33.黄昏の彼女①
例え、世界がどれほどの惨禍に見舞われていようとも、いつものように日は昇る。
誰も止めることなどできはしない天体の摂理が、この世界にとって多数の人間へと無情に戦いの始まりを告げる。
「……随分と減った。いや、むしろ残ったというべきか?」
今日は攻撃による開始の合図はなかった。
それすらできなくなったというのか? 殺す気がないのであれば殺すと、そうはっきりと宣言したはずだ。それなのにこの体たらく、この世界は自分の想像以上に弱くなっている。
「これじゃあ手を掛けた意味がない」
失望と共に周囲を見渡しても、アイツはまだ来ていない。そのために色々と面倒な手順を踏んで時間を掛けてきたというのに、これじゃあ拍子抜けもいいところだ。
「略式契約」
宣言している以上、わざわざ手を抜いてやる必要もない。向こうも分かっているはずなのだから文句を言われてもどうしようもない。
この程度で耐えられないならばここで死んでおけよ。才能と時間を捨ててきたお前達にはうってつけの最後だろう。
「くるぞーーッ!!」
契約の発動を目にしてようやく声が上がる。
あぁクソまったく、それじゃあ遅いだろう。なぜ発動前に動くことすらできやしない。
命を拾わせてやって、そのことを全員が分かっているはずだろう。その上でここに立つというなら、技量か精神、またはその二つは群衆の中でも上位にいるはずだろうが……!
「それが、なにを呑気に突っ立ている……ッ!!」
瞬間、大地に雷光がひた走る。もはやそこにあるだけの大地では耐えきれず、空気を焼き殺しながら進む紫電が大地を舐める。
有形無形を問いはしない、塵とて何一つ残しはしないと怒りすら籠められた神の一端。
何もしなければ理解できぬままに死ぬ。そのつもりで放った一撃は本来の想定通り進軍し、そして蹂躙する。……はずだった——。
「なに?」
手ごたえがない。そう感じた瞬間には、目に見えて世界に異変が起こる。
「……蜃気楼、これは……リッカか。なら連中も幻……」
五感が鈍り、視覚も聴覚も正確に機能しない。感覚を惑わす夢の霧、ただ俺を足止めするための行動。同時に、取り囲んでいた圏士共の気配も消えていく。これはただ気配が消えたんじゃない。元々存在していなかっただけだ、存在すらも偽装されていた。
随分と完成度の高い幻影だ。
「アイレン、あなたの言う通りだ。だがもう、あなたの思い通りにはさせない」
瞬く間に霞がかっていく世界。空気中の水分が音を反響しているのか、姿も見せずに聞こえる青年の声はどこから聞こえてきているのかも分からない。
「ほう? 一度は失望させられたが、今度はちゃんと策があるのか? お前では、力押しはできないだろうに」
「ええ、僕には無理だ。姉さんのような才能もなく、……兄のような努力もしてこなかった」
「それがいきなり組織の長に抜擢されたんだ。その上初任務は家族の敵討ちか。どうだ、正義は勝ちそうか?」
「……っ、あなたは、何がしたいんだ。逸脱した力を持っているあなたなら、戦いすら放棄しかけているこの世界の全てを殺しつくす力を持っているだろう。だけど、いつかは競う相手さえいなくなる。そんなこと分かっているはずでしょう。それなのに、なぜ……?」
愚問に過ぎる、そんなことは決まっている。
「俺が、俺であるためだ」
ひとえにそれだけ。それ以外の理由などないし、あったとしても些細なことだろうさ。
「……そのために、皆を殺すというのですか」
「そうだ、そのために殺す。それゆえに殺す。ただ俺がこの世界に立ち続けるために」
「……そうですか。ならば、ただの一歩も進むことなく、その場で立ち続ければいい」
「………」
声が途切れ、気配が遠ざかっていく。
(この霧が『具象契約』なのは間違いない。今無理に突破することこそ術中か?)
まずありえないことだが、圏士同士の戦いが起こった場合は基本的に階級の高い方が勝利する。
正確には、契約をよりうまく扱える方だ。
『略式』を成形し『具象』、『具象』を超え『顕現』。この順序で力を得る圏士は段階的に扱える出力が飛躍的に上昇する。
一つ段階が違うだけで、その差は天地の物。
初めから実力が同程度の者同士でない限り、どのような手を使おうと力量の差は決して覆りはしない。本来ならば、だ。
しかし、それをやってのけたのが特級と呼ばれた男である。だからこそ彼に挑んだ者達の戦意は削がれた。その彼が、警戒をしている。前へ出るべきか、耐えて迎え撃つべきか。
(これが幻覚を見せるものだというなら、いつから掛けられていたかが問題。もしも初めからだというならすでに仕掛けは終わっている)
自分の実力を以ってさえ、一体いつから掛けられていたのか。気づくことのできなかった幻覚。違和感を違和感として認識できていない以上、進むことそのものが首を絞めることにつながる可能性がある。
(影響を完全に消し去るためには『具象契約』まではすべきだろうが……。無駄に代償を支払うわけにはいかないか、面倒だがまあいい)
やることは決まった。いいだろう、構わないぞ。
「やりたいことがあるというなら掛かってこい。それら全てを受け切って完全に返してやる。……とか考えてるんでしょう?」
「———ハっ!」
声を認識した瞬間に全方位へと斬撃を飛ばす。たとえどこに隠れようがこれならば回避はできない。
斬撃が霞ばかりを切り進む中、一際大きな衝撃が発生する。
元々この瞬間までの時間稼ぎだったか。霧は再度生み出されることも無く風に流されて霧散し、これまで幻覚によって惑わされ、隠されていた神威が現出する。
立ちふさがろうとして、炉端の石にすらなれなかった者達とは違う。甘えなどなく鍛え抜かれ、自身のすべてを差し出してでも高みへ上り続けることを選んだ。
純然たる圏士の、人間の神威だ。
幼い頃からいつも後ろをついてきた赤い髪、いつも活発に笑っていたその顔からは笑みは消え、見つめられただけで相手を殺すほどの殺気を湛えた瞳をこちらに向けている。
ああ、お前なら必ず来ると思っていた。だがあえて、こう言わせてもらおうか。
「ずいぶんと遅かったな、来ないかと思ってたぞ……っ。アリス!」
「これ以上、好き勝手出来ると思わないでください。その自信満々な顔も、いい加減目障りです!」
□ □ □
受け切った斬撃を切り捨て、問答無用とばかりに最速の突きが放たれる。
狙いは心臓、読まれていようが何であろうが反応出来なければ同じこと。あなただって生き物なのだから、殺される時くらい大人しく死んでください。
「—————シィッ!!」
「ハッ、殺意は十分だが……技がまだ足りないぞ。時間稼ぎでもしているつもりか? それはリッカの役目で、お前の役目じゃあないぞっ!!」
「くっ———?!」
不意を突いたとは言えない攻撃だったが、それでも常人からは逸脱した速度だ。しかし、それでも容易く対処される。はじき返され、反撃を仕掛けてくる。
「分かってるなら、大人しくしててくださいよ! 子供の相手をしてあげられるほど暇じゃないんです!!」
「子供か、確かにそうかもしれないな。否定はしないさ、俺は俺のやりたいことをしてるだけに過ぎんッ!」
『略式契約』
上空に弾き飛ばされ、地表スレスレを滑空する私に対して着地する暇さえ与えない。
刃が発行したと認識した瞬間、視界が白く染まった。
「この——ッ」
悪態すらかき消され、大地へ放射状の轍を刻む。
彼の攻撃は基本的に回避そのものを許さない。練度そのものが土台となった実力とともに、単体へ向けられた斬撃。その余波一撃一撃が広範囲に放たれる。
「どうした、この程度受け切れないなら先はないぞ」
一撃で終わらせようと思えばできるはずだろうに、相手を試すための児戯にすぎない。
「……ええ、その通りですね。ならこれで満足ですか?」
撒き上がった砂煙を両断し、互いを見やる。
直撃を受けたはずだというのに、彼女は一切の無傷。舞い上がる砂汚れすら見受けられない。
「ああ、そうか。日は上がっているからな。そのための時間稼ぎか?」
「どうでしょうね。足りない頭で考えてみたらどうです?」
「ふっ、会話にならんな」
「………ッ———!!」
言葉はなく刃を繰り出す。得意とする突きだけではなく、縦横無尽に切り刻むために刃が躍る。軌跡は閃光となって空を舞っている。
「はっ———、大分、上達したじゃないか。日々の訓練の賜物か」
「くっ」
だが難なく捌かれる。刃で逸らし、身を躱し、必要とあれば手足が飛んでくる。
刃同士が触れ合ったことによって生じる火花と共に、刃に帯電している雷光が飛び散り瞳を焼こうとする。伸びた紫電が舌を伸ばして空気を焦がす。
「相変わらずですねっ、戦いとなると口数が多くなるッ!」
「そうか? そうかもな、言ったろう。俺にはこれしかないんだよ」
「——ッ?!」
早くも動きが見切られ始めた。
腕に伝わる衝撃と共に、完全とはいかないまでも自身の制御から外れ、大きな隙を生む。
「だったら、突き詰めるしかないだろうが」
音を置き去りに振りぬかれる白雷の刃。置き去りにされた紫電は後を追うように、空気の壁と共に衝撃波となって襲い来る。
「———ズァ……!」
わき腹から侵入した衝撃は、上半身を吹き飛ばさんとばかりに荒れ狂い、五臓六腑をぐちゃぐちゃにしながら突き抜けていく。
だが、その体はまだ男の前に。足は大地に根差し、光速の刃を体で受け止めきっていた。
肉体に触れている以上、雷はその性能を発揮し続けている。刃から放っただけで大多数を殺しきる神の雷。それを真に受けていながら耐えきっている。
なんて、素晴らしいのか。
「ったら……」
「ああ——」
つい見とれてしまっていた彼の武器が掴まれる。薄く鋭い、切ることよりも斬ることに主眼を置いた造形の刃を手袋越しとはいえ手づかみだ。刀を引けば指は簡単に切断され、人はそれだけで満足に戦えなくなる。
その上雷光が今も変わらず奔っている。俺を捕まえるための行動とはいえ、そのまま死に向かう愚者の行為と言わざるを得ない。
わざわざ挑んできたのだ。こちらも手を抜く必要などみじんもない。このまま出力を上げればそれだけで肉体は麻痺し、動けぬままに死を迎える。
「だが、お前はそうじゃないだろうな……信じているぞ。アリス」
お前の性能を、器を、心を。俺はこの場において誰よりも信じているぞ。
だから見せてくれ、そのためにここまで生きてきたのだから。
「……だったら、一人でやっててくださいよッ!!」
刃にたたきつけた神威、だがまだ足りない。
アリスの怒りによって溢れ続ける黄昏の神威を凌駕することもできていない。
「はは——っ」
傷一つ、痛み一つ見せない彼女に、つい笑いが込み上げる。
まさかここまで成長していると思っていなかった。あぁ許してくれ、手を抜くつもりなんて一切なかったんだ。ただ、見誤っていた。
「こ、のぉおおおお!!」
弾き飛ばしたアリスの攻撃が、更なる神威を纏って振りぬかれる。細剣の形状をした『原型』は、収めきれない神威の膨張をもって何物をも粉砕する破城槌と化している。
「来いッ———、ガアッ———!」
殴り飛ばして打ち砕く。刺突を本来の用途とする武器とは思えない、無理やりな戦いかた。
それがあまりに面白くて、回避することなく受け切った。
勢いを殺しきれずに足は地面から離れ吹き飛ばされ、一条の墜星となって大地を駆けている。
「ぐッ、ズゥゥゥアアア———ッ」
吹き飛びながら標的へと目を向ける。だがすでにそこには立っていない。
(ならば——)
さらに影の流星が一条駆ける。
「逃がしはしないッ」
それは一体、如何なる速度か。自ら吹き飛ばした相手に追いつくばかりか、さらに追撃を仕掛けようというのだから。その上、かつて宵闇を纏った男が行った物よりも速度は凌駕している。
もはや彼らの戦いに音が追いつくことはできない。
それぞれの技が、視線が、意志が、ただ覚悟がぶつかり合う戦場と化している。
「ハアアアア、ハアッ!!」
大地を蹴り上げて飛び上がる。纏った神威は剣先へと収束し、限りなく小さな極点として照準を定めている。太陽を遮る人影は既に攻撃を放つ体勢、防ぐなど間に合うはずもない。
「オオオォォオオオッ!!」
放たれるは収束の極点。剣先から視認することもできないほどに細く、鋭い神威が点となって大地に降り注ぐ。
「ぐっ——ォォオ————!!」
流星が進むと共に地表が崩壊していく。
限りなく収束された神威は放たれるとただ真っすぐに、対象を貫き壊し破砕する。
雨のように降り注ぐ攻撃をまともに受け切らないよう刀で逸らす。受ければ最後、地表にたたきつけられ身動きが取れなくなった瞬間に本命の一撃が見舞われる。
「食らうのも一興だが……、それは後だっ!」
「……っ!」
再び刃に雷光が奔り、途切れることなく続いた極点の豪雨が刹那の間降りやむ。
刹那、神雷が地上から天へと上り立った。
迎え撃つは黄昏色の神威。視界に入る大地を覆い圧殺する、極大の神圧。
空と大地の狭間で極光が生まれる。
目に見える全ての影を一掃する輝きは二人を覆い隠し、ぶつかり合い拡散した神威が無差別に、死に絶えた大地へ向かって自らの威光をまき散らす。
「っつぅぅぅ……、やはり具象は必要……ですか」
『具象契約』もせずに無理をするものじゃない。おかげで必要以上に体力を使ってしまった。
(ですが、これで私の能力なら彼の攻撃すら防げることが分かったことは大きい———)
神威の衝突で発生した衝撃波によって、中空へ投げ出された。
地上へ目を向けると、大地は砂煙に覆われてどうなっているのか見えない。気配を探ろうにも神威が充満しすぎていて判別不可能。
「さぁ……どこから——」
仕掛けてくる。
今ので仕留められただなんて思ってはいない。そんな程度でくたばっているなら、とっくの昔に死んでいる。所詮今までは小手調べにすぎない。どちらも『具象契約』すら使っていないのだから手の内を見せたとは言えない。
そして、時間もそろそろ足りる。
「期待通りと言ったところだな」
「———ッ!!」
振り向きざまに剣を振るう。
不完全な態勢では威力もでない。アイレンとつばぜり合いとなった状態で落下を始める。
「ずいぶんと上から目線ですね……! 負けないとか思ってますっ!?」
「ああ、お前には負けんさ。だから手を掛けなかったんだからな」
「……ッ、言って、くれますね……! あんまり舐めないでくださいよッ!!」
重力に従って地上に引き寄せられながら、打ち合う。
「はっ、気を悪くしたか。なに、俺なりの誉め言葉だ」
「そうは、聞こえませんッ!」
地上に到達する寸前、お互いに一際強く刃を叩きつける。
契約による純粋な身体強化のみのものだったが、双方がいったん距離を取るには最善だった。
衝突によって生まれた衝撃波を中心に土煙が外へ押し出されたかのよう。もしも空から地上を見やれば、立ち上り続けている土煙の雲海の中、二人がいる空間だけがぽっかりと穴が開いているように見えるだろう。
距離は二十メートル弱、一歩あれば踏み込める。だがその前に、聞くべきことがある。
「アイレン、トーレスさんの書類を隠滅したのアナタでしょう? どうしてそこまでするんですか、彼にそこまでこだわる理由が分からない…っ」
犯人不明の書類紛失。それも対象はたった一人だけで、これまでの行動からしてもこの男が犯人だとしか考えられない。だが、理由が分からない。一体なぜ、そこまでするのか。
「あぁ、そうだな。その内誰かが気づくかと思ったが、案外バレなかったよ。まったく、機密文書だというのにな。管理がずさんにもほどがある」
「私は、何故かと聞いたんです。この期に及んで世間話をするつもりはない」
余計な言葉は必要ない。いつでも斬り込めるよう構え、切っ先を向ける。
「もし、答えないと言ったら?」
「斬ります」
「もし、知らないと言ったら?」
「斬ります」
「もし、お前には関係のないことだと、言ったら?」
「———ッ————!!」
土の雲海に孔が開く。
切っ先から放たれた極点は寸分たがわずアイレンの頭蓋を狙い、首の動きだけで回避された。
そのまま飛び去ると、立ち上る土煙の奥の景色が垣間見え、空気の流動によってすぐにふさがれた。
「……どうしてこうも俺の周りにいた女はすぐに力に訴えるんだ」
「アナタがそれを言うんですか? トーカさんに無抵抗で殺されるような攻撃をしたアナタが」
「時間があれば相手をしてもよかったが、時間は有限だ。本命ではない相手にそこまで時間も労力も掛けたくなかった」
「最低です、本当に……」
「そうか? 誰だってそうだろう。そういうお前だって昨日は姿を見せなかったじゃないか。誰も彼もが死に瀕している中で、最上位の領域にいるお前が現れなかった」
「アナタが誰も殺そうとしていないことが分かっていたからです」
「だから自身は参戦する必要は無かったと? はっ、そういうところだアリス。そうだその通り、俺は昨日の時点で誰も殺すつもりはなかった。いや、その気が失せたというだけだが……」
隙が生まれることなんて何も考えていないかのように顎に手を当て考え始める。
だが踏み込めない。純粋に過ぎる透明な神威が、見えない壁となってジリジリと広がり続けている。
「そうだな、それならばもう一度聞こうか。アリス、昨日はどうして向かってこなかったんだ?」
「それは……、さっきの言葉以上の理由はありません。殺す気がない以上、下手に挑発する必要は——」
「ああそうだ、もしもお前がやって来ていたなら被害は出ていただろうな。打ち合いになれば巻き沿いで死人がでただろう。お前が背中を見せるような姿を晒せば、俺は怒りで死人を出したろうさ」
「……そこまで、私を買ってくれていたとは驚きですね。それで、何が言いたいんですアイレン。誰も傷つけたくない、死人を出したくないんですよ。それならそのために動くのは当然のことで、なにもおかしなことじゃない」
昨日、私が出ればそうなるということは感じていた。
彼は私の実力を把握している。そして、他の圏士よりも強いと判断している。
本来、小手調べをする必要もないし、初撃から殺すためにかかってくる。そして、その攻撃に耐えられる者はそう多くない。
今の攻防だって体が鈍っているから動かしておこうだなんていう、ほんの気まぐれにすぎない。
だから、前に出ることはしなかった。彼が癇癪を起こしたならば、その時には皆の盾となればいい。
そう思っていたから、だから今日この瞬間は好都合だった。生命の潰えた荒野。ここであれば誰も傷つくことは無い。
「皆を護る。そのために私はここに立っている。アナタの殺した彼女の使命を果たし続けるために……!」
怒りを表し、切っ先へ神威を収束させる。どれほど厚い壁に断絶されていようが関係ない。貫いて、打ち殺すだけだ。怒りと共に殺意を向けられたアイレンはしかし、何も感じていない。彼の実力ならば壁が打ち破られたとして避けられるという自信からか。
「いつからかお前は、何に対しても大きな反応を取るようになった。目に映るもの、触れ合うもの全てに対して、一々大げさに過ぎるほどに」
「……っ、何の、ことです」
「一度であれば、そういう気分だったと思う。二度であれば偶然だと、だが三度目以降も続いたのならそれは異変だ」
「ひどいこと言いますね、私がおかしくなったって言いたいんですか? 誰よりもおかしなアナタが」
「いいや、異変が起きたと言ってもそれが好機を生むこともある。例えばそうだな———」
「———くぅッ!」
何の前振りもなく、壁となった神威が崩落し、雪崩のように襲い掛かる。大海原の波濤を思わせる量と勢いに完全に飲み込まれる前に大きく後方へ跳ぶ。
「爆弾の……アレなんかもそうだろう。偶然土に混ざったのをきっかけに人の繁栄に役立った。まあ爆発物である以上争いに使われもしたが、それだって扱うものからすれば最高の兵器に違いない」
「何がっ、言いたいんですか!!」
跳び去りながら数度の刺突、斬撃を飛ばすが片手間に弾かれる。弾かれた神威は荒野の奥へ着弾し、大地を破砕する。
(やはり体勢を崩さないと……、正面からじゃ分が悪すぎる……)
「なに、別にお前が劣化したわけじゃないと言ってるんだ。むしろ強くなるのには近道だったろう。なんせ、人の持つ煩わしさから解放されたわけだからな」
「分かったような口を!」
一度でダメなら何度でも試すだけだ。異なる角度、出力、形状を模索し幾度も幾度も、雪崩の先へと攻撃を行う。
「神やら運命なんてものは不条理なものだ。頭を垂れ、跪いて求めたモノは与えられる。だが、その代わりに真に追い求めたものには追いつけなくなる。心から恋焦がれていようが関係ない。手を伸ばそうが、声を枯らそうが、二度と手には入らない」
弾かれる、逸らされる、押しつぶされる。
放つ神威は悉く雷光に阻まれ衝撃は刃に殺される。
「クソッ……!」
やはり、この程度では届かない。何とか隙を作った瞬間に全力を叩き込まないと。
彼を、黙らせないと。
「誰のために戦っているつもりだアリス。自分の為にしか戦うことのできないお前が、誰かの為にだなんて無理に決まっているだろう。なんせお前は——」
「……黙、れェ!」
大地を踏み抜く。ひび割れ砕き押し込んで、即席の発射台を作り上げる。
眼前には神威の壁、巻き込まれただけで雷光に身を焼かれ、吹きすさぶ風が切り刻もうと刃を振るう。だけどそんなものは全て置き去りに、軌跡も残すことない速度でただ一直線に最速最高の刺突を放つ!
「———ッ!!」
飛び出した衝撃で踏み込んだ地面が消えてしまったが関係ない。
身を小さく、切っ先へ神威を収束。
もう自分の意志で止まることはできないし、止まるつもりもありはしない。ただ速く、ただ貫くためだけの殺戮機構。
自分があまりにも速く動いているせいか、感覚が研ぎ澄まされる。大きく開いた瞳には、漂う土煙の砂粒一つ一つが判別できる。大地を奔る雷光ですらコマ撮り写真のように断片的な動きに見えるほど。
「そうだな、こうしよう——」
その中でもアイレンは動き始める。
静から動へ、ここまで感覚が研ぎ澄まされてようやく見ることの出来た動き。
あまりにも流麗な体の運び、瞳を引き付ける人体の到達点に、私は——、つい、見惚れてしまったのだ。
「トーレスのことだが、俺に一撃でもまともに食らわせれば教えてやる」
迎撃の為に刀を振るっているだけなのに、そこには武器を振るううえで人体が適え得る全てを満たした動作、素人が見たとしても無駄が一切ないと分かるもの。
草原を渡る風のように、流れる川の水のように、舞い落ちる雪のように……、自然に揺蕩う無空の理だ。
(あぁ——)
だから、分かってしまった。
私の攻撃は、届かない。
『本編について』
・アリスの実力
一級圏士の中では疑いようなく頂点です。他圏士の実力が年々減り続けていることを差し引いてもアリスに勝るものはいません。
討滅局内部において、アイレンを相手に真正面から勝つための訓練をしていたのは彼女くらいのものでしょう。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




