36.信じることが強さならば②
「トーレス危ねえ!」
かけられた声は意味をなさない。
耳に届く前に背後から振り下ろされる刃は、機械のような精密さと速度を以って首を両断せんと奔る。
僕に防ぐことなどできない。自分の為だけに仲間だった人たちを手に掛ける行為、アイレンのやったことと何の違いがあるものか。
違いなんてない、僕とアイレンは同じ穴の狢だったということなのかもしれない。
「ハァ……はァ———、どうして……、どうしてっ!」
「………」
首筋で止まった鋼の刃。彼の持ちうる最速精緻の一撃は、皮膚を奔る根の影によって防がれている。ミカが護らなければ、首を落とされ死んでいた。
「どうしてあなたは、姉さんの遺志を、人々を護るという使命を捨てられるんだ……! それが僕達の役割で、為すべきことなのに……!」
ずるずると力なく地面に膝をつく。
彼は何も間違っていない、ただ自信が持てないだけなんだ。行為の正誤じゃない、自分を信じられるかどうかというだけの事。
人にとっては簡単なようで、あまりに難しい。
「それじゃあ、これでサヨナラだ。出来る限り、被害が出ないように頑張るよ」
自分でもおかしなことを言っているのは重々承知だ。それでも、僕を待つといった、アイレンの元に向かうには今しかないような気がするんだ。
「すごいね……、絵本の中身を空に放り出したみたい」
空を見上げると、太陽は黒雲に覆われ、星のない夜と同じ暗闇。だというのに瞬く雷光は天の川のように迅雷と共に立ち上る。
いや、降り注ぐ稲妻は天を支える柱に他ならない。見上げた先には純白に光り輝く矛盾した世界が広がっている。
対象に大地は、街を覆う壁の向こうから黄昏を思わせる神威の奔流が地上を埋め尽くさんと広がり続けている。美しい輝きだというのに、ここからでも感じる神威は破滅だ。触れるもの全てを枯らしつくし、天上に存在する神々総てを殺しつくさんとする鏖殺の意志。
このまま戦いが長引けばこの街への被害は免れない。雷雲に覆われた向こうが夜になるまでに、破壊はやってくるだろう。
「そうだね、なんにしても急がないと———」
「どうして……、どうして反撃をしてこないんですか……」
「………」
地面に手足を突き、突き付けられた自分の無力さに打ちのめられた青年。彼が疑問を投げかける。
背中を向けたままだからどんな顔をしているのかは分からない。これから先、見ることも無いと思う。もう僕は圏士として、街の人間として生きていくには人の道を外れようとしているから。
「そんなことをしたらきっと後悔すると思ったんだ。あのままミカが防いでくれなかったなら、それはそれでよかった」
首に感じた刃の冷たさを僕は今も感じている。神の力なんかじゃない、人が人の力だけで成し遂げようとした殺意。しばらくは残り続けるどす黒い感情は、だからこそ防ぐわけにはいかなかった。
「きっと、あそこで逃げたら僕は僕を信じられなくなる。ミカなら防いでくれるってことを信じていない僕自身を」
「アナタも……どうか、している……。自分の生死を他人に任せきるだなんて……」
「信じているから、ね。……僕が言えた義理じゃないのは分かっているけど、リッカ君も皆を信じてみてほしい。きっと今よりもいい方向に進めると思う」
「………」
「そうだ、頼みごとをできる立場じゃないのは分かってるけど……。トーカに伝えておいてほしいんだ。……ゴメン、“彼”は思ってたよりも頑固だったよ。って」
「彼……? それは——」
「じゃあね、これで本当にサヨナラだ。僕はもう、この場所に戻ることは無い。……いつか再会してしまった時、敵としてじゃないことを祈っておくよ」
もうこれ以上はいい。下手に話し続けたら前に進めなくなりそうで、フォムド君以外の知り合いに会わなかったのは運が良かったかもしれない。
「行こう」
「うん」
ただ一人、愛する人へと微笑みかける。
言葉と共に返ってくる手の温もりは、どんなものよりも勇気をくれる。
再び空を見上げると、黄昏と夜、雷光による偽りの星々が瞬き、この世に存在しない美しき混沌が広がり続けている。
「………、———」
最後に、見慣れたはずの風景を目に焼き付ける。
二度と、この場所に戻ることは無い。それだけのことがどうして心を締め付けるのか。
「うん……、いい所だった」
心の傷が癒えることは無かったけど、友と呼べる人達がいた。そのことは僕の想像以上に救いになっていたんだ。ここまで案内してくれた一人の友達はバツが悪そうにこっちを見ているけど、邪魔をするつもりはなさそうで握りこぶしを突き付けてくる。
彼なりの応援だろうな。
「はは……、本当に、いい所だったなぁ……」
「残る?」
「ミカ……」
「もちろん冗談。……もう、大丈夫?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
残った思いを断ち切って、全身に神威を浸透させる。向かうべき方向は分かっている。しかし、戦闘の中で移動し続けているせいでここから離れ続けている。
だが、今の僕の力なら日暮れまでには間に合う。いや、間に合わせて見せる。
「これも、成長っていうのかな」
「?」
「なんでもないよ、ちゃんと掴まってて」
「うん」
「あ、あの———っ!!」
「え?」
跳ぶための助走をつけようとした瞬間、誰かに声を掛けられた。
どこかで聞いたことのある女性の声だ。声のする方へと振り返ると、そこには白衣を纏った瞳士の女性が一人。
(確か、最初にナキの言葉で自信を失っていた……)
「はぁ……、ふぅ…。あ、あの、リベリカ二級、ですよね?」
あの日、ミカと出会った始まりの日に観測室でナキとの才能の差に自信を失っていた新人の瞳士だった。
「そう、ですけど。僕に何か?」
何か、ではないだろう。考えられることはナキの事だけだ。
「その、主任の事なんですけど……」
そして、その予想は外れることは無かった。
「実は、主任が行方不明で…。経営してらしたお店もボロボロで……、リベリカさんは主任と仲が良かったみたいなので、ご連絡を取られていないかと」
(ああ———、そうか。誰も、知らないんだな)
「……っ———」
背中に掴まるミカの手に力が籠められる。ミカとナキは切っても切り離せないし、彼女を殺したのは僕だ。そのことはどうやら誰にも伝わっていないらしい。
立つ鳥跡を濁さずというべきか。そういった情報を一切残していないのはナキらしい。
「それで、ご存じ…でしょうか……?」
さっきまでの僕とリッカ君との会話を見ていたんだろう。戦う力を持たない彼女は少し怯えながらも、ナキのことを聞こうとしてくる。その、純粋な疑問からは純粋な心配の念が伝わってきた。
ナキの能力は瞳士の中でも逸脱していたし、事ある毎に問題を起こして他の皆の心労を増やしていたのは間違いない。だけど、それでも信頼されていた。
そのナキを世界から消したのは僕だ。
だからこそ、本来はちゃんと答えるべきなんだろう。でも——。
「ごめんなさい、僕にもナキの居場所は分からない。力になれなくて…、すみません」
「そう、ですか……。そうですよね……、こちらこそ不躾な質問をしてしまってすみません。もしも連絡がとれたら……いえ、リベリカさんは戦場に向かわれるんですよね?」
「はい、それにもう…圏士とも、呼べないでしょうね……」
「いえ、あなたもきっと私たちの為に頑張ってくれてるんだと思います。だから、私達も何かサポートできればと思ったんですが……、私達の式神ではあの神威の密度に耐えられません。灯日の中での通信が関の山なんです。主任の式神なら活動も出来たんでしょうけど、力不足で…本当にすみません……っ」
大きく頭を下げる彼女からは心の底から申し訳なさそうにしている想いが伝わってくる。けれど、僕から彼らに掛ける言葉は見つからない。もう、大きな嘘を吐いてしまっている。情けないけど、これ以上何を言えばいいのか分からない。
「いえ……、僕があそこに向かうのもただの我儘ですから、謝る必要なんてないんです」
「お優しいんですね。主任とも仲が良かった理由が分かった気がします。すみません、邪魔をしてしまって…。ご武運を、あなたの力にはなれませんがこの街の人々の力にはなれるよう頑張りますから」
「……はい、きっとナキも。そうすると思います———」
「はいっ、主任がいない分。私達の力を見せてみせます。帰ってきた時にギャフンって言わせてやります!」
「はい、頑張ってください。僕も、信じてます」
僕に言えたのは、結局それだけだ。
きっと、ナキが死んでしまったことは皆が分かっているけれど、規格外な彼女のことだ。全部が終わった後に、何事もなく生きていても誰も驚かない。
だが、それはもうありえないから。もう、失われた命が還ることは無くて、それを僕は知ってしまっている。残された瞳士の人達がこれからどうするのかは分からない。
だけど、ナキの想いは。人々が平穏な世界で発展していけるように願っていた祈りは彼らにも受け継がれている。その事だけはきっと、間違いない筈だから。
「それでは私も行きます。話せてよかった」
「いえ、力になれないのは僕も同じですから」
彼女にも彼女の使命がある。それを邪魔するわけにはいかない。
去り行く背中を眼で追うことはしない。
進むべき道は違う。僕には、僕にできることを為すだけだ。
「僕達も行こう」
「ええ、そうね……」
言葉をかけ、今度こそ飛ぶための準備を済ませる。
首にまわされた手を確認して助走を数歩、たったそれだけで砲弾の発射準備は整った。力任せに地面をける必要はない。
肉体に染み渡った神威を足に集めると、足の裏全体で大地を感じ取る。魔人の力をもってすれば人間二人なんて羽毛に過ぎない。
なら後は力の流れに身を任せればいい、水面に一滴の雫が落ちる瞬間と同じように、何よりも静かでありながら誰もの耳に届く清廉な音とともに跳び出した。
まさに言葉通り、神話を為した戦場へと向かって。
□ □ □
「待っ、……っ——」
もう手が届かないのは分かっていたし、だからこそ瞳士との会話にも割って入ることはできなかった。でも、どうしても諦めきれなくて、立ち去るその背に手を伸ばしてしまった。
「いいだろ、もうさ」
「フォムドさん……」
「止めようとしたところで追いつけねえよ。いつの間にか滅茶苦茶差ぁ付けられちまった。ったく、悔しいったらありゃしねえ」
頭をぶっきらぼうに掻きながら近づいてきたフォムドさんが制止する。彼の言う通りだ、今の動きだけで分かる。もう、僕達ではトーレスさんに追いつくこともできはしない。
「………っ」
どうする、これじゃあ街の正確な位置は知られたも同然。そもそも大まかな位置を知られた時点で絨毯爆撃をされてお終いだった。……アリスさんが残してくれた時間も、すぐに底をつく。
「で、どうすんだよ」
「え?」
言葉を失った僕へと、何事もなかったかのように喋りかけてくる。
「いや、え? じゃなくてよ、俺たちは何したらいいんだって聞いてんの。代理でも何でもお前が局長なんだからよ。こんな世界の終わりみたいな所に残ったんだ、最後まで付き合ってやる」
「でも、もはや僕達には逃げることしか……」
「じゃあそれでいいだろ、逃げようぜ」
「しかし、それでは———」
「ああもう! うだうだしてんじゃねえぞ。ったく、いいじゃねえか逃げようぜ? アイツらが何とかするって言ったんだったら何とかするんだよ。俺たちには連中の戦いに着いてけるような奴いねえの!」
「ぁ………」
本当は分かっていたこと、本当に分かりたくなかったこと。
世界を、人を護るための組織であるはずの討滅局が、圧倒的な力を前に使命を果たすことができないという現実。
確かにあの少女の言う通り、僕には戦闘経験なんてない。能力も強力な幻覚を見せることはできても、発動中はその場をほとんど動くことができないなんていう代償だ。……到底、戦場へ出向くことはできなかった。
『リッカ、お前はそれでいい。その、なんだ……無理に着いてきても疲れるだろう……』
悲しそうにつぶやく姉さんの姿は、戦えない僕に失望しているわけじゃないことは分かっていた。記憶の中に面影として生きている兄、彼への贖罪を背負い続けているのだと。
——それでも、力になりたかったんだよ。
力の時代は終わったなんて言われ続けて、護るべき人々から存在自体を否定されつつある中ですら、決して護ることを諦めようとはしなかったその背中。
どれほどの相手が現れようとも、自分たちで対処出来なくても、最後に任せられる存在がいる。
だが、最強の存在が言葉通りであればあるほどに、誰もがその力に頼り切る。だからだろうか、『穢れ』の出現が減少していたということもあるだろう。けれど確実に、時が経つごとに圏士は弱体化の一途をたどっていた。
分かっていたんだ、本当は。でも、認めたくなかった。
『いいさ、そういう時代だ。いつか私たちが、本当の意味で必要とされなくなるその時までは戦い続けられれば、……それでいい。それに、全員が全員弱くなっているわけでもない——』
そう言うならどうして、それ以上に強くなろうとするんです。すでに誰もが到達できない領域にいるはずなのに、まだ強くなろうとするのは……どうして?
『いつ私より強い敵が現れるとも限らん。それなら、相手を出来るのは私だけだろう。アイレン? そうだな……、いやアレは周りを巻き込むだろうから使い辛い。それになんだ——』
——最後に信じられるのは自分だけ、だからな。
結局姉さんは、誰も信じることはできないと思っていたんだろう。
強大な敵が立ちふさがった時、自分が地に倒れた瞬間にはもうどうすることもできないということに。 だって、僕達はあまりに弱すぎるから。
「なら……、それならどうしろっていうんですかっ、逃げた所でアイレンの方が早い。すぐに追いつかれてしまうっ! 彼を止める手段すら……」
自分達だけなら全力で逃げおおせれば何とかなるかもしれない。でもそれは許されない、決して人々を見捨てて逃げることなんてできない以上、追いつかれることは必至。
その上、護りながら戦うなんて出来る圏士は誰一人としていない。
「甘く見ていた……、力を合わせれば勝てるだなんて何て馬鹿なことを……。これじゃ———」
「だああああっ!? ウッセえんだよグチグチグチグチィッ! いいんだよもう、そんなことはよォ!」
「し、しかし——」
「確かにルアック局長は…、トーカさんは強かったよ! 街ごと人質にしなけりゃアイレンでも勝てねえと思う。でもよ、あの人が俺たちを信じてねえってのは違ぇだろ!?」
「それが現実でしょう! 肩を並べることの出来る人間がいない以上、信じるだなんて……、がっ!?」
頬に鋭い痛みが走る。
上手く立っていられずに尻もちをついてしまった。痛む頬に手を当てて、フォムドさんを見ると、そこには握りこぶしを放った後の彼がいた。
「んなわけねえだろッ! 本当に死んだのがそんな人だったら誰も残ってねえんだよ! 最後に残してくれた言葉が、最後まで他人の為に残した言葉だったから、俺たちは残ったんだ!! そんな人が、『皆を護れ』って言ったんだぞ?」
「……———」
「そりゃあ……俺たちは弱いけどよ。最期の一瞬だけだったとしても、俺たちを信じてくれたんだ。……それなら、俺たちは応えるしかないんだよ」
鋭い痛みが頬に奔って、それでようやく前に目を向けることができた。
「ああ———。そう、か……」
どうして、僕はそんなことすら分からなかったんだろう。
誰も信じていなかったのは皆に力を貸してほしいと、人を護ろうと先導した僕自身じゃないか。
最初の衝突で何も通用しなかったから早々に倒すのを諦めて、何とか逃げて時間を稼いで。彼らの力を信じていなかった。
この場において誰よりも信じなければならない彼らを、誰よりも信じていなかったのは僕だった。
立ち上がらないといけない。最初から諦めていたのも、最後を決めつけていたのも、終りにしなければ
「……立てるか?」
ぶっきらぼうに差し出され、空いた方の手は殴ってしまったことに対して気まずそうに頬を掻いている。その姿は終わりが近づいてきている中で、あまりにいつも通りだった。
そうか、こういう姿もまた強さなんだ。僕は今まで何を見てきたんだろうな……。
「すみませんでした。そして、ありがとうございます」
「……よせよ、手ぇ出した俺が悪い。で、これからどうすんだ?」
再びの問いかけ。やるべきことはもう決めた。信じるべき相手も既に。
「可能な限り迅速に退避します。どうせ場所はバレるでしょうが、ギリギリまでは粘ります。その間に住民と皆さんで避難を」
「粘るって、おめえトーカさんと同じことするつもりじゃ」
「しませんよ。……僕がここで死んだら本当に討滅局が潰れちゃいますから、死ぬまでは続けるつもりなんです。……とはいっても、このままじゃ強制的に解体されそうですけど」
たった一人の人間が暴れただけでコレだ。そんな危険人物を輩出し、あまつさえ取り押さえることもできない。存在が危険な組織として処理される恐れは十分。
なんとか、そうならないようにしなければ……。
「……無くなったなら、新しく作ればいいさ」
「お、相棒。もう目は良いのか?」
「ああ……昨日よりはマシ、くらいだ」
現れたのはロブスタさんだった。契約の代償で視力を持っていかれたらしい、それでも完全に失っていないだけましか。
それにしてもそうか、新しく作る。か……
「別に、このまま組織でいる必要はないさ。……人知れずに活動する。俺たちには……それくらいでいい」
「確かに、それはいいかもしれませんね。終わった時に生き残ってたら、皆で考えてみましょう。それではやるべきことは決まりました、フォムドさんには先ほどの方針を他の皆へ伝えてもらって———」
「いんや、その必要はねえ」
「え?」
「ほれ」
指を立てて、差したのは一羽の鳥。
「式神……」
それはつまり、いつからかは分からないけど、今の会話はずっと――。
「そういうこった、もうみんなが動き始めてる。きっとすぐ出られるぜ」
「俺たちも、行くぞ。……何か手伝えることが、あるかもしれん」
「わぁーってるって。じゃ、誤魔化すのは任せたぜリッカ、お前が頼りだ! 信じてっからなー」
嵐のように去っていった姿を見送ると、痛みと共に赤くなっているだろう頬に手を当てる。
「……信じてる、か」
この、痛む頬の痛みを忘れることは許されない。
特別な力がこもっていたわけじゃない、ただのげんこつ。でもこの痛みは、愚かだった自分を戒めてくれるはずだ。だからまず、僕も皆を信じてみよう。
人一人にできることなんて、それくらいだから。
「アリスさん、トーレスさん、お任せします。僕達にできないことを為してくれると信じてみます」
彼らの無事と破滅の終わりを信じながら、能力の行使に集中する。
皆が頑張ってくれているのに、僕が手を抜くわけにはいかない。絶対に、誰一人として傷つけさせはしない。
きっと彼自身、自分では気づいてはいないだろう。けれどまさにこの瞬間、己の使命を果たさんとする新たな長が一人、誕生したのだ。
□ □ □
破滅の中心へ向かって疾走する。
まだ距離があるというのに体中へ圧を感じる。
「———ッ!」
大きく跳んだ足下を駆け抜けていくのは音もなく過ぎ去っていく黄昏、触れたものへの殺意が具現した渇きの神威。
それが地表を掠め去る。殺気から注意していなければ何度直撃していたかも分からない。
殺気が僕達へ向かっているなら注意もしやすいけど、アレは世界全てを殺さんという怒りから生まれている。
だからこそ、黄昏が存在する場所には怒りと殺意が充満している。これでは注意しようもない。
「……すごいな、アリスちゃんは。それに、心配だ——」
神威の質、量、範囲、どこをとっても欠点が見えない。確かにミカの言う通り、アリスちゃんほどの圏士はそういない。……トーカとアイレンくらいだろうな。
「……どうして、避けなかったの?」
「え?」
背中のミカが不機嫌気味に声を上げる。まさか避けきれていなかったか!?
「さっき、トーカの弟の剣」
「あ、ああ……。そっちか——」
「トーレスなら防げたし、躱せたでしょう? 念のために私が防いでなかったらどうするつもりだったの?」
「いててて、ちょ、ミカ……。手どけてくれないと前が見えないから——、っとと!」
背後からの強制目隠しを外した瞬間、今度は雷が近くに落ちた。中心に近づけているのは間違いないけど、近づくだけで一苦労だ。
「ふぅ……。悪かったよ、心配させて。でも僕はあの攻撃を、彼の怒りを受け止めないといけない。そうしないと、ただ殺したアイレンと同じだ。そう思っちゃってさ。……これも、自己満足だよ」
「そう……、次は心配させないで」
「ゴメン。でも、ミカなら絶対に防いでくれるとも思ってたしね。信じてた———」
「そ、そんな見え透いた言葉じゃ……! むぅ……、許す、けど……」
「ありがとう。よし、スピード上げるから掴まってて」
「うん」
弾けるように荒野を駆ける。
街を出た瞬間からすでにアイレンの能力範囲内、僕のことはバレている。
いつまで待ってくれるのか、それとも向こうからやってくるのか。どちらにしても急ぐ理由は変わらない。大事な友人を助け、アイレンの目論見を止める。
(アイレンが何をしたいのか、僕にはまだ分からないけど。これ以上させるわけにはいかない。必ず止めてみせる——)
決して折れぬように決意を、覚悟を何度も何度も固める。本当なら届かぬ頂へと挑むんだ、考えすぎるくらいがちょうどいい。
「———ッ!!」
体内で神威を燃焼させ、爆発的に加速する。
引き金を引かれたように飛び出した影は、黄昏の接近すらものともせず、降り注ぐ雷光も追いつきはしない。
そうだとも、大切な人がいる。ならばもう、恐れるものなど在りはしない!
黎明の黄昏を魔人が一人、少女を抱いて戦場へ駆けていく。
かつてその身に受けた雷撃すらも跳ね除けて、ただ真っすぐに恐れることなく突き進む。
いまはただ、大切な人を救うために。
『本編について』
・リッカ、心が折れる
色々と苦労人なポジションの彼ですが、実際のところ補佐官としての能力が高い性格だと思うので、今回のようなことが無ければ裏方として実力を発揮していたことでしょう。
それはそれとして表舞台に立つ必要が出たので頑張ってほしいです。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




