28.友殺しの魔人②
「ミカ……」
「………っ」
口を開き、呆然とするミカは、何を思っているだろう。
「同じ名前だね、偶然かな? まあそんなわけもないんだけどね。ミカちゃん、どうして『穢れ』に家族を殺された、本当なら恨んでいてもおかしくない彼が、『穢れ』だったミカちゃんを助けようと思ったか分かるかな?」
「……わた、しが……。トーレスの、妹の姿……だったから?」
「大正解! 賢いなぁミカちゃんは、その通りだよ。挙句の果てに同じ名前で呼んでるんだから、人間って難しいね。10年以上前のことをずっと引きずっちゃうんだから」
「……、———っ」
ナキの言う通りだ、『穢れ』として出会った彼女の声、薄らと見える姿に、僕は死んだ妹を、ミカを感じた。救いを求めていたあの子を助けたいと思いはしたけれど、今となってはどちらの理由が先だったのか思い出せない。
病院での出会いだって、姿を見た瞬間に名を呼んでしまうほど。過去に囚われ続けている。……なんて、弱い人間だろう。なんて、醜い人間だろう。傍にいると言いながら、その実彼女のことをちゃんと見ていなかったのは僕じゃないか。
「それなら……その子の、死体はどこへいったの……?」
「察しがいいなあ、素敵だよ。その子の死体はね、盗まれちゃったんだ。悪い大人たちにね、理由はちょうどよかったから」
「ちょうど、良かった……?」
「その時、その場所を離れてたトーレスは死んだと思われてたみたいでさ。『穢れ』に襲われたんだ、死体の一つや二つ無くなったところで不思議じゃない。それに、その子は特別だった。同行していた圏士……、ああ先代局長なんだけど、彼の持つ『原型』が反応したのさ。つまり、圏士としての適性が合ったんだ」
「で、も……その子は、ミカは……死んでたんでしょう?」
「そう、おかしな話さ。でも事実そうなった。死してなお、しかも既に契約者がいる『原型』が反応した。その子とならば契約を結んでもいいと、使用者として認めるとね。神に愛されて生まれてきたのさ。それも100年、200年に一人どころじゃない、奇跡の逸材。だから、研究に利用できるんじゃないかと考えて、すぐに実行に移された」
「……そんな、ことっ———をッ! あの、子に!?」
ふざけるな、それなら本当に、僕がやってきたことは一体何だったんだ。家族を殺し、その死体まで利用して。そんな組織の為に働いてきたっていうのか!?
だが、ナキはもう僕に取り合うことは無い、ミカの顔に両手を添えて見つめ合いながらも、話を止めようとはしない。
「『穢れ』の持つ力と圏士の扱う『原型』の力は似ている。というよりも……、まあこれは後でいいや。とにかく、性質が近いのであればその体を元に似たような存在が生み出せるんじゃないか、そう考えたんだよ。そして生み出されたのが———」
「……わた、し」
「そう、死体を保護して腐らないように色んな術を重ね掛けして、『穢れ』最後の一体のサンプル。それをゆっくりと、ゆっくりと13年もの時間を掛けてトーレスの妹の体に定着させたのが君なんだ。だからこそ、君は最高傑作であり、この世界に生きる人間の希望ともいえる。キミはねミカちゃん、全ての人を救うために生まれたんだ」
「全ての、人を救う———」
「そう、キミにしかできない。だから私たちを救ってほしい、このまま自然が育たない世界のままじゃ、人間はいつかいなくなってしまう」
「私、が……。救う」
妖しく光る瞳の奥、朱き輝きがミカの瞳に入り込む。
さっきまでのミカの意識は淘汰され、機械的にナキの言葉を繰り返しつぶやき続ける。
「今日までありがと、トーレス。正直、ここまで育つとは思ってなかった。君たちが店にこの子を連れてきてくれた時、あまりの完成度に心が震えたよ。これで世界もより良い方向に向かうってね」
「育つ、だと……。ナキ……君はミカのことをどう思って———」
「さっきも言ったろう、最高傑作さ。世界を救う、そのために生み出された存在なんだから役目を果たすのは当然だ。刃物は刃物として、食材は食材として、実験動物は実験動物として扱われるべきさ。そうすることで世界は回っている、本来の役目を果たせないなんて哀れで仕方ない」
「………——な…っにを……その子は、ミカは生きてるんだぞッ! 自分で考えて、自分で選択できる、一人の人間だ。 それを道具として扱うだって!?」
「違う違う、道具なんかじゃないよ。世界の救世主と言ってもいい。これからこの子はたっぷりの栄養を携えて世界を放浪し続ける。それこそ世界が終わるまでね」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感と共に、一筋の汗が流れる。
「栄養、だって……? それは、一体どういうことだ……」
この世界から無くなってしまった生命へ与える栄養。そんなものがあったなら、とっくの昔から世界に自然は戻っている。
失われたものは戻らない。それはつまり、どこからか新たに持ってくるということで———
「———っ! まさか、君は……君たちは……!?」
「そう。今外で戦ってる圏士達さ。彼らをアイレンが殺し、その死と『原型』を以って、世界から失われた生命を補填する」
「どうしてそんな方法なんだ、生命の補填? それなら皆で力を合わせればいいだけだろう!」
ミカが神威を使って、自然を蘇らせることができるというなら皆で提供すればいい。そうすればこんなことをする必要なんて一切ない。
「欲しいものはエネルギーというよりも、厳密には『代行者達』なんだよ。彼らの存在をミカちゃんにくべることで力は発揮されるんだから」
「……圏士の行方不明と、『代行者』の喪失も、やっぱり君たちが……、でもどうして。『代行者』を———」
「だって彼ら『元・穢れ』だし」
「な———っ!」
大したことなど何もないように、誰も知らない真実が次々と明らかにされていく。言葉に理解が追い付かず、絶句することしかできないでいる。
「『穢れ』時代に仲間を売った連中なんだよ。どうか殺さないで? 僕達は神様と交渉して特別な力を使えます。殺されたくないからあなた方の武器に宿って力を貸します。僕たち以外の連中は殺しても構わないからどうかどうか———、ってね。その願いも叶って、数百年かけて種族は全滅、もうお役御免となった彼らはただただのんびり過ごすだけ」
確かに考えてみれば分かることだ。『穢れ』の用いる力は『原型』を用いての契約に近い。そして、『原型』とは『代行者』が宿っている特別な武器。
『穢れ』と『代行者』が元来一緒であるならば、能力の相似性も頷ける。そして、『元・穢れ』なのであれば、“本来の役割を果たす燃料”としてこれ以上のものは無い。
「でもさ、せっかく他に利用価値があるのに使わないなんてもったいなすぎるでしょ? 『穢れ』も圏士も全滅する以上、残った彼らも有効利用してあげないと」
ニコニコと笑いながら話すナキには、『代行者』達が牛や豚にしか見えていないのか? 寿命で死ぬというのならその前に肉を食らい、皮をはぎ、骨を加工する。
ほんの少しの価値があるのなら、骨の髄まで使い切る。まさに人間を体現した存在が目の前に座っている。
「……君は———」
なんて、空恐ろしいんだろう。同じ人であり、使えるものは使うという考え自体も、決して理解できないわけじゃない。けれど、彼女のブレーキは壊れている。その癖性能も特出しているから決して自滅はしない。自身の能力を晒しきって、暴走してもなお走り続けることのできる異常性を持っている。
「最後の『穢れ』は時間がかかりはしたものの、素体だった少女の体にきちんと順応した。でもね、一つ困ったことがあったんだよ。……目覚めないんだ、どうやっても目覚めない。肉体の限界か、元の人間の精神が何か感傷を起こしてるんじゃないか。色々中身をいじって、何度も何度も研究と実験を行って……、そうやって調べてるうちに10年近く経った。でも、ある日一人の圏士が私の前に現れてこう言ったんだ」
『ソレを目覚めさせたければ『代行者』を捧げろ。欲しければ持ってきてやる』
「アイレン、か……」
「そう、どこでミカちゃんのことを知りえたのか、そんなことはどうでもよかった。私には『代行者』を使うっていう発想がなかったからね。そもそも、使いたくても使えなかった。『穢れ』が全滅したとはいえ、世界に千本、千体しかいない『代行者』だ。失敗してしまえばあまりにもったいないって局長が諦めちゃって……」
「だから、先代局長の容体が悪くなったと同時に……いや、あの人を殺したのも君なんだな!? 病状を悪化させて、自分に都合のいいように殺した」
「だって、目の前に打てる手があるのに、計画はもう中止にするだなんていうんだもん。ふざけてるとしか言いようがないでしょ。自分で始めた汚れ仕事の癖に、死ぬ間際になって日和ったのさ。この子も封印処分、誰にも見つけられない所で永遠に眠り続けるだけ。ダメでしょ、それは」
人によって生み出され、目覚めることなく忘れ去られる。確かにそれはあまりにも悲しすぎる。だが、ナキは違う。使えるのに使わないのはもったいない。そんな風にしか考えていない。あまりに貪欲な精神性。
「だから、彼の言葉に乗った。つまるところ、『代行者』達は神様に殺されたんじゃなくて、人間に誘拐されたわけだね。いやぁ大変だったよ、現場まで眠ったミカちゃん連れてってさ。殺した圏士から奪った『代行者』をミカちゃんに送り込むんだよ。でも、嬉しいことに結果はすぐに出た。わずか数体、たったそれだけでこの子は目覚めたんだ。体内に同化した『穢れ』に生命が宿った。感激だったよ、言葉もないくらい」
「……ならなぜ、あんなところに放っておいたんだ。わざわざ僕達に任務として行かせる必要があったとは思えない。……死んだ妹の姿をしたミカを僕に合わせようって、嫌がらせのつもりか?」
「ちがうちがう、ミカちゃんは目覚めても……そう、今と同じでさ。ただ瞳を開けてるだけで、意識も何にもない抜け殻だった。中身がなかったんだよ。でもまあ、『代行者』を取り込みはしてたから、契約を単独でできるっていう副産物も……、その話は良いか。で、目を離したら逃げちゃって……。隠れるの上手だったからすぐには見つからなくてさぁ、すっごい焦ったよ」
「それを見つけたから、協力者だったアイレンと行くように仕向けたのか———」
「そ、大正解! おかげで助かったよ。いざとなったらアイレンに回収してもらおうと思ってたのに、まさか元に戻した挙句人間としてここまで成長させてくれると思わなかった。おかげでこの子は戻ってきた。ありがとう、トーレス」
「………」
少女はもうこちらを見ようとしない。ただ茫然とした意識のままに霧の中を揺蕩っている。
「ミカ……っ」
「だから、もう君の役目は終わったんだ。知りたいことは知れただろ? じゃあもういいじゃないか」
「———ガっ……!?」
劇毒を吸い込んだかのように、体が跳ね上がる。いや、もうすでに毒は体に回りきってていた。この部屋に充満した霧を吸い続けていた以上、こうなることは分かっていた。
立ち向かおうとする意識とは裏腹に倒れ込む。
「……く、そぉ———ッ!」
なんとか、動かすことのできる頭を可動させ、ミカを見つめる。
「ゴメンねェミカちゃん、待たせたね……」
「………ぅ、ん」
体の力が抜け、ナキに身を預ける姿は、母親に抱きすくめられたあの子の姿を思い出した。
このままでは、ミカは本当にミカじゃなくなってしまう。自分の意志もなく、ただ放浪するだけの自動機械。
見知らぬ誰かの幸せの為に、自らを殺し続ける彼女を……、決して認めることはできない!
(…ふ、ざ———、な……!)
声が出ない、僕に最適化されていないといった霧の効果が完全でないにしても、こんなボロボロの体ではほんの少量で劇薬と化す。
だが、それがどうした。
そんな程度だったのか、お前の意志は。
約束をしたあの時の気持ちは、肉体の痛み程度で押しつぶされるものだったのか?
(違うッ! 僕は、ミカを———)
「だから、私と共に行こう? あの男は君を死んだ妹の代替品にしか思っていない、ひどい男だ。一緒にいるなんて危険すぎる」
「かれ、……が? ひ、どい———」
「そう、だから彼のことは忘れちゃおうっ。これからは———」
「———ッ……!」
何を、ふざけたことを言っている。何を、戯けたことを言っている。
そんなことがあるわけないだろ。始まりはどうだったにせよ、ミカのことをあの子と同じに見てなどいない。
ただ、過去を見るのが怖かったんだ。そのことを伝えてしまった時に、君に嫌われるのが怖かった。過去から逃げた先で、過去に殺されることが怖くて怖くて仕方なかったんだ。
なら、伝えないと。そのことをちゃんと伝えてようやく、僕達は分かり合うことを始められる。
「……ふざ、けるなァ———ッ!!」
だから、立ち上がって叫ぶ。
呼吸が上手くできないのは変わらない、かろうじて吸い込む空気は血の匂いだけ。
全身が軋むように音を発しながら壊れていくのが分かる。
ただ立ち上がり言葉を発しただけで、虚勢で起き上がった肉体は耐えきれなくて瓦解していく。もはや泥船よりも脆い肉体であることに変わりはない。……だが、言葉を紡がない理由にはならない。
「……っ、トー……レス———?」
瞳が揺らぐ、まだ僕の言葉は届いている。
「もう、邪魔しないでよね。それにしてもその怪我でよくもまあ……、ホント圏士って元気だよね。アイレンも圏士全員相手にするとかよくやるよねー、実力というより精神性の問題だけど」
「ミカ、聞こえてるんだろう? 僕のことが分かるだろう!? あの時、言えなかったこと……ちゃんと伝えるからっ! だから、だから戻って来てくれ!」
「……ぁ———」
反応している、こちらに耳を傾けてくれている。
もう少しだ、もう少しで———
「流石に、うるさいよトーレス———」
「ぉ、がッ……グ———ゥ?!」
ナキが指を鳴らすと、体の痛みがより強くなる。神威が剥がされ、ただの人間に戻っていく。
でも、これでいい。初めて会った時もそうだったんだ。すぐにでも死にそうな僕と、すぐにでも死んでしまいそうな君が出会ったあの日。
君の生まれや体のことは後でゆっくり話し合おう。ちゃんと、僕の昔話もするよ。今度は逃げたりしない。
だからもう———、諦めはしない。今この瞬間は、ただの人であるからこそ成し遂げられることがあると信じている。
「だから……っ! お願いだミカ、もう一度戻って来てくれ……っ! 君が居ないと、僕は戦えない。傍にいてくれるって言ったのはミカだろうっ!?」
ひしゃげそうな体を自ら潰しにかかる。剣を杖代わりにして立ち上がろうとする。もはや肉体の強化に使う神威など霧散し、残ったのは搾り滓ですらない塵だ。
「僕は、家族のことが忘れられないっ、今でもずっと心の中に残ってる。初めは、キミのことも妹のように思ってた! でも、違う……っ、キミはキミでしかなかった。ずっと一緒にいたのに、今の今まで気が付けなかったんだ……!」
だけど、まだ、塵だとしてもまだほんの少しだけ残ってる。痛みなんて我慢しろ、出来ないならここで死んでしまえ。彼女へと、剥がされきっていない神威を喉へ集めて声を届けなきゃいけないだろうが。
「キミが、僕を好きだって言ってくれた時怖かった。また失ってしまいそうで、護ることができなくなりそうで。だから逃げて、誤魔化した……っ! でも、もう逃げない、誤魔化したりもしない!」
伝えるべき言葉がある。伝わってほしい想いがある。
「僕は、今目の前にいるキミのことが好きなんだ。家族としてじゃない、一人の女の子として。ミカ、キミと一緒に居たいって思ったんだ……!」
だからお願いだ、もう一度、もう一度話をしたい。他愛ないことでいいんだ、ただ笑ってくれるところを見たい。それだけで、単純な僕は満たされるから——。
□ □ □
何を言うかと思えば口から出まかせの安っぽい愛の言葉か、興醒めだなぁ。
「はぁ……、せっかくきっぱり諦めてもらえるように話してあげたのに。これじゃ——」
「ねぇ……?」
「ん? どうしたんだいミカちゃん、もうちょっと待っててね? うるさいのはすぐどっかにやるからさ」
話しかけてくる少女は後で構わない、トーレスさえ排除すれば時間はいくらでもあるのだから。
「ほら、やっちゃって。今度こそじゃあねトーレス、私はこの子と共に世界を救うよ」
控えさせておいた式神に指示を出す。まともに動けない相手だ、適当にいたぶってもいいけれど……
「ねぇ……?」
(うん、念には念を入れないとね)
殺したつもりが生きていて、ここまでやってきた。運命と言うものがあるのなら、あまりに出来すぎていると言ってもいい。
私は研究者だし、心の底からそんなもの信じてるとは言わないけど。
だから一撃必殺、頭を潰せば人は死ぬ。その後に五体バラバラにでもしておけば復活もあり得ない。
「……ねぇ?」
壊れたラジオのように言葉を発するミカ、あぁもうトーレスのせいで無視しなきゃいけないなんて悲しくなってしまうじゃないか。
「いけ」
だからさっさと指示を出す。頭に張り付いた後に式神の大きさだけ転移させれば気づいた時には頭だけ、……自分でやるわけじゃないけど、掃除が大変そうだ。後匂いも。
「ねぇ———?」
対処できないように、多方向から数匹の式神を仕掛ける。
「ふっ———! ぐッ……!?」
案の定一匹目は斬られて死んだ。杖代わりにしてた『原型』で斬ったものだから否応なく体勢を崩して頭から固い床へ衝突する。
すぐさま二匹目を向かわせたけど、これも斬られた。でも式神が手に取りついたから、もう武器を振るうことはできない。
「じゃね、バイバイトーレス」
別れの挨拶なんてこれでいいし、これしか知らない。人間いつ死ぬか分からないくらい脆い生き物なんだから、日常であっても非日常であっても変わりはない。
常に平常で静常、それで楽しければもっといい。だからこれでお終い。
「さてっ、待たせてごめんねミカちゃん! 転移するときは眩しいから眼瞑ろうねー」
死ぬ瞬間に輝きに包まれながら死ねるんだ。悪くないんじゃないかな?
「ねぇ……、彼に、何をしてるの?」
「———えっ?」
眼を見開いたのは他ならぬ私で、そこに唯一映った少女は、怒りに満ちていた。
突如、式神との接続が途絶え、転移による閃光も起きはしない。
むしろ、室内の影が限りも知らずに色濃くなっていく。
「ミカ、ちゃん……?」
「私が聞いてるの、ナキ。あなた、トーレスに何をしているの?」
「なんで———」
どうして彼女の洗脳が解けているのか。トーレスの元からここへ連れてきてから、そのための準備はしてきた。本来の役割を果たすための自我の消去。
その後ミカ自身が行っている契約を、世界を救うために最適化させる。後者は時間がかかるかもしれない、外部から契約に干渉した事例なんて聞いたことがない。
だが、前者は難しくもない。元々、私たち瞳士が生み出した子だ。何かあった時、強制的に機能停止に追い込むことのできる術式、保険は掛けてある。
(自我の消失も術式の応用……! この子に拒否権はない、むしろ拒否するという選択肢を選ぶことすらできないはずなのに———!?)
消耗品相手に一々使用許可など求めない。効率も悪いし、使いたいときに使えない道具なんて何の意味もない。
「く———っ!」
地面を這いずる音と声の距離からして、トーレスはまだ立ち上がれていない。なら大丈夫、霧の効果はいまだ健在。
(仕方ない、傷つけたくなかったけど、この子にも……!)
手を上げて虚空に術式を書き込む。それでミカの行っている契約も無効化、トーレスを始末すればいい。後はもともとの予定通り進めれば———。
「ダメでしょ? ちゃんと人の話を聞かないと」
「ッづ?!」
上げた手が影に覆われ、軋みを上げる。
トーレスが戦っていた時とは逆、肉体の強化ではなく、影が私の動きを拘束している。
「い、痛いなぁミカちゃん……。これ、離してくれると嬉しいんだけど」
「ダメ、アナタは酷い人だから。もう何もさせない。私はもう、アナタのお人形じゃない。ここにいる私が、トーレスのことを好きでいる私がミカなの。だからゴメンね、アナタの為には生きられない」
「っ、待て———!」
「アナタの事は苦手だったけど……、キライじゃなかったよ。……ありがとう、トーレスに合わせてくれて」
ミカの体にまわしていた腕、足、胴体も拘束されてしまって、身動きが取れなくなる。
『原型』を扱うことのできない瞳士には、当然神威をあつかうことはできない。
神威を用いた術式を編み出して使うことができるとは言っても、それは照明のスイッチを操作しているようなもので、あくまで操作するための行動が必要。
“言葉”は式神の操作に当てていた。だから、私に残っていた方法は手での直接操作のみ。
(クソ、指示系統の混乱を回避したのが仇になった。でも、まだ式神たちがいる……っ!)
「じゃあね、もう会うことも無いだろうけど」
あぁ、あぁ……、世界の、私の希望が離れていく。ダメだこれじゃあ人類が前に進むことができないままだ。
(私は、人を、この世界を救う! そのために今まで研究してきたんだぞ!? それをみすみす、逃したりなんかしない!)
なるほど、トーレスが怒っていたのも良く分かる。想い人を連れていかれるというのはこういう気分なのか。だから私も、全力で足搔かせてもらうよ———!
「全個体を招集、確保しろっ! 男は殺せ! 少女は生きてさえいればいいっ!!」
声を目一杯張り上げる。
地下を爆破した時に大半を消費してしまったが、まだ数は残っている。一匹だけでも触れることができればそれで勝利だ。決して諦めたりなんかしない。
『本編について』
・穢れと代行者の関係性
根本的には同じ存在です。遥か昔に討滅局の原型にあたる組織が設立されたころに人類側に寝返った『穢れ』が『代行者』として生き延びています。当時は千体以上いましたが長い時間を経て今の数まで減ってしまいました。
また、変化は不可逆であるため、『代行者』から『穢れ』に戻ることは原則ありません。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




