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輪廻の圏士  作者: くろよ よのすけ
30/46

30.過去を見ないように①


 ミカの言う通り、病院ではなく家に戻る。


「はぁ……、はぁ……」


 高熱と、荒い息はさらに悪化し続けるミカをベッドへ寝かせると、苦し紛れだが濡れタオルを用意する。


「ミカ……」


 ナキのせいではないと言っていた以上、連れ去られる前からの戦いで無理をさせてしまっていたのが押し寄せたのか。彼女は自分の容体を把握していた。それなら、どうして言ってくれなかったんだ……。


「……せめて、氷があればもう少しマシだったかもしれなかったのに」


 僕とエイガの戦いで発電施設がダメなったのか、事故を防ぐために一時的に停電しているのか。理由は分からないけど電気は止まっていた。当然冷凍庫の中の氷は溶けていて、濡れタオルも飲み水を利用してのものだ。今が冬だったのが、幸いだったかもしれない。


「ん……、はぁ———」

「僕は、君に無理してほしいわけじゃあないのに……」


 汗をぬぐい、頬に手を添える。

 他者の存在に安心したのか、ほんの少しだけ苦しそうな表情が和らいだような気がした。

 その様子につられて、僕の気持ちも少しだけ安らぐ。そして、一つ気になることが頭に浮かんだ。


「……、どうしてミカは自分のことを治せないんだろう」


 彼女の持つ治癒能力、そのおかげで僕は何度も重症から立ち直ることができたし、窮地を乗り越えることができた。

 意識不明になるほどの衝撃から、無傷まで復帰させるほどのものだ。きっとアリスちゃんとの訓練の時も不自然にならないように手を貸してくれていたんだと思う。単純に他者にしか作用しない能力なのか。だとするならば、ミカの契約している神格は一体何者なのか、攻撃にも使っている樹の影からしてそう言った存在なのは間違いない。


「分かれば、何かヒントになるかもしれない。……けど、ミカを起こすわけにはいかないし、どうすれば……」


 武力で救うことができても、熱に苦しむミカを救うこともできない。自分の無力さに俯くと、立てかけた剣、僕の持つ『原型』が目に入った。


「———そうだ……っ、『代行者』の声が聞こえてた。彼ならもしかしたら分かるかもしれない」


 急いで『原型』を手に取ると、祈りながらすぐに呼びかける。


「たのむ……っ、応えてくれ……。ミカを救いたいんだ———!」

『…はぁ、こうなると思ってたけど、……いいのかい? キミの行いは、キミの大切にしているその子を苦しめることになるかもしれないよ?』

「……っ!」


 来たっ、今度は眠ってなんかいない、ちゃんと応えてくれる。

 でも、どういうことだ。救おうとすることが苦しめることになるなんて。


『どうする? もしも戦いのことを気にしているのであれば問題ない。キミが全力を出そうとも戦いが終わるまではその子の命も持つ、それは保証するよ。トーレス、キミの行いはただその子を苦しめるだけかもしれない。』


 理由は教えてはくれない、それを知りたければ相応の覚悟を持てと言うこと。

 彼は、僕にその覚悟があるのかどうかを聞きたがっている。そんなもの、聞くまでもないだろう。


「聞くよ、僕はミカの傍にいるって約束したんだ。なら、ちゃんと知らないといけない。ちゃんと知ったうえで、ミカと向き合っていきたいんだ」

『ふぅむ、そうかい……。契約違反だが構わない。あの日、ボクを選んでくれた礼とでもしておこうか。では、こちらへ招待しようか———』

「え———?」


 世界が止まる、体中の力が抜けてベッドへ倒れ込む。

 段々と視界が暗闇に支配される中で、熱に浮かされていたミカの瞼が薄く開いたように見えた気がした。


  □ □ □


 現実の時間と同期しているのか元々がそうなのか、気が付いた時に立っていた場所は、夜闇に月の光が儚く映える不思議な空間。

 目の前には崩れた家が一軒だけあり、周りを見渡してもそれ以外には何もない。


「やあ、また会えたね」

「うん、久しぶりに感じるよ……」


 いつか夢で見た時と同じように崩れた家の屋根に座っていたのは、スーツ姿に帽子を被った、褐色の肌に朱い瞳の男。


「その通り、いやぁまさか起こされるとは思ってなかったよ。あのままお役御免で眠っていようと思っていたのにさ」


 恨み言、にしては発する言葉は明るい。


「うん、本当に驚いたのさ。争いを望む性格でもないキミの為に『具象契約』をすることになるとは思わなかった。そんなにもあの子が大事かい?」

「ああ、大事だ。だから教えてくれないかな? ミカを助ける方法を」

「そうか、なら彼女には悪いけど話してしまおうか。多少のペナルティは受けるかもだが、それは我慢するよ」

「ペナルティ?」


 『代行者』である彼がミカのことを話すのに、なぜペナルティが発生するのか、そういえば、ここに来る前に彼は契約違反と口にしていた。


「そういえば契約違反だって言ってたね。まさか君は、……ミカとも契約を?」

「おっと、明言は一応控えよう。これでペナルティを食らってしまうと君との会話にも障害が発生するかもしれない。今だって一応ギリギリなんだよ、彼女が消耗していなければ会話も許されなかったんだから」


 ミカが消耗していなければ会話もできないということは、彼が眠りについていたのはミカが元気だったから。そういえば、僕が『具象契約』を行った時のミカは確かに消耗していた。でも、それなら新しい疑問も出てくる。


「僕と契約している『代行者』なのに、ミカとの契約が優先されるって? それは、おかしいんじゃ、それに『代行者』との契約は原則一対一でのものだ。でも、今は君一人と僕とミカ、二人に対して契約をしている。それは……」

「ああ、本来ならおかしなことだとも。ボクもこんなことができるとは思わなかった。抜け道みたいなものでね、何とかなった。いや、なってしまった。今からキミに話すのはそういう話だ。……よ、っと」


 屋根の上から僕の目の前に飛び降り、続きを話す。


「キミはさ、まだ名前も無かった彼女を護ろうとした時に一度———」

「やめて」


 夜闇に響く声は、聴きなれたもので、本当なら現実で苦しんでいるはずのものだ。


「ミカ、どうして……」


 外で眠っている彼女と同じ服装をした、一人の少女がそこに立っていた。


「やあやあ、来てくれて嬉しいよお姫様。許可を貰わないとちゃんと話せないからね」

「白々しい、っていうんだっけ。……わざとのんびり話してたくせに」


 そう言われた彼は微笑みながら肩をすくめる。ミカを、待っていた?


「ミカ、それは一体———」

「もういいでしょう? トーレスは好きに私の力を使ってくれればいいの、そうすればきっとアイレンも止められる。何も知らなくていいの」

「と、言っているが。どうする? ボクとしてはこれでは話せないんだ。キミに説得してもらうほかない」


 飄々と余裕ぶった口調だが、その姿は向こうが透けて見えるほどに消えかけている。

 これが、ペナルティ? まるで元々の存在が消えてしまうかのようだ。でも、彼に消えてもらうわけにはいかない。


「ミカ、なぜこんなことを? 僕にも教えてはくれないのかな」

「……っ、教えられないよ……」


 服の裾をぎゅっと握り締めた彼女は今にも泣きだしそうで、その姿はかつて妹だった少女とは全然違うのに、記憶の姿と被る。


「少し、二人きりで話せないかな?」

「あー、うん。構わないよ、頑張って耳をふさいで目を閉じているとしよう」


 そう言った瞬間、霞のように消え去った。ずいぶんと物わかりがいいんだな、僕の相棒は。

 二人きりになっても、ミカは何も話してくれない。ずっと黙ったままだった。


「ねぇミカ、どうしても、話してはくれないの?」

「………」


 此方からの言葉にも、ただ俯いているばかりで何も言葉を返しはしない。きっと、ミカにとっては大事なことで、それは僕に関わっているんだと思う。

 嬉しいことに、この子は僕のことを好いてくれているようだから。


「そっか、でも僕はミカを苦しませたくないんだ。彼は戦いが終わるまでは持つって言ってたけど、それは逆に戦いが終わったら死んでしまうかもしれないってことだろう? それは嫌なんだ、何よりも嫌だ」

「……でも」


 口を開いた彼女の声は震え、足元には涙が落ちている。


「でも、……きっと話したら、トーレスは優しい、から、戦えなくなる……っ。足を、引っ張りたくないの!」


 ああ、やっぱりだ。ミカにとっては自分の事よりも僕が優先で、だから自分で出来ることは全部背負い込もうとしている。こんなにも、小さな体で。


「ほら、泣かないで。可愛い顔が台無しだ、でもありがとう。いつもミカは僕の為に頑張ってくれてる。それなのに僕は貰うばかりで何も返せてない」

「違う、違うの……っ、そんなことない。トーレスが居てくれたから……!」


 上げた顔は涙の跡で濡れていて、きっと一人で耐えられる限界だったのだと思う。

 あのまま僕が怪我を完全に治して、すぐさまアイレンの元に向かっていれば、ミカは何も言わずに苦しみに耐えきっていた。

 でも、僕が手を差し伸べてしまったから、心が緩んでしまった。耐えきれるはずだった苦しみを受け切ってしまった。

 人は辛い時、すぐに甘えたくなる生き物だ。自然に比べれば短い命だけど、どうしても一人で生きるには辛いことの方が多い。


「ほら、泣かないで。……話したいことがあるんだ。僕にとっての始まりで、心を縛り続けてる呪いみたいな思い出のこと」

「……ん、ぐすっ」


 現実でもハンカチなんてものは持っていなかったせいか、ここでもそんな気の利いたものは持ってなかった。柔らかな肌を傷つけないように指で涙を拭うと、ミカの肩に手を添えて崩れた家を二人で見る。


「ここ、トーレスの……?」

「そう、昔住んでた家。話せてなかったことがあったでしょ? そのことを、話したいと思ってた。きっと、ミカには伝えておかなきゃならないことだから」


 この世界に唯一形として残っている崩れた一軒の家。幼いころ、僕の住んでいた家だ。父さんと母さんと、妹のミカと一緒に。


「あの日、僕はいつものようにどこかへいなくなった妹を探しに行ってたんだ。確か、家の近くを流れてる小川だった。あの子は、あの場所がお気に入りだったから」


 すると、目の前の家が消え去った。舞台の場面が移り変わるように、夕日に照らされた小川が流れ始める。そして、傍のベンチに座った一人の少女と、その子を呼びに来た一人の少年が話していた。


「大人しいっていうか、あの子は頭もよかったし冷静な子で、普通の子とは違うって感じだったからさ。僕が年上で、兄のはずなのに、自分でもそうは思えなかった」

「あの、子が……私の……」


 手を繋いだ二人は家に向かって歩き出す。

 その最中、僕は不安から泣いてしまって妹に慰められた。客観的に見ても、兄と呼ぶには情けない光景だ。そしてここからは、悪夢で見た時のように中断はされない。忌まわしい記憶が呪いとなって再現される。

 ブレる景色、次に移り変わったのは家の中。


「そうして、家に帰った。でも、おかしいんだ。母さんは病気で寝込んでて、歩くのもつらい筈なのにベッドからいなくなってた。もしかしたら僕の帰りが遅かったから心配になって外まで探しに行ったのかもしれない。心配になった僕は妹に外に出ないように言って、母さんを捜しに行ったんだ」


 不安いっぱいの顔で辺りを探す少年はひどく哀れで、捜している側のはずなのに迷い子のようにしか見えない。


「……きっと、見つからなかったんだね……」

「うん、捜しても捜しても、どこにもいなかった。人に聞いたりしても誰も見てなかったし、もう死んでると思ってた人もいたくらいだった」

「……ひどい、ね」

「うん……、そうかもしれない」


 でも、仕方のないことだったのかもしれない。父さんが死んでから、急激に悪化した病は母さんを外の世界から遠ざけた。外気が体へ悪いからと窓を閉め、こんな姿を見られたくないとカーテンを閉ざした。

 そんな生活を続けていたから、以前からの交流が薄い人からすれば、”存在していない人間“に他ならない。


「だから、怖かったんだ。忘れ去られた母さんが、そのせいで消えてしまったんじゃないかって、おかしな考えばっかり頭の中を走り回って、怖くて仕方なかった。でも、やっぱりどこを捜しても見つからなくて。家に帰ってるのかもしれない、きっとすれ違ったんだって、そう思った。その時だった———」


 背後から火の手が上がる。それは林道の向こうで起きたもので、この町の地形を把握していない少女でもどこで起きたものか分かる場所だった。少年が駆け出す。その顔は祈りと絶望が一緒くたになっていて、見ているこっちが辛くなるほど。


「きっと誰も傷ついてはいない、家が燃えてしまうのは悲しいし辛いけど、母さんも妹もすぐに逃げ出している。……そう、考えてたような気がする。そう思いたかったんだ」


 だが、現実はそうではない。


「いつもよりもずっと速く走って家に着いた時、見たものの理解ができなかった。家はまだ無事だったけど、目の前では“見たことのないモノ”が母さんを殺していたから」


 ナキの言っていた、『穢れ』を模した試作品。

 逃げ出したソレは人への怒りだけは覚えていたのか、逃げた先にいた人間を殺した。

相手はよりにもよって圏士ですらない。ただ子供を心配して無理をした一人の母親、何もせずとも死ぬだろう。愛する我が子へ、何かを遺していきたくてもできなかった哀れな女。

 その、最愛の母の胸が刺し貫かれている。幼い子供でさえ見た瞬間に絶命を理解するくらいに深々と。


「いや……違うな、理解できなかったんじゃない。したくなかったんだ。護って見せるって、不安の中で言った言葉だったし、すぐに押しつぶされたけど……。それでもその言葉を護れるような男になろうって、そう思った矢先だったから。不運ばかりが続いていたから、もうこれ以上は何もないだろうって。きっといいことが起きるはずだって。そう、思いたかったんだ」


 でも、そんなことは無くて。目の前にいたものは常人にはどうしようもできない存在だった。


「……トーレスは、どうしたの?」

「立ち向かおうと、したんだけどね。怖くてできなかった。地面に落ちた母さんが力なく倒れてるところに、駆け寄ることもできなかったよ。でも、妹は賢い子だからきっと逃げてるはずだ。周りに住んでる人たちは逃げ出してたし、妹も一緒になって逃げてるはずだ。僕も向かわないとって、そんな理由で逃げ出した」


 そうして少年も、町の人と一緒に逃げ出した。皆と一緒に避難場所へ行って、そこで妹と合流すればいいって思っていたから。


「……いなかったんだね」

「そうだね、どこを捜してもいなかった。やっぱり家にいるんじゃないかって思ったけど、怖かった。父さんも母さんも死んでしまって、立ち上がれなくなった」

「じゃあ、妹……ミカは、そのまま……」

「でもね、その時に約束を思い出した。絶対に護る、母さんも妹も、家族には指一本触れさせない。その約束だけは守りたくて、何とか立ち上がって家に向かった」


 来た道を戻る少年は酷い顔色で、止めてあげたくなる。抱きしめて、もういいんだよと言ってあげたい。もうこれ以上苦しませたくないのに、それはできない。その先の結末は変わらない。私はもう、終わりを知ってしまっているから。

 自らの過去を話す彼は、あくまで淡々と、過去を目前に再現し続ける。


「家に戻った時には当然だけど母さんは死んでいて、さっきまで何ともなかった家が崩れてた。だから気付いた、僕が逃げ出した時にはきっと妹はまだ家の中にいて、その存在に気づいた『穢れ』は家ごと殺そうとしたんだって」


 自分たちを護ると言った兄が目の前で逃げ出す姿も見ていたかもしれない。そもそも『穢れ』は圏士でないと倒すことができない。試作品と言ってもそれは変わらなかったはずだ。 

だから、あの少年には何もできないことに変わりはない。倒すこともできなければ、向き合っただけで殺されてしまう。

 誰も悪くないのに、なんて悲しい力の壁。


「大声を出して助けを呼びたかったろうに、逃げ出した僕を罵倒したかったろうに。それすらできなくて、結局見つかってしまった。怖かったはずなのに、僕はあの子を裏切ったんだ」

「それは……」

「でもね、その場にへたり込んでた僕を呼ぶ声がした。それは妹の声で、僕は必死になって声のする方に向かった」


 死にかけの犬のように荒い呼吸で走り続ける少年。彼が辿り着いたのは、記憶の中で最初に向かった小川の傍。そこに、私と同じ姿の少女がいた。

 ただ、その服は血にまみれている。星降る夜を思わせるくらい綺麗だった黒髪は血で固まっていて、最期の力を振り絞って声を上げたのは見ればわかるくらいに重傷だった。


「すぐ駆け寄って出血を止めようとしたけどダメでさ、どうやっても止まらないんだ。そうなったのは僕のせいだ、ゴメンなさいゴメンなさい。って呟きながら体の熱が失われていくのが、触れた手を通して分かってしまって……」


 自分の物ではない血にまみれた少年はたった一人となった家族を抱きしめて泣いている。もうどうしようもできないと分かってしまって、ただ死を迎えるだけの妹の傍で絶望に塗れている。

 だけど、死にかけていた少女は声を上げる。一言喋る毎に、残った命を急速に失いながら。


「ね、ぇ……トーレス……、泣かない、で? あな、たが悲しそうにしてるの……嫌なの……」


 少年はしゃべらないでくれ生きてくれと、懇願しているけれど少女は止めようとはしない。自分の血で染まった手を彼の背中にまわして、残った力で抱きしめる。


「私が、ずっと傍に……いたかった、けど———。ダメ、みたいだから……。わたし、死んじゃうから……、悲しまないで。生きてて、ほしいの……、お兄ちゃんのこと、好きだから———、大、好きだから……。生きて、ね———?」

「………っ」


 だから、彼は今まで生きてこられたのかもしれない。呪いだって、彼は言った。家族を救うことのできなかった悪夢の思い出。

後、ほんの少し帰る時間が違えば、外に探しに行かなければ、妹を家に置いていかなければ……。もしも、もしも、もしも———。

 何度考えたのだろう。何度夢に見たのだろう。何度、後悔したのだろう。


「この後、やってきた圏士が『穢れ』を倒して脅威は去った。でも、『穢れ』に殺された家族の死体は返せないと言われたんだ、汚染されたからとか言ってたような気もするけど、理由はナキの言ってたのが本当の所なんだろうね」

「“ミカ”の体が、最後の『穢れ』と適合したから……」

「だから、この後はミカも聞いた通りだよ。仲良くしてくれてた雑貨屋のおじいさんがちょうど引っ越すときだったから、僕を引き取ってくれて一緒に灯日に引っ越した。そのままお店を引き継ごうと思ってたけど、アイレンに連れられて圏士になった。おじいさんももう死んでしまって、今住んでいる家が店になることはもう無いと思う」

「やっぱり、家族のことがあったから?」

「そう、だね。それに、もうそのころには悪夢も見なかったし普通に生活できてた。生きてほしいって言われてたし、そのまま何事もなく生きていこうって思ってたのにさ。なんでかな、自分から危険な仕事に就くなんて、その時は自分でも良く分からなかった」


 きっと、初めは救えなかった後悔だったのだろう。彼は優しいから、もう大丈夫だって言いながら誰かに過去を伝えることも無く、ただただ自分の役目をこなそうと生きていた。


「あれから十年以上経つのに、まだ心の中では黒い塊が残り続けてる。腕の中で冷たくなっていく感覚がずっと残ってるんだ。アレを思い出すたびに無力さを突き付けられてるみたいで、怖くなって仕方ない……」

「なら……、私がいたらトーレスは……」


 救えなかった妹と同じ姿の少女が傍にいる。その現実に彼は何を感じていたのか。ナキが私のことを話した時、不安になった。トーレスは優しいから、何も言っていないだけで私の姿を見るたびに苦しんできたのではないのだろうか。

 私はトーレスが好き、彼もそう言ってくれた。でも、それは本心からなのか。そもそも、その愛情は私が受け取っていいものなのだろうか。そう思って、思ったから我慢した。トーレスが力を使うたびに苦しかったけど、彼の為ならそれでいい、私が苦しむことで力になるのなら。それでよかったのに。

 彼が手を差し伸べてくれたから、ついつい甘えてしまった。もう少しだけもうちょっとだけ、彼の傍に居たい、力になりたいって。そう思ってしまって、耐えきれなくなってしまった。


 本当に、呪いみたい。

 心を縛って苦しめる。捨てたくても捨てられなくて、意識すればするほどにその存在は大きくなっていく。だから、もう我慢しないといけない。見ないように、気にしないように。はしゃいでいい時間は過ぎてしまったから。ううん、本当なら目覚めたあの時から、そんな瞬間はなかったはずなのに。

 だから、もうおしまい。私は彼の力になれればそれでいい。


「……私は、トーレスを苦しめてた。だから、いいでしょう……? 何も聞かないで、力を使ってほしいの。私一人のことよりも、他の皆のことを、———!?」


 頑張って我慢して、はっきり言おうとしたのに、急に抱きしめられてしまって言葉が詰まる。


「違うんだ、そうじゃないんだよミカ。僕は君がいなければなんて一度も思ってない」

「でも、でも……っ! 私はトーレスの妹の偽物なんだよ? トーレスだって———」

「確かに、初めは見ないようにしながら、あの子と…妹と同じように見てた。どうして同じ姿なのか、どうして契約の力が使えるのか。分からないことも多かったし、最初は見ないよう気づかないようにして無視していたけど、一緒に過ごして何度も助け合う中でそうじゃない、ミカは一人の女の子なんだって分かったんだよ! 僕は目の前にいるミカのことが大切なんだ…!」 

「そんなの、だめだよ……。私、人間ですらないんだよ? トーレスにはもっとそばにいるべきがいる……っ! 私はここで終わっていいの、そうしてくれるのが私の幸せなの!」


 暗闇から救ってくれたあの時から、私の命を使うことで彼の役に立てるならそれが私の幸せに他ならない。実際にそう思ってたし、今もそう思ってる。……でも、もっと幸せなことを知ってしまった。

 ただ一緒に買い物をして、一緒にご飯を食べて、一緒に笑って……。たったそれだけのことが幸せで仕方がないの。


「僕はそんなこと望んでないんだ。もっと話し合おう、僕はミカと一緒に居たいんだよ。買い物したり、ご飯を食べたり、小さなことで笑っていたいんだ。そのために頑張りたい、君が僕の為に命を懸けるっていうなら、僕も同じだ。もしも君が僕の分まで苦しんでいるっていうなら、その苦しみも分け合いたいんだ…っ」


 真正面から伝えられる優しい言葉は、何よりも私が言われたくて、何よりも彼に言ってほしくない言葉だった。


「だって、だってぇ……! 私にはこれしかできないんだもん、トーレスの役に立ちたいの、褒められたいの。そのために頑張ってた! 頑張れてたのに……、どうして、どうしてそんなに優しいこというのよぉ……!」


 涙があふれて止まらない。

 恥ずかしい顔を見られたくなくて、腕で隠したくても抱きしめられていてできないから、彼の胸に頭を押し付けるしかできない。


「ミカ、僕は君に役立ってほしいだなんて思ってない。君が言ってくれた通りに、傍にいてほしいだけなんだよ。それだけで頑張れるんだ、それだけで怖がりの僕が命を懸けて戦えるんだよ。僕はミカの能力が欲しいんじゃない、ミカが欲しいんだ。……ね、顔を上げて?」

「……っ、ぐす——、うん……」


 恐る恐る、顔を上げると、そこにはいつも通りの困ったような笑顔で、私を見つめる彼がいる。傍にいていいって、ナキのように力じゃなくて、私自身が欲しいって言ってくれた彼がいる。

 本当にいいのかな。ここで甘えて、私だけが背負っていればよかった荷物を渡せば彼を苦しませるかもしれないのに。ううん、絶対に苦しませてしまうのに。


「……本当に、いいの? きっと、辛いと思う……。私だって———」

「やっぱり、ミカも辛かったんじゃないか。そういうことはね、もっと人に甘えてもいいんだ。否定されるのは怖かっただろうけど、僕だけは絶対にそんなことしないから。もう絶対に手を離さないから、信じてほしい」

「うん……、うん、うん……! うわあああん、ぅぅあああん———」


 彼の優しさが悲しくて、嬉しくて、大声で泣きながら何度も頷く。

 その間、決して彼は腕を離さなかったし、ずっと頭をなでてくれていた。


「ミカ、まだ返事を返してなかったことがあるんだ。……僕も君のことが大好きだよ」

「……っ! ぅん———」


 初めて、トーレスからしてくれたキスはなんてことも無い、ただ唇を合わせただけのシンプルなものだったけど、たったそれだけのことで私の心は満たされていく。

 互いに感じていた恐怖も悲しみも融けって、どこかへ行ってしまうような錯覚。ううん、錯覚なんかじゃない。だって、少なくとも私はもう怖くなんてなくなっちゃったから———。

 唇を離して見つめあう。今度は何も言っていないのに、お互い求めあうかのように長いキスを。

 それは私たちの気が済むまで続けられて、その後も何度も繰り返された。


「あー……っと、問題は解決したってことで……いいのかな?」

「うわっ!?」

「ひゃっ!」


 存在を忘れられていた彼が、僕達の様子に見かねて現れるまでのことだったけど。


『本編について』

・ミカ、メインヒロインになる

 これまで事実上のメインヒロインでしたが、ついにその座を不動のものとしました。

 当時書いている時にはトーレスからミカに対してここまでの感情が向くとは一切思っていなかったのですが、「中々インモラルな関係になっちゃたな~」と書き終わってから他人事のように思ったのを覚えています。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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