39.始まりの慈愛①
「ぐ……ッ、コイツを撃ち込んだのは……、お前か……!」
突き刺さった漆黒の刃を抜きとり捨てる。
エイガの手から離れた以上、もう現世への具象自体が限界だったのだろう。地面に触れると同時に消え去ったソレは、元々の『原型』へと姿を戻す。
「ああ、いいところに飛ばしてくれたからね。まさか本当に、ここまで耐えきってくれると思わなかった。でも、……これで終わりだ、アイレン。いかにキミでも、その剣を受けて死は免れない」
死という概念そのものの刃だ。格上のアイレンでさえ警戒するほどの代物、更に代償によって弱体化し続ける彼にとって、効果がないということはあり得ない。
「あぁ……、そうだな。俺でも、死からは逃れられない。……まさか、お前とやり合う前から、こう何度も使う羽目になるとは思わなかった」
傷口から黒の瘴気が体を蝕み、死へと導く。
もう、取り除くことのできない終局への道程。
『神器具象——形骸神骨、黄昏殺す神滅の刃』
「……っ!」
しかし、立ち込める雷がアイレンの手に降り注いだかと思うと、その手にはヴァジュラが握られている。アリスちゃんを乗っ取り、現世に降り立った神格さえも殺しきる神器。そこに在るだけで世界を震撼させるほどの存在感と圧力。
だが、驚くべきはそこじゃない。
「どうして、傷が……」
「これこそが、本当の俺の代償だよ。当然気に入らないが……物は使いようだ」
胸に空いた孔は消え去っている。
傷口から蝕む死でさえ、何事も無かったかのように。
けれど、彼の姿をこの目で見た時、すぐに答えは分かった。
「自身の弱体化……。いいや、戻ってるのか。……過去に」
任務では別でも、そうでないときは一緒に時間を過ごしてきた仲だ。
だからこそ分かる変化。
……ほんの少しだけ、若くなっている。
「ああ、俺の代償はな。代償を払う度に弱くなるだけじゃない、全部無かったことになるんだよ。これまで積み重ねてきた鍛錬も、扱えるはずだった力も、その全てが砂と化す。砂上の楼閣も生易しい、灰の大地に砂の城だ。城も地面も俺の失った物で出来ている、なんとも哀れだろう?」
弱くなることは副産物で、実際の代償は得たものの喪失ということ。それなら確かに、強さを求め続けたアイレンにとっては、何よりも差し出すことの辛い代償に違いない。
「しかし、そうか。俺たちの会話内容を知っているということは、ブルーマンの式神を使ったな? アリスを転移させた以外にも数匹連れていたということか。お前が来るまでの時間稼ぎと情報共有のために」
「……そうだ」
ここに向かう途中、見慣れた白い塊が現れた。
それは紛れもなくナキの式神で、エイガが持って行ったものだっていうのはすぐ分かった。うさぎの式神を使うのは彼女くらいだったし、あんな神威に満ちた場所で活動できるのも、ナキが作った式神くらいだ。
回収すると、すぐにエイガから連絡が入ってきて、アリスちゃんの回収と時間を稼ぐ旨を伝えられた。危険だと止めたけど聞く耳は持たない。
彼の努力を無駄にしないためにも今の一撃で決めてしまいたかったけど、まさか代償を回復に使ってくるのは想定外というほかなかった。
「そう言えば、あの『穢れ』はどこだ? 当然連れてきたんだろう?」
「ミカは『穢れ』じゃない。例え、そうなるために生み出された存在なのだとしても、あの子の生き方はあの子が決めるべきだ」
「そうか、ブルーマンから聞いていたか。それで、どこかに置いてきたのか? それとも、妹の死体とは仲良くできないか?」
「……アイレンッ!」
挑発なのは分かっている。僕に一歩踏み出させようとしているのだということも。けれど、それでも許せない言葉はある。
けれど、剣を抜く前に割り込まれる。
「失礼ね、トーレスのことを馬鹿にしないで。アナタなんかじゃ足元にも及ばない」
「ミカ、……二人は」
「傷はふさいだ、後は二人次第……」
「分かった、ありがとう」
「うん」
ミカには二人の治癒を頼んでいた。とはいえ、間接的に契約している僕と違って治癒には限界がある。影で縫い留めての止血が限界だろう。
もう、二人のことは信じるしかない。
僕達のすべきこと、二人が繋いでくれた機会を無駄にはしない。
「驚いたよ、トーレス。そこまでの仲になるとは思っていなかった。あの日、お前たちを邂逅させる為に色々と手を尽くしたが……、ここまでのモノになると思わなかった」
「最後に教えてほしいアイレン。どうして、君はナキと協力したんだ。ナキは君と目的は別のモノだと言っていた。ナキは『穢れ』を人工的に生み出し世界に自然を取り戻すことだったけど、君は一体何がしたいんだ」
「最後に聞くのがそんなことでいいのか」
「ああ、そのためにここまで来た。君が何を望んで、どうしてこんなことを起こしたのか。全てを知った上じゃないと、僕は納得できない」
そうだ、大切な人を護ること。僕達の世界を繋いでいくこと。
今生きる僕達にとって何よりも大事なことで、優先されるべきことだ。でも、僕自身にとって大事なことは他にもある。
「納得したいんだよ、その上で決着をつけたい。そうでなければ、僕はまた立ち止まってしまう」
「……ハハハ。そうか、それがお前の辿り着いた道か。初めて会った時とは別人だな、あの時のお前は、空虚をより集めたような……、よくできた人間の作り物に見えたよ。人と同じように受け答えをして、他者と同じように心を持ちながらもすべてが暗い孔の中に沈んでいく。何も得ぬまま、知ろうとしないままに日々を過ごしていく。そのお前が自分から納得したいなんてな……、半ば偶然だったとはいえ、お前を選んだのは間違いじゃなかった」
「……確かに、僕はこれまで平和ならいい、多数が笑って暮らしていけるならそれでいいと思ってた。悲劇のない世界……、でも、今の世界だからこそ救えない存在がいる。今の世界で生み出されて、失敗作だと決めつけられて命を奪われる存在が!」
勝手に生み出されて廃棄されて、それでも死ねなかったから生きているだけなのに。
ただ存在するだけで人間に不都合だから殺される『穢れ』達。そんなの、あんまりじゃないか。
「少数派の意見を知ったから手を貸すと? そんなもの、ただの偽善に過ぎない。自分は彼らの意見を分かっている、哀れな存在だ。だから皆で手を伸ばし救ってやろうと。そんなものはなトーレス、神にしかできない事象だろうよ。他者のことなど歯牙にも止めない精神性を持ち、圧倒的な力で意見の異なる存在を駆逐する。お前は、神にでもなりたいのか?」
「いいや違う。人は神にはなれないし、僕だって自分の手が届く範囲さえ護れればいいと思ってる。でも、思ったんだよ。今立ってるこの場所からじゃないといけないことは無いって」
リッカ君にはああ言ったけど、別に救える人を救わないわけじゃない。どうやったって人には限界があるから、僕は僕にできる精一杯を為したい。
その上で、どうしても失いたくないものを護りたいと、そう思ったんだ。
「納得、納得か……。それが俺の望みを知ることで、俺を斃すということか。だが、お前に出来るのか? 強くなれるよう手を回したつもりだが、成し遂げられるかは別だろう」
「もちろん、僕だけじゃ無理だ。でも、僕達なら出来る」
「今度はちゃんと教えて、アナタが何をしたいのか。どうして、私をトーレスに会わせてくれたのか」
一歩前に出たミカはアイレンへと問いかける。
「そうだな、最後になるんだ。お前が来たということは、もう俺の願いも果たされるか…。……もったいぶる必要も、ないな」
話し始めた彼の目的と望み、その始まり。
「トーレス、ミカ。お前たちにとっての始まりは、“この”俺にとっての始まりでもあった。本当に偶然だったんだ。幼かったアリスが熱を出して、その薬を手に入れるために別の街へと出た。その日、やることも無かった俺はその辺りをうろついていただけだったが……あの光景を見た」
「…………」
「涙を流しながら妹を抱く少年と、燃盛る家に現れた『穢れ』を殺す圏士達。そして、その圏士達が少女の遺体を回収する姿と、その話の内容。人工的な『穢れ』のことを——」
「あの時……、アイレンも——」
「その遺体を何に使うのか興味はなかった。だが、本能的に使えると思った。この世界の人間を闘争に戻すための引き金に使えると」
「その時にだって?」
……でも、その時のアイレンは僕と同じ10歳のはず。その時から人間に対しての想いは固まっていたのか?
「言ったろ? “この”俺にとってだ。もう分かってると思うが、俺の代償は特殊でな。主たる内容は戦闘に関する技術、記憶の消滅だが、その方法は肉体の回帰によるものだ。おかげで、代償を払うたびに失った分を取り戻さないといけない。元々どれほど強かったのかも分からない中で延々と剣を振るい続けることになる」
「なら、アリスちゃんの家に拾われる前は……」
「圏士……、だったのかもしれん。……覚えていない以上は断定できんがな」
「戦い以外の記憶も無くなるっていうこと?」
「いや、それは覚えている。どこに向かって、何を殺し、帰った後に何を食ったか。元々覚えているものは欠片も消えん。その中から、戦いに関するモノが欠落していく。もしも今の俺とアリスが戦えば、もう少し善戦されるだろうな」
強さを求めた結果に世界の敵にまでなった男の代償は、アイレン自身の生涯を真っ向から否定するようなものだ。ただ皆の分まで生きて居たいと思っていた僕よりも、失う時の喪失感は計り知れない。
「だが俺は、今の人生以外の記憶はない。過去の俺がなぜ記憶が維持できないほどに幼くなるまで代償を支払ったのか。発見されたのがどうしてアリスの家の近くだったのかは分からない。だが、たった一つだけ、何も覚えていない中で根底に残り続けたものがあった。今の人間に対する怒りと、強くありたいという願い。俺はこれまで、その想いに後押しされて生きてきたに過ぎない」
過去から残り続けた想いが、記憶を失った後も怨念のようにアイレンを突き動かした。無謬の平穏を享受し、ただ滅びに向かって先細っていく人間の行く末に怒りを持ち続けた。それは、かつてのアイレンがそのような人達によって裏切られた結果なのかもしれない。
「圏士になってから過去の書類を漁ったりもしたが、見つからなかった。まぁ情報を消される程度には身内にも嫌われていたらしい。もしくは、偶然『原型』を拾っただけの浪人だったか」
嘆息気味に言葉を続けるアイレンだが、実際の所気にしてはいないと思う。そんなことを気にするような人間は世界を敵にまわしたりしない。
「でも、どうしてこんな方法なんだ。『穢れ』が絶滅した以上、僕達圏士が必要なくなるのは仕方ない。その上で、戦争が起きないのは何も問題じゃないはずだろ」
「いいや、問題だ。特に圏士が居なくなるというところがな」
「それは、どういう……」
こちらの疑問に耳を貸さず、アイレンはミカに対して視線を向ける。
「『最後の穢れ』、『人智の結晶』、『代行者の姫君』……か、人と化け物の狭間にあった存在が、今こうして人に寄り添っている。変な話だよ、……だが、その本質が『穢れ』であることに変わりはない」
「……私は私で、トーレスの傍で人として生きるって、自分の生き方を選んだの。アナタに決められたくない」
「そういうことじゃない。お前がどんな生き方をしようが関係はないし興味もない。そもそも、本来なら生まれる必要自体無かった」
「———っ!」
「大丈夫、落ち着いて」
「でも……っ!」
「その怒りをぶつけるのは、もう少し後だ。それに、きっとアイレンが言っているのはそういうことじゃない」
「お前は話が早くて助かる。そもそも、どうして人工的に『穢れ』を生み出す必要がある?そんなもの、わざわざ作る必要なんてないだろ」
「……それ、どういうこと? そんなの、あの人のやってきたことが無駄だったみたいじゃない」
「そうは言ってない。だが、根本的解決にはならないことも確かだろう? かつて滅ぼしたモノを復活させたところで、被害が出れば圏士が狩ることになる。被害を出さぬよう、組織的に管理しようとすればするほど、これまでの行いが世に出るのは避けられない。そうなれば討滅局は非難を浴びるだろう。組織としての解体は免れず、しかし『原型』を扱えるものは戦うしかない。新たな組織を立ち上げた所で同じことだ。人は成果のない戦いに力を発揮できないからな。戦うものは減少し、『穢れ』の被害は拡大する。そら、『穢れ』の人工生成に成功したところですぐに限界出たろうさ」
「でも、そうならないようにあの人は頑張ってきたんでしょうっ? だから……、だからきっと私が成長したことを喜んでくれた。人を襲いたいなんて思わない、誰かを好きになることができるって分かったから!」
ミカなりにナキに対して思うところがないわけない。実質、ナキは今のミカにとっての生みの親だ。ミカ自身はキライじゃないけど苦手と言っていたけど、彼女のことを否定しているわけじゃない。
「だが、お前がトーレスに懐いたのは本当にお前の意志か? 自身を死から救った男、あぁ惚れる理由としてはよくある話だが、これ以上のものは無いくらいだ。……だが本当に、それはお前の意志だけで編まれたものなのか?」
「それは、どういうこと……っ」
動揺するミカに対してアイレンは言葉を止めることは無い。
「器には意志が宿る。それが例えどれほど矮小な器でも、空という世界を覆う枠組みであってもな。その上で聞くが、お前が自我を持つまでの間、その肉体は空のままだったのか?」
「それは――」
「本当に……、かつて宿っていた心は、本当に欠片も残っていなかったのか?」
「ああ」
そこまで言われて、僕もようやく分かった。そうか、そういうことか。
ミカ自身の持つ、拭い去れない心の影。生まれる前に生きていた、会ったことのない一人の少女。
“ミカ”
もしかしたら、目の前にいるミカはあの子に何かを頼まれたのかもしれない。もしくは僕とは違う呪いか。
『トーレスの傍にいたい』
それはあの子が最期に言ってくれた言葉で、ミカにとっての願い事でもある。
「ミカが僕を好きだと思っているのは、あの子からの押し付け、洗脳、呪いなんじゃないか。アイレン、君はそう言いたいのか」
「ああ、心はそう簡単に消え去ったりしない。俺の知らない俺の怒りも、幼い日のお前の悲しみも。俺たちの意図しない部分で影響を与え続けてくる。運命へと導こうとする。なら、心が死んで肉体だけになったとしても、残る想いがあったとしても不思議じゃない。……新たに生まれた心に何かを残していくこともな」
「それ、は……」
何かを気に掛ける様子のミカからは、心当たりがあるように見える。でも、これで合点がいった。これまでミカが不安だと言っていた、謝りたい人、ありがとうを伝えたい人、大丈夫だと伝えたい人。
「そっか、全部あの子一人に言いたいことだったのか」
「———っ、……うん」
「あの子に、会ったの?」
「……あまり覚えてないけど、たぶん……」
「なんて言ってたかは、憶えてる?」
「よろしく———、って……、それだけ、だったと思う。伝えようとしなかったわけじゃないのっ。でも、い、今まで夢だと思ってたから———っ!」
「怒ってないよ。でも、……そっか———」
そうか、夢かもしれないけれど、残っていたものがあるのだとしたら。それはきっと素敵なことだ。
だが、アイレンからすれば信じるに値しないものなのだろう。
「トーレスお前、そんな言葉本当に信じられるのか? そのミカは、人間を、お前の妹を模倣しているだけかもしれないんだぞ?捨てられたくないから飼い主に媚を売る犬と何が違う」
「———っ!」
言葉を受けた体は自身の存在に対して押し寄せる不安に震えている。
僕がどれだけ優しい言葉を掛けたとしても、きっとこの不安は晴れない。だってこれは彼女自身の問題だ。作られた命である以上、いつかは対面せざるを得ない心の問題。
だから、これはミカが自分で乗り越えるべきものだ。
だけど、共に歩みたいと思うこの気持ちが嘘じゃない以上、手を出さないという選択肢はない!
「アイレン、それは違う。あまり彼女を愚弄するな……!」
「ならお前は、信じると?」
「あぁ、信じる。例えその言葉を裏付けるものが何一つなかったとしても、僕だけは彼女を信じることを止めない。傍にいるって約束はミカだけのモノじゃない、僕も誓ったんだ」
「……ありがとう」
「うん、どういたしまして」
「…はぁ……、まあお前がいいならそれでいいんだろうさ。まったく、どうにも調子が狂う」
「それじゃあ話を戻そうか? どうして君がこんなことをしているのか、その目的……いや、僕が知りたいのはそんなことじゃない」
「つまり?」
「君が何をしたいのか。それを知りたい」
アイレンの目的自体に興味がないわけじゃない。でもそれはエイガとの戦いで言っていたように、人に戦争を取り戻させることだ。
誰かに背負ってもらうだけでなく、自分の足で歩いて行けるようにしたいという。その方法はともかく、目的として共感できない訳じゃない。
「でもそれは目的であって、アイレンのやりたいことじゃないんじゃないか。僕に君を止めるという目的と、全てを知りたいっていう望みがあるように、……建前じゃない本心が知りたい」
「は……っ、何かと思えばそんなことか。さっき言ったことに嘘はない。俺は人の未来を考えているし、そのために戦争を起こした。だが、目的としてはまだ達成していない」
「なら、その目的は――」
それ以上の質問は無言のまま上げられた手によって静止させられた。
「なぁトーレス」
「……なんだい」
空気が震える。抑えられていた雷霆は、歯車が回り出すように軋んだ音を立てながら稼働を始める。
「何も失わずに成果を得ようだなんて、圏士としてあるまじき行為だと思わないか?」
地面に突き刺していた雷神の神器を抜き取る。ただそれだけで、仮初めの主を得たヴァジュラは雄々しく雷光を纏って世界へと自身の存在を轟かせる。
「……そうだね、悪かったよ。前線に出るようになったの、つい最近なんだ」
「……あぁ、そうだったな。この場に立っていられたことが嬉しくてつい忘れていた」
一緒に昼食を食べていたのがついこの間だった。その前はアイレンに巻き込まれてトーカに怒られたっけ。ついこの間だったはずの思い出はもう還らない。色褪せてしまって、ずっと遠くへと行ってしまった。
「………ふふ——っ」
「………はは——っ」
示し合わせていたわけでもないのに、つい笑いあう。楽しいわけじゃない、辛くて苦しくて悲しくて、そんな感情を押し留めるためのやせ我慢。
心に寂しさを仕舞いこむ、今度は決して目を離さない。ちゃんと見るよ、その上で向き合って受け止める。一人で立てなかった僕と、一人で立ち上がった君。向いた方向は違うけど、この瞬間だけは向かい合っているはずだから。
だから君も、同じように思っていてほしいと思ったんだ。
「「———ッ!!」」
戦いとは元来そういったものであるように、開始の合図は無かった。
雷を率いた斬撃が音もなく放たれ、剣を抜くと同時に撃ち落とす。
「あの時と比べて、強くなった」
「強くならないと護れないものがあるって分かっただけだよ。……ミカ」
「分かってる。もう、いいの?」
「うん、それにこの方法じゃないと、アイレンとはちゃんと話し合うこともできない」
ミカを背に乗せ、体中に影を走らせる。
「もう終わりにしようアイレン。君の願いが何であれ、もう止まることは、戻ることはできない……!」
「ああ、俺も初めから戻るつもりなんてないさ」
「来いッ!!」
「行、くぞォオオ!!」
空気を引きちぎる勢いで突撃する。速く動きすぎたことで空気の壁に衝突するが、そんなもの今の僕達には障害足りえない。
「ハア———ッ!!」
打ち下ろす一撃は正面から受け止められ、行き場のない衝撃波だけが破壊の衝動となって駆け抜けていく。
「あぁそうだった、アリスの質問も答えられていない。本人が来たんだ、ついでに教えてやる」
「何のことだっ!」
「お前のことだよ、知っている人間自体少ないだろうが、圏士が討滅局に入隊する時に年齢身長体重の身体情報その他経歴、当然のように調べるべき事項以外に一つ、ある適性を調べる」
「適正……、『原型』か」
「その通りだ、そしてその基準は入隊試験時に用意された『原型』が、どの程度反応するかで調べられる。言ってみれば『代行者』共がその人間と契約したいと思った数で適性の有無を決めている。その数が多ければ多いほど、その契約者との相性がいいということ。親和性が高ければ、より上位の神格へ接続する事にも繋がるっ!」
「くッ——ッ!! だけど、それが何だっていうんだ。多くの『代行者』が契約してくれると言っても、支給される『原型』は一本、たった一人との契約だ。二人以上に気に入られたとしても、意味なんかないだろうッ!」
受け止めた剣を流し返された、横薙ぎの剣閃を後退しつつ避ける。
距離を取らせぬようすぐさま踏み込んできたアイレンの攻撃はしかし、届かない。
「影っ——」
僕から地面を通ってアイレンを縫い留める根影。これまで僕の強化に使ってきたけど、何も僕だけにしか使えないわけじゃない。
「ふっ!」
「くォ———っ!」
後退した時の反動と神威を足に籠め、容易に空気の壁を破壊する勢いに乗せた一閃。
防がれはしたものの、ヴァジュラを持つアイレンをひるませる。
正面から打ち合えば勝ち目はない。距離を取って様子を見れば雷に晒される。それなら停止は最小に、一撃毎に最速を以って確実に傷を与え続ける。
「中々やる! ならばっ!」
地面を奔る影を切り裂き、自身も回転しながらの全方位攻撃。標的との遠近関係なく殺し、あぶりだす無慈悲な雷霆が地上に暴威を振るう。
「ぐ、オオォオオ!」
「く———っ」
回避を許しはしない攻撃を避けきれなければミカが耐えられない。僕に許されているのはただ一つ。
「神技具象———神座簒奪、不滅極限の超越者!!」
一切の余力など捨て去って、ただ加速し続けることだけだ。
『本編について』
・アイレンの過去
代償により記憶や能力がリセットされてしまうため、彼の過去は彼自身にも知りようがありません。憶えている最初の記憶は、どこにあるかもわからない宮殿のような場所でこちらを見つめる一人の人物です。
差し込む陽の光のせいでぼやけた影でしかない人物ですが、本人はなんとなく女性だろうなと思っています。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




