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輪廻の圏士  作者: くろよ よのすけ
12/46

12.怒りを以てその先へ②

「んー……」


 眠い、寝てたい、起きたくない。

 楽しんでいる時は何も気にしなくていいのに、終わった瞬間現実を突き付けてくるのはいかんとしたものでしょうか。いえ、その時を楽しめたのであれば甘んじて受け入れますけどね?

 とはいえ、想像していたよりも二日酔いのダメージは少ない。今日は非番、もう一度寝たくらいでは早々怒られることもないはず。

 思いのほかに痛むことのない頭まで布団をかぶろうとして手をさまよわせる。


「んん……、んー? ………ない?」


 寝てる間に蹴り飛ばしちゃったかな? そう思って、仕方なく体を起こす。なに、もう一度寝るのですからこれくらいの労働は許容範囲内といったところでしょう。

 寝ぼけ眼をこすりつつ、上体を起こして伸びをして、それだけでは飽き足らず大口を開けてあくびまでしてしまいます。見られてないとついつい気が抜けてしまっていけない。


「ふぁあぁ……、んむ。あれ?」


 そこまでしてようやく寝ていた場所が自分の部屋でないことに気が付いた。


「なんでここに……? えーと、それなら……」

 

 そして、この場所のことなら私はよく知っている。ここにいるということは彼女が呼び出しをしたはず、どこにいるんでしょうね。

 辺りを見渡すと、見慣れた景色が広がっている。晴れ渡った青い空、地平線の彼方まで広がる緑の草原。そよ風が若草の香りを運び、外とは違って春を思い起こさせる暖かさ。

 少し離れた所には白を基調とした可愛らしいガーデンテーブル。ティーポットと茶菓子が二人分用意されているところを見ると私を待ってくれていたようだ。いつもならそこにいる彼女だが、今日はいない。


「うーーーん……っとぉ、ふぅ……」

「あら、起きたのね」


 立ち上がって背伸びを一回。するとこちらの目覚めに気づいたのか、丘というには少し低めの、こぶのような場所から声を掛けられた。

 日傘の少女、出で立ちは白い簡素なワンピースだが、絹のようなきめ細やかな布地は彼女の所作を表しているかのようだ。

 そう思った通り彼女は優雅に無駄なく、そして決して鼻につくことのない動きでこちらへと振り向く。


「おはよう、アリス。昨夜は楽しめた?」

「もちろんです、私は人生を楽しむことに関しては中々の腕前ですから」

「ええ、そうね……。お茶を用意してあるの、良かったらどうかしら?」

「はいっ、いただきます」


 カップに注がれた暖かな紅茶、それを眠気と酔いを醒ますようにゆっくりと口に運ぶ。


「うん、相変わらずおいしいです」

「良かった、貴女にしか振舞わないからいつも不安なの。お世辞でも、嬉しい」

「いえいえ、そんなつまらないことはしませんよ。お茶菓子もいただいていいですか?」

「ふふっ、ええもちろん。そのために用意したのだから」


 彼女はいつもこうだ、どこに出しても恥ずかしくないお茶を用意してくれるのに自信なさげに、どうかしら? そう聞いてくる。


「私はもっと自信を持つべきだと思います。……とはいっても、相手が私だと心配になって当然かもしれませんねぇ。今日も現実の方なら二日酔いですし……」

「そ、そんなことないのよ? ただ、ここには貴女しか呼ぶことができないから、せめてそれならいい思いをしていってほしいの。仮初めの物だとしてもね……」

「もぉ、相変わらず心配性ですねぇ。大丈夫ですよ、そう簡単にいなくなったりしませんから。それで、今日はどうしたんですか? 最近はここに来ること自体無かったような気がしますけど」

「えぇ、そうね。もう少しゆっくりしたい気持ちもあるけれど、そうも言っていられない。……単刀直入に言うわ」

「はい、おねがいします」


 カップの淵を指でなぞりながら、うつむき気味にこちらを窺う。それは怒られることを恐れる子犬のようで、彼女からすれば心外かもしれないけど可愛らしい姿だった。


「あの人、アイレンを殺さなければならない———」


 ……話の内容は、想像以上に可愛くないものだったけれど。

 

 目の前でカップを手にする少女は、私の『原型』の中の人。つまりは『代行者』その人だった。彼ら彼女らは契約者との間柄が良好であればこうして夢の世界で話が出来る。

 とはいっても私以外にそんな話は聞かないので、私たちが珍しいのかもしれないですけど。

 その『代行者』である彼女自身が、アイレンの殺害を口にしている。


「はい? あぁ、いえ。そう来ましたか……、なるほど……」


 トーカさんの言葉が正しかったみたいです。

 唐突な内容でしたが理解できないわけではありません。つまり彼女、いえ……“彼女達”にとってすらアイレンは危険視されているということ。

 信じたいと思っていたし、そのために頑張ろうとしていた。

 結果は命令を受けた後すぐ、牢屋にぶち込まれましたから何も出来てないのが現状ですけど。……それでも、信じたい気持ちはあったんです。


「それは、どうしてか聞いてもいいんでしょうか?」

「ええ、呼び出しておいて貴女に伝えないのはフェアじゃないもの。もちろんよ」

 

 弄んでいたカップを音もなくテーブルに置く。私もつられて飲みかけのカップをテーブルへと運ぶ。


「つまり、アイレンは『代行者』さん相手にも何かやらかしてたってわけですか? トーカさんの言ってた通りに」

「ええ、そのことについてはタネも割れている。本当にそんなことが人の手で出来るなんて今でも信じられないのだけれど……」


 言いにくそうにチラチラとこちらの顔を窺う、彼女なりに気を使ってくれているんでしょうね。


「ご心配なく、私は大丈夫ですっ。ちゃんと聞きますから、ね?」

「はい……、彼が事件の首謀者だというのは間違いないでしょう。隠すつもりもサラサラありませんでした。方法は——」


 そこから聞かされた行方不明事件の真相は、何というか……。そんなことができるだとかできないだとか、それ以前にそんな方法でよくやろうと思ったな、というか。悲しみとかよりも呆れが先に来てしまって、つい出た言葉は。


「はあ……そうですか、それはすごいですねぇ」


 要領を得ないにもほどがある感想だった。いえ、だって……ねぇ? 普通は思いついてもやらないでしょそんなの。


「あの、アリス? ちゃんと聞いてくれていた?」

「え、ええもちろんですとも。聞いてますよ? ……ホントですって。

それにしても、なんでアナタがそんなことを知ってるんですか? 私あの任務の後アイレンと会ってすらないですよ」

「『代行者』同士はね、近くにさえいれば会話することができるのよ。人には聞こえないからそれほど知られていないのだけど」

「つまりは伝聞、ってわけですか。アイレンが自供? した時に傍にいた『代行者』さんから伝言ゲームみたいな感じで」

「そうね、普段はそう」

「普段は?」

「ええ、今回もそうなのだけど、緊急事態においては彼女、トーカ・ルアックの契約している『代行者』から直通で届くの、距離関係なくね。彼女もまた、規格外の一人だから」


 距離関係なくとは便利なものですね。ただ、『代行者』間の会話が人間には聞こえない以上、あまり私たちの役には立っていないのでは……。

 直接契約を行っている圏士でさえ、自分の『代行者』と話すこと自体そうそうないというのに。

 

「それで、アイレンを殺さなくてはー、と言われてもさしものアイレンでも、トーカさんに捕まった状態で暴れたりはしないと思うんですけど」

「……アリス、貴女は本当にそう思っている? 彼がそんなことを気にするような男だと」

「それは———、そう、かもしれません、けど……」

 

 やる、でしょう。彼ならば間違いなく。それが彼にとって必要なのであれば間違いなく、迷いなく。


「だから、今のうちに何とかしろと言うんですか、アナタは」

「そう、どんな怪物であろうとも暴れ出す前に倒すことができれば被害は起きない。今必要なのは英雄ではなく、むしろ卑怯者。手段を選ばずに結果を導ける存在なの、そしてそれは貴女にしか頼めない」

「なぜですか? 全ての『代行者』に伝えられたというなら、私以外の正義の人が何とかしちゃいそうですけど」


 今回の情報がトーカさんの『代行者』からなら全員に伝えられるというのなら、私以外の人が動き出しても不思議ではない。トーカさんには正義感の塊のような弟さんがいる。

 普段は命令に従う彼でも、今回のような事態が起これば反対を押し切ってでも行動を起こすはず。


「いくら彼でも、今回ばかりはムリでしょうね」

「ム、どうしてですか?」


 にべもない態度で答える彼女にムッとしてしまった。


「単純に契約してる能力の関係もあるのだけど。……だって、今回は私にしか伝わってないんだもの……」


 でも、流石にそれはあんまりじゃないでしょうかトーカさん。

 椅子から転げ落ちそうになりましたが、何とかこけずに済みましたよええ。テーブルに手を突きながら座り直して前を見ると、彼女もひどく縮こまっていた。


「この私に対する重圧は一体……、私って別に暗殺とか得意じゃないですよぉ……」

「わ…分かってるわ。でも、彼女もきっと迷っているのでしょうね。本当に実行に移すべきなのか。貴女は彼女と話す機会が多かったでしょう。それもあって、私は彼女についての話を聞く機会が何度かあってね」


 彼女が話す相手というと、トーカさんの『代行者』でしょうね。そう思うと本当に会話は聞こえてきてないのだとより感じさせられる。


「たまにしか口を開かないんだけど、いつも自慢なの。真面目で努力家、才能の上に胡坐をかかない天才。そしてとても……、とても優しい女の子」

「………」

「きっと、今回私にだけ伝えられたのも独断でしょうね。彼女の悩む姿を見るに見かねてつい、そんなところじゃないかしら。だからアリス、これは貴女に決める権利が渡されている。貴女が……、どうしたいか」

「……………」


 暖かな風が頬を撫でて去っていく、頭の中の整理がつかないことで泣きそうな私の目元を拭ってくれているかのよう。この世界が目の前の彼女の物だというなら、この風も彼女の気持ちということなのかもしれない。

 優しい人、今だって膝の上に置いた両手を強く握りしめている。


「………ぅぅーん……」


 あとは私がどうするか、どうしたいのか。

 大切な幼馴染、信じたかったけどそれも難しい。何かをしようとしているのは確かで、けどそれが何なのか分からない。


「……アリス———」


 幼い頃から、いつもあとを追いかけていた。私の思い出にあるのは、いつも彼の背中で、本当の意味で彼と向かい合ったことは無かったのかもしれない。


「なら……」


 ないない尽くしで嫌になりそう。いえ、もうなってますね。でも、だからこそ足を踏み出さないといけない。


「……私は、私自身の目と耳で確かめないと」


 そう、伝聞だとか頼まれごとだとか。そんな風に何枚もフィルターを通すから元々の物から変質してしまう。別に私が知りたいのはそんな偽物じゃない。

 重い荷物は背負わされるものじゃない、自分から背負うものです。これまで頑張って働いてきたんですから、それくらいの取捨選択くらいは許してほしい。


「トーカさんはアレで結構泣き虫ですからね。相手に気を使って一人で背負いこもうとするからストレスで疲れ切ってるというか……、それで耐えれちゃうのがまた問題なんですけど」

「なら、私も助力は惜しまない。貴女の選んだ道がどうであろうとも力を貸すわ」

「……いいんですかぁ? アイレンと一緒に悪の道に突き進んじゃうかもですよ?」

「ふふっ、そんな貴女だったなら私は契約者として選ばなかったでしょうね」


 笑顔と共に生まれた小さな涙を指先で拭いながら、ぶっちゃけ話をされてしまった。

 どうしましょう、なんだか気恥ずかしい。でも、それは後にしましょう。すべきことが決まったなら善は急げ、すぐさま目覚めてまずはトーカさんの所です!


「ありがとう、教えてくれて。私自身どうするべきかって中途半端でしたけど、やっと考えが決まりました」

「ええ、その方が貴女らしい。それじゃあ一度夢を閉じるわね、次に笑顔で会える日を楽しみにしてる」

「はいっ、それでは」


 眼を閉じると、音もなく一陣の風に包まれる。体が綿毛のように軽くなったような錯覚を覚えながら、空を舞う。


「……む」


 重力に体の感覚が捉えられたと感じるとハッキリと瞳を開く。

 そこは毎日寝泊まりしている自分の部屋だった。現実に戻ったことを確認すると、勢いよく立ち上がり時計を確認。

 午前6時、仕事が始まれば忙しいトーカさんを捕まえられないかもしれません。ならば、起きた瞬間に行けば間違いないでしょう。


(よしっ!)


 一歩踏み出したが、なぜか膝をつく。


「……はれ? おかしいですね……」


 そしてなぜだか頭も鳴るように痛いし、今にも吐きそうなくらい気持ちも悪い。つまり……、二日酔い。酒に強いというわけでもない私にとって逃れられない定めであった。

 というか夢の中では元気でいられるのだから現実でもいい感じに体調も復活していてほしい。え、ムリですか? はい。


「な、にゃんのこれしき……、うっ……っぷ」


 決意を固めて目が覚めて、最初の行為はトイレに駆け込み嘔吐する。


(こ、これは恥ずかし———う……っ!)

 

 その後、フラフラの状態で家を出ることが出来たのは一時間後の事だった。



  □ □ □

 


 暗闇の中で誰かが話しているのが見える。顔を隠すように帽子を被り、スーツ姿に褐色の男だ。

 彼は今にも崩れそうな家の屋根に腰かけ、落ち着いた声で地上のもう一人へと何か声をかけている。

 もう一人の方も、随分と落ち着いているように見えた。二人はそれほど多くもない言葉を交わすと、屋根に座っていた男が地上へと飛び降りる。


「しかし、無茶苦茶なことを言うものだねキミは、自分からそこまで言うのは珍しいよ。……最後に聞くけど、本当にいいんだね?」


 彼は頷く。そうすることに後悔など一切ないことは、なぜか分かってしまう。


「そうか、分かった。ボクとしてもあまり受け入れたくないんだけど、仕方ない。では、キミの心に従いたまえ。ボクはしばらく力を貸すことはできないけれど、応援くらいはできる」


 彼は手を伸ばし、握手を求める。今まで何度も助けられてきたのだから、最後くらいはちゃんとしたかった。……のだと思う。


「あぁ、これは……いや、なんだか嬉しくてね。では、行くといい。本当に、無理をするものだ。ああ、そうだ。彼女は完全じゃないからね。まぁ、短い時間だ。楽しむといい」


 彼は優しく笑い、お礼を言う。

 そこまでの光景はずいぶんとぼやけていたけれど、なぜかどんな声色で話し、どんな会話だったのか分かってしまう。

 そして今の声、きいたことがある。思い出したことがある。ほんの一瞬、刹那に過ぎ去った追憶の中。それはつまり、あそこで立っている顔の見えない男は———


「かれ、は……?」


 どこからか声が聞こえてくる、それはこれまでの物と違って酷く鮮明ですぐそばから聞こえる。


「あぁ、君か———、許可なしにここに入ってこれるなんて、流石だね」

「おねがい、がある————」


 聞きなれたとは少し違うけれど聞きなれた声だ。体の感覚が上手くつかめないがなんとか振り向く。けれど、それはできない。

 その場所に僕はいなかったのだろう。見たことも無い風景を体感することはできない。夢が終わる感覚を覚えながら、夜闇の世界で僕はゆっくりと目を閉じた。


「絶対に一人にしない。貴方の傍にいるって、決めたんだから———」


 最後に見た光景は、崩れた家と世界をあざ笑うかのように歪んだ上弦の月だった。

『本編について』

・アリスの代行者

 平原で静かに過ごす心優しい少女、夢の世界内部だけではあるものの契約者であるアリスにお茶やお菓子をふるまうことができます。とはいえ夢の中でのことなので目覚めた時にお腹が膨れたりはしません。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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