15.友、達②
「存在を誤魔化す『具象契約』に、ミカちゃんの成長ですか……。やっぱり喋り方とか随分変わったなぁとか思ってたんですよ。それにしても『原型』も無しに能力を使えるっていうのは不思議ですねぇ」
「………」
「トーカ?」
アリスちゃんと別れてからの話を終える。流石に目覚めてすぐの事についてはしないでおくけれど……。
「ん……? あぁ、いや気にするな……。その男については現在捜索中だ。全く、能力を使用しているにもかかわらず瞳士達の網には掛からなかったことを考えると、厄介だな。
それとトーレス……、お前さっき流そうとしていたが、『具象契約』ができなかっただと? その前には『略式契約』が発動しなかったとか言っていたな。ああ?」
「う……ッ、いや、それは、その……久しぶりだったのもあって上手くいかなかっただけかもしれないし、『具象契約』は初めてだったし……」
「どちらにしても問題だろうがッ! 全く、お前の『原型』を見てやるからさっさと出せ!」
「はい……すみません」
おとなしく『原型』を腰から鞘ごと抜き出して渡すと、それを奪うように受け取る。するとトーカは『原型』に顔を近づけ、こちらには聞こえないほどの小さな声で何度か呟く。
「……? ………、————」
その状態がしばらく続くが、終わりはしない。いくら何でも長くなってきたので声をかけたほうがいいかな。
「トーカ、その……大丈夫なのかな? やっぱり『代行者』いなくなってるのかな……?」
「………」
「トーカ、さん?」
「……いる、存在は感じる」
「はぁ、良かったぁ。……じゃあなんで契約できなかったんだろう?」
「だが、いくら呼び掛けても返答がない。まるで眠っているようだ。こんな状態の『原型』初めて見る、アイレンの手によって無効化するなら『代行者』は消え去っているはずだ。だがそうじゃない、……心当たりは?」
「そう、だな……」
記憶をたどる。『原型』に対して何かが起きていたとすると……。
「考えられるのはアイレンの攻撃を受けた時くらいかな。僕を運んだのはアイレンだったんだよね?」
「はい、担いでの移動でしたから。その気になれば『原型』に触る機会はいくらでもあったかと」
「それだと、病室に持って行ったお前も候補にあがるぞ、アリス」
「えっ?! そう来ますか? そんなことしてませんしやり方も知りません。さっきのことは謝りますからいじめないでくださいよぉ」
「あぁ、分かっているさ。しかしそうなると、アイレンしかいない。まったく追い詰めるにしても限度があるだろう。土壇場にならないと使わないものに細工をしておくとは……、ならば襲ってきた男もアイレンの指示なのは間違いないか……」
「いや、それは違うと思う。本人が目的は違うって言ってた。僕を襲ったのも興味が出たからだって言ってたし、襲撃に関しては独断だと思う」
「もしくはアイレンに焚き付けられたか、だな。とりあえずコレは返しておく、契約が出来なくても無いよりかはマシだ。似たようなことが起きていないか、過去の事例を調べさせておく」
「ありがとう、なら『原型』と襲撃についてはとりあえずこれでいいかな。次は……」
トーカがこれからどうするのか。式典が迫っている中で危険分子が発生した以上、中止を視野に入れるべきではないだろうか。
「はぁ、その前に話すべきことがあるだろう」
「え、っと。僕が眠ってる間にアリスちゃんが何してたかとか?」
「違う。そこの子……ミカちゃ……ミカについてだっ!」
(呼び捨てで押し切った)
(呼び捨てで押し切りましたね)
「え? 私?」
「そうだ、どう考えてもおかしいだろう。目を離した隙に、見たことも無い少女が自分のベッドの中に入り込んでいて、その上『原型』無しで能力を使うんだぞ。言語能力も急に向上しているようじゃないか。
本来ならちゃんとした研究機関で調べたいが……、時間がない。そんなことをしていてはタダでさえ少ない戦力を減らすだけだ」
「そっか……」
「……なんだその顔は、にやけおってからに」
トーカがミカのことを戦力だと思ってくれていることが分かったのは素直に嬉しいし、子供好きということが分かった。けど、そのことを言うと怒られるからやめておく。
「それで、どうなんだ。トーレスの元で眠っていた以前の記憶はないと聞いている。本当か?」
「……うーん、そうだなぁ」
悩むそぶりを見せつつ、悟られぬようこちらへと視線を向ける。
ミカは、何かを思い出してはいる。けどそれは言えないといった、教えたくないと。
僕としては、その意見を尊重したい。例えここでトーカに嘘を吐くことになっても。だから———。
「僕はそう聞いてる、ミカは本当に憶えてないの?」
「———うん……、憶えてない。気が付いたらトーレスのベッドの中にいた」
「そうか、なら。今はそういうことにしておこう」
「はは……、ありがとう」
「それ以上言うな、追求せざるを得なくなる。次だアリス、話せ」
話を振られたアリスちゃんはいまだ痛むのか首をさすりながら答える。
「ああ、ようやく私ですね? そうですね……先ほどの様子だと、トーレスさんはご自分の『代行者』と話せなかったんですよね?」
「ん? ……そう、だね。だから眠っているのにも気づけなかったわけだし……」
夢の会話が脳裏をよぎる。
朧気に残る記憶で話していたのが僕と、契約した『代行者』だと思うのだけど、眠っているのはその後だから話せてはいない。
「なるほど……、まあ私の契約している子は社交的というか、とてもいい人なので、たまーに夢の中でお茶に誘ってくれるんです。そこでの話なんですけど……」
「へぇ、そうなんだ……」
そこから伝えられたのは『代行者』の殺し方。
『代行者』そのものがアイレンという一個人を脅威だと感じていること。当然だろう、存在の格が違う、次元が違う。成し遂げた偉業の規模が違う。そんな相手を前に取り残されれば相手が何もしなくても魂は砕け散ってしまう。
そして、それを人の身で起こすのだ。戦うかどうかの選択権が契約者依存である彼らからすれば脅威以外の何者でもないだろう。
「その話を聞いたアリスが朝から私の元にやって来て、今と同じ話をした。しかし、特級を討滅局という組織が殺すというのは中々に問題だ。特級自体、ただ強ければいいといった物差しでの格付けだ。それを殺すことでしか問題を解決できないとすると、怪物が暴れた時の手立てがないと周囲に教えてしまうわけだからな。ただでさえ『穢れ』が出現しなくなって久しい、討滅局の存在意義自体が問われ始めている。そこでの不祥事は、私達を嫌っているやつらからすればおいしい餌だろうさ」
トーカからすれば、頭の痛い話だ。解決する方法はあるが安易に選択できない。
そも、殺害するにしても彼女にしか出来ないのではないかと思う。仮に断頭台での処刑だったとして、生身の体ですら刃が通るのか確信が持てない自分がいる。
「だが、そう悠長なことは言っていられなかったからな。だから急いで準備だけはさせた。捕えてはいた、動きを封じ、能力も封じていた。だから、猶予はある。そう踏んでいたが、クソッ、こんなことになるなんてな……。あの夜、この手で始末しておくべきだった」
瞳に映し出されるのは義憤と後悔、それは意図せずに神威が漏れ出すほど。
「起きてしまったことは仕方ないです。死んでしまった人たちの遺志は、生きている私たちにしか受け継ぐことはできませんから……」
「ああ、分かっている。だからこうやって今後どうするかを決めている。私は奴にケジメを付けさせなければ……」
「じゃあ、式典は中止? 大量殺人が狙いだとは思えないけど、当日ともなれば大量に人が集まる以上、危険だ」
「いや、式典は決行する。というよりも政治屋共が推し進めるだろう。結局、私たちがどれほど話し合ったところでアイレンを何とかしない限りは終わらん。来るというならヤツは私が対処する、襲撃してきた男についても心当たりは……あるしな。起きろ、ナキ。いつまで寝てる」
「———」
一度話し始めればずっと喋っているナキがずっと静かだ。
さっきは気にしないようにしたけど本当に生きてるのか、局長室内に不穏な空気が駆け巡る。
「…アリス、起こしてこい」
「え……、あのぉトーカさん? 私、触りに行くの怖いなーなぁんて、……ハハハ」
「……行け」
「はい……」
部屋の端で倒れ込んだナキに恐る恐る近づいていく。髪に隠れて読み取ることのできない表情が怖い。
「ナキさーん? 朝ですよー、お仕事始まっちゃいますよー」
「———」
動かないナキ、振り返るアリスちゃん。
「うぇぇ、トーカさんがナキさんを殺したぁー」
「泣くなバカッ! 殺してなんかない!」
「だってぇええ」
「だってもまってもない、どうせ困らせようと動きを止めてるだけだ。トーレス!」
「え、僕?」
トーカが近づいてきたかと思うと、耳打ちをされる。あぁでも確かに、生きてさえいるなら間違いなく起きるだろうな……。
「ナキ、もしも死んだふりをしているのだとしたら、減給だ。ついでにお前のやっている副業についても多少厳しくせざるを得ないかも、しれん」
だが、動かない。これは完全に拗ねている時のナキだ。
トーカから目線が送られる、決行の合図だ。仕方ないのでナキには聞こえないよう、ミカに小声で頼み事。
「うん、トーレスのお願いならいいよ。……すぅ———」
ゆっきと息を吸い込み、大きくもない声と共に吐き出される。
「起きてぇ、ナキお姉ちゃーん……」
「うん、起きる起きる。ミカちゃんの頼みならいつでもどこで———グゥ?!」
「すまなかったな……ミカ、不本意なことをさせた。後で菓子をやろう」
「ありがと、……トーカ。楽しみに、してる」
案の定起きていたナキの首根っこを掴みイスに座らせる。ほんの少し力を入れれば首を圧し折れるのだぞ? と圧力をかけている姿を見ると、僕の首まで冷や汗が出てくる。
「んー……」
ミカに至っては首に手を当てて守っているのだから、精神衛生上良くないのは間違いない。
「そら、さっさと説明しろ。お前が役立てる場面などそうそうないぞ」
「いやー、そこまで言うのはひどくないかい? あぁゴメンゴメン、ちゃんとするから力入れないで! ……ふぅ」
両手を上げて降参の意志を伝え、一息ついてようやく話し始める。
「ほら、トーレス襲ったやつって完全に気配を消して、観測室からも見つけられなかっただろ? けどその力ってさ、結局『具象契約』使っての能力なんだよね。だからさ、どんな神格と契約してるのかさえ分かっちゃえば、狙って調べられるんだよ」
「でも、それ教える人いないですよね。自分の弱点にもなっちゃいますから」
圏士は、自分がどの神格と契約しているかは基本的に誰にも教えない。どのような神格にも死の逸話はある。そこを突かれたら能力の維持が難しくなってしまうのだ。そんな自分の命にもかかわる情報をほいほい伝えるものはいない。
とはいっても、一級以上が複数人で任務にあたる場合には連携の為に軽く教え合ったりはする。だが『穢れ』出現の減少に伴い。一級以上が複数人で任務にあたることも無くなっている。
今となっては、昔の慣習にのっとっているに過ぎないのが現状だ。
だから当然、あの男の能力がどの神格由来の物なのかも分からない。……はずなのだけど、ナキはずいぶんと自信満々だ。
「ふっふっふ、私を舐めてもらっては困るよアリストテレス」
「アリスです」
「戦闘地点の発見にもつながった奴の神威。それを分析すればいいだけの話じゃあないか。ま、狙って調べるって言っても、同じ反応を探し出すだけで、ドンピシャでどの神様か分かるわけでもないし、時間もかかる。さらに大まかにしか場所の特定もできないんだけどねー」
「それでも、分からないよりかはマシだ。現時点より、一級以上に厳戒態勢を敷かせる。トーレス、当然お前にも働いてもらう。いいな?」
「分かってる、アイレンがどうして僕を狙ってるのかは分からない。確かに今は『原型』も満足に使えはしないけど、逃げるつもりはない。それに———」
傍にいるミカに目をやる。僕の視線に気づいた彼女は真正面から受け止め、強くうなずいてくれた。
「ミカもいるしね」
「……そうか、信じよう。式典は一週間後、それまでに各自準備は怠るな。以上だ———」
一緒に戦ってくれる存在がいるなら、怖くはない。
言い終わると、執務机に戻り局長室を追い出された。トーカなりに聞きたいことは聞けたということか。
「じゃあ僕たちも行こうかミカ。二人はどうする?」
長い廊下を戻りながら二人に聞く。
「それなら私もいいですか? 当然ですけどお昼まだですよね。今日の朝のこともありますし、奢らせてください。結局、この前のはナキさんが全部タダにしてくれたので少し消化不良なんです」
「そんな、悪いよ。気持ちだけで十分」
「うん、アリスと一緒にご飯が食べられればそれでいい」
「そこまで言われちゃうと、財布を引っ込めるしかないですね。じゃあ行きましょうか、ナキさんはどうします?」
「行きたい……ッ! 行きたい……っけど、いけない……!」
肩を落として、意気消沈という言葉を体現した人間がそこにいた。
「どうしたんですか、ミカちゃんと一緒に食事だなんて何を捨ててでも参加しそうなナキさんが……」
「その通りさ、私だって全てを放り出して行きたいよ? でもさぁ、あの特級様ったらキャパオーバーの仕事を押し付けてくるんだよぉ……。おかげでここ最近は徹夜三昧でさー、さっき気絶した時に久しぶりに熟睡した気分」
「うわぁ……」
「だから私はここまでなのだ。じゃあねミカちゃん、次は……、次の機会は絶対に逃さないからねぇ!?」
ものすごく名残惜しそうに去っていく後ろ姿。哀愁と一言で言ってしまっていいのか悩ましいほどに影を落としていた。
「大変そうですね……」
「だね……」
「えっとアリス、御飯。どこ行くの?」
「え? あぁそうですね……近場の喫茶店で軽く済ませちゃいましょうか」
「うんっ」
「それじゃあレッツゴー」
「ゴー」
どうにも、ナキはあまり好かれてなさそうだな……、会うたびにあんなだから仕方ないのかもしれないけど。苦笑いを浮かべつつ、先に向かう二人の後を追う。
(この光景に、アイレンとトーカもいられれば良かったのにな……)
叶わぬ願望に少しだけ、心へ影を落としながら。
□ □ □
「遅くなったのがちょうどよかったですね、人も空いてますしゆっくりできそうです」
討滅局近くの喫茶店、普段ならば隊員や地域の住民でにぎわっているのだけど、今日は山場を過ぎたらしい。日頃埋まっている席もすでにまばらだ。
「ランチは……流石に終わってますねえ。軽食で済ませちゃいましょう、すいませーん」
店員さんが水を運んできてくれたついでに、いくつか適当に頼んでしまう。にしても……
「アリスちゃんは、いつも同じもの頼んでるの?」
「え、ええ。そうですね……ど、どうかしました?」
「アリス、様子変だよ? 疲れてるの?」
「ち、違いますとも私はとっても元気ですから。それでどうしたんですかトーレスさん、何かキライなものでも頼んでましたか?」
「いや、違うよ。僕が普段頼むものと同じだったからさ、少し驚いただけ」
「そ、そうなんですねぇ。偶然ってありますからねぇ……ハハ、まあいいじゃないですか。それよりこれからどうするかです、トーレスさんはどう思います?」
一週間後の式典でアイレンが行動を起こすのかどうか。何も起こらなければいいけど、そういうわけにはならないだろうな。
「うん……、間違いなく来ると思う。僕さ、今日の朝に目が覚めた時に雷の音で目が覚めたんだ。むしろ、僕の目が覚めたから脱獄したのかな? ハハ……自分でも理由は分からないけど、アイレンは僕を買ってる。強くしたいから追い詰めるって言ってたみたいだし……、間違いなく来るだろうね」
謎の確信がある。アイレンならば間違いなく行動するだろうっていう信頼がある。
「それっておかしいですよ。アイレンのことは私も小さいころから知ってますけど、昔から“自分が”強くなることにしか興味のない人です。そんな人が他人に興味を持つこと自体、私としては摩訶不思議ですよ」
運ばれてきた水をチビチビと飲みながら過去を振り返っている表情はいかにも呆れているといった風貌で、その様子だけでアイレンが昔から何も変わらないんだと思い知らされる。
「ハハ……、ひどい言われようだ。でも、何となくだけど分かるんだ。きっと競い合う相手がいないんじゃないかって」
「で、そのためにトーレスさんを強くして戦おうってことですか? うーん……やりそうといえばやりそうなんですけど、トーレスさんって『略式契約』すらできなくなっちゃってますからねぇ。追い詰めるにしても本末転倒じゃないですか?」
「単純にそこまで考えてないだけだと思うよ、上手くいけば御の字くらいでさ。今の状態がアイレンにとって上手くいってるのかは分からないけどね」
「……トーレスさんは、アイレンのことを良く分かってるんですね。幼馴染の私よりもずっと」
「……、そんなことは無いと思うけどな。これまで言ったのもあくまで何となくだし、根拠なんてないよ」
「けど、何となくでも分かるんですよね。私には、もう良く分からなくなってしまって……。実はですね、三人で任務に行った時にトーカさんに別任務を言い渡されたんです。『アイレンの様子がおかしいようだから監視してこい』って、……そんなことしてないって信じたかったんですけど。何か行動を起こす前に周りのことが全部進んで行ってしまって、否定するための根拠はアイレン自身で捨てて行ってしまって……取り残されちゃいました。私がいつも見てるのは彼の背中ばかりです。トーレスさんのように、隣で共に歩いた覚えがない……」
椅子の背もたれに体重を預けて天井を見上げる。その瞳は本当に天井を見ているのではなくて、彼女の持つアイレンとの記憶を虚空に映し出しているかのように開かれていた。
『本編について』
・アリスとアイレン
二人は血の繋がりが無いなりに兄妹のような関係ですが、アリスは未だに距離感を測りかねている部分があります。兄としてではなく、ただ超えるべき強者として見るには彼女は優しすぎるのかもしれません。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




