31.過去を見ないように②
見られていた気恥ずかしさから、二人して正座をして話を聞く。
「そりゃあね、目は閉じたし耳も塞いだよ? でもさ、ここってボクの世界だからさ。何が起きてるかとかは分かっちゃうんだよね。君たち契約相手だし特にさ」
「えーと、……ごめんなさい」
「もうちょっと静かにしてくれてれば……」
「はいそこブツブツ言わない、そういうのは二人きりの時にしてね。それで、いいのかな? 話しちゃって」
ミカに対しての許可申請。彼は僕とは別に、ミカと契約していることは間違いない。その内容が問題な訳で。
「……いいよ、許してあげる。トーレスに全部返す。ただ、私との契約は残しておいてね」
「はいはい、上からの許可が出たなら問題ないよ。キミは僕達にとって、最後のお姫様なんだからね」
最後に残った『穢れ』による誕生だというなら、確かに。ミカは『代行者』にとってのお姫様か。
「じゃあ、ナキの言ってたことは本当なんだね。圏士に手を貸すことで『代行者』として生きながらえた……」
「そう、ボク達とっておきの秘密さ。喋ってしまうと色々と面倒だし、ボク達も廃棄されかねないからね」
かつて、死を恐れて仲間を裏切った存在が殺す側に回ったのが彼ら『代行者』だというのなら、わざわざミカのような存在を生み出そうとする必要はなかったんじゃないか?
そんな疑問を浮かべていたのが分かったのか、彼は帽子に手を当てて答えを口に出す。
「簡単さ、契約だよ。ボク達裏切り者と、人間との。ま、当時のモノがずっと残ってるってだけなんだけど、ボク達は契約に対してかなり縛られやすい存在だからね」
「じゃあ、君達は力を貸した上に元の存在には戻らない。って契約内容で『代行者』になったの?」
「その通りさトーレス、当然戻ろうものなら斬られるからね。それ自体をできなくされた」
「私ももう出来ないと思う。ナキが死んじゃって、戻せる人がいなくなっちゃったから……」
「それに、戻ったとしても一緒に裏切った仲間に殺されるんだよ? いくらボク達でもその勇気はない。元々殺されるのが怖くて人の軍門に下ったんだ、その成果を無駄にすることはできなかった」
「そっか。難しいね、生きるって……」
誰も彼もが、それぞれに生きる理由を背負っている。大きさや形は違うけど、生きている内は付き合っていかないといけないものだ。
「ハハ、トーレスが気にすることでもないだろうに。でも、その優しさには感謝しておくよ。……さて、そろそろ本題に入るとしよう。精神世界と言っても現実の時間と齟齬を作るのはあまりよくない」
彼が指を鳴らすと、天然木の一枚板で作られた机と、同じく木製の椅子が現れた。
「では、どうぞ座ってくれ。茶菓子はないが、飲み物くらいは出そう」
次いで二度目の指の音とともに、目の前にはすでにコーヒーが注がれたカップが現れる。
「私、苦いの苦手……」
「はは……、砂糖とかってあるかな?」
「残念、ボクはブラック派でね。そういうものは初めから用意してないんだ」
「……」
「あー、ミカ? 眼が怖いよ?」
「……っ、ゴホン。ううん、なんでもないよ? でも、水くらいはあるでしょ?」
「はいはい、お姫様はまだまだお子様だね。砂糖と茶菓子は次の機会があれば用意しておくよ」
すぐに水は用意され、話が始まった。
「まず、キミがお姫様を助けた時の話だ。あの時にすべてが集約していると言っても過言じゃない」
「……なにが、あったんだ。僕が薄っすら覚えてるのは、君と話していたことだけで、何を話していたかまではよく覚えていないんだ」
「うん、それじゃあそこからだね。端的に言うとさトーレス、キミはあの時に死んでたんだ」
「え……?」
「……ッ」
驚く僕と、口を噤むミカ。そうか、さっき止めたことはこのことだったのか。
「でも、僕は生きてる。それはどうして——」
「落ち着いてくれよ、トーレス。ちゃんとすべて話す。あの時、キミがお姫様を助けるために何をしたか、覚えているかい?」
「何を、したか?」
声をかけ、手を伸ばし、光に包まれるまで傍に居続けた。でも、それじゃあ二人とも消えてしまうから……。
「そうだ、契約をした……。あれは———」
「そう、キミがしたのはよりにもよって成功した試しのない『具象契約』だった。まあそのこと自体は問題じゃなかったんだよ、実際成功したしね」
「え、じゃあエイガとの戦いの時に代償を要求されなかったのは、もう払ってたからってこと?」
口元だけでニヤリと笑って肯定する『代行者』。
契約に縛られやすいという存在の彼らなら、僕と違って契約を忘れているはずがない。
「そう、君は既に払っている。ただし、半ば踏み倒されたけどね」
「え、踏み倒すってどういうことなの? 契約は君を通して行っているとはいえ、基本は一対一だ。提案されて、了承された契約内容は破棄できないはずなのに」
「そこでお姫様の出番だ。なんと彼女はね、初めて出会った王子様のために、アイタッ———。テテテ、……まだ話の途中だよ?」
彼の頭に投げつけられたのはコーヒーカップで、ぶつかった衝撃で中身も一緒に、周りに飛び散ってしまう。とはいってもほぼすべてが彼に降り注いだのだけど。
「へ、変な言い方しないでよっ!? 普通に、ふつうに話してくれればいいのっ!」
「ほら、ミカ落ち着いて。僕は王子様なんて柄じゃないけど、ミカはお姫様らしくていいと思うよ?」
「あ、うぅぅ……」
顔を赤くしながら勢いが鎮火されていく。
かかったコーヒーをハンカチでふき取りながら、こちらを見る彼の瞳はなんというか、こう……、遊びがいのあるおもちゃを見つけた猫と言った風体。
「んー、手痛いお仕置きはくらったけれど、面白いものが見れたからいいかな。で、話を戻すと、トーレスはアイレンの攻撃に巻き込まれる寸前に『具象契約』を行った。でもその時の代償が“寿命の半分”。ただ長生きしたいってキミにとっては辛いものだろうさ。で、それはまぁ、キミもボクも了承したんだけどさ。キミ、その後に何て言ったと思う?」
「え、その後? ……えーっと、僕なら……残った寿命のもう半分でミカのことも助けられないか。とかかな?」
「……」
「……」
「え、何? 急にどうしたの?」
完全に言葉を失った二人に不安を覚える。わざわざ聞いてくるくらいだったし、もっと変なことを言っていたのかな……。
不安を覚える僕の腕に手を添えて、ミカが口を開く。
「違うのトーレス、あの時も貴方はそう言ったの。……私を助けたいから、追加で契約をしてほしいって。アイレンの攻撃から守るためだけに、貴方は半分になった寿命をさらに減らした」
「あの時は驚いたよ。まさか圏士から……いや、君の口から『穢れ』を救いたいだなんて言葉を聞くと思ってなかったし、そのために自分を犠牲にできると思わなかった」
自分ならやりそうなことを言ったとはいえ、本当に当たるとは思わなかった。そっか、僕はあの時から結構おかしなことをしてたらしい。
「それに、ボクから見てもあの時のお姫様は完全じゃなかった。あの場で助けても生きていられるかどうか。そんな感じだったよ。でもキミの願いを無為にしたくなくてね。今みたいにここに入り込んできてたお姫様に聞いてみた」
「キミは生きたいか? 一歩間違えれば殺される世界で、彼の言ったように足を踏み出してみたいのか? なんて、目覚めたばかりの子に聞くことじゃないわ……」
「時間がなかったんだ。トーレスは二度も寿命を半分にしてたからね。奇跡的に百歳まで生きるとしても四分の一で、二十五歳までだ。ハハハッ、ほらもう死んでるだろう?」
心底おかしそうに笑う彼を、睨みつけるミカを抑えながら続いて質問。
「それじゃあ、その時に君とミカの間で何か契約を結んだってことでいいのかな。そして、そのせいで現実のミカは苦しんでる」
「その通り、お姫様も大概でね。彼の払った代償は私が払うから、私に貴方と契約させてと言われてしまった。僕達の契約では、人間相手に二人以上同時に契約するのは無理だけど、お姫様は人間ではないからね……、まさに抜け道だったよ。脱法と言ってもいい」
「じゃあ、ミカの寿命も半分に……」
「違う違う、言ったろう。“彼の払った代償“だ。すなわち全て、だからお姫様の寿命は今や四分の一になってる。しかもその上でボクとの契約を結ぼうと言ってきた。合計三つ、お姫様は代償を払っている」
「そんな——っ!?」
「………」
思わず立ち上がると、衝撃でコーヒーがこぼれてしまう。その様子を一瞥しながらも彼は話を続ける。
「一つ目は君の無事、二つ目は自分の無事、三つめはボクと近くにいる時、神格の能力を与えることだった。お姫様と言えども、『代行者』との契約だからね、契約した『原型』が近くに無いとどうしようもない」
だから、ミカは力が使える。理屈が分かれば納得できる、『穢れ』が現世に生きながらにして神格の力を引き出していたように、人の姿を手に入れたミカは、人と同じように契約を行ったんだ。
「ミカ、それなら君の三つ目の代償は何なんだ。二つ目までは僕にとっての苦難だけど、ミカにとっての代償って……」
「………この戦いが終わったら、トーレスはなにをしたい?」
「え? それってどういう———」
「教えて……、ね?」
返ってきたのは思いがけない台詞。真意を聞きたかったけど、雪の結晶のように儚く笑みを浮かべるミカに詰め寄ることはできなかった。
だからちゃんと、満点の正解でなくてもいいから、僕の本当の気持ちを答えないと。それこそが、ミカに対する誠意になる。
「……戦いが終わったら、旅に出てみようかと思う。死が身近にある世界で、生きていられることが奇跡だと思うから。色んなところに行って、色んなものを見て、世界を感じたい。ミカがよければ、もちろん一緒に」
いまさら、ミカと離れ離れになることの方が想像できない。暗闇に生まれた彼女とだからこそ、一緒に世界を歩きたい。
「家族が死んでからの僕は意識しないようにしていたけど、ずっと波風のない世界を望んでいたような気がする。ただ生きて、死ぬ。そのことの難しさを目の当たりにしてしまっていたから、生きることに対しては無意識にしがみつこうとしていた。……でも、そうじゃないんだ。そんなことじゃ、死ぬことすら受け入れられずに死んでいってしまうから」
何も感じず、ただ惰性に死んでいく瞬間。僕は何を思うだろう。もっとああしておけばよかった。もっとこうすることもできたんじゃないか。
「そんなさ、後悔ばかりに押しつぶされて死んでいくだなんて、嫌じゃないか。なら、やれることをやれるうちにやっておきたい。そう思ったんだ」
「そっか……、そっか。トーレスは強いね、私はね……逃げようとしてたの。初めから終わりを見つめてた」
胸に手を当てて話すミカの雰囲気は年相応には見えない。まるで時を超えた存在のような、幻想的で……妖精のような雰囲気を醸し出している。
「私の代償はね、“死んだ時、皆から忘れられること”なの。だから、後二十年もしない内に私はこの世界から消える。……本当の意味でね」
「そん、な……、そんなのって……」
「だけど、お姫様は二つ返事で了承した。意味を理解してなかったわけじゃない。重大さを取り違えていたわけでもない。まだ言葉すらおぼつかなかったあの時点で、彼女の愛は完成していた」
契約を交わした彼が言うのであれば、否定することはできない。
「だから、私はこの戦いで勝って、死ぬつもりだった。そうすれば世界は平和になって、私という存在はいなくなる。誰も覚えていないから誰も悲しまない。
トーレスも……、私が居なくなった後、幸せになれる……」
「ミカ……、君は——」
「でも、生きることと死ぬことって、そうじゃない。そのことを知ることができたから、私はこうして話しているし、死ぬまで生きていたいって、思えたの。……ありがとう、トーレス」
「あ——」
彼女に笑顔を向けられた時、胸のどこかに引っかかっていたものがほどけたような、崩れ去ったような感覚に、驚くほど全身が軽くなった。
「あぁ……」
たった一言の感謝の言葉。それだけで、死を背負って生きてきた僕が、初めて生を認識したかのような。
風前の灯であるはずの命が自らの生に感謝する。本当の意味で生まれて間もない彼女が他者に対して放つ言葉じゃないはずなのに。
貴方のせいでひどい目にあった、そう言ってくれてもよかったのに。
なのに、そんな彼女とお互いに必要としあえる今があんまりにも嬉しくて、涙がでてしまって。
「わっ、わあっ?! ゴ、ゴメンねトーレス! 悲しませたかったんじゃないの、私はトーレスの事悪くなんて思ってないからぁ!」
「ああ……、ゴメン、ゴメンねミカ……。まだあとちょっと、涙は止まらなさそうだ……」
「はは、本当にボクは運が良かったな。キミ達に会えただけで、長生きした甲斐があった」
「バカなこと言ってないで綺麗なハンカチ出して! 綺麗なやつね!」
「はいはいお姫様。色は何がご所望かな?」
「いいから、早く!」
「は、はは……———」
幼い日々に止まっていた涙があふれだす。
ずっと滞っていたから随分と濁っているかと思っていたけど、笑顔とともに溢れてきた涙は存外綺麗なものだった。
『本編について』
・トーレスの代償
寿命を半分消費、帽子男は「百まで生きれても二十五歳まで」と言っていますが、この世界の平均寿命はそこまで高くないと思うので、本来であればどちらにせよほぼ寿命は全うしている状態です。
当時、書いている時は各キャラの代償の設定は深く考えず、その場で決めることが多かったと思うのですが、トーレスはその最たる例のような気がします。ですが『穢れ』であるミカとの関係性からいい方向に進んだんじゃないかなぁなどと思ってもいます。
『定期連絡』
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