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輪廻の圏士  作者: くろよ よのすけ
32/46

32.過去を見ないように③

「それじゃ、もう大丈夫かな? 閑話休題と行こう。ボクもこれ以上惚気に当てられてしまうのは避けたいしね」

「うん、もう大丈夫。ゴメンね、時間がないって言ってるのに」

「いいのよ、これまでずっと寝てたから退屈してるだけでしょう?」

「まあ……、それも確かに。でも眠っていたのはお姫様のせいじゃないか」


 悪戯っぽく笑いながらミカの言葉を肯定する彼は、皮肉を言いつつもなんだか楽しそう。


「そう言えば、眠ってたっていうのは、僕が初めてエイガにと戦った時に契約できなかったことと関係してるの?」


 そういうと、彼は楽しそうにコーヒーを、ミカはなんだか気まずそうに水を口に運ぶ。


「……やっぱりあるんだ」

「ち、違、……ううん、やっぱり違わない……」

「アレはね、僕の容量不足さ」

「容量?」

「そう、そもそもボク達って、人間二人以上と契約できるほどのキャパシティ無いからね。お姫様との契約を終えた時点でボクはギリギリだった。だから、存在そのものが近いお姫様へ、一時的に『代行者』としての力を委譲することでボクは消滅を免れた」

「そんなことできるんだ、……それじゃ目が覚めたのは一昨日くらいなんだ」


 地下空間でのエイガとの戦闘。死に際に『具象契約』を行う時、ようやく彼は応えてくれた。なら、それまでは眠っていたわけで——。


「残念、実はもっと早かったりするんだなこれが」

「え? で、でもそれならエイガにやられた後でしょ? それだと……、ミカが流暢に喋り出したあたりとか?」

「………ぅぅ」

「くくく……、そこまで気にしなくても大丈夫さ。少なくとも、お姫様相手に彼は怒らないだろうから」

「え、ミカが何かしてたの?」


 おかしそうにくつくつと笑う彼の目はミカに向けられていて、彼女が関係しているのは間違いない。

えーと、それだともっと早かったってこと? ……何時からになるんだ? 


「……———から……」

「え? ミカ何か言った?」

「だから……、私が……初めてトーレスと会った時から……」

「えーと、……つまり最初から?」

「……ぅん」


 眼を逸らしながら肯定するミカは酷く気まずそうに明後日の方を見ている。彼の言う通り怒ったりするつもりはないけど、それならどうしてトーカが調べた時も反応がなかったんだろう。

 ここで答えてくれそうなのは彼だけだ。優雅にコーヒーを口に運ぼうとしていた彼を見ると、聞きたいことに気づいてくれる。


「はは、まあそう言うことでね。実は最初から僕は活動できていた。……はずだった」

「はずって、今話してるように大丈夫ではあったんでしょ? ならどうして」

「ボク達ってさ。契約した時に主従関係結んでるわけなんだけど、当然お姫様との契約でもそれは変わらなかった。するとどうなるか? まだ完全に人の姿で活動していなかったお姫様は、どちらかというと『穢れ』寄りだ。『代行者』って言った方が良いかもしれない」

「そのことってそんなにも違うものなの? ミカは初めて会った時からずっと人と同じように歩いてご飯を食べてるけど……」

「『穢れ』っていうのはさ、狭間の存在なんだ。霊的存在なのに、物質に干渉する仮の肉体を持っている。ボク達『代行者』は魂っていうのかな、仮初めと言えども持っていた肉体を完全に捨てて、『原型』に宿った純粋な魂」


 かつてあった人との契約。彼らが世界への干渉を起こさないように取ったのがこの方法か。すなわち、魂だけなら無害の存在なんだろう。だけど、肉体を以って食事をとろうとすると、世界が一時的に荒廃する。だから、かつての圏士は魂だけを取り出した。


「キミがお姫様を助けた時、まだ彼女は『穢れ』だった。だからこそ、仮初めの肉体を持ち、世界に悪意をばらまく存在だったわけだけど……。言ってしまうと、どちらにでもなれたんだ。魂だけか、肉体を持つか。『穢れ』か、『代行者』か、はたまた人間か。そこで賢い我らがお姫様は——」

「……もういいよ、私から話すから」

「おや、そうかい。では少し黙っておくよ」


 両手を上げて降伏を体で現す。彼の立ち位置が良く分からない……。


「えと、それでミカは何をしてたの?」

「その、ね? アイレンの攻撃でやられちゃった後に、魂だけになってトーレスの『原型』に入ったの。その後、アリスがトーレスの病室に持って行った時、外に出て……。でもその時は無意識でやってたから私も気が付いたらベッドの中で……」

「寒かったからベッドの中に、か……なるほど謎が解けた。それじゃあ彼はどうして契約できなかったの?」

「そ、それは……えっと、そのぉ……」

「ん? トイレかい? ———おっと!」

「ちゃんと話すから静かにしててっ」


 またしても飛んでいくコップだけど、今度は避けられてしまう。エイガへの態度を見ても、ミカもなんだかたくましくなってきたように思う。その内尻に敷かれるかもしれないな……。


「えーっと、私がね? 私が、起きないようにしてたと、いうか……」

「ミカが? じゃあ———」

「で、でもねっ。危なくなったら起こそうってちゃんと思ってたの、でも……私が頑張ればいいかなって思って……、その……ごめんなさい」


 すると、ミカは僕の役に立ちたいがために主従関係を利用して、彼を活動できないようにした上で、自分の能力を使って戦おうとしていたというわけか。なんというか、本当なら怒るのが正しいのかもしれないけど……。


「———」


 ずっと頭を下げてるミカを怒る気にはどうしてもなれない。……これが、惚れた弱みなのかもしれないな。なんて、馬鹿なことを考える。

 でも本当に怒る気にはどうしてもなれない以上、頭を上げてほしい。


「ほら、怒ってないから。ミカはミカなりに頑張ろうとしてたんでしょ? それにそのころは今よりも全体的におぼつかなかったし」

「ほうら、彼が君に怒りをぶつけるはずないだろうに」


 案の定ミカをからかう彼は常に楽しそう。


「……うるさいっ———。でも、ありがと」


 対するミカも、文句は言っているけど悪くは思っていないみたいで、なんだか不思議な関係だと思う。すると、答えは出そろったとばかりに彼が話し始める。


「まあそういうことでね、僕はお姫様のお願いでずっと寝てたわけだ。原理としてはアイレンが『代行者』を殺したのと同じでね、『原型』に二人以上『代行者』は存在できない。どちらかは弾かれる。それと同じで、『代行者』として彼女が主導権を握っている以上、ボクには何もできないのさ」


 だからミカが彼との主従契約を破棄するまで彼は活動できなかったし、エイガとの戦いではミカが疲弊したからこそ、僕の呼びかけに応えることができたのか。

 そして、僕の契約も知らずミカを経由しての物だった。そのせいでミカにも容量不足が起きて、必要以上に消耗してしまっていた。


「なら、現実のミカが苦しんでるのは、もう大丈夫なんだね」

「うん、もうさっきのやり取りで主従契約は切られちゃったから。でも安心して、私の能力は私自身が契約してるから、これからも助けられるよ」


 『代行者』を介さない自分自身での契約、神とつながるというのはどういう感覚なんだろう。


「私の我儘のせいで、トーレスも危険晒しちゃったけど、本当なら彼をどうこうする権利は無いんだもの。だからもういいの、トーレスの好きなように働かせてあげて? ただ、口数が多いのが難点だけど」

「ふふっ、そう言わないでくれよお姫様。心配しないでくれて構わない。ボクは仕事に手を抜くような男じゃないからね。多分」

「そう。それなら期待しておこうかな? ね、トーレス」

「うん、まあ僕に従ってくれてるくらいだし、君の力を疑ったりなんかしない。これからもよろしく」


 手を差し出すと、彼は少し目を見開いて、一瞬だけ微笑んだ。


「……ああ、こちらこそ。なんだか、懐かしいな」

「そうかな、……そうかも。はは——っ」


 それは、初めて契約した時の春、アイレンにただ連れてこられただけの僕が選んだのが偶然彼で、その時も握手を交わしたというだけの事。


「ふ……っ。さて、そろそろ外に戻った方が良い。キミから奪った契約内容も元に戻った。現実のお姫様も大丈夫のはずだしね」


 それぞれが椅子から立ち上がると、中天には上弦の月がのぞき込んできている。

 その表情は、笑っているようにも見えた。


「それじゃあ、行くよ。きっと、君の力が必要になる」

「あぁ任せてくれたまえ。キミ達の為なら全身全霊を尽くすよ。とはいっても、実際に戦うのは君たちだが……」

「気にしないの。私とトーレスなら大丈夫だから」


 少し考えこんでいたそぶりを見せていた彼も、その言葉で飄々とした笑顔を取り戻し、今度こそ意識は現実に戻される。意識が夜闇に融けこむ中、最後に声が届く。


「じゃあね。トーレス、ミカ。ボクは、いやボク達は皆がキミ達のことを想っている。だから、生きてまた会いたいな」

「……うん、きっと———」


 それだけを返して瞳を閉じる。周囲は暗闇でありながら、その実温かさを感じるものだ。

 『穢れ』と人に呼ばれた彼らが、本来持つ温かさ。もっと早く、人が知れていればと思うけど、それはずっとずっと昔の時点で手遅れになってしまった。

 だからせめて僕達だけでも、ちゃんと覚えていようと思う。彼女が居なくなってしまうその時までは。

 

  □ □ □


「ん———」


 肉体の感覚が戻ってくる。

 差し込む光は薄い月明かりだけ、そして目の前にいるはずのミカがいない。


「……っ、ミカ!?」


 腕の力で勢いよく起き上がり周囲を見渡すと、縁側へ繋がる戸が開いていてカーテンが風に揺れていた。まさかどこかに行ってしまって——。


「こっちだよ」

「はぁ———。よかった、どこかに行っちゃったのかと思ったよ……」

「ゴメンね、ぐっすり眠ってたからつい」


 安堵の息をつきながら外にいたミカの隣へ向かう。


「ほら、風邪ひくよ。病み上がりなんだから気を付けないと」

「ありがと、あったかい……」


 外へ出る時に持ってきた上着をミカの肩にかける。さっきまで熱を出してたんだから急に冷やすのは体に悪い。縁側に座る彼女の隣に腰を据えると一緒になって外を見る。


「でも、どうして外に? もう、何も見えないけど……」


 人がいなくなっていて、電気も止まっていることもあって辺りは真っ暗だ。月の光も淡く、世界を照らすには光量が足りていない。でもミカはなぜだか楽しそうだ。これだけ暗いと、少し歩けば転んでしまいそうでミカの手を取っておく。


「それがいいの。ね、こんな光景もう二度と見れないかもしれないのよ?」

「それは、確かに……」


 ほんの数日前まで人々が住んでいた場所。日々営みの光が漏れ出していた窓や扉、それら全てが闇に閉ざされている。いつも聞こえてきていた笑い声や、夕食の匂いももうしばらくは帰ってこないだろう。言われてみれば、確かに不思議だ。


「変な感じだよ。この時間は皆が寝てるはずで、音なんてどこからも聞こえてこないのは一緒なのに、いつもと全然違う」


 人の気配がしないとか、遠くの光が見えないとか。そう言うことじゃなくて……、もっと根本的な部分で違うような気がする。


「それはね、私たちを照らしてるのが月と星の光だけだから。空から降り注ぐ光だけが私たちを包んでくれてる」

「あぁ——、……すごいな」


 月を見るミカにつられて見上げた空は、色とりどりの宝石が散りばめられていて、今までに見たことも無いくらいの満天の星空だった。

 空気中に不純物が少なくなっているのか、身を刺し貫くような寒さの割に吐息は白くならない。冬の澄んだ空気も後押しして、空へ手を伸ばせば掴めてしまいそうだ。普段と星の数は一つとして変わっていないはずなのに、地上の光がないだけでこんなにも変わるものなのか。


「これを見るために外へ?」

「『穢れ』だった時、荒野を歩いてただけの時は何も感じなかったのに、今はとっても綺麗だって思うの。そのことが不思議で……、外で見れば分かるかもって思ったけど」

「やっぱり分からなかった?」

「うん。変だね、自分の事なのに」

「そうでもないよ、僕だって何も分からないままにここまで来ちゃった。せめて今回のことについては知りたいと思ってるけど、それも全部は無理なのかもしれない」

「……アイレンのこと?」


 外での戦いの気配はない。

 でも、終わったわけじゃないだろうな。アイレンは徹底的にやる性格だから、もし負けてたら今頃この街は無くなってる。


「まだ、戦いは終わってない。僕も明日には向かわないと、理由は本人に聞かないと分からないけど、きっと僕達を待ってると思うんだ」


 いつから、待っていたんだろう。

 ナキは、アイレンと目的は違うと言っていた。形はどうあれ、世界を救いたいと願ったナキの手助けをした彼は、どうしてそんなことをしたのか。


「初めて会った時から何考えてるか良く分からなかったからね、今だってそうさ。もうちょっと普段から話しておくべきだったかな? なんて思うんだ」


 あぁでも、それだとトーカが完全に孤立してたか……。こっちから話しかけないと延々と仕事してたし、アリスちゃんが来るまでは僕一人で相手してたようなものだった。

 きっと、エイガのこともあって穏やかにはいられなかったんだろうな。


「はぁ……。どうにも、上手くやれる想像すらできないなぁ」

「ふふっ、変な人に囲まれると大変だね。そんなことが出来たなら、私も見てみたかったな。でも、このままだと……」

「アイレンか、彼以外が死ぬ。それは絶対に許せない。アイレンは僕に『止めたいなら強くなれ、僕になら出来る』って言ったけど、こうなることが分かってたのかな」


 僕一人ではアイレンに勝てない。

 だから強くさせるために僕とミカを合わせた。荒唐無稽にもほどがある計画だけど、実際彼女の為に強くなっている自覚はある。

 でも、実際どうなのか分かりはしない。


「結局、会って話すしかないか……」


 分かっているつもりでも、自分の事すら良く分かってないのが人間だ。そのことが今回で良く分かった。なんだか変な話だけど。


「そうだね。きっと戦うことになるだろうけど私も頑張る。トーレスの事、全力で助けるね」

「ありがとう。でも、無理はしないで。まだ、君のことを忘れたりなんかしたくない」

「……うん。私も、まだ覚えていてほしい」


 ミカが契約した時の代償は、”自分が死んだら、皆の記憶から消える“

 何物でも、何者でもないままに生まれた彼女が一番恐れたことがソレだ。

 不条理に生まれ、条理を導くために死んでいく。ナキに真相を聞くまではミカ自身も知らなかったことだったけど、何となく察してたのかもしれない。


「ね、トーレス……。私のことで……他に、気になることとか、ない……?」


 心なしかうつむき、腕に体重を預けてくるミカ。その体は熱を引きずっているのか平熱よりも高いように感じる。ミカを見ると、うつむいているせいで頭しか見えない。けれど、肩を流れる美しい髪が月の光を受けて神秘を帯びているように見えてしまう。


「………」

「ない、の?」


 つい、見とれていたせいで黙ってしまった。不安そうなミカの言葉で我に返ると、とりあえず思いつくものを言ってみる。


「ん? え、えっと。そう、だな……。どうして急にちゃんと喋れるようになったのかとか、エイガの代償とか……」

「……それは、トーレスが殺されそうだった時に怒ったら、あの帽子男が眠ってたせいで上手くできなかった契約が出来て、私自身に力が満ちたからだと思う……」

「ああ、そういうことだったんだ」


 僕達と出会う前から、最後の『穢れ』だけでなく複数の『代行者』を取り込んでいた。他の個体が絶滅している以上、彼女一人で世界を救えるくらいの燃料を入れられる器を作ったわけだ。 

 でも器を満たす前に外へ出て行ってしまったから、燃料不足で頭が上手く回ってなかった、みたいなことなのかな?


「えーと、それじゃあエイガの……、いやこれは聞くのも悪いかな———」

「あの…っ!」

「トーレス……! あの、ね? 他に、私の事で知りたいこととか、無いの……? その、えっと……私の、……とか」

「え? ゴメン、上手く聞こえなかったんだ。もう一度———」

「私のっ! ……体の、こととか……」


 腕に両手を回して、火照った体を押し付ける。腕から伝わる心臓の鼓動は、病熱とは別の理由で速く、高く稼働している。


「えーっと、ミカの、体……。あ、ああ、そうだっ。このままじゃ風邪ひいちゃうよね! 早く中に——」

「答えて、トーレス……。私の事、好きだって……言ってくれたけど。私…怖いの、最初は貴方の言葉だけで、撫でてくれるだけで満足できたのに……、もうそれだけじゃ足りないの……」


 言葉には薄らと涙が滲み、腕に押し付けられた瞳の部分が濡れてきているように感じる。


「もっと、あなたと一緒に居たい。もっとあなたと話していたい。……でもっ、明日になったらそれすらできなくなるかと思うと怖いの……っ。トーレスに忘れられることを考えると、胸が張り裂けそうなのっ!」

「ミカ……」

「トーレスだけじゃない、アリスや、これまで出会った人からも思い出してもらえない。私が、死んだ後の世界が続いても、世界に残していけるものが何もない……っ!」


 人が死んだ後も世界は続く。それでも生きている人たちに残していけるものがあると、そう言ったかつての僕の言葉すら届かない神の契約。

 生きているうちに残したものすら、誰が残したものか覚えていない。風化して消え去っていくだけの無だ。世界からの忘却とは、完全なる死に他ならない。


「だから、せめて生きてるうちに役に立とうって思った。少ない命でも使い道はある、助けてくれたトーレスに恩返しさえできれば私はいなくなってもいいんだって」

「それは違うよ、ミカ……」


 ミカの言葉は終わらない。

 小さな体に抑え込んでいた恐れ、ついに吐き出すことのできた弱音はとめどなくあふれてくる。


「生きてもいいんだって、もっとそばに居てもいいんだって。そう思った瞬間に、死ぬのが怖くなって……。私は、元々の『穢れ』とは違って、トーレスの妹の体を元にしてるから、生きてもあと十年くらいだと思う」


 ナキは研究の為に身体を色々いじった、何て言っていた。けどそれもどれほどのものか、人の寿命を超えるという保証なんてどこにもない。

 むしろ、少なくなっている可能性だってある。


「く……っ」


 僕の代償を肩代わりしたミカの寿命は元の四分の一しか残っていない。知らぬ間に取り決められていたこととはいっても、どうすることもできない自分が情けない。


「だから、だからあなたをもっと感じたい。もっと触れ合いたい、もっと話をしたい。ほんの少しの時間でも、トーレスに抱きしめていてほしいの……」

「ミカ、それは……」


 言葉を濁すと、こちらを見上げるミカの表情が曇り再びうつむいてしまう。


「そう、だよね……元々、妹の体だもんね……。ゴメンね、分かってたつもりだったのに……、じゃあ私ももう寝るから……っ」


 ミカの体が僕の体から離れ、生まれた狭間に熱が奪い取られていく。

 これじゃダメだ———


「待ってくれ、ミカ……っ!」

「あ———っ」


 気付いた時には手が勝手に動いていた。

 家の中に入ろうとするミカの手を掴んで引き留める。


「迷惑、でしょ……? …私はいいの。だから離して、ね……?」

「………えと———」


 掴んだ手から逃れるように、こっちの顔を見ようともしないミカが涙をこらえているのは分かってる。でもどうしよう、言いたいこともあるし言わなきゃいけないこともある。だけど、上手く言葉が出てこない。


「い、いいのっ。今のは私の我儘だから……、おかしなこと言ってるのは分かってるの。だから、今の言葉は忘れて———」


 だから、分かり切ったことだけでも、たった一言だけでも伝えないと。


「僕はミカが好きだよ」

「ぇ……?」


 驚きと共に振り向いてくれたミカの姿、いや存在そのものに心を奪われる。

 しなやかに伸びる手足、華奢な体に似合わぬ心の強さ。仰いだ姿は美しいと感じた。月光に映える髪は星の煌めきを宿している。


「トー、レス……。いま、なんて……?」

「……綺麗だ、って。ミカ、君は僕の知る誰よりも、何よりも、綺麗だと思う。ううん、綺麗だ。間違いなく、この世界で一番に」

「……そんな、気を使わなくても——」

「そうじゃないよ、本当にそう思ってる。……思ってるから、穢してしまいそうで……怖かったんだ」


 ミカが傍にいてくれるだけで、心が満たされる。触れ合えば妹であった少女には欠片も感じなかった熱情が火を灯す。

 だから、蓋をした。

 もしも手を出してしまえば、壊れてしまうと思ったから。世界で一番美しい存在が穢れてしまうと思ったから。


「だから、君の言葉にすぐ答えられなかった。応えてしまったら、今の関係も終わってしまいそうで……」


 情けなさからくる苦笑を浮かべながら、強引にとってしまった手を優しく握り直す。

 いやはや全く、男らしくないにもほどがある。あれほどに大切だと言っておきながら、いざとなったらこれだ。情けなくって涙が出てきそう。


「過去に縛られて後悔し続けてたのは僕なのにね。今しか生きられない僕達なのに、差し出してくれた手を取らないなんてこと、後悔するに決まってるのに……」


 かつて、掴めなかった命があって。その後悔と共に生き続けていくと、呪いのように感じ続けて背負い続けてきた僕を、救ってくれたのは一体誰だったのか。


「言っただろ、ミカ。今度こそ離さないよ。絶対に、君の傍からいなくなったりしない」


 伝える言葉はシンプルな方がいい。きっとその方が誤解なく伝わってくれると思うから。


「愛してる、ミカ。誰よりも、何よりも。君が一番だ」


 だから、僕に言えるのはこれだけだ。だって、これ以上に上手い言葉は見つけられそうにないだろうから。


「そんなの、ズルいよ……。トーレスにそんなこと言われたら、全部許しちゃうよ……」


 頬を伝う涙を指で拭い、かすり傷一つ付けないよう慎重に抱きかかえる。


「確かにズルいかも、怒ってる?」

「ううん、……ふふっ、でもやっぱりズルい。……それに、やっぱり寒いね。温めて、くれる?」

「君が良ければ。夜明けまでの時間は、あまりないけれど」

「なら、お願いしよう…かな。えと、…その、……勝手にどこか行ったりしないでね?」

「うん、約束する」


 ほんの一言の、けれどとても重たい約束を交わして家の中へと戻る。

 明かりはない、あったとしても灯す必要さえも無かったろう。

 世界は月が照らしている。太陽ほどの熱もなく、灯りほどの強さもない。けれど、包まれるような優しさは平等だから。

 夜は暗い。普段であればカーテンを閉じているけど、今日だけはそれもしなくていい。

 夜の星光の中で眠る彼女の姿を見ていればなんだってできる気がしてきたから。

『本編について』

・メインヒロイン、ミカ

疑いようもなくメインヒロインになってしまった彼女です。

書いている時は流れに身を任せていたらこうなっていました。もう少し考えて書くべきだったと少々反省もしています。

歪な関係性かもしれませんが、彼らにとっては丁度いいのかもしれません。



『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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