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輪廻の圏士  作者: くろよ よのすけ
35/46

35.信じることが強さならば①



 日の光が差し込み、瞼越しの瞳を白く照らす。

 眩しさから逃げるように身を丸めながら薄く瞼を開くと、腕の中の温もりはそのままに、ミカがこちらを見つめていた。


「ん———、起きてたんだ……」

「……ちょうど、起こそうと思ってたの。でもすぐに、戦いに行くんでしょう? これっきりで寝顔が見れなくなるかもしれないのは、残念だったから……」


 首筋に当てられた手が優しく頬へと伝う。その手は微かに震えていて、終わりが来ることを恐れていることが伝わってくる。

 だから、添えられた手をとると両手で包み込む。


「そんなことない、させないよ。僕も、ミカも死なせたりなんかしない。アイレンを何とかして、またご飯を食べに行ったりしよう。皆も一緒に」

「……ふふっ、そうだね。でも、私は二人きりの方が良いかな?」

「じゃあ、そうするよ」

「ううん、冗談。またみんなで行きたいな……、今度はちゃんとお話ししたいし……」


 僕達の想いが通じ合ったと言っても、不安は決して拭えない。先の事なんて誰も分からないしだからこそ人は全力で生きるしかない。


「ミカ」

「あ、……トーレス」

 ミカの体を抱き寄せると小さな体は腕の内に収まり切ってしまう。

 でも、僕は彼女が強いことを知っている。自らの出生、残り短い命。それらと向き合って尚、運命に立ち向かえる強さを持っている。


「お願いだミカ、ほんの少しの間だけこうさせて。そうしたら、きっと頑張れるから……」

「……ん、もちろん。ふふっ、甘えん坊ね、トーレスは……。大丈夫、きっと勝てる。貴方は一人じゃないんだもの——」


 本当に恐れているのはどちらなのか、いや僕もミカも死ぬのは怖いし、戦いも怖い。でも二人なら支え合っていけるから……、この繋がりがある限りは前に進んで行ける。


「うん……ありがとうミカ、もう大丈夫。……じゃあ、行こうか」

「ええ、でもその前に……その、シャワーを……」

「あー……」

 昨日はあのまま眠ってしまったから、自分達では分からなくても他の人たちからすれば服なんかも大分汚れているかもしれない。


「お湯、まだ出るかな……?」

「あー……」


 幸い水道は生きてくれていたから寒さを我慢して体を拭いてしまうと、家を出る準備を済ませる。


「アイレンの所に行くの?」

「いや、まず本部に行っておきたいんだ。結局、状況をちゃんと把握できてないしね。行けば誰かはいるだろうから……、今はリッカ君が指揮してるのかな? 行けば分かるさ、急ごう」


 しゃがみ込んで背中を向ける。もう当たり前となったこの行為も今日が最後になるかもしれない。


「分かった。……よし、いいよ」

 

 略式契約による肉体の強化を行って本部まで一直線に疾走する。こっちの方ももう慣れっこになってしまった。


(戦いは人を成長させる、か……)


 平穏を望んでいながらこのような事態に立っていることと、この力があるからこそミカを護れるという皮肉めいた現実が頭をよぎる。

 でも、終わりは近い。

 平穏ならその後でも十分間に合うはずだ。今はただ、一つの終わりに向かって走り続けるしかできない。


 本部に到着すると、初めに再会したのはフォムド君だった。生きていたことに喜びを持って迎えられながらも現在の状況を尋ねる。


「俺じゃあちゃんと話せるか分かんねえしなぁ、それに……。いんや、やっぱりリッカの所に行くのがはやいな、っていうかその子連れてきたのか。そういう子は病棟の方でユウキさんとかが面倒を……え、保護じゃない? 連れてく? 何言ってんだお前?」


 討滅局本部の中央広場、そこに自分の持つ以外に4つ。

 トーカの物だった『原型』を用いて強化された神威を纏った彼が立っていた。霧のように視界を遮って広がりながらもその実遠くまで見通すことのできる不思議な現象。

 歪んでいるのに正しく見える。それは彼にとっての世界の見え方なのか。


「じゃ、俺は俺で避難誘導あるからよ」

「ありがとう、助かったよ……それじゃあ」

「おう、またな! えーっと、ミカちゃんもな」

「……そうだね、また」

「ええ、ありがと」


 手を振りながら去っていくフォムド君の背中を見届けると、広場の中央に立っているリッカ君へと歩みよる。


「今、いいかな?」

「あっ、トーレスさん生きてらしたんですね! 本当に良かった。……構いませんよ。ちょうど、こっちの話も終わりました。少しなら時間も取れます」

「そっか、やっぱりトーカの代わりに?」

「はい、とはいっても飾りのようなものです。それでも無いよりは良い」

 案の定、トーカの後釜はリッカ君だった。作戦本部と化している局長室に向かい、再会を果たす。

僕が生きていたことに対して彼も喜んでくれたけれど、リッカ君から現況を聞いた瞬間に怒りがこみ上がる。

「助けに行くなって、どういうこと?」

「……これ以上、戦力の低下は引き起こせないということです。トーレスさん、あなたも戦場に赴かせるわけにはいかない」

「だからって全部一人に任せていいわけじゃないだろう!」

「トーレス……落ち着いて、ね?」

「……分かってる、分かってるけど」


 手に伝わる温もりがほんの少し思考を冷静にしてくれる。

 勝てるとか勝てないの話じゃない、たった一人で挑むという行為そのものが許せない。向かわせた彼らも、向かった彼女も。


「これは……、アリスさんから頼まれたことでもあります。そして、僕達に出来る現状の最大手は他の街に退避し、態勢を整えることしかない。……それほどまでに、彼は強すぎた。ここにいる皆が勝利を諦めるほどに……」

「アリスちゃんは、何て……」


 彼女は強い。それこそ上手くいきさえすればアイレンに匹敵するのかもしれない。けれど、納得はできない。例えアリスちゃんから提案したことだとしても……。


「昨日の夜、今後の進退を考えていた時にアリスさんがやってきた時のことです。話があるそう言った彼女はこう続けました」


  □ □ □

 

 月明かりの差し込む局長室にやってきたアリスは、開口一番とんでもないことを言ってのけた。


「一人で、アイレンの相手を……っ!? そんなこと無茶です、認めるわけにはいかない! それに……あなたのことを信頼していないわけじゃありませんが、もしもすぐにやられるようなことがあれば皆も被害を被る。そうそう許可できない」

「いやぁ、でも時間稼ぎにはそれしかないと思うんですよ。ほら私の契約してる神様? って防御に関しては最強、って感じなので身を挺して頑張れば行けると思うんです」

「ですが、あなたとアイレンの契約相手では……相性が悪すぎる」

「あちゃー、リッカさん知ってるんですか? もう、アイレンの契約相手がインドラ以外の神様かもっていう微かな希望が打ち破られましたよー」


 きっと嘘だ、彼女はもっと前から確信をもっていただろう。その上で自らを鍛え続け、若くして一級の座を手にした。『具象契約』を行うまでに神格への理解が進んでいたならば因縁の相手が扱う雷に反応しないわけがない。どうしても意識が引っ張られる。


「それはダメだ、認められません。貴重な戦力であるあなたをみすみす死にに行かせるわけにいかない。護る力があるというのならその力で皆を護ってください、このままではどちらにせよ撤退は免れない」


 そちらの計画は急げば明日中に何とかなる。問題なのは……。


「時間稼ぎ、でしょう? だから立候補しているのに」

「それは——」


 そうだ、どうしても時間が足りない。式典当日に姉さんが手配した分の市民は既に他の街が受け入れを進めてくれている。でもそれはアイレンが手を出さなかったからだ。今から目に見える範囲で行動を起こせば間違いなく虐殺が起こってしまう。

 しかし、もうそれしか命を繋ぐ方法がない。泥の中を這い進むような醜い生き方であったとしても、失うことよりはずっといい。


「それに私が護衛に回ったところで、私の力が守ることのできるのは私だけで誰かを護ることはできない。神様との契約は無理で押し通すなんてできませんから。最初に私が契約違反で死んで、その後皆が死ぬ。結末は見えています」


 だから、戦いに行かせろというのか。


「自分には誰かを守ることはできないから、戦いに行くと……?」

「ええ……、いつもトーカさんにはいらんことをするなって怒られてきました。最期くらい言うことを聞いてもいいかなって思ったんですけど、やっぱり私は言いつけ守れそうにありませんから」


 切なげに微笑む彼女にかける言葉は見つからない。それは僕がまだ姉さんの死を受け入れていないからなのか。


「ですが、仮に許可を出したとしてどうするつもりですか。すでに定められている以上、神は物語に従わざるを得ないのかもしれない。どうあがいても無残に死ぬだけかもしれないんですよ? それでも行くと……?」

「お伽話くらい蹴飛ばしてやりますよっ、そんな古いお話なんて書き換えてやります。だって私は人間ですから、自分の行き先くらい自分で決めて見せます!」

「ああ……」


 打って変わって明るい笑顔で言ってのける彼女に、何故だか姉さんの面影を見た。容姿も性格も戦い方でさえ、似ても似つかぬ二人に共通しているもの。


「人間だからですか——」

「ええ、人間ですから。やろうと思えば不可能なんてありませんよ」

「姉さんの持っていた『原型』で強化さえすれば、僕の能力で時間さえあれば彼から街ごと隠し通せます。ですが、……勝算はどの程度?」

「んー、2割切るくらいですかねぇ。奥の手はあるにはありますけど……」

「奥の手? それは……」

「内緒ですっ、言っちゃったら奥の手になりませんから」


 人差し指を唇の前に立てて内緒だと言ってくる。この人自分が頼みに来る立場だっていうこと忘れてるんじゃ……。


「い、いえそれじゃあダメですよ! 教えてもらっておかないと許可は出せません……、というかアリスさん。何故わざわざ許可なんて取りに?」


 そう言えば自然に提案をしてきたから疑問に思わなかったけれど、どうして許可を取りに来るような真似をしたのだろう。誰にも告げず向かうこともできた筈なのに。


「え? だって私まだ圏士ですし……? 上司の許可がないと動いちゃダメでしょう?」


 そんなことを聞かれるだなんて思っていなかった。そう言いたげにキョトンとした表情を見せつけてくる彼女は確かに、姉さんが苦労したのも頷ける。


「あ、あー……そう言うこと、ですか。で、ですが駄目です。作戦を立てる上でも伝えておいてもらわないと」

「ふーむ、他言無用ですよ? 言ったら怒りますからね?」


 二人きりの室内で会えて小声で伝えられた内容に、僕は驚いた。


「それは、本当に?」

「まあやってみないと分かりませんけど、後は乗り越えられるかどうかですね。こればかりは練習するわけにもいきませんから」

「………」

「貴方が、敵に回らなくてよかった」


 心の底からそう思う。きっと彼女まで敵に回っていればどうしようもできなかっただろう。強い人だとは思っていた、けれどまさかそれほどまでとは……。

「もう、よしてくださいよ水臭い。私もそんなこと思ったことないですから。それで、許可は貰えますか? リッカ・ルアック局長代理殿」

「……分かりました、許可します。アリス・ナチュラレッサ一級、平和に仇為す逆賊を討ってもらいたい」

「……了解です。必ずこの手で成し遂げて見せます」


 住民の避難は僕が、時間稼ぎとアイレン討伐はアリスさんが。時間もないため、その程度の簡単な作戦会議を終える。その後はあっさりしたもので、別れの挨拶と共にすぐ部屋を出ていこうとした。本当に許可を貰いに来ただけらしい、それも世間話のノリだった。


(本当、よく分からないな……)


 苦笑しつつ見送ると、振り返った彼女が一つ訪ねてくる。


「そうだリッカさん。この後トーカさんにお墓参りする予定あります?」

「え? そうですね、一度は顔を見せておこうかと。……この街を捨てることになりますからね……、ちゃんと報告はしておかないと。ですが、どうしてそんなことを? アリスさんも今から行くつもりですか?」

「いえいえ、私もさっき聞こうと思ったんですけどね? ただ、変な空気の人がずっと立ってたんで行けなかったんですよ。だから今行っても陣取られてるかもしれません」

「そう、ですか……。分かりました、それじゃあ少し時間を空けることにしますよ。では、ご武運を」

「はいっ! 行ってきます!!」


 最後まで明るく去っていく彼女の姿を忘れはできない。

 それは死にゆく者の背だった。そして、向かわせたのは僕だ。決して言い訳なんてできない。だからこそ、僕は僕の役割を果たさなければならない。


  □ □ □


「例えあなたに恨まれ、皆から軽蔑の眼差しを向けられたとしても……っ!」

「……っ」


 胸元にかけていた手をゆっくりと下ろす。彼女の決意を否定したくはない、むしろ賞賛したいと思うほど。だからこそ辛い、そのような覚悟で戦いに赴いた彼女の元へ向かうということ。それは彼女自身の矜持を傷つけることになってしまうから。

 追い続けた背中を超えたいと言った。普通の生活をして幸せになってみたいとも。

 一見相反する展望であり希望、どちらが本当の彼女なのだろう。

 それでも、僕には自ら争いへと向かいながら安寧を求める矛盾を否定することはできない。


「……僕たちは行くよ、そのためにここに来た」

「それは、認められません」

「どうしてか聞いてもいいのかな……」


 彼も引くつもりはない。固く揺るぎもしない瞳はトーカを思い起こさせる。


「見ていただければ分かるように、この霧は僕の『具象契約』によるものです。霧に触れた人間の五感全てを惑わし、幻惑させる力があります。そして、アリスさんが時間を稼いでくれている間にアイレンを術中に落とし、この街を覆うことができた。これでもう彼は僕達を認識できない」

「アイレンなら自分を中心に爆撃すればいいだけだ。いずれ見つかるし、君の限界が来る方が早い」

「ですから、その間に戦えるもの以外を退避させます。今度こそ、態勢を整えてアイレンを———!」

「違うよ。それじゃダメ、だからアリスは一人で行ったのよ」

「え?」


 まさか争いごととは無縁に見えた少女から否定されると思わなかったのか、虚を突かれた彼は言葉を失ってしまう。


「ミカ……」

「アリスはね? ここにいる人たちの中で一番強いから、自分一人で何とかできなくちゃ先はないって思ってる。だから、適当な理由を付けて向かったの」

「い、いや……確かにアリスさんは強い。でも一番ってことはないでしょう、今は本部から離れてる圏士も呼び寄せれば」

「ううん、トーカやアイレンを除いたら文句なしの一番。今なら分かるの、アイレンと、アリスの纏ってる神威がここまで伝わってくるから。ほら——」

「………!」


 遠く聞こえる轟音と雷鳴、破滅を思い起こさせる神威の激突が街を津波のように襲う。空を見上げれば黒雲が立ち込め始め、大地は悲鳴を上げるように震えだす。僕達の周りからも悲鳴が上がり、感じ取った神威によって立っていられなくなった人たちの姿も目に映る。

 『穢れ』であり『代行者』としての性質を持つミカなら、僕達には分からないことまで良く分かるのだと思う。空気を感じ取るように目を閉じ、胸に手を当てる姿は神聖ささえ感じる。


「思ったよりも近場で始まってしまったみたいですね。僕達も急がなければ……」

「だからそれじゃ違うの。あなた、あんまり戦ったことないでしょ」

「なっ——!?」

「ちょ、ミカ……!」


 それまでの対立も忘れ、いきなり不躾な言葉を叩きつけるミカを慌てて止める。

 強く育ってくれるのは嬉しいけど、出来ればもっと優しい言葉遣いをしてほしい……。


「だってこの人、アリス以外の圏士でアイレンの事倒せるって思ってるんだもの。人を見る目がないのよ」

「ミカ、アリスを助けに行くなって言われて怒ったのは僕もだけど、もう少し言葉を選んだ方が……」

「いえ……、その子の言う通りでしょう……」

「リッカ君、じゃあ君は」


 血のにじむほどに握った拳と地面を見つめる瞳からは、事実を受け止める強さと、事実であることへの悔しさがにじみ出ている。


「ええ、僕は戦場へ赴いたことはありません……っ。昔から、姉の背中に付いて行っていただけでしたから、……僕自身が何かを為したことなんて一度もない。その子の言う通り、僕は戦いの指揮をするには足りないものだらけだ」


 自分への無力さと怒りを噛み殺しながら紡がれる言葉からは慚愧に満ちた心が剥き出しになったかのよう。


「しかしだからこそ、今回失敗するわけにはいかない」


 けれど、それで終わりはしない。決して折れぬ強さを持っている。トーカを怪物と言った彼と違い、傍に居続けた青年は無力さを感じ続けてきただろう。

 その上で助け続ける道を選んだのだ。生者を導く、病的に圧倒的な光を常に目前に見据えていたというのに、ただの一度も自分を見失うことは無かった。


「僕には使命がある……っ! その道が後世で間違いだったと断じられたとしても、僕は僕の今できる役割を果たさなければ……! そうでなければ姉さんに合わす顔がない。力が足りなくても、出来ることがなかったとしても、やらなければならない! 皆を救い、悪を討ち滅ぼす! 例え討滅局が悪だと断じられようとも、成し遂げなければならないッ!」


 その様な男が弱い筈がなかった。自身が誰よりも弱く、戦いに向いていないことを理解していながらも戦場を見つめ、その先の未来を彼なりに考えている。きっと、彼が正しい。完全に住民を避難させて態勢を整える。その上で、戦うことのできる圏士全員でかかればいい。準備を整えれば整えるほどに、勝利する可能性も高まる。

 けれど、それじゃダメなんだ。その準備を整える場所には彼女がいない。何時だって明るく笑う赤い髪の女の子。


「……君の覚悟は分かった。でも、僕は行くよ」

「ですからっ! 貴方が街の外へ出ればアイレンに位置が完全にバレて——」

「そうだね、きっとすぐにばれる。何故だか僕を強くするために色々してたみたいだし、今だってきっと待ってるんだと思う」

「それが分かっているならなぜ……」

「アリスちゃんを死なせたくない、それだけだよ。きっと多くの人の恨みを買うことになる。自分たちの命を脅かす人間が身内にいるだなんて恐ろしいことは分かるよ、仕方ないことだ」


 何もせず、一人を犠牲にしておけばこの場は助かることができる。一度逃げた後、ちゃんと準備を整えればいいじゃないか。

 自分は、戦うことのできない人の希望を打ち砕こうとしている。

 悪魔の所業と言われても仕方ない、平穏の為に戦う皆の想いを踏みにじる行いに違いないだろう。けれど、僕はもう迷わないと決めたんだよ。


「それでも行かなきゃならない。君が固めた覚悟と同じように僕も決めたことがあるんだよ」


 家族を喪ってからは、ただ流れに身を任せて、過去を背負い続けて生きてきた。そのくせ過去を見つめることもしないで何も見ないよう聞かないようにしてきたんだ。

 もう過去から逃げたりはしない。


「僕は知らなくちゃいけない。何故この戦いをする必要があったのか、何故今なのか、何故……僕なのか。知らないと前に進めない、進むことは許されない」

「そんな……っ、個人的なことの為に行かせるわけにはいきません。ここで退避しなければどれほどの被害が出るのか、分からないわけじゃないでしょう!? たった一人によって人類が危機にさらされているんです。そして、防ぐためには皆で協力しないといけない! 独りよがりなことを言わないでください!」


 僕の両肩を掴み叫ぶように訴えかける。

 これ以上事態を悪化させるな。たった一人の命と数多ある人の命、人類の未来を見据えるならどちらが大切か。そんなことは分かり切っているはずなのに、目の前に立つ僕が全てをご破算にしようとしている。

 唐突に人類最強と目された姉の跡を継ぐことになり、一手間違えただけで皆が死ぬ。その重責はどれほどの恐怖か分からない。


「なぜ……、アナタはそんなことをしようとするんだ……っ! 僕は人を救わなければならない。最期の言葉を果たさなければ……っ、なのにどうして、ここにきてアナタが邪魔をしようとするんだ!?」

「………」


 ぶつけられる怒りと共に表出する神威は瞬く間に霧と化し、街のすべてを白く染めていく。


「たとえ怖くても、現実を見ないといけないんだ。知りたくない現実でも、不条理な夢でも。それに、こういう言い方はよくないけれど……」

「………?」


 街から一歩出れば罪人に変わりはない。それならもう自分の印象なんて気にする必要もない。

それに、僕にあった元々の願いなんだ。今更変えようとは思わないし、変えられるとも思わない。


「……自分にとって大事な人さえ無事ならそれでいいって思ってしまうんだ。目に映る全ての人を護れるだなんて思わない。だからせめて、手の届く場所にいる人を護りたい」


 これも、一つの呪いなんだろう。

 初めに父が死んだ。

 自分がしっかりしなければいけないと、家族を護れるようならなければならないと思った。けど何の力もない僕には方法さえ分からなかった。

 次に母が死んだ。

 初めて見る化け物に恐れをなして逃げ出した。立てた誓いをあっさりと捨て去って、醜く矮小に逃げ出した。

 最後に妹が死んだ。

 あの時、僕が逃げ出していなければ助けられたかもしれない命の灯。そのことを考えると怖くて悲しくて、何も出来なくなってしまうから。心に空いた孔の奥底に閉じ込めた。


「僕はさ、すごく弱いんだ。一人じゃまともに立っていられないくらいに心も体も弱い。そんな僕が大多数を救うなんてできっこないんだ。そこに大事な人がいるのなら、少数をとる」


 自分勝手だろうか。自分勝手だろうな。

 圏士でありながら無辜の人々の為ではない、自己満足の為だけに力を振るうというのだから。

 皆を護るために、その力になればいいとエイガとの戦いに赴いた日から一週間も経っていない。それなのに言っていることは大きく変わってしまった。

 いや、変わったというよりも本来の位置に戻ったんだ。


「きっと、圏士には向いてなかったんだろうね。人を護るためじゃない、自分にとって大切な人を護る力が欲しかった」


 自分の心さえ見ようとしない人間に、神は力を与えない。

 僕が略式契約も十全に扱えなかったのは、ミカが『代行者』の彼を眠らせていただけではないと、今になって思える。


「だから行くよ。もう終わりも近い、最後の時を引き延ばしても向こうからやってくる。逃げ道なんてどこにもないんだ。だったら、自分から迎えに行かないと。失わなくていいものを取りこぼすわけにはいかない」


 傍に控えるミカを見る。

 かつて失ったモノと同じ姿の少女、今の僕にとって誰よりも大事な女性。

 ミカが居てくれたから、僕は過去を見つめることができた。背負い続けてきた荷物と決別することができた。

 傍にいてくれるだけで頑張れる。そして、傍にいてくれるだけで満たされてしまうからこの手を離すことだけはしたくない。

 だからきっと、リッカ君とは相容れない。名も知らぬ人達のために戦う彼と、大切な人だけ救えるなら構わないと考える僕。

どちらが人として正しいとか、間違ってるとか、そんなことはもうどうでもいい。僕は、僕の信じた道を歩いていたい。


「行こうミカ。アリスちゃんには怒られるかもしれないけど、これは僕達が行かないといけないことだ」

「分かってる。友達だから、でしょ?」

「……うん」


 小さくうなずいて返す。

 僕とアイレンの関係は自分でもよく分かっていない。知らないといけないんだ、終わらせるためにも。


「ゴメン、リッカ君。謝るだけでは済まないけれど、止まるつもりもない。どうしても行かなくちゃならないんだ」

「………っ——!」


 そっと、肩に置かれた手を外すと、僕たちは振り返って外に向かって歩き始めた。

『本編について』

・トーカの原型

 トーカは四肢にそれぞれ『原型』が一体化していましたが、死後分離し、現在はリッカの能力を強化するための外部パーツになっています。本来の実力であれば自身を中心に半径100m範囲程度に幻影を出せます。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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