38.たとえ強く在れなくても②
「———ッ?!」
だが、その行為は高速で飛びこんできた刃に止められた。否、止めていれば死んでいたのは自分の方だったかもしれない。
獲物の前だ。普段であれば武器で受けとめた後、始末していただろう。だが、その刃は本能で受けてはいけないモノであると判断、次弾を考慮して距離を取る。
「お前か」
相手の存在は、着地するまでの時間で見当がついた。そうだったな、矢を防いだのもお前だった。あの時に見た空を覆う死の影は、巨人殺しの名を冠するにふさわしい。
「お前がアリスを護るとはな、面識はなかったはずだろう? 実におかしな話じゃないか。……エイガ・ルアック」
アリスの傍に突き刺さった死の曲剣を引き抜いた隻腕の男。
宵闇を思わせる黒い髪を風に揺らしながら、かつての“家族”を殺した怪物へと向き直る。
そして、懐から取り出した白い物体をアリスに放ると強烈な発光。光が収まった時にはアリスの姿は消え去っていた。
(ナキ・ブルーマンの式神、他者にも使用可能となっているということは、……そうか死んだか)
死を認識したからといって特に感慨があるわけでもない。元々、“向かう方向が同じだった”だけの同乗者に過ぎない。死んだのなら、それも仕方ないことだろう。
「何が変な話だ、テメエへの嫌がらせに決まってんだろカス。避けずに食らっときゃあ楽に死ねたってのによォ」
「はっ、その昔妹を恐れて逃げた男が言うじゃないか。どういった風の吹きまわしだ? 自分でいうのもなんだが、お前がどうあがいても届かなかったトーカより強いぞ、俺は。……たった一人で勝てるのか?」
「怖くて逃げたのは今のテメエだろ? みっともなく尻尾巻いてよォ、ハッ、ハハハハ———、化け物の特級様も、いざ死ぬってなると随分と人間らしいじゃねえか、アァ?」
「く、くくくく……、言ってくれるじゃないか。折角だ、どの程度の力で相手をしてほしいか聞いておいてやる。どうにも腕を落としたらしい……、一割あれば十分か?」
「手加減が欲しいのはテメエの方だろ? 折角だ、神器なしで相手してやってもいいぜ? これがあるとビビっちまうみたいだからなあ、おい?」
「捨てたいなら好きにすればいい、お前ならそっちのほうが勝機もあるんじゃないか?」
「チッ、どこまでもイラつかせやがる。人間様がわざわざ話に来てやったんだからもっと喜んだらどうなんだよ化け物」
「なるほど迷子か、わざわざ話し相手を捜しに来たのか? 随分一人が寂しいと見える」
「それはテメエだろうが、ド派手な花火上げれば他の連中が喜び勇んでやってくるとでも思ったのかよ? バケモンが人間の振りなんぞすっから限界が来たんだろう? 死ぬなら一人で死ねよ、誰もお前に興味なんてねェんだからな」
「………」
「………」
ともすれば悪友とも呼べる会話だった二人は互いが互いの本質に触れた途端、一転静寂が包み、その中で風の音だけが駆けぬけていく。
「なら———」
「アア———」
武器を構える。
雷霆は自然に、死神は一部の隙も見せぬように。
治療も満足に行っていない。死の影を纏う隙間からは手荒い治療の跡と、包帯の下から滲んだ血液が見て取れる。
実力差の上に万全とはいえぬその姿。勝ち目はない、死そのものを宿した剣を持とうとも決して届かぬ地平がある。
(んなこたぁ、アレが生まれた時から分かってたことだ———)
家族として生まれた彼女は、幼子でありながら本質から違うものだった。
何をやらしても完璧にこなす。誰かと競わせればその日のうちに追いついて日が暮れる頃には勝利している。
そんな存在を、ずっと見ていたんだぞ?
あぁバケモンがふざけやがって、人様の尊厳を踏みにじりやがってよォ……。しかも一人で満足げに死んでいきやがった、この手で殺そうと思ってたのが全部パァだ。
だから、代わりにコイツで我慢してやる。
コイツ、さっきなんて言いやがった? 自分はトーカよりも強いだァ?
「…ふざけてんじゃねえぞカスがッ! 同じバケモンでも格が違ぇんだよ、テメエみたいな屑がアレと同じ土俵に立とうってのが見当違いも甚だしいッ!!」
体中に走る亀裂から怒りが滲む。
失ってしまっていたものへの想いが燃盛る。
「この先テメエが死んだところで何ともならねえがなッ、アレが死んじまったら有象無象の雑魚共を誰が面倒見るってんだ!? 同じカスでも役に立つ方がまだマシだってんだよッ!」
ああそうだ、アレは、アイツは誰よりも誰かの役に立とうとし続けていた。その最後が、誰の為に生きたわけでもない存在のせいで死んだだと?
ふざけやがって胸糞悪ィ、バケモンならバケモンらしく居直ってりゃあよかったものを、最後の最後までうだうだと後悔しやがって……ッ!
『ねえ兄さん。私、特級になれたんだ。兄さんの教えてくれた通り、頑張れば皆が認めてくれるんだ!』
そう言った少女の嬉しそうな、純粋に過ぎる顔を今でも覚えている。
恐ろしかった。
何をどうしても敵わぬ存在が恐るべき速度で成長していく。この化け物が、いつか人間を見限った時どうなってしまうのか。年々戦力が低下し続けている自分達に止める術はあるのか。
——皆を、護ることができるのか。
アイツは、ルアックの家に生まれるべきじゃなかった。もっと普通の家に生まれて、自分の能力なんて知らずに死んじまえばよかった。
俺の事なんて、放っておいてくれればよかったのによぉ……。
「テメエらみたいなカスが人様に認められたいだと? 脳みそ湧いてやがる。どれほど力を尽くそうが、行きつく先はコレだ。化け物と人間様の住む世界は違えんだよ! なに自分はアナタたちの仲間です、って面してやがるッ。異物以外の何者でもねェだろうが!」
「はっ、なぜそう思う?」
黒き日輪が睥睨する大地。
開始の合図など何もなく、闇が雷光を襲う。
「理解できねえって訳ねえだろうが! 自分から全員を敵に回しておいて、そんなつもりは無かったなんて言うわけかァ!?」
三度、曲線を描いた斬撃は風に揺れる木の葉のように躱された。
空気がひりつく感覚に襲われ飛び退くと、そこには一筋の雷が音もなく着弾する。
「テメエはこの瞬間だけを生きるためなら、他のモノなぞどうでもいい!? さんざ暴れまわりやがって……、いちいち人間様に迷惑かけてきてんじゃあねえぞオイ!!」
「それを手を貸したお前が言うのか? そして、その評価は間違っている。俺は俺で、考えているさ……! 人間の未来というヤツをなァッ!」
「———ッ!!?」
世界に染み出す闇が急速に展開されると同時、視界全体を埋め尽くす神威の波濤が襲い掛かる。
ただ神威を放出しているだけの単純な攻撃。だというのに規模が違う、出力が違う。放たれた勢いは津波を優に超え、荒れ狂う空気は触れたものを切り刻む。
正面から呑み込まれちまえば、それだけで俺の命など残滓も残さず容易く砕ける。
死を宿した曲剣であれば刃に触れたものは殺しきれる。だが、リベリカとクソガキ、アイツらとやりあった時と同じで空間そのものは殺せない。
あくまで刃に触れた物質と、具象し形をもった神威の結晶のみ。神威によって引き起こされた自然現象まではどうしようもねえ。
「……ッ———、オォォォ、ッ……ラァッ!」
癪に障るが仕方ねえ。殺すのが無理ならよォ、避ければいいだけだろうが!
『神器、具象——旅路を征け、生死導く累石堆』
眼に映る死の世界、その中でさえ生存への道は続いている。
それがどれほど細く険しい道であろうとも、既にこの瞳には踏破するための道が示されている。
もう、止まることは許されねえ。誰かにじゃねえ、俺自身に懸けてだッ!!
「———はっ!」
光と闇の狭間の世界で、血に濡れた夜色の男が正面から波濤を“避けきっている”。
回避を許さぬよう目前の空間一帯を巻き込む形で放ったが、まさか引くこともせず正面から突っ切ってくるとは。
「思ったよりやるじゃないか! 見直したぞ、エイガ・ルアック!!」
「ならッ……、その未来とやらを言ってみやがれええええ!!」
「ぐ、ゥ——ッ!」
神威の波濤を抜けた勢いのままに放たれた蹴りを避けることはできなかった。
決して、体を動かせなかったわけじゃない。ただ、動こうと思えなかった。
自分の前に立ちふさがると思いもしなかった男がこうして命を懸けている。思わぬ誤算、予期せぬ人の輝き、あぁ、これほど嬉しいことは無い。
「ハハハ———。いいぞッ、それでこそ人間の強さ! 圧倒的実力を前に、抗える者が、抗おうとする者がまだいる! この事実を、俺は見たかった!!」
「ざけたこと抜かしてんじゃねえぞボケがッ! テメエみてえなカスに褒められたところで嬉しくもなんともねえんだよ!!」
着地と同時、その手には再び曲剣が握られている。体勢を崩した今ならッ。
「オオオオオオオオオ———!!」
「お前が聞いたんだぞ、これこそが……俺の望む未来だッ!」
「ヂィィィ!!」
それでも容易く躱される。振り切った曲剣は空を切り、失った腕の断面へ向かって、お返しとばかりに蹴りを見舞われる。
「————グ………ォ———ッ! ヅアァアア!!」
気絶しそうな痛みをこらえながら曲剣を横薙ぎに振るう。
「……ッアア!! ———ったく、クソが……っ! 舐め腐りやがる、自分に向かってくる奴がいることが望む未来だぁあ? 永遠戦いたいってんなら、空気相手に一人でやってろ。向かってくるたびに殺してりゃあ世話ねえんだよォオ!」
死の影を放出し、一時距離を取る。腕を失ったことが自分で思っていた以上の重荷になっている。その上、奴は『具象契約』すら使ってこねぇ。俺をいたぶるのが随分と楽しいみてぇじゃねえかよ。
だが、もしも違ったのだとしたら。
「殺された人間がその程度の実力だったというだけだ、人間は弱くなりすぎた。それなら、強引にでも引き上げなければならない!」
距離を取ったことで、再び神威の波濤を起こそうとしている。だがそれはもう攻略済みだってんだよ!
「そう言うのを余計なお世話ってんだ! 敵が居ねえんだったらそれでいいだろうが、どうせ人間同士で戦争なんぞ起きやしねえ!」
雷電轟く波濤を生身で踏破する。この瞳に進むべき場所が示される限り、俺はお前の元にたどり着く。
「それが……問題だというッ!」
「ガアっ!?」
雷電を抜け、再度曲剣を取りだした瞬間に2発目の波濤が繰り出される。俺を中心に巻き起こる竜巻のような波濤。切り殺すが如く防御するが、暴風に織り込まれた神威を減らす程度の効果しかない。
吹き飛ばされぬようこらえつつ、奴の動きを注視するしかできない。
「この世界にはもう敵がいない、それが問題だといっている」
「———、それの……ッ、何が不満だってんだ」
その気になれば首を落とせるくせに足を止めるアイレン。
(さすがのコイツでも……っ、コレで切られれば死ぬのは変わりねえ見てえだな……。それに、他にデカイ理由があるか……)
動こうにも身を護るのが精いっぱいで攻撃に転じることができない。こうなると、奴の攻撃に合わせて動くしかない。
「人間の歴史は戦争の歴史だ。襲撃、略奪、蹂躙、それこそが人間の本質だろう。だが今の世界はどうだ……、それらの何一つ起きていない。人間はちっぽけな壁の内側で日々何もない平穏だけを糧に生きている。護られることが当然だと思い込み、何か起きるたびに他者を頼り切って自分では何も起こそうとしない弱者共……っ」
「……っ」
言葉を追うごとに怒りが上塗りされていく。そしてそれは圏士という存在への民衆の態度そのものに違いない。
「意思もなく、誓いもなく生きている。まるで動く死体だ、その癖声だけは大きいと来た。自らを護っている壁そのものを自分たちで崩そうとしている。その結果がどうなるかなど気にも留めずにな」
「自分たちが必要ないって言われたのがそんなに悔しかったのか? はっ、想像以上に打たれ弱かったみたいだなァ? 悪口言われたから八つ当たりってか。特級にまでなったような奴が随分と軟弱じゃねえかよ」
「だが——」
「——っ!!」
切っ先が持ち上がったかと思った瞬間、竜巻を縦に割る極光が放たれる。注視していなければ竜巻ごと真っ二つにされていた。
話しながらも確実に殺そうとしてきている。どこまでも挑戦者を試そうとしている。
「それも仕方ないことなんだろうとも思う。何故なら、この世界には危険がないからだ。おれの怒りの根源、記憶の奥底で風化した争いはこの世界を一度荒野へと上書きし、人間自体の数も限りなく減少した。生き残った人間は各々街を作り上げ、壁の内側に引きこもっている。足りない資源をやりくりし、ギリギリの自給自足を達成し続ける。それだけならよかった、それだけなら体勢が整いさえすれば人は闘争に引き戻される。いつか必ず他の街を襲い、資源を奪い、自分たちにとって必要ない命を根こそぎ蹂躙せしめる。……そうなるはずだった」
「そうかよそりゃあ残念だったな! それじゃ話は終いだ、精々一人で悲しみながら死んじまえよっ!!」
気を抜くことなど許されねえ、さっきだって目を見開いてなかったら死んでいた。
遠くそびえたった塔のように、たどり着くことすらできない実力差。足元にも到達していないのに挑むことそのものが間違っている。
「テメェの身の上話なんざ興味ねえんだよ…ぉぉォオオオオ——!!」
だが、この手に握るはまごうことなき一撃必殺。
刃が通りさえすれば、肉を裂き、骨を断つ必要すらない。ただ真に捉えることさえできれば勝利することができるというのに。
「だが、そこに人間以外の敵が現れた。自分たちが生きていくためにギリギリの状況で現れたモノが、殺せば資源を産むものならばよかったが、そうはならない。むしろ、残り少ない貴重な土壌さえ奪っていく。これでは人間に先はない、そう誰もが分かってしまった」
「ごっ、が———!?」
刃が届くことは無い。
防ごうとさえすれば『原型』ごと両断できるというのに。……いいやだからか、コイツは決して防ごうとはしない。躱していなしてわずかな隙間を強引でありながらも精緻に反撃してくる。
「だから皆が化け物を殺そうと躍起になった。外敵を殺すための存在を協力して育て上げ、壁を強固に、見知った顔以外は誰も入れぬようにより内側へと——」
「ッヅゥゥゥウウアアアアア!!」
闇に身を隠す。姿だけでなく気配も、存在事消し去って機を狙う。こじ開けに行く。
「おかしな話だろう、敵が生まれれば闘争は激化する。相手が不条理に強ければ乗り越えようと進化の速度は飛躍的に上がる。それぞれが手に入れた神の力を以ってして、いつ戦争が始まってもおかしくなかったというのに」
「が——っ……」
全方位への雷撃。
能力を隠密のために割り振りすぎた。防ぐこともままならずにまともに受け切ってしまう。
意識が飛びそうになっているのに、うざったいことにアイツの話だけは耳に入ってくる。
「人間は簒奪ではなく抑止を選んだ。尽きぬ数いる怨敵どもを消滅させ、いつかこの大地を人類のモノとして取り戻すのだとな。そのために『原型』を生み出し、裏切り者との契約によって『代行者』を宿した。そして、『穢れ』を殺して殺して殺しつくして……、ようやく世界を人の世に取り返したというのに、何が起きたか『武力など必要ない、敵もいないのだから討滅局など解体してしまえ』などという腑抜けばかりになっていた」
「……ツ———ァッ! オオオオオッラアアアア!!」
「一体どういうことだろうな? もしも圏士自身が言ったのなら、まだ分かったのかもしれない。戦う相手がいないのだから自分たちなど必要ない。存在する意味は無いだろう、と。だが、そういった事を抜かすのは総じて擁護されてきた者達だ。何もせずとも、護るものが居なくとも、少なくとも自分たちの命は助かるだろうと思い上がった低能。自ら武力を捨て去ろうとしておいて、いざ必要となればなぜ捨てたのかと騒ぎ立てる阿呆共だ」
「ヅ…ァアア!? 黙り…やがれぇえ!」
止まらぬ言葉を止めるために刃を振るい続ける。触れれば死を烙印する死神の刃、誰もが恐怖するはずだ。常人であれば見ただけで死を想起する漆黒の刃。
(ビビるだろうがッ、普通はよォ———!)
——怪物とて、殺せば死ぬのだ。
名前の刻まれただけの簡素な墓石に対して、何かを言ったわけでもない。
ただ、怪物だと思っていて、どうやっても殺すことができないと恐れていた存在が、限りある命を持つ存在なのだと、本当に死ぬのだと、死んでしまってからようやく分かった。
そんな単純で当たり前のことがようやく分かって、それを為せる武器を持っていて、ただ芯に捉えさえすればケリはつくっていうのに……!
「——————ッ」
死は届かない。
たった数センチ、あとそれだけ踏み込めさえできれば殺せるというのに。たったそれだけの距離が気の遠くなるくらい遠い。
「そうだな……、『穢れ』が人類の敵として象徴となりすぎた。外敵は奴らだけであり、何が起きても隣人が襲い掛かる時が来るという想像すらできないほどに。誰も彼もが考えたことすらないだろう。この世界に『穢れ』以外に外敵が存在することなどない。『穢れ』さえいなくなってしまえば世界は恒久的に平和が続くと、全員が全員信じ込んでいる。何の根拠もないというのに」
「ンなもんッ、テメエの頭の中だけだろうがッ! ———っゥ?!」
距離を詰めれば切り刻まれ、離れれば雷の餌食。
そうなる寸前で生きている。ブロック肉となる所を薄皮一枚で耐え、焼け焦げる前に雷撃を殺す。
一手間違えただけで死を迎える限界の攻防を極小の針の穴を通すように繋げる。血が流れるまでもいかない、肌に触れていく刃の冷たさを感じながら絶望に心を殺されないよう立ち向かい続ける。
「アアァッ、ォオオオオオーーー!!」
挑むたびに叫んでいないと、身体より先に心の方が死んでしまいそうで。
奴の声をかき消していないと、戦う理由が、戦ってきた理由が分からなくなりそうで。
「……初めて街に着いたとき思ったよ。この街の人間は死んでいる。街の中に閉じこり、命を他者に預けている癖に不平不満を口にする亡者の群れだ。自分の命さえ自分で握ることもしないのに、気に入らないことがあれば喚きだす愚図にすぎないとな。圏士が哀れで仕方なかった。どれほど闘争への素質があろうとも、敵がいなくなり続ける中で本質が発揮されることは無い。ただ罵倒され、いつかは街の人間と同様に腐っていく。その結果がコレだ、反逆者一人止めることもできず、逃げの一手しか打つことができない。挙句の果てに、死にかけの裏切り者がたった一人で命を懸けている始末だ。圏士はどこに行ったんだ? 悪から人間を護るための圏士は」
「いい加減黙ってろ!! 長々とくだらねえことばっかりよ! 興味ねえって言ってんだろうがァ!!」
襲い来る稲妻を切り払う。
闇の影では防ぎきれぬ、累石堆ではただ逃げ道を示してくれるだけだ。なら、結局は自らの手で断ち切らなければならない。
「俺は俺の意志でここにきてんだよッ、雑魚共がどうとか、屑共がどうとかなんぞどうでもいい! テメエを殺せばそれで終わる話だろうが!!」
「はっ……、そうでもないさ———」
「なっ———? ごふ……っ!」
血が足りず足がもつれた瞬間を見逃しはしない。ものの見事に腹を貫かれた。
僅かに残っていた熱が流れ出す。
体を貫く怜悧な異物。
「ぐゥ——————ッ!?」
気力だけで持たせていた体の力が急速に抜けていく。
ついに、立っていられず膝をつく。
「そもそも、俺の最終目的だがな、別に戦争を起こそうっていうんじゃない。そんなこと自体、戦い方を忘れた今の人間には不可能だからな」
「なら……何のつもりだ……、づゥ———ッ、テメエは、何のために———!?」
「もうすぐ分かる。いや、それも無理かな。勝利を運命に否定された存在とはいえ、ここで殺しておいた方が良い能力に変わりはない。どんな気分だ? 手の届かない怪物を殺すために手に入れた必殺の神器の代償が、“勝利を得られないこと”というのは」
「……っ———」
「どうあがいても獲物をしとめられない。どれほど優位であろうとも、どれほど強力な概念を宿した武器であろうとも。お前は誰かに勝利することはできない。運命に邪魔建てされて、何も出来ずに影に消えるだけだ。どういう気分なんだソレは。それとも、……安堵したのか?」
「———ッ!! ガァ———ッ……」
残った力で力任せに振るった剣が届くはずもない。振るう最中に蹴り飛ばされ、踏みつけられる。
「そう怒るな、別に馬鹿にしているわけじゃない。むしろ、アイツが羨ましいくらいだ」
「どこまでも、ふざけやがる……っ、羨ましいだァ!? そんなに人間とお友達になりたかったんなら、大人しくしてりゃあよかったんだ! そうすりゃもう少しマシな人生送れたろうよ!」
痛みを怒りで塗りつぶしても出来ることは叫ぶことぐらいだけ、だが俺にもまだ、きっとできることがある——。
「人の未来を考えてるだあァ!? 戦い方を忘れただァ?! つくづくおかしなこと言いやがる。……んなもん、問答無用でいいことだろうがよ———ッ! 争いのない世界、いいじゃねえか誰もが望んで手を伸ばしても届かねえ理想の世界だ。なにもせず放っておけばそうなるってのに、お前は邪魔をしてやがる。なんでか教えてやろうか? 闘争が無くなれば居場所がなくなるからだッ、人間と仲良くしたくてもできないお前は戦うことでしか他者と関われねェ、だから邪魔をするんだよ。……結局テメエは、誰かの為じゃねえ! 自分の為だけに力を振るってるだけだろうが!!」
討滅局の悲願である人類の平和。
あぁ、確かに人間は弱くなったかもしれねえ。敵は滅び、唯一残った外敵足り得る人間も自分たちの街の事で精一杯だ。
だが……、それのどこがいけない。
「敵のいない世界、圏士のいない世界。誰かが命を賭して護る必要のない世界。それこそ平和ってやつだろうが! そんな世界の為に長い長い間、数百年にもわたって人の命を繋いできたんだ。闘争による進化だと? 笑わせんな恥さらしがッ!! お前のような奴を圏士として認めはしねェッ!! 絶対に、ここで終わらせてやる!!」
圏士とは、誰かの為だけに力を振るえる存在だ。
自らを生と死の境界線に置き、命を賭してどこかの誰かを護る使命を持っている。
こんな奴は認めない、認めてなるものかよ!
「俺の命に代えても、お前は倒すッ!!」
「なら、やって見せ……、———ッ!」
「絶対に……離さねえぞ……」
「貴様、どこにそんな力が余っている……っ」
踏みつけられていた腕一本で、自らを貫く鋼の刃を掴む。
これを抜かれたら俺は死ぬ。失血か、首をはねられるか、どっちにしてもだ。
「は……っ、別に、特別な力もいらなかったみたいだな……っ」
死に際に膝をついて、ようやく気が付いた。
怖くて仕方なかった怪物を殺すために得た死の曲剣。
力の差なぞ関係ない、ただ死を与えるのだから怪物は死ぬし、相性も概念も関係ない。
なのに、力を得た代償ときたら“力を用いては絶対に勝利できない”だぁ?
ふざけやがる、どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって。おかげでガキ二人を殺すこともできやしなかった。
けど、結局無理だった。
もしも代償に縛られていようがいまいが、俺はアレを、妹を、……トーカを殺すことなんてできなかったろうさ。アイツの一挙手一投足、その全部が怖かったが、死ぬほど怖かったが……。
トーカほどに俺を認めてくれていた奴もいなかったってのによォ……!
(あぁクソ、本当……情けねえ……)
死ぬ間際にまで来てようやく気付いた。いや、認めることのできた自身の本質。
振り返ってみればただの八つ当たり、それも一人芝居に他ならない。なんて道化だ、馬鹿らしい。だが、それが俺なんだ。だから情けなかろうが馬鹿らしかろうが、ここまでやってきたんだ、最後まで道化をやり切ってやるよ。
「どうしたよオイ……、死にかけ相手にどれだけ時間かけてんだ? 俺の知ってるお前なら、とうの昔に殺されててもおかしくねえ。……そういやテメエ、さっき女とやり合ってた時と違って随分と気分良くなさそうじゃねえか……ッ、何か大事なモンでも失くしたのか?」
「……ッ、———エイガ……、ルアック———!!」
「ッグウウウウゥウウウ………ッ。ハハハ———ッ、図星か? そうだな、一瞬とはいえ協力してたよしみだ。当ててやるよ———ッ」
「コイツ——ッ」
じりじりと引き抜かれる刃が激痛を押し付けてくる。引き抜かれないよう腕と腹筋に力を籠めるたび、痛くて痛くて泣き叫びたくなる。手を離して楽になりたくなる。
だが、そんなことは許されない。今はただの道化だが、これでも昔は圏士だったんだ。
最後くらいよォ……、誰かの役に立ってから死んでいきたいじゃねえかよ。
「オオオオォォ——!」
「グウウウ——ッ! そう、……怒るなよッ……。お前の代償、弱くなることだろ」
「———チッ」
あぁやっぱりな、道理でとっとと『具象契約』使ってこないと思ってたんだ。
使わず勝てるとしても、わざわざ使わない理由もない。とっととケリつけたいなら猶更だ。
雑魚共との戦いは見てた。
『具象契約』によって生み出された数々の攻撃を、神威を籠めただけの斬撃で潰していく圧倒的なその姿は、神話的でもあった。だというのにだ——。
「手も足も出ねえと思った……ッ、俺ではただの一太刀で死ぬだろうってな。だが、俺はまだ生きてる。お前が手を抜いたからか? 違うな……ッ、そういう遊びはしない。少なくとも俺に対してそんなことをする理由がない。トーカの時も、さっきの赤毛女の時も、確実に殺すことのできる攻撃を放り続けるのがお前だ」
全ての攻撃が必殺であり、必殺に繋げるための一撃。その上で挑みかかってくる相手こそをコイツは望んでいる。
コイツと殺し合いをするってことはそう言うことだ。
死を当たり前のように踏破する者、その程度ができてようやく殺し合いに手を伸ばすことができる。小手先の技で死にかけるようなのは論外だろう。
「俺があんな女よりも弱いってのは癪だが仕方ねえ、認めてやる。だが、それでも遊ぶ理由はねえだろ? 俺自身はともかく、この神器は警戒してるんだ……。さっさと殺せばいい」
斬られれば死ぬ死神の鎌。それはこの怪物でさえ対象となる。不確定要素は潰したいだろ? どれほど強かろうが、気を抜いちまえば死んでるんだからな。だが、それでもコイツは使おうとしなかった。
なら、発動に何かしらの制限があるのは当然。
そして、腕もなくしてボロボロの俺が、これまでやり合えてるってのはそういうことだ。
「使う度に弱くなり続ける。ずいぶん難儀な代償じゃねえか……ッ、そろそろ俺でも勝てそうか? おら、使ってみろよ。使わなきゃずっとこのまま、死ぬまで話し相手になってくれんのか?」
「………」
「———ッ!」
沈黙。
互いにこれ以上の手はない。例え体内から神威を流されようとも、持てる力の限りを以って、アイレンはこの場から離さない。
確かに俺はお前に勝てない。だがな、それは別に負けることが決まったわけじゃねえ。俺自身が勝利する必要なんざどこにもねえんだよ。
血の滴る音さえ聞こえそうな静寂が永遠に続くかと思い始めた時、アイレンが口を開く。
「チ……ッ、ああ確かにそうだ認めよう。俺は代償によって弱くなり続ける。だがな、後数回代償を払おうが、お前は俺に届かない。どう転んでも、お前に勝利はない」
「知っ、てんだよ……、んなことは……。で? どうするんだ? この、まま……時間が過ぎるのを待つつもりか? そろそろ、日が暮れるぜ?」
「そうか、死にたいというなら是非もない。記念だ、トーカと同じ方法で死ぬか?」
目の前にいる男から、目が潰れるほどの神威が放出される。
日の差す大地を黒い雲が覆い、再び雷霆が空に轟く。
「思ったよりもやる男だったのは認める。だが、お前に運命が微笑むことは無いッ!」
「———満ちろ昏雲、帯雷し、墜滅しろ」
街一つ覆う規模じゃあない。だが、人一人殺すのには十二分以上の規模なのは間違いない。
「は……っ、随分と……気前がいいな……。そんなに癪に障ったのか? ええ?」
「本来、お前に使う予定はなかった。まだやることがあるからな、無駄なことはしたくない。だが、お前の挑発に乗ってやる。エイガ・ルアック、お前に純然たる力を見せてやろう……!!」
「ガアアっ———!?」
ついに、力を以って無理やりに引き抜かれた切っ先が天を衝く、墜ちる雷撃は目前の道化にすらなれなかった出来損ないへ。
「これで俺の役目も終わり、もう邪魔者はいなくなる。……とでも思ってんだろ!?」
このすぐ後、俺は死ぬ。失血か、首が飛ぶか、雷が降り注ぐか。
まだ、命は残っている。どれだけ細くてもつながっている。なら、最後の最後まであきらめるつもりもない。
「オォ……ッ———!」
俺の持つ、ただ唯一の確かな物。討滅局を裏切って尚、契約を結び続けてくれた喧しい相棒の宿った黒き刃。
これを使う以上、勝利はできないのだとしても、運命に定められてるとしても、それを乗り越えるくらいしてやるッ!!
「遅いぞ———」
「——————!」
拾い上げ、立ち上がりざまに切り上げる。
しかし、俺は俺が思っている以上に弱っていたらしい。立ち上がることすらできず、剣は弾き飛ばされた。空すら見上げることもできず、視界に映るのは自分の血だまりだけ。
(なんともよぉ……、あっけねえ最期じゃねえか……。まあ、俺が勝てるとも思ってなかったさ———)
「決めたぞ、雷を落としてから首をはねる。言い残すことがあるなら聞いてやる」
「……あぁ、そう、だな———」
腹に刺さっていた栓が無くなったことで、体の熱が急激に冷め始めている。もう、手遅れだ。どうしようもない。
残す、言葉。んなもん、聞かれるまでもなく、決まってる……。
「死ね……、カス———」
「そうか」
空が瞬いたことすら見ることなく、朧気にしか見えなくなった世界が白く染まる。
最後に俺のような半端者が、こんな所にまでたどり着くとは思っていなかった。もしもこれで、命を繋ぐことができたというのなら、それでいい。
(中々悪くねぇ気分だ……。アイレン……俺は先に行く……、お前もきっとすぐだ———)
最後の最後まで勝利は得られなかったのが心残りだが、もういい。俺自身が勝利を得られなくても、別の奴が勝てるなら、それでいいんだ。
慣れないお膳立てをしてやったんだ。しっかしよぉ、来るのが遅ぇったらねえんだよ。
もしも負けたら殺してやるからな……、クソやろうが———。
□ □ □
何かを弾く音が聞こえた時に、既に痛みは奔っている。
「———な……ッ!?」
驚愕と共に、自身の胸に突き立った痛みを直視する。
黒き刃、死という名の瘴気を纏い、斬った全てを終わりに導く巨人殺し。
弾き飛ばし、契約者をも無力化したソレが胸を貫いていた。
「ありがとう、……エイガ。君のおかげで、ここまで来れた」
「んだよ……カスが、早かった。いや…遅かったな……。ようやく、……来たか」
荒廃し、原形さえとどめていない大地を踏みしめ、歩み寄る一人の男。
神威によって生み出された雷霆轟く最中でさえ、存在をはっきりと認識できるまでに成長した一人の圏士。
待ち望んでいた、お前ならきっとここまで辿り続けると信じていた。
「待っていたぞ、トーレス……!」
始まりは静かに、互いの神威が衝突する中で感じること。
もう、後には戻れない。
「終わりにしよう、……アイレン」
歓喜と悲哀。
相反する感情を露わにしながら向き合う二人の間にかつてあった、あったと思っていた友情は儚くも消え去ったことを感じながら、ここに終わりが始まった。
『本編について』
・エイガ、具象契約その3(旅路を征け、生死導く累石堆)
回避攻撃行動ともに自分の進むべき道を教えてくれる補助能力。ただ移動は自分の頑張りなのであくまで行き先が分かるだけ。
エイガはあれで努力家なのと代行者(本編未登場)が”エイガくん大好きガール”なので頑張ってくれています。
・エイガの代償
『能力発動中は勝利できない』
誰をも殺しきる能力であるがゆえにもっとも達成したい願いだけは潰された形です。これのせいで性格が更にこじれた感があります。
・アイレンの代償
『能力発動の度弱体化』
肉体的にも神威の制御能力的にも例外なくステータスが下がります。
強さを求めて鍛えても戦うほどやり直しさせられるので、彼にとっては怒りの根源にもつながっています。(ただ回復に利用できたりするのでケースバイケース)
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




