03.日常的な彼ら②
「ではでは、行ってまいります」
「やはり待て」
「おっととと」
ビシッと敬礼、サラバ故郷よ。そんな風に決めたつもりのセリフは思いがけぬ静止を受ける。
「も、もう。なんなんですかぁ、行けって言ったり待てって言ったり……、二人とももう行っちゃたじゃないですか」
「……ああ、そうだな。ただ、一つ伝えておかなければならないことがある——」
トーカさんは先に出て行った二人の方に視線をやる。つられて私もそちらを見るけれど、長い長い一本道には誰もいない。本当に私を置いていって廊下を出て行ってしまっている。
薄情さを感じればいいのか、追いついてくるだろうと信頼されていると取ればいいのか。……非常に難しい。しかし、トーカさんが伝えるべき内容を忘れるなどそうそう考えられない。ということは、わざわざ二人きりになるまで待っていたということだ。一体なんだというのか。
「アイレンのことだ。昨日の任務では何も問題は無かったか?」
「んー、特に何もなかったと思いますよ? 普通に行って、『穢れ』をボコボコにして、あっ森と建物は壊しましたけど、人的被害は無いですよ? 壊したのもアイレンですし、そういえば私を押し倒したりもしませんでした。……、はっ、まさかトーカさん、アイレンのこと……」
「真面目に聞け。重要な事態、になるかもしれん。いや、すでになり始めている。すぐさま噂となって広がるだろう」
「……分かりました。それで、なにかアイレンが不審な動きでも?」
「それが無かったのかどうかを調べるために、今聞いている。ただ、まあそうだな。最近、圏士の行方不明事件が発生している。なに、『穢れ』との戦闘における死亡はままあることだ。だが……、死亡ではない、遺体が見つかっていない以上、我々も行方不明として調べるしかない。その意味は分かるな?」
「念のための確認ですが、行方不明となった圏士の皆さんは『原型』を所有していたんですよね。それなら———」
「そうだ、行方不明など、それは『原型』を所有している以上ありえない。『代行者』が契約者の手から離れるなどありえないからな。
考えられる可能性としては……1つ目、圏士側が戦いに嫌気が差して『原型』を放棄したのち逃亡。これが可能性としては一番ありえる。2つ目は、『原型』を強奪しようとした第三者の台頭、これはありえん。3つ目は、これまでに遭遇したことのない能力を持った『穢れ』が出現。それらの能力によるもの。そして4つ目、内部の人間の犯行だ」
『原型』、それは私たち『圏士』のみが扱うことが許された武器であり、この世に千本もない特別なもの。討滅局が存在する理由でもある『穢れ』と呼ばれる化け物を殺すことのできる唯一の武器だ。
特別な武器である理由として一番に挙げるとするなら、そう。
神に繋がる『代行者』と呼ばれる存在が武器に封じ込められているのだ。人の姿をしていたり、怪物のような姿をしている彼らは、一本の『原型』に必ず一体、使用者に神の力が扱えるようになる契約の手助けをしてくれる。
ただ、無条件で扱えるわけでもない。神と直接対峙しようものなら、人間はそれだけで焼き切れる。こればっかりは存在そのものの次元が違うのだからどうしようもない。
どれほどの慈愛に満ちた存在であったとしても、人が羽虫をどれほど優しく掴もうとも傷つけてしまうが如く、力の基準が違う。ただ優しく撫でられただけで人の身では持たない。
そして、それは『代行者』である彼らも例外ではない、神と最初に相まみえる立場であるからこそ、神の怒りに触れた瞬間、神話に残る圧倒的な力によって、存在事滅却されるのは明白。
だからこそ、供物が、代償が必要なのだ。神は崇め、鎮め、祀るモノゆえに。
そしてそれは、契約者にとって、各々が最も捧げにくい“何か”を要求する。神という存在が形骸化した現代において、神話伝承に残る原初の破壊を再現することができる。
故に、『原型』
始まりのカタチを世界に顕現する究極の神格礼装。
ここで、一番大切なのは『代行者』と呼ばれる存在がいるということだ。
「現場では、『穢れ』は消え去っていて、盗まれもせず『原型』が残っていた。しかし、その契約者である圏士は影も形も、そういうことですか?」
「ああ、そういうことだ。そも、圏士にしか扱うことのできない『原型』を盗んだところで意味は無いからな。第三者などありえんし、そうなると必然、内部犯ということになる」
『原型』は圏士にしか扱えない。
最初に討滅局から『原型』を渡される際、『代行者』と契約を行うからだ。それは、圏士が死ぬまで無効にならない死の契約書であり、ただの人が圏士として戦うことのできるようになる瞬間でもある。
だからこそ、第三者が『原型』を盗もうとしたところで意味は無い。仮に盗もうとしたところで、『代行者』側から拒絶される。私には経験がないが、元から特別な素養でもない限り、圏士以外では触れることすらできはしないだろう。
「死亡かどうかすら分からないって、所有者が死亡してる場合って新しい人が契約できますよね。それもできない?」
「試したがな、出来なかった。そもそも、『代行者』そのものの反応がない」
「……、あり得るんですか、ソレ。言っちゃなんですけど、『代行者』達ってほとんどが、その、イジワルじゃないですか。示し合わせて隠れてるとか——」
「隠れるも何も、奴らは契約に対してのみ、何よりも誠実だ。それこそ神格共より遥かにな。持ち掛けられた契約を無視するようなことはあり得ない。これまでの歴史において、一度たりとも起きたことのない事態だ」
「じゃあ、なんでアイレンの名前が出てくるんですか。彼は強い人ですけど、そんな大それたことができるだなんて思えません———」
「奴は特級だ。普通なら理解しがたい行動でも、特級であるというだけで理由になる。……私たちはそういうものだからな。それに、これならどうだ。行方不明となった圏士の向かった全ての任務地において、アイレンは常に、最も近い箇所で任務を行っている。アレの能力なら一跳びで現場に到着できる。これで疑うなという方が無理というものだろう。それに——」
「……それに?」
「いや……、なんでもない。これで話は終わりだ。アリス・ナチュラレッサ一級、お前に特別任務を与える。アイレン・ランテカルアの監視、行動の報告。そして、討滅局に対して敵対行動と見られる行動を起こした際には、問答無用で連行しろ。話を聞きたい。……だが、抵抗するというなら、抹殺しろ、方法は問わん。犯行方法を知れないにしても、これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。そして当然、このことは他言無用だ」
「………それは……、なぜ、私なんですか。他の人でも……」
彼女は、私と彼の関係性も分かっているはずだ。幼馴染であることも、私が彼を追いかける形で圏士になったことも。
「あぁ、分かっている。だが、お前が一番の適任である以上、仕方がない。絶対数も、普段から出会う機会も少ない特級共だ。急に数少ない戦力を、大きな問題もなく固めるなど不自然極まりない。しかし、アリス、お前ならアイレンと共にいても不思議じゃない。問題が起こった際に対処する実力もある。……お前しか、いない」
「……そう、ですか。まあ、大丈夫ですよ! アイレンってば不愛想ですから、良く勘違いされるんですけど、そんな事件起こすような根性無いですからっ、もー局長になったばっかりだからって変な任務押し付けてー。トーカさんったら権力の鬼なんだからー」
「……はぁ、次は無いと、さっきも言っただろう。……だが、今のは聞き逃しておいてやる」
それは、なんだか力なく、悲しげな声で。
「ええ、それじゃ今度こそ行きますからね。だいぶ遅れちゃいました。……今度は引き止めないでくださいよ?」
「ああ———、話は終わりだ。行ってこい」
寂しそうに、愁いを帯びてはいたけれど、普段見せないような笑顔で送り出してくれた。
踵を返して、今度こそ歩き始める。
アイレンが、何かとんでもない事件を起こしているかもしれない。そしてそれを調べて、犯人であれば抹殺しろという。なんて厄介な任務だろうか。
(はぁ、トーカさん卑怯です。あんな顔されたら断るに断れないじゃないですか……)
いや、選択肢など初めから無かった。
もしも、彼が事件に関係している可能性があるならば、誰に頼まれずとも私は調べていただろう。
「私は、彼を信じたい——。まだ、それができる内に……」
だからこそ、手は尽くそう。私以外の全てを騙してでも、真実を掴んで見せる。
初めに入ってきたドアに近づく。取り付けられた窓からは二人分の人影が見えており、微かに話し声が聞こえてきた。
先に行くと言っていたが、どうやら待ってくれていたらしい。そのことに微かな喜びを感じられること自体に胸をなでおろすと、ドアノブに手をかける。
女優の経験は無いけれど、私も女の端くれだ。男にばれないように嘘を吐くくらい、どうということは無い。
「……すぅー、はぁ———」
でも、最後に一度、深呼吸。不安がるのはこれで最後だ。このドアを開けた瞬間から、私はいつもの私になる。
(……よし、行こう——)
ドアを開くと同時に、並んで待っていた二人に笑顔で声をかける。
「なにゆっくりしてるんですか。よぉし、行きましょうか二人とも。さっさと終わらせて晩御飯にしましょう!」
「遅いぞ、トーレスが居なければ先に行っていた」
「はは……、言っちゃうんだね、それ」
「もー、細かいことは良いじゃないですか。早く行きましょっ、またトーカさんにボコボコにされちゃいますっ」
「それはお前が……、まあいい。早く行くこと自体は賛成だ」
「それじゃ出発です」
件の彼と並んで進む。いつも通りにしか見えない彼がそこにいる。焦る必要はありませんとも、私は彼を信じてますから。
「あの、二人とも。行き先こっちだよ……」
「………」
「………」
これ、彼が犯人だとかどうとか以前に、現場にたどり着けるかどうかが問題な気がしてきました。
それで、私たちの共通見解としては出来れば日が落ちるまでに終わらせたい。です。単純に真夜中を荒野歩いてるだけなのは退屈ですし、トーレスさんは普段の事務仕事もありますから連れまわすのも悪い。そうと決まれば善は急げ、局舎を出ると正門の前に集まり、トーレスさんに行先を訪ねる。
「それで、結局どこなんです? 場所」
「街から離れてはいるけど、いうほど遠くはないよ、街から出て北西にちょっと行ったところにある荒野。ただそのせいで、瞳士の援護は見込めない。一応、鉄道に乗れば近くまでは……」
「昨日俺たちが任務で行ったところに近いな。取り逃がしがいたか……? それにしても、鉄道を使うくらいなら走った方が早いだろう」
「え?」
「そうだ、勝負しません? 負けた人が晩御飯おごるということで」
「え?」
「いいぞ、俺は負けないからな。トーレスも構わないだろう?」
「…ちょっと待って」
「なんだ」
「どうかしました?」
行先も分かったのだから、のんびりする必要もない。ついでにタダ飯にありつけるのならなお嬉しい。そう思っての提案だったのですが、真面目なトーレスさんは賭け事ダメ絶対、なのでしょうか。現金取引じゃないのでいいかと思ったのですが。
そんなトーレスさんは手を額にあて、軽い頭痛と戦っているようだ。こんなことなら薬を常備しておけばよかったですね。
「……いや、その。遠くないとはいっても、この距離は別に近いわけじゃないよ? まさか、いつも乗り物使わないで移動してるの?」
「別にいつもってわけじゃない。ただ、この距離ならな」
「まあ、すぐですよね」
「ハハ……、やっぱり一級から上に行ける人はスゴイね……、なんというかこう、言葉が見つからないや……」
「別にそんなこともないだろう。お前もその気になればすぐに昇格できるさ」
「そうですね、トーレスさんなら筆記面接は余裕でしょうから、今回のが一級くらいだとちょうどいいかもしれませんね。せっかくなんで倒しちゃいましょうよ」
「いや……、それはそれで問題だよ……」
私たち圏士は、強さによって格付けがされている。
順序としては、『穢れ』が出現すると、まずソレの脅威性から一級から四級まで格付けがされる。大体戦うことになるのは三級くらいでしょうか。昨日の亀は一級扱いでいいと思いますけど。
ただ『穢れ』は脅威度や出した被害で階級を付けられるのに対して、圏士の方はちょっと違う。もちろん、それに見合った実力が無ければだめですし、位が高いほど強い相手を宛がわれることになるけれど、給料や待遇もよくなっていく。
とはいえ、一応筆記試験や面接もあるので、ただ強いというだけでは昇格できない。戦いにおいて強いのは討滅局内の全員が分かっていても、おつむや人格面に問題があっては昇格ができない。そんな問題も過去から現在までに、何度かあったらしい。
例え一級圏士並みの力を持っていたとしても、アッパラパーな人であれば間違いなく面接で落とされ、二級圏士以上にしか受けられない任務に参加できない。
戦力が必要とされ、その点においてのみ十二分に満足しているというのに、人材が無駄となってしまう。そこで生まれたのが“特級”
数百人いる圏士の中から、アイレンやトーカさん、たった二人しかいない戦闘お化け。なるのは簡単で、“ただ強ければいい”。至って単純、明快に過ぎるその条件。
しかし当然、要求される実力は計り知れない。一級までなら努力次第で何とでもなると思っていますが、特級はどうしようもない。
才能だとか努力だとか、そういった次元の話ではない。『原型』の力を最大限発揮することのできる者達。つまりは、神に対する代償を支払ったということで、神の悪戯によって生み出されたと言っても過言ではない存在に他ならない。
故に彼らは同じ圏士の間から、敬われ、恐れられる。尊敬と同時に軽蔑されている。
手段はどうあれ、人の道から解脱したことに変わりはないのだから。
「まあ、アイレンみたいに特級になるような人は、ちょっと……いえ大分頭がおかしい人なので、トーレスさんはそこまで行かなくていいと思いますよ?」
「アリスちゃんって、結構口悪いよね……。で、でも僕自身は一級にまでなりたいわけでもないんだ。今の書類仕事も結構楽しいしね、圏士になったのも成り行きみたいなものだったし……」
そう言うと、アイレンの方を見て苦笑した。この二人は同期だったはずだけれど、アイレンが何かしたのでしょうか。
「こっちを見るな、実際に圏士になった以上別に大したことじゃない。そら、いい加減行くぞ。負けた奴が晩飯だったな」
「はーい、それじゃあよーいドンで行きますか」
「はは……、本当に走るんだね。戦うまでに疲れ切ってそうだよ……」
私の腰に差した、細剣の形状をした『原型』で地面に線を引くと、三人そろって横に並ぶ。
ふふ、これは勝負、合図を私に譲ったことを後悔させてやりますよ、アイレン。
「では、いきますよー。よーい……」
「………」
「………」
「………?」
「……あの———」
「ドン!」
「……———」
「えっ、ちょっと……!?」
開始の言葉は決めましたが、号令のタイミングまでは決めてませんっ。こういうのはスタートダッシュですべてが決まるのですよ、この勝負、もらいました!
(すみませんトーレスさん、あなたの犠牲は無駄にはしません——)
この件に関してアイレンの方はまあどうでもいいので、もう一人の善性の塊に対してホロリと流れてもいない涙を拭うと、速度を一気に上げる。
「これで私の勝ちですっ」
「そうか、寝言を言うのは寝てから……。いや、まだ夢の中なのか?」
「うぇえ、アイレン!?」
スタート時点では完全に遅れていたアイレンが、完全に並走してきている。後ろを向くと、トーレスさんが遅ればせながら走っているのが見えた。
……これは、戦闘お化けを舐めていたようですね。
「それならば、手加減はしませんっ! 普段見せない隠れた実力と言うものを見せつけてあげますよっ!」
「……そうか、それは楽しみだ」
普段の仏頂面と、声色が心無しか柔らかくなったように感じる。
彼がそんな顔をするだなんて珍しい。ふいに、幼い頃二人して野原を駆けまわっていたことを思い出した。もしかして、彼もそうだったり。
「てっきり、さっきの合図が唯一の手なのかと思ってた」
あー、なるほど? 私の宣言を子供の戯言と言っちゃってくれてるわけですね? そうですね? 一瞬沸き上がった懐かしい思い出が怒りによって押し込められる。
「ぬ、ぬぬぬ……、バカにしてくれちゃってぇ、困りましたねぇ……! 見せてあげますよ、……私の全力をォッ!」
「口だけでなく行動で見せてみろ。まぁ勝つのは、俺だがな——」
今ここに、最速を決めるため、全力を傾ける者達の戦いが始まった。
『本編について』
・代行者について
原型という武器は特殊な素材で作られた武器になります。見た目が真っ黒という特徴はありますが、強度、重量共に通常の鉄製品と大差はありません。
しかし、代行者という霊体が原型内部に存在することで飛躍的に強度が増加し異能を扱う手助けをしてくれます。
彼らにはそれぞれ人格が存在するため、おいおい登場することもあります。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。