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輪廻の圏士  作者: くろよ よのすけ
29/46

29.友殺しの魔人③

「……ッ!」


 また、ミカに助けられた。これで何度目だろう。

 傍に倒れる数体の式神。僕が対処しきれなかった、必殺の一撃を行うはずだった式神だ。でもそれは、影によって串刺しにされてすでに機能を停止している。

 もう、僕達の再開を邪魔するものはいない。

 ぼやけた瞳で前を向く、ちゃんと彼女を迎えられるように。


「トーレス———ッ!」

「……ミカ!」


 駆け寄ってくる少女は脇目もふらずに僕の胸に飛び込んできた。

 彼女の温もりを一身に受けると、たった一日だけ離れていただけなのに、もうずっとこうしていなかったような気がする。


「良かった、無事で……本当に良かった。わたしが、私が気を失っていたから———」

「ちがう、そうじゃないっ! そんなことあるもんか……、誰にもそんなことは言わせない」

「じゃあ、今度こそ……約束使うね。私があなたを守るから、貴方も私を護って、ほしい。いい……かな?」


 自身の出自を知ってなお、哀れな男に手を差し伸べる。

 憐憫ではない、慈愛によって僕の言葉を受け止めてくれた。なら、応えないわけにはいかない。


「あぁ、ああもちろんだ! 僕が護る、だから僕を護ってほしい。男として恥ずかしいけど、ミカが居ないと頑張れないんだ、心が折れそうになるんだ。だから、もう絶対に離さない!」


 今度は、言葉と共に約束を。誓いの言葉のロマンチックさには遠く及ばないけれど、それでも誓いを果たす心は定まった。


「僕はもう、迷わない」

「うん……、うんっ! トーレス、大好きっ。愛してる! ちゅ———」

「ン———」


 重なった唇から、生命が流れ込む。

 暖かで、優しい命の奔流を感じるとともに、痛みが引いていく。動かせなかった体が動くようになっていく。


(あぁ———、そうか———)


 ようやく、ミカの力の正体が分かった。

 『樹の穢れ』の時に放出していた冥界の瘴気も、僕を癒してくれている命の奔流も、もとをただせば同じものなんだ。

 『世界樹』

 多くの神話体系に存在し、現世と冥界に渡って命を宿す。死した者も循環させ、世界を支える物語の宇宙そのもの。そして今、その慈愛の力は僕に向けられている。

 これこそ、本当のミカの力なんだ。世界を癒す優しい契約。こんなにも大それた力が僕にだけ向けられていることに少しだけ、引け目を感じてしまう。だから、今はほんの少しでいい。これ以上は贅沢だ。

 優しく押して体を離す。目を合わせて言葉を紡ぐ。


「……、怪我するたび、治してくれてたんだね。ずいぶん治りが早いと思ってた」

「だって……、いつも私のせいで怪我してたから……」

「そんなのいいんだ、その道は僕が選んだんだから。だから、今回も怪我してくる。少しだけ、待っててくれる? 友達と、サヨナラをしないと……」

「うん、いってらっしゃい」

「……、いってきます———」


 立ち上がり、影を纏う。僕は独りじゃない。もう、独りになることも無い。

 ナキ、可能であったなら君とだって一緒に笑い合っていたかったよ———

 彼女の叫びが聞こえる。動きを奪われた彼女の背後から津波のように式神がなだれ込もうと大量に現れ、体積を増やし続ける。


「もうよそう、ナキ。君の行いは、討滅局の罪は今日で区切りをつけないと」

「ふざけるなっ! 私たちが何のために研究を続けてきたと思ってる。目の前の敵しか見えてない君たち圏士と違って、私たちの行いは世界を救うんだぞ!? それを諦めろっていうのか!!」

「あぁ、そうだ。確かに僕たちは何も知らずに、ただ命令されるままに剣を執ってきた。それが人を護る手段だと信じていたから。……どうしてだろうね、向いている方向は一緒なのに、人は共に歩めない」


 白い壁が積み上がっていく。もう、猶予もない。


「その人間を導くことができるんだ! 皆が同じ光を見ることになる、皆が共に歩むことのできる未来だってすぐそこなんだ! その子を渡せトーレスッ、今ならまだ間に合う!」

「違う、ミカにそんな大それたことはできないよ。この子は、ただの一人の女の子じゃないか。そんな子に全てを押し付けて、世界を救ったとしても僕は絶対に笑えない。……君は、違うのか……っ?」

「女の子だって!? ああ確かにそうだとも、でもその子はそのために生み出された道具だ。役目を果たし、機能を遂げるのが道具としての役目だろう! それこそ、その子が生まれた意味に他ならない!」

「…………」


 あぁ、そう答えることは分かっていた。でも、最後の最後には分かり合えるんじゃないかって、笑いあえるんじゃないかって。どうしても期待してしまって、問いかけてしまった。

 そんなこと、キミからしたら侮辱されていることに他ならないのにね。


「……終わらせよう、ナキ———」 


 痛みをこらえて、剣を構える。かつて僕達の間に在った、友情を断ち切るための契約を具象する。


「治したと言ってもまだボロボロじゃないか! そんな体で、失敗したら次はないって分かってるのかい!? この子達だって私の傑作に違いない、甘く見るな!!」

「あぁ、分かってる。君を下に見たことなんて一度もないし、そんなことはできなかった。だからこそ、こうして挑んでるんだ」

「……、そうか。なら、ここで死んでくれよ……! トーレスッ!!」


 純白の壁が、朱き輝きを灯しながら流れ込む。部屋一面を覆いつくすほどの数と質量は雪崩に他ならない。逃げるには間に合わない。防げなければ終わり、避けようとすればミカが巻き込まれる。だから、僕に許されているのは殲滅のみ。

 そして、その力はすでに———


「具象契約———、代償をここに。来れ超越、其は天命覆す神座の簒奪者———」

 

 避けられぬ戦いがあるというなら、傷を治したうえで向き合うべきだ。

 だが、この神格においては逆、エイガとの戦闘では、押し切るためにただ神威を身に宿しただけの不完全な契約だったが、ここに本来の力を降臨させる。


「神技…っ、具象———神座簒奪の超越者(アスラ・プローマン)


 全身を覆いつくす激痛の茨。

 気絶するほどの痛みだけでは飽き足らず、動きさえ縛り付ける忌々しい生命本能。

 ミカの力があれば完全に治癒することもできたろう、でもそれでは殲滅には届かない。この身に具象するは不滅の存在でもなく、本来ならば神ですらない。

 だが、己に苦行を貸し、乗り越え続けた先に神を殺したものに他ならない。故に、その特性を具象する。自らが傷つけば傷つくほどに、刹那に折れそうな心を繋ぎ留め続けるほどに、契約者は際限なく強化される超越の魔人と化す。


「…ぐ…っぅ…!」


 痛い———、痛くて痛くてたまらない。

 今すぐにでも倒れてしまいたくなる痛みの中で、纏った神威が契約者という器へ容量を超えて注がれ続ける神威。

 ただ前を見るだけで壁となって雪崩を堰止める。暴風が吹き荒れる。


(……っ———! ま、だだ……、まだ耐えられる、もう、止まったりなんてしない———!)


 進むべき道を見失いはしない。

 折れることのない心はさらなる神威を励起させてなお広がり続け、契約者を超越の魔人へと変貌させる———!


「……アアァ、オオオオォォ———ッ!!」


 際限なく放出され続ける神威を、一振りの剣へと収束させる。抑えきれず、行き場を失った神威を根性で無理やり剣へ閉じ込める。

 破壊を内包し脈動する剣、圧縮されてなお溢れ出でようとする神威の極光、力のみで神をも超越する指向性を持った極限の一撃。

 そして、力を振るうは約束の守り人。

 どこかの誰かではない、目の前の少女を護るためにすべてを掛けた一人の男。


「さよならだ、ナキ……ィ。……ッ、ァアアアア—————アアアアッ!!」


 何も聞こえないほどに吹き荒れる風の中で、臨界を超えて振り下ろされた剣が世界ごとに風を切る。

 剣をただ一振りしただけの、あまりに静かで純粋な力。

 ———ただそれだけの音が、彼女の耳にははっきりと聞こえた。


「あ———」


 爆発寸前だった世界が震え、不純物が排斥される。

 剣が振り下ろされると同時に、神をも殺す力を持った、何色にも染まらぬ透明な神威の奔流が奔る。

 それは、目前にある物質を分け隔てなく平等に塵へと還す。否、極細の波状となった神威は塵に還すことすら許しはしない。ただただ無常に、無感動に不条理に、塵となった物質をも無に帰す。

その場に存在していた何もかもが消失する。

 音が、暴風が、床も壁も天井も、彼女の生み出した式神も、有形無形に関わらず、透明な神威に触れただけで塵へと変貌し、塵すら残さず無へと還る。

 光も闇も巻き込んで、一切合切滅却される。

 そしてそれはさも当たり前のように、かつて友であった彼女すら例外ではなかった。


「………、——————」

「———ッ……!」


 彼女自身が消える瞬間、こちらを見たような気がしたけど、滲んだ瞳と空気を歪ませる透明な風のせいで何も見えない。

自らが放った、純粋に過ぎる奔流は全てを滅しながら、そよ風が過ぎ去ったように何もかもを拭い去っていった。


  □ □ □


「—————————」


 たった一つの色もシミも、混じりけすら感じられない純粋な力の塊が、身体を押さえつけていた影を解き放って私の元へと向かってきた。

 地面を削り、せっかく用意した霧を食い破りながら迫ってくる魔人の神威。物量を以って雪崩れ込む式神は、触れた端から塵一つ残さず消えていく。


「———」


 その様を瞬きする時間も惜しんで観察しないと、次に生かすために努力は惜しまない。……けれど、目の前にいた式神が消えたと思ったら視界が歪んだ。

 何も見えないし聞こえない、だって私自身は戦えないから。だから色々学んだし、色々使えるものを生み出した。


「——————ぁ」


 そうそう、今回のは凄いんだトーレス、時間はかかったけどいいものが出来たんだ。

 これで、皆を救えるって思ってたけど、どうにもダメみたい。……上手くいかないな、まあ次があるさ。何時になるかは分からないけど、残したものは誰かが使う。

 遺した想いも成果も、誰かが覚えてるだろうさ。だからもういい、最期に醜態をさらしたような気もするけど、私的には結構満足だ。

 だから、だからさ———


(そんな、泣きそうな顔をされると死ににくいじゃないか———)


 さっきまであんなにも怒っていたのに、彼はどうにも優しすぎるな。


(あぁーあ、アイレンに乗ったのは間違いだったかなぁ。……はぁ、そこだけはちょっと後悔だ。……なーんて、さ———)


 体が端から痛みもなく消えていく。その感覚を自ら体感しながら、もう残っているのかもわからない瞳を閉じた。


  □ □ □


「………」


 目の前にいた全てがなくなった後、残ったのは地面を剥き出しにした地下室であった空間。そして、地下室諸共無くなった天井から覘く、太陽の光が直視もしていないのに、ひどく眩しくてたまらない。


「トーレス……」


 眼を閉じて空を仰いでいると、そっと手をつないでくれる小さな手。


「ありがとうミカ、僕は大丈夫」

「……そっか」


 心配をしてくれたミカに強がりを一つ。彼女は少し不満気だけど、もう大丈夫だ。これからはこの手は離さない、今日のこともちゃんと話し合う時がすぐにやってくる。

 怒られるのは、その時だ。


「……クソ、終わってやがる」

「エイガ」

「ムっ……」


 崩れた天井からエイガが降りてくる。

 その手には稼働することをやめた数匹の白い塊。エイガを運び出した個体だろうか。

 不満げな表情を一段と深くしたその顔はミカの姿を見ると、少しだけ鳴りを潜める。


「んだよ、ガキは死んでなかったか。ついでにぶっ殺そうと思ってたんだが……、まあいい。あの女はちゃんと死んだんだろうな?」

「うん、……この目でちゃんと確認した。それと……」


 『穢れ』のことを、エイガの父である先代局長がしていたことを伝えようとして、言葉に詰まった。

 きっと彼も、トーカもリッカ君も知りはしないだろう。僕の妹を利用しての実験を行っていたといっても、彼は父親だった。

 研究を辞めた理由も、子供たちの成長する姿を見たからなのかもしれない。過去の真相は討滅局からの裏切りに満ちていた。でも、あの人を優しいと信じていて、信頼していたのは事実だ。

 信じる気持ちを失いそうになる真実を知ったんだ、……これくらいは都合よく信じてもいいだろう。


「んだよ? 話が案ならサッサと喋れ能無しが———ッてェ?!」

「え、え?」


 考えている間に、しびれを切らしたエイガが食って掛かってきたのだけど……その足を思い切りミカが蹴飛ばした。


「ずっとどっか行ってて、今回も寝てただけの人が大きな口叩かないでよ」

「っう———、こんのクソガキがァ……いいぜ相手してやるよ? おら掛かってこい、そんそっ首切り落としてやる……!」

「へー? 出来るんだ? へぇー? 私あなたの“代償”知ってるけど、それでもするんだぁ?」

「あ、あの……ミカ?」

「なんで、テメエが知ってんだよ!」

「昨日からナキがずーっと喋ってた話の中に入ってたの。いいの? 私は能力使うけど、本当にする?」


 そう言えばナキも、エイガは代償のせいで勝てないというようなことを喋っていた。気にはなるけど、本人に聞くのも悪いかな。


「こんの……ォ!」

「なによ……っ」


 バチバチと火花を散らす二人の様子をどう見ればいいんだろう。と、とりあえずは———。


「えーっと……、思ってたよりも仲良くて良かったよ」

「そんなわけないでしょ!」

「そんなわけねえだろ!!」


 二人してここまで否定されるとは失言だった、これからは気を付けよう……。


「それで何言おうとしたリベリカ、必要なことならとっとと喋れ。あの女もアイレンも、それぞれ勝手に動いてる。情報があるなら言え」

「………、そうだね。少なくともエイガに伝えないなんて選択肢は無かった。……・ナキの、していた話のことなんだけど……」


 だが、この話をすれば、ミカのことも伝えることになる。そのことを彼女の許可なしにすることはできない。ミカに目線を向けると彼女は、もう仕方ないと言いたげに肩をすくめてつないだ手を握り返してくれた。……ありがとう、ミカ。


「貴方の父親がしていたことと……、『穢れ』についてのことを———」

「そうか、んなもん興味ねえ」


 つたない説明だったけど彼は黙って聞き続けてくれて、伝え終わった後の彼の反応は存外あっけないものだった。


「えと、そっか……。それならよかった? んだけど……」

「んだよ、もっと驚いてほしかったってか? 下らねえ、死んだ人間が何してたかなんてどうでもいい。そのガキが死人だったかどうかもな」


 それでも、やっぱり気になってしまう。


「でも、このことが尾を引いたから、その、腕も……」


 もっと早く、圏士という役目が必要なくなっていたかもしれない。そうなっていれば、エイガは家を出る必要もなかったかもしれないし、僕達が戦う必要もなかった。

 だけど、当のエイガは気にする素振りも見せない。


「ハァ? アホ抜かせよ、腕ならテメエが切ったんだろうが。……んなもんはな、もういいんだよ。あの親父が何をしてたかとか、それがなけりゃもっと良かったかも、ってのはな。もう、いいんだ」

「……君が、そんな風に言うだなんて思わなかった」

「止めろ、そんな目で見てんじゃねえぞ。……俺は俺で、考えただけだ。トーカなら日がな一日気にして情けない姿を晒してたろうが、その姿を馬鹿にできなかったのが惜しいくらいだ」


 そこまで言うと背を向けてこの場を離れようとする。


「どこへ?」

「あのクソ女は死んだしな、次はアイレンの野郎をぶっ殺すだけだ。……着いてくんじゃねえぞ、テメエが何と言おうと死体に挨拶する趣味はねえ」

「つまり照れてるんだ?」

「黙ってろこのガキ! クソっ……じゃあな、もう会うことも無いだろうよ!」

「そうか、うん……。分かった、気を付けて」

「それを止めろってんだ、クソったれ」


 悪態をついて、今度はちゃんと自分の足で扉から出て行こうとする。

 そのまま去っていくかと思ったが、不意に立ち止まった。


「一つ聞いておくが……リベリカ、お前はアイレンと戦うつもりか?」

「うん、どうにも待たせてるみたいだ。そろそろ行っておかないと」

「バカだな」

「そうかも」

「ふんっ」


 鼻を鳴らすと、今度は振り返ることもせずに去っていった。残ったのは、僕たち二人だけだ。


「素直じゃない人、行かせて良かったの? トーカとの約束守れないよ?」

「うん、いいんだよ。ミカも言った通り、エイガは素直じゃないから」

「そっか、……くしゅんっ」


 くしゃみでようやく思い出したけど、ミカは露出が多い恰好だった。ボロボロとなった上着を肩に掛けると、これからどうするかを相談する。


「僕達も一度本部に行こうか、合流しないといけないし状況も把握しないと……」

「………」

「ん、どうしたの?」


 階段に向かおうと歩き出すと、つないだ手が引っ張られる。

 振り返って話しやすいようにしゃがみ込むと、なんだかミカの様子が変だ。

 息は荒く、熱を帯びたようにぼうっとしていて、手を額に当てると熱い。つないだ手も熱を持ち、急激に悪化している。


「ミカ? ミカ、大丈夫!? やっぱりナキに何かされてたのか、すぐに病院に———」


 悠長にしている暇はなかった。僕はともかく、ミカに何かあったら大変だ。早く病院に連れて行かないといけない。

 けれど、抱きかかえようとした手の上に熱を持った手が添えられる。


「違うの、あの人のせいじゃない。……私はまだ、大丈夫だから……。ねぇ、お願いがあるの……」

「それは病院に着いたら聞くよ。だから早く背中に乗って」


 辛そうにしながらもふるふると首を横へ振り、弱まった力で抵抗する。


「お願い、聞いて……。ね?」

「……分かった」

「ありがと……、私のコレ……病院行っても意味ないから、行くなら、家がいい……な———」

「ミカっ!」


 言い終わると同時に倒れ込む小さな体を受け止める。


(病院じゃ意味ないって、……理由が分かってるのか? でも、ちゃんと診断を……)


 事態は一刻を争うのかもしれない。答えをすぐに出さなければ取り返しのつかないことになることも考えられる。


「……ミカ」


 悩んだけれど、僕に出来るのはミカを信じることだけだった。


  □ □ □ 


 神話が再現されるたびに、雷光が無へ帰していく。

 それがたとえ地獄の業火であっても、天界の光であっても届きはしない。彼の前ではそれらすべてが悉く消え去って、神の居た時代へと帰ろうとする世界を、人の世界である現実へと回帰させる。

 その度に、攻勢を仕掛けたものが傷ついては別の誰かが新たな契約を行う。

 そうやって休みを与えることなく、代わる代わる続けていた局所的神代の循環も、すでに途切れかけていた。


 日の出とともに始まった小さな戦争。規格外の相手だというのは分かっていた。だが、一切の休みなく、一撃必殺ともいえる神の御業をもってすれば、限界が来るのも時間の問題であろう。

 誰もがそう思っていた戦いは、たった一人の手によって無残にも打ち砕かれ、現実の元に晒される。


「どうなってやがる。マジでバケモンだなオイ」

「……だが、続けるしかない。ヤツも、人間であることに変わりはない。……いつかは隙ができる、はずだ」


 幾度目かの交替を経て、前線に戻った俺とロブスタは、朝と何ら変わらない動きを当然のように行うアイレンを見て愕然とする。

 遠距離からの略式契約、具象契約による波状攻撃が朝から続けられているというのに、疲労の色は見えず、どの攻撃に対しても変わらず”略式契約”のみで対処されている。

 現状を続けることでしか勝ち筋は見えないが、続けても勝ち筋が見えないってのが現実だ。


「しかも、まだ誰も死んでねえんだろ? 何のつもりだ、あの野郎」

「……舐められているのは、間違いない。だが、……謎だな。アイレンからすれば、生かす理由がない」

「だよなぁ」


 アイレンの野郎だって、体力切れを狙っているのは分かってるはずだ。それなら少しでも数は減らすべきだろうし、そうでなくても敵を生かしておく必要がねえ。

 ただただ向けられた攻撃を捌き、いなしては相手が死なない程度に反撃するってのは良く分からない。


「ったく、ムカつくぜ。舐められてるってのもそうだが、理由が分からねえってのに腹が立つ……!」

「……あぁ、俺もだ。それにしても、トーレスと、ナチュラレッサはどこだ?」

「ん? トーレスは昨日からいねえからともかく、アリスは……そういや見てねえな。それがどうしたってんだよ」

「いや、……あの二人はアイレンと、仲が良かった。……何か理由があるのかもしれない、そう思っただけだ」


 そんな仮説を立てるロブスタの表情は硬い。

 コイツの勘は結構当たるからな、もしかしたら当たってるかもしれねえ。しっかし今はコイツ自身のことだ。


「で、まだ見えてねえんだろ? 戦えんのかよ。」

「……まあ、見えていたとしてもアレと打ち合うのは無理だ。落ちた視力ももう治らないからな。……だが、そうも言ってられないだろう。弾はあと四つある……」


 つまり五感から視力を除いた四つ。

 ロブスタはそれらを代償として使用することで不死鳥の火柱を起こすことができる。んだが……


「そいつは、ダメだろ。勝てたとしてもその後どうするつもりだよっ」


 終わった後のことを考えてねえ馬鹿に軽く蹴りを入れる。


「だが……」

「だがもクソもねえ、もっかいやっても防がれて終わりだ。なら、せめて使うタイミングは考えろ。あークソぉ、アリスの奴どこ行きやがったんだよ!」


 アイツが居ればもう少し何とかなるかもしれないのに。アイレンを倒すって言ってのはどこのどいつだってんだ。


「そう、責めるなフォムド。……ナチュラレッサも、一人の女の子だ」

「つってもよぉ……アイツが———、ッ!?」

「これは———!」


 なんの前兆もなく、極大の神威が大地を震わせる。

 震源は考えるまでもなくアイレンで、遠距離からの攻撃を行っていたはずの圏士たちでさえ何人も倒れている。

 震源地であり、原因でもあるアイレンは刀を抜き放った状態から、ゆっくりと鞘に戻し、距離からして聞こえないはずの声を、爆発によって拡散した神威に乗せて皆に届ける。


「一日付き合ったが、……これ以上は無駄だ。もう少し骨があるかと思ったが、見当外れだった。力の差を見せつければ折れる奴もいるだろう。だが、そうでない者もいると、命を顧みずに向かってくる者がいると、そう信じた俺が間違っていた」


 心底呆れたような声色と、そのままズバリの言葉は寸分の狂いもなく俺たちを馬鹿にしている。まさかここまで弱いなんて思わなかった、って言いたいわけかよ。


「リッカ、朝まで時間をやる。これ以上、命を懸けることもできないような奴らを半端に送ってくるなら、残らず殺す。その後に街の連中を殺す。圏士であろうがなかろうが関係ない、弱い者は殺す」


 そこまで言うと、言葉は止んで朝と同じように地面に座り込んだ。

 ヤロウ、本当に朝まで待つつもりでいやがる。

 だが、誰も攻撃を仕掛けない。その場にいた全員が、どうすればいいのか考えあぐねている。

 夜の静けさが場を支配し始めた時、大量に配置された式神を通じて、リッカから連絡が入る。


『皆さん、一度戻ってください……。一度立て直します……』


 悔しそうな、それでいて納得したような声は、俺たちも同じだ。あんな奴どうやって倒せばいいのか分からないんだからな。


「はぁ……、どうすれば……」


 特級と呼ばれる存在を過小評価していた自分を呪う。

 一番身近でその姿を見ていたというのに、何も分かってはいなかった。


(今日の様子では、このまま戦い続けても意味はない。……ただ被害を増やすだけだ)


 局長室で一人、考え込むが妙案は思いつかない。必要なのは力、だが神話の再現では足りない。これではまるで、本当に神に挑んでいるような気になってくる。

 制限時間は日の出、それまでに結論を出して実行に移さなければならない。でなければ、一族が何のために戦ってきたのか分からなくなる。

 姉さんが命と引き換えに護ったものがなくなってしまう。


「………」


 悩んでも悩んでも、すぐに答えが見つかるわけじゃない。

 僕にそんな力はもともとないし、皆の力を借りなければ戦いを始めることもできなかった。そんな僕にできること、それすら思いつかない上に時間は無い。単純な武力ではどうしようもないことは皆が心の底から分かった。分かってしまった。 

 単に殺されていたよりもつらい状況だ、誰かが殺されていたとするなら怒りによって奮起することもできた。

 だがそうではない、誰も死なずにただただ猛攻を捌かれ続けたのだ。己の力を正面から否定され、全力すら片手間で処理される。誇りもなにもあったものじゃない。

 どうすればいい、何をすればいい……。

 悩んで悩んで頭を抱えて、自分自身の無力さを思い知らされる。このまま朝までこうしているわけにもいかない、彼の満足する戦いにならなければ街ごと破壊されて終わる。

 進退窮まったこの状況、攻めれば死に、逃げれば殺される。

 窓からのぞく月は世界を睥睨するかのような下弦、悲しんでいるのか笑っているのかは分からない。


「覚悟を決めるしかない……、なんにせよ打てる手は打たないと姉さんに合わせる顔もない。少なくとも、街の人々だけは……」


 机の上に置かれた四本の『原型』。姉であるトーカの四肢に埋め込まれていたルアック家が所有し、代々受け継がれてきた物。

 使いこなすまではいかないまでも、僕の神威の出力を向上させることくらいなら出来るはずだ。

 命を懸けてでも護り切らなければならない。それが最期の命令であり、最期の家族との会話。決して、裏切るわけにはいかない。


「昨日の規模で攻撃をされたらどうしようもない。避難経路と、防御、牽制を行える人が残っていれば……」


 諦めるわけにはいかない、朝までまだ時間はある。この場で暴君と言われたとしても、為さねばならない。

 そうなると、自分だけで決めるわけにはいかない。帰投した皆とすぐにでも話し合わないと……。そう考えて立ち上がろうとした時、扉がノックされて返事を返す前に一人の圏士が入ってきた。


「こんばんは、リッカさん」


 赤毛が揺れて、微笑みが向けられる。


「ちょっと、お話があるんですけど……いいですかね?」


 皆が意気消沈しているであろう中で僕の元にやってきたのは、赤い髪を揺らしその瞳に燃えるような輝きを宿した、一人の圏士だった。

『本編について』

・トーレスの具象契約

『神技具象、神座簒奪の超越者(アスラ・プローマン)

 発動中激痛が走り続けるものの、傷が深ければ深いほど神威出力や肉体が強化される。また放たれる神威は触れた相手を消滅させるほど高密度であるため格上さえ殺しきる可能性がある。

(なお、トーレス個人では扱いきれない力のため、ミカの回復を受けていないと使用不可)


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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