』を行い、優秀と言われる圏士であっても契約を結ぶ時だけ、それも一方的な声だけだ。そこから先、姿を見るだけで何年もかかる」
「そんなこと……、他の皆だって」
話しくらいしたことあるだろう?
そう言いかけた口は動きを止める。そういえば、そんな話を誰かとした記憶は無い。当たり前のことだと思っていたからわざわざすることでもないと思っていた。
それに僕も彼も自分から戦いに向かうような性格じゃない。『略式契約』を練習するときは何度か手を貸してくれたが、その後は話す機会も減っていった。
「それを初めて『原型』に触った人間が成し遂げ挙句対話をするのは前代未聞と言ってもいい。修練を重ね、何度も対話を重ねたのならともかくな。能力の引き出し方が急激に上手くなるはずだ。神格との仲介が中抜きや横領をしない以上、与えられた力全てを十全に扱える」
「それだって、契約をしている以上当たり前の事だろうっ。自分の所有者を危険晒す真似をする理由がないじゃないか!」
「あのね、トーレス……そうでもない、よ」
「え?」
思いがけない言葉に驚いて、微かに振り向く。そこには当然ミカがいて、気まずそうに上目使いでこちらを窺っている。
「それって、どういうこと? だって、契約相手が死んだりしたら自分たちも危険じゃないか。自分たちが入ってる『原型』ごと壊されるかもしれないのに」
「別に器が壊れようとも問題はないんだよ。そもそも『原型』が千本、いや俺が使い物にならなくしたのを引けば千本足らず。その上限が定められている理由は『原型』が限られているからじゃない。『代行者』の数が限られているからだ」
「うん、だから入れ物の『原型』が壊されても中にいる彼らは大丈夫なの。彼が……、アイレンがやったみたいに神様の前に置き去りにしたりしない限り」
「奴らは容れ物さえあれば戻ってくるからな。ただ破壊するだけじゃ問題として認識されなかった」
契約者が死んでしまっても、『代行者』達にとっては問題ないことは分かった。
「でも——」
「なぜ奴らは自身の契約者とまともに協力しないのか、だろう? そら、教えてやれ。お前が言った方が信憑性も増す」
「……」
「ミカ」
「……うん、難しいことじゃ、ないの。ただ契約してる相手のことを好きかどうか、それだけだから……。嫌いな人に進んで協力しようって、思わないでしょう? それと同じなの。私は詳しく分からないけど、圏士になる時の試験っていうのは能力を使えるかどうか、彼らから見て気が合いそうかどうか。そういうところで選ばれるんだと思う」
つまり、アイレンの言う中抜き、横領というのは、神格との契約を行う際にちゃんと協力してくれないということ。だから、本来与えられている力よりも少ない神威しか与えられないし、扱えない。
そして、本来は『代行者』と会話すること自体が珍しいこと。
自分にとっては当たり前だったことがズレていた。
「でも、決して僕は特別じゃない」
「トーレス、まだ認めないつもりか? 過度な謙虚さは持たざる者からすればただの傲慢だ」
「分かってる、別に疑ってるわけじゃないよ。確かに僕は試験の日に”彼“と話をした。契約をしないか? って聞かれて、分からないことも多かったけど、受け入れた」
あの日、訳も分からないままアイレンに試験へ引きずられた始まりの日。
言われるがままに大量に置かれた内から何となくで選んだ一本の『原型』を手にしたとき、桃色の花びらが舞う世界が停止した。
『え、ええ!? なにが起きて———』
『驚いたな……』
『だ、誰———っ』
振り返ると、目の前に立っていたのは古めかしいスーツを着て、帽子を被った褐色の男。
『やあやあ、まさか自分を選んでくれるとは思わなかった。選ばれないよう、やる気は出さずに大人しくしていたつもりだったんだけどね』
『え、えっと……これ、時間が止まって……?』
『んん? なんだ、自分の意志でここに来たわけじゃないのか。それはスゴイ。だがそれはボクには関係ない話さ。重要なのはキミがボクと契約を結ぶかどうかということ』
『契約……、一体なにを?』
現状に理解が追い付かず、戸惑うばかりの僕を見た彼はくすくすと笑うと顔を隠していた帽子を取る。そして、帽子にいつの間にかついていた花びらを摘まみ上げた。
『面白いな、キミは。しかしどうしたものかな、一から説明するのは構わないがどうにも時間がかかっていけない。……じゃあボクから一つ、聞いていいかな?』
『え? ぁあ、うん。いい、けど……』
『圏士になりたいと思わないかい? 悪く言えば市民のストレス発散先、貧乏役人、捨て石、良く言えば——』
『……守護者』
『おぉ、分かってるじゃないか。すぐに出てくるということは子供の頃に憧れでもしたかな?』
『……、どう、だったかな。子供の時のことは……、よく覚えていない』
咄嗟に吐いた嘘、だけどきっと彼には分かっていたのだろう。
『そうか、残念だな。それならキミは運がいい、他の連中ならともかくボクを選んだんだ。帰りたいというならそうさせよう。キミに『原型』は扱えず、適性は無かったと、そう言うことにしてもいい』
『そんなことが出来るの?』
『あぁ、とはいえこれは、出来る出来ないというよりも、やるやらないといった話なのだけど……いや、脱線したね。で、どうする? ボクは他人の人生を決めるだなんておこがましいことはしない。ただ、キミに従おう』
『僕は、きっと向いてないよ。戦いとか、誰かを護るとか。そういうことはきっとできない……。でも、もしも、本当にその力が得られるなら、僕は……』
あの時、どうして彼との契約を結んだのかはハッキリと覚えていない。
過去を見ないように前だけを見て、その癖皆の分まで長生きしようだなんて思ってた僕が何を思って死地に赴くかもしれない役目を選んだのか。
ハッキリ覚えていないけれど、……そう、きっと———
「次はちゃんと護れるように」
それだけだ。
その想いが怒りだったのか、憐憫だったのか、そんなことはどうでもいい。始まりがただのちっぽけな願いでも、大切な人を護ることができるのなら過程を気にするつもりもない。
その時の僕には自分の本心すらも分かってなくて、その瞬間の気持ちに従って契約を了承した僕の姿は、彼にはどう映っていたんだろう。覚えているのは柔らかに笑う目元と、口元を覆い隠す帽子の鍔。そして、話し始めた時の嬉しそうな声。
『キミ、いいね。これまでの中で誰よりもすごくいい。分かったよ、君が望んでくれるなら断る理由もない。名前は?』
『トーレス・リベリカ、です。貴方は———』
『申し訳ないけどボク達に名前は無くてね、好きに呼んでほしい。
それと敬語は良いよ、長い付き合いになる。あーでも……、ボク自身は戦いとかあまり向いてないから、そこのところはよろしく。ま、戦うのはキミたちだけど』
『えぇっと……、よろしくお願いします』
彼が言うには、どうにも長い付き合いになるらしい。なら、最初の挨拶はちゃんとしておかないと。
『ん?』
『あれ?』
伸ばした手は何も捕まえられずに虚空を漂う。
『えーっと……、握手はしないん、ですか?』
『あ、ああっ! 握手か! なるほどなるほど、いやぁ悪いね、これまでの僕の契約者は皆が傲岸不遜というか、武闘派というか。……粗野な人間ばかりだったからね、自分で選んだ相手とはいえ、握手なんて文明的なことをするのはいつぶりかな……』
昔を懐かしんでいるような笑顔を浮かべながら手を伸ばしてくれる。
互いに手を取り合うと、ゆっくりと止まっていた時間が流れ出す。花びらが舞い、重力に従って落ち始める。
『それじゃあ、これからよろしく頼むよ、トーレス。精々ボクを働かせないでくれ給えよ? ふふ……っ。ま、キミが望むなら頑張ってもいいが』
『えーっと、……はい、頑張ります』
『ははっ、期待してる』
イタズラっ子のように笑う彼の姿が掻き消えると同時に、周囲には薄らと神威が漂い、僕の手には『原型』が握られていた。
適性が合った僕はそのまま圏士となって、ここまで来た。
あの日から起きたことなんてその程度に過ぎない、圏士であれば誰もが歩む、ありふれた光景。
「それが、本来ありえないと言っている」
アイレンが言うならそうなんだろうね。でも、そういうことじゃないよ。
「僕が本当に特別な存在だったって言うなら、きっとこんなことにはなってない。
戦いは起きなくて、トーカは生きてて、ミカを巻き込むことも無いままに解決できてた。そしてアイレン、君を怒りから、解放できていたはずだ」
「……、お前———」
けれど、それは一つ叶えることも無理だった。
「結局どれだけ素質が眠っていたとしても、数段飛びで成長できたとしても、出来ないことばかりで、……たった一人の人間なんだよ、僕も、君も。エイガはああいっていたけど、人はどんなに頑張っても怪物なんかになれやしないんだ。だから、僕にできることも大したことじゃない。全てを背負って立っていられるだなんて思ってない」
人間一人にできること。それはあまりに多くて、あまりに少ない。
誰かと手を取ってようやく出来ることもあれば、皆で集まっても達成できないこともあるだろう。
「君が、僕を特別だというのなら。僕にできる“特別”は一つだけでいい……!」
聞きたいことの一つは聞けた。それに、このまま話していても戦いが終わるわけじゃない。だから、僕に、僕達に出来ることは一つだけだ。たった一つ、それだけができればそれでいい。
剣を構えて前を見据える。
そこに立つのは、記憶の中でも最初の方の彼だ。僕を引きずった時の姿に近い。三度の具象で十年足らずの回帰、そこまで戻っているというのにいまだ勝てると思えない。
それでも、やるべきこと、やりたいことは決まっている。
「アイレン、君を倒して戦いを終わらせる。そのためにこそ、僕の力はあったんだから」
「そうか、俺を倒すか……。だが、”人間”のお前に勝てるか?」
アイレンを中心に渦巻く神威。これまで生み出されてきた神威も世界を震わすには十分だったのに、これは存在の格からして違う。
雷とともに破壊を孕んだ神威が際限なく解き放たれ、暴威となって押し寄せる。
この世界から立ち去った者が再び降臨しようとしている。
「……来るよ、本物の神様が」
「うん、怖い?」
「怖い…けど……、信じてるから大丈夫」
「ありがとう……、ミカがいてくれて良かった。本当に」
「私も、トーレスに会えてよかった。本当の本当に」
荒れ狂うばかりの暴風と、神威によって空に形成される円環。
刀の切っ先を空に向け、気を抜けば吹き飛ばされる嵐の中で彼は叫ぶ。
「お前が来るのが、あと少し遅れていたらコレは使えなかった……ッ! 止められるものなら止めてみろッ! これ、がァ……俺の、全ッ力だあアアアッ!!」
黒雲に覆われた空に亀裂が走る。
比喩ではない。
正真正銘、時空が歪み沸騰したかと思うと、人間の世界に罅が入る。まだ此方に到達してないというのに世界を打ち砕き、生きとし生ける者全ての魂を砕かんとする神話存在の圧力。
今更止めることはできない。——止めるつもりもない。
逃げられもしないだろう。 ——逃げるために戦うんじゃない。
「……絶対に、この手は離さない。だから力を貸してくれないか。……ミカ」
「バカね、そんなこと分かってる。私の全部をあげるって、言ったでしょ」
「うん、そうだった……」
まさか神と戦うことになるとは思わなかったけど。これまで使ってこなかった力は無駄なんかじゃなかった。失うばかりだったけれど、その全てはここに立つために必要な過程だった。
これ以上、大切な物を失うつもりは無い。
これ以上、大切な物を奪わせたりしない。
「来い、アイレン。君の願い、ここで終わらせる」
「征くぞトーレス。お前の祈り、ここで終わらせてやる」
『本編について』
・圏士と代行者との関係性
最初の契約時には代行者の声が聞こえてくる中で契約の有無を決めます。この時に姿まで見える者はまずいません。
その後、訓練を重ねて神威の扱いを覚えてくると代行者の存在を認識できてくるようになるため、具象契約まで発動できるようになれば普通にコミュニケーションもとれます。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




