11.怒りを以てその先へ①
「はっ、はっ———」
冷たい空気を切り裂きながら、彼に言われた通り走って逃げる。
あの男は危険だ。
そのことは彼自身分かっているはずなのに、少女一人を逃がすことを優先した。例え自分の命が危険だと分かっていても、出会ってまもない少女を優先したのだ。
優しい人だ、そんなことは出会ったあの瞬間から分かっていた。でも、私ではどうやって接していいか分からなくて傷つけてしまう。でも、それでも、彼は手を伸ばし続けてくれた。死を目の前と背後に感じながらも臆病に震える指先を戻しはしなかった。
だから私は、その手を———。
「はぁ……っ、はぁ……」
足が前に進まない。一度立ち止まってしまうと不安が押し寄せる。
彼が心配で心配でたまらない。息切れによる痛みだけじゃない、ひどく胸が締め付けられて痛いのだ。
「……っ!」
元居た場所から人ならざる者の気配が漏れ出し、何かが壊れる音が聞こえる。空気に融け込み地に潜む影のような気配。当たり前のように、そこにあって当然というように、何の違和感もなく存在するが故の異質さ。
それが蝋燭の火のように揺れたかと思うと、月明かりの下に弾き出された男が瞳に映る。
「トー……レス———?」
男は何とか空中で態勢を整えようとしたが、その前に追い打ちをかけられた。何ひとつ抵抗もできぬまま地面へと墜落する
見間違えようもない最愛の人。その大切な人が弄られ、死の淵に瀕している。
逃げろと彼は言った、自分は大丈夫だと。
けれど、彼は傷ついている。唐突に、理不尽に。
「ダメ……」
ダメだ、そんなことは許せない。
空っぽに生まれた少女の内に、微かに怒りが灯る。内に灯ったそれが何なのか、少女自身、まだ分かっていない。
けれど、再び歩き始める切っ掛けには十分だ。
この瞬間、彼女の中で滞っていたものがはじけ飛んだ———
「トーレス……っ!」
意識が覚醒したような錯覚、これまで見ていた世界は一体何だったのかというほど全てが鮮明に見える。そして、彼への想いもまた大きくなっている。
彼が心配で心配でたまらない。私を救ってくれた最愛の人、自身を死に追いやった相手を受け入れるなんて普通ならできない。でも彼は違った、いつも優しく笑いかけてくれた。
その人を傷つける相手がいるのなら、私は———。
「———っ!」
少女にとって、彼の居ない世界では心から笑えない。
止まっていた足が再稼働し、心に従って走り始める。向かう先なんて、考えるまでもなく決まっていた———。
□ □ □
『原型』に神威を叩き込み、『代行者』を呼び寄せる。
世界が止まり、現れた彼らが代償を要求する。代償が大きければ大きいほどに神々の力を再現し、現世に神話を再現する力を与えてくれる。
——そうなる、はずだった。
「ぁン?」
「なん……で……」
だが、何も起こらない。さっき『略式契約』を行おうとした時と同じだ。
“反応がない”
『代行者』に呼び掛けているというのに、彼は何も返してこない。
どうしてだ、どれほど呼びかけようとも『代行者』からは何一つ返ってはこない。
まるで穴の開いた器に水を注ぎこんでいるかのように、籠めたはずものがどこかへと流れ出している。
———何も感じない。
「テメェ……! 随分と舐めた真似してくれるじゃねェか……!! まさか、契約にすらたどり着けねえだなんて思いもしなかったぜ……アァ、もういい。死にてえならそうしてやるよ……ッ」
「クソ———ッ」
どうして『代行者』が現れない、いや存在が消えているかの理由は分からない。だけど、それでもやらなくちゃならない。このまま殺されてしまえば、奴はミカの元へ行ってしまう。
力の差があろうとも、足搔くために『原型』を構える。
「アァ、なんだ? なにまだ戦う気でいるんだテメェ、もう終わった奴が足搔こうとしてんじゃあねえぞ!!」
その姿が癪に障ったのか、男から漏れだす神気は空気に融けこむことを止め、世界に表出している。
急激に圧が上昇する。呼吸が上手くできず、巨大な手で握りつぶされたかのような錯覚さえ覚える。
「言った、だろう……! 君には、関係ないッ!!」
精いっぱいに虚勢を張る。怒りに任せた神気は周囲へと及び、ただ男が立っているだけで暴風を巻き起こし、地面や建物に被害を及ぼしている。
気を抜いた瞬間に膝をつきそうなほどの神威が物理的な衝撃を持って襲い掛かる。だが、倒れるわけにはいかない。ミカはどこまで逃げただろう。素直なあの子のことだから今も言いつけ通り走り続けているのかもしれない。
(何としてでも時間を稼ぐ、他の圏士がやってくるまで耐えればミカの元へは行かせずに済む……!)
砕けてしまうくらいに歯を食いしばって前を向く。例え力が使えなくても関係ない。
彼女を護ると決めた。他者を拒絶していた彼女を、自分勝手に救ったのだからせめて最後まで貫き続けないと嘘になる。
「あ、ああアァァアァッ———!!」
声を張り上げ抵抗を、剣を構えて対抗を。
圧倒的力量差があれ諦めはしない、全身全霊を以って、悪意に屈したりはしない——!
「やかましいぞ、カス」
「ァ————」
音は無く、暴風がさらに吹き荒れる暇さえなかった。
握っていたはずの剣が地面に落ちる音だけははっきりと聞こえて、灼き付くような痛みが奔ったかと思ったら、急速に冷たくなっていく。
命が流れ出す、生命から熱が失われていく。
心臓の脈動が冷たい刃に触れている。貫かれ、肉体の中心から末端に向かって熱が冷めきっていくのが考えるまでもなく簡単に理解できた。
「ったく、期待外れも期待外れだ。まさか、この程度のヤツに目をかけてたってのか? あの野郎も大概目が腐ってやがる」
痛みの発生源を見ようと、満足に動かない瞳を下に向ける。
理由と言ってもなんてことは無い。ただ胸に刃が突き刺さっているだけだ。そこから真っ赤な血潮が足元に水たまりを生み出している。
「ごっ、は……———」
せりあがってきたものを吐き出すと、それすらも赤い。体から力が抜けていき瞬間ごとに命が喪われていく。あぁ、なんだ。結局口だけで、あの時と同じように僕は何も出来ずに終わりを迎えるのか。
「後は、精々苦しんで逝けよ。その方が俺も気分が良くなるしな、最後に人の役に立てるんだ。
人を護る圏士様なんてやってやがる気狂いだろう、最後に使命を全うできるんなら絶頂もんだろうが。……俺は当たりの方に行くから大人しく死ね」
こちらを見下しながら突き刺さった剣に手をかける。刺さったままの状態でこれだ、引き抜かれてしまえば生と死の天秤の上でギリギリ保っている均衡がついに崩れる。
結果は……、想像する必要すらない。
「……あン? クソ野郎が、終わった奴が足搔くなっつったろうが……!」
「カハ……ッ、く、ッぅゥぅう———!!」
離しはしない、行かせはしない、この剣はお前の『原型』なんだろう?
なら、これを置いてはいけないはずだ。
顔を上げれば、僕を待っている死を最期の最後まで引き延ばす。圏士でありながら自らの剣すら持ち続けられなかった情けない両の手に力を籠める。
お前を、ミカの元に行かせはしないッ!!
「……もういい、飽きた」
「———」
怒りを通り越して平静へと至る。
ただの人と、神の力を纏った宵闇の力比べ。考えるまでも無い、敵うはずがないことなんて初めから分かっている。
「———ッ……」
力任せに引き抜かれ、堰止められていた最後の一滴が噴き出すと、視界の端から闇が急速に侵食を始める。容赦なく、全ての者に与えられる終わりが迫ってくる。
倒れこみ光を喪い続ける視界の中、男が去ろうとする姿が闇の中で映し出された。
ま、だ———
「……こ、のォッ———!
「本当に、これだから圏士ってやつは嫌いなんだ……ッ! 何もしなけりゃあ苦しまずに死ねるってのによォ、最後の最後まで他人なんかの為に足搔き続けやがる。ふざけやがって……、気持ちがわりィんだよッ!!」
男の足に延ばした手が振り払われ、腹部を蹴り飛ばされる。痛みの感覚すらなくなったはずの体が断末魔を上げる。
(……もう、これ以上、は……ダメ———か……ミ、カ——)
壁に打ち付けられ倒れ込む、今度ばかりは指先すら動かせない。
黒に埋め尽くされた視界の中、男が立ち去る姿だけが映し出されている。奴はこのままミカの元に行くつもりだろう。
他の圏士も間に合わなかった。せめて、ミカに追いつく前に……
だが、最後に聞こえてきた言葉は予想外の物だった。
「は、ハハハハハ———、随分と飼いならしてるじゃねえか。ええ? やっぱりテメエは男の風上にも置けねえなぁ」
「ァ——————?」
暗闇に侵食され、月明かりすら差さない世界から引き戻される。
少女の汗が月に照らされ煌めいている。
小さな体を大きく動かし、肩で息をしているその姿。
あぁ———、どうして……戻ってきてしまったんだ。
「だが、手間が省けて助かるぜ! コイツがハズレだったからかなりイラついてたんだ。次はテメエだ、精々俺を楽しませろよ?」
「……あな、たが———」
「あ? はっきり喋れよ、こちとらせっかく機嫌が良くなってきたんだ。あんまりイラつかせるならアイツみたいにすんぞ」
「あなたが、トーレスを———」
「———げ、ろ……ミ———」
彼女にすら届かない微かな声しか出せない自分が恨めしい。ここにいちゃダメだ、もっと……もっと、遠くに———。
「まだ生きてたか、……しぶてえ奴だな。お前はもういいってんだろ? 今はお前だガキ、お前がどうやってあの野郎の攻撃を防いだのかは知らねえが、出来るならすぐにやった方が良い。出でなきゃここで……殺す」
「……ゥ————」
再び吹き上がる神威に耐えきれずに倒れ込む。瞳すら動かせず、唯一見ることのできるのは、流れ出した血が地面に尾を引いた光景だけ。それだけで失った命がもう戻らないのだと思い知らされる。
ミカ、は……、無事……か? 彼、女の……姿を…。
音が途切れる、視界が闇に沈む。
しかし意識を失うその直前、聞きたかった声が耳に届く。
「あなたがトーレスを、……許さないっ!!」
だが、最後に聞こえた彼女の声は怒りに満ちたもので、あの子には関わらせたくなかった負の感情そのものだった。
少女の全身を影が染める。それは彼女が『穢れ』と呼ばれていた時の姿に酷似していた。だが、少し違う。夜闇の中で黒く染まったことによる目の錯覚か、完全なる闇でなく少しだけだが少女自身の神威が表へと顕れている。
一歩前へ、小さな靴音を鳴らした足元から、地面に根を張るように細い影が伸びていく。幾重にも枝分かれしたそれは狙い違わず影の男へ疾走する。
だが、届かない。
男へと近づけば近づくほどに根の進行は遅くなる。まるで巨大な岩盤に行く手を阻まれているかのように進行方向が逸らされている。
「く———っ!?」
「なんで『原型』も持ってないような奴がその力を使えるかは知ったことじゃあねえ、俺にとっちゃどうでもいいことだからな」
見るからに『原型』を持っていない人間が『略式契約』程度とはいえ、神威をその身に宿している。不可解だが、どうでもいい。
なんせ、あまりにも弱いから。たった一歩、男が足を踏み出しただけで根の先端が破壊される。散り散りに散華し、光の中で消え去っていく。
「……ァ、クッ———」
けれど、これで知りたかったことの答えは出た。
「だが、アアァ……。そうかぁ、やっぱりお前だったみてえだな、ガキ」
実のところ、男にとって時間はそれほど残されてはいない。
通常の圏士であれば契約を交わした時点で表出した神威が瞳士に観測され、それが強力なものであればあるほどに発見されるリスクは高まる。だが、男の力は隠ぺいすることに特化している。
その気になれば気配だけでなく、姿、声、動作さえ誰にも認識されることは無い。しかし、それは隠れることを主軸に能力を使った場合だ。
先ほどのトーレスに対するイラつきが闇にまぎれた影を月明かりの元へと引きずり出した。それに加えてミカの登場。街を護るはずの圏士が、街の中での契約を行うなど重大な規約違反だ。
五分もすれば、暇な圏士共が飛んでくるだろう。
内心、男は落胆していた。役立たずの圏士と小便臭いガキ、その二人を死に追いやることで特級殿の異様なまでの期待がどこから来るのか知るつもりだった。
しかし結果はこのざま、力の源は知ることができた。だが、こんなガキを殺してなんになる。手を添えただけで圧し折れそうな細い首。首だけじゃない、体のどこを取っても指一本あれば殺しきれる。
「ったく……、どうしたもんかね」
冷めきった頭で考える。
つまりこうだ、リベリカとかいう雑魚はこのガキにかばってもらうことでアイレンの攻撃から生き延びた。外傷は無かったものの意識不明だったのは単純に、『略式契約』による攻撃は防いだが衝撃までは防ぎきれなかったというところか。
今、ガキが発動している能力で本当にできるのかは疑問だが、まあいい。
「ま、せっかくだ。息の根止めとくくらいはしとくか。さんざイラつかされたしな」
届かぬ攻撃に意味はない、あのガキはいつでも殺せる。それなら雑魚の方を確実に殺しといたほうが精神衛生上マシと言うもの。
いまだこちらへの攻撃を続けようとしているガキへと背を向け、屍一歩手前の男へ振り返る。
「アア?」
知らず声がでた。
男がいない、……いや違う。影の根によって覆われている、光の差さぬ路地裏では完全に闇と同化しているが、そこにいる。
「チィ———」
左右の壁、そこには隙間なく影が張り巡らさている。自分が立っている地点を境に途切れていたと思ったが、木の根がほんの隙間から成長を続けるように壁を伝って男の元へと伸びている。
(最初からこれが狙いか———)
再びガキへ目をやると、力の行使のせいかここへ来たのとは別の理由で荒い息を吐いている。
「それで守ってるつもりか? 俺を殺せなきゃ意味なんてねえ、根っこ巻き付けたくらいで大した守りにはなんねえだろうがよ……!」
「はぁ……、はぁ———」
「何とか言ったらどうなんだよ、俺を許さねえんだろう? そら、たった一回のチャンスだ。“受けてやる”」
男は構えを完全に解き、全てを受け入れるかのように“両手を降ろす”。
「………」
「そら、やるならサッサとやれよ。俺もそろそろトンズラしねえと後が面倒だ。来た奴殺してもいいが……、それはまた次だしな。で、やんのか? やんねえのか?」
「………私じゃ、あなたには勝てない」
「だから、機会をやるってんだろうが。そんな分かり切ってることを一々くっちゃべってるんじゃあねえぞ……ッ」
「私はあなたを許さない。でも……、私だけじゃ勝てない」
ガキの足元から伸びていた影が足元へ戻っていく。つまり、挑みすらしないわけか。
「ぁー、クソッたれ。二人もいて両方が何もないってどういうこったよ。期待外れもいいとこだ、もうカス共も来る頃だな」
路地裏から出るために歩き出す。当然、出口にはガキが一人。
「どけ、もうテメエらに興味もクソもねえ。次会った時に殺してやっから俺の慈悲に咽び泣いてろ」
「どかない」
「……はぁ、そうかよ。……なら死ね———」
剣を振り上げ振り下ろす。
技術も理もない、腕の力だけによる原始的な殺意が少女へと振り下ろされる———
「お前、は……ッ、何、を……ッ! してる……!!」
「な……にィ? ———ガッ!?」
だが、そこにいたのは死んだはずの男。予想外の状況に一瞬思考が乱れる。
殴り飛ばされたのだ。
心臓がつぶれ、死ぬ寸前だったはずの雑魚の手によって。
「———ッ!?」
思考が追い付かない、出力のリソースを存在の隠密に割り振っているとはいえ、『具象契約』を交わしている状態で力負けするだと?
『略式契約』すら満足にできなかった男に———?!
殴り飛ばされながらも、殴りぬいた姿勢のまま固まる男を視界にとらえる。その姿は自身の血に塗れて今にもこと切れそうな装いだったが、瞳の中には燃盛る憤怒が見えた。
□ □ □
宵闇の男は、通りの向こう側にあるゴミが固めてられてある角へ、地に落ちることも無く吹き飛ぶ。
大きな音を立てながらその区画に激突する姿を確認し、浅く呼吸を吐いて構えを解く。
「ゼェ……、ハぁ、……グ、ゴホッ———」
殴った衝撃が自分自身を傷つける。かすかな振動が伝わっただけで心臓が破裂しそうになる。穴の開いた水風船が自ら壁に激突するが如き愚行。
……けどこれで、一矢報いたぞ。
「トーレスっ!」
駆け寄ってきたミカの顔はいまにも泣き出してしまいそうで、心配をさせてしまったことに心が痛む。そして、違和感も同時に感じる。
「ミカ……、ありがとう。また、助けられたね……」
「ううん、そんなことない。トーレスが傷つくのが分かってたのに逃げ出して———」
「いいんだ、僕がそう望んだんだから。ミカ……僕の後ろに、奴はまだピンピンしてる」
「うん……」
彼女を背後に隠す。やはりさきほどまでよりも少しだけ喋り方が変わったようなきがする。だが、それは後だ。来るぞ———。
ゴミ捨て場が炸裂する。固めておかれていたゴミは周囲に飛び散り、黒き神威に触れた端からこの世界に存在が抹消されていく。
「アァァ……、ホンっトウにイラつかせる奴だ。あのまま死んでれば良かっただろうが、何英雄気取りで立ち上がってやがる。その上、まだ立ち向かおうってか。は、はは———」
右手で顔を覆い、天を仰ぐように笑い始める。
ひとしきり笑い終わると手を降ろし、言葉を紡ぐ。
「なるほどなぁ、守ってたわけじゃあない。治してたわけだ、そんなことを出来るとは思わなかった。それは俺の落ち度だよ、あぁ全くもってな」
「まだ……、やるつもりか———」
「あン?」
「グ……ッ———」
これまで自身の存在を隠すために使われていた神威が指向性を以って向けられる。一人ではまともに立ってはいられないほどの圧力。
だが、この子の前でカッコ悪い姿は見せられない…ッ!
「勘違いしてるようだから教えといてやるが、俺は別にお前を殺せようが殺せまいがどっちでも構わねえ。今日来たのは知りたかったからだ。知ってるだろう? アイレン・ランテカルア特級殿のことだ。あの野郎、きな臭さを隠そうともしねえで、自分が失踪事件の首謀者だって我らが局長殿を挑発しやがった。今頃は牢獄の中で尋問でも受けてる頃だろうよ」
「アイレンが……、いやその話が何だっていうんだ」
「分からねえのか? 今回の発端はお前だ。むしろ、お前が意識不明になったあの任務こそ、あの野郎の狙いだったんだろうさ。手を貸してやってはいるが目的自体が違うからな、俺自身アイツの事なんか興味もねえ。だが、お前は当事者だ、思い当たる節はあるんじゃあねえか?」
「……」
ない、そう言えば嘘になる。背後にいる少女がその何かだ。
本来あり得ぬ意志を持った『穢れ』、救ったことで現れた一人の少女。そして、その少女は『原型』すら使わずに神威を扱ってのけた。
周囲には『穢れ』特有の空気も地上の汚染すらもない。これが、異常でなくて何というのか。
「それを知って……、どうするつもりなんだ。アイレン自身が事件の犯人だっていうなら、きっとそういうことなんだ。思うことはあっても、その件に僕が関わってるだなんて考えられない」
「はぁ……、テメェはどこまで甘っちょろいんだ。アァ……ったく、時間も熱意も無駄にした。もういい。時間切れだ。次会う時までは生かしといてやる。だが、俺に傷を負わせたことを忘れんじゃねえぞ。トーレス・リベリカ、お前達は俺が殺す。忘れるな」
「キャ———っ」
「ミカ———」
立ち去る間際、一際強力な神威が放出され男を中心に破壊が巻き起こる。吹き飛ばされそうになるミカを傷ついた体で抱きかかえるように地面へ倒れ込む。
おぞましい空気が辺りを駆け巡る。建物を破壊し、男が居たという証ごと滅茶苦茶にしていった。
衝撃が収まると男はもういない。そして、入れ替わるように新たな圏士たちがやってきた。
「これは、……ひどいな。一班は救助者の捜索、並びに救助に当たれ! 二、三班は男を追え、何があっても逃がすな、必ず捕まえろ。散開ッ!!」
「「「了解ッ!」」」
「もう大丈夫だよトーレス……、トーレス?」
ようやく皆が来てくれた。何とか、耐えきれたこれで一安心だ。あぁ倒れ込んだままだ、……このままじゃミカが立てないし、早く……起き、上がらない———と———
「———ッ?! トーレ……—誰、……けて——!!」
「こ……ち、圏、士———るぞっ!」
上手く耳が機能していない。頭がふらふらしていて、横にされているのか起こされているのかすら判断できない。
一瞬、目の前が暗闇に包まれ、次の瞬間には明るい場所へ。それを何度も繰り返すうちに、血の足りない頭でも病棟へ連れられてきたのだと何となく分かってきた。
まるで出来損ないの写真映画、絵はブレブレで何が起きているのか判別できない上に場面の転換が急すぎる。
……気持ちが悪い。
こんな作品誰が見るというのか、幸い背景音楽までは存在しないらしい。目を閉じてしまえば、何も見えぬまま聞こえぬまま静かに眠れそうだ。
「———、——レス……目を——て! いなくな——で!」
けど、その中で常に途切れることなく聞こえる少女の声が、閉じる瞼を引き留める。
なぜだろう。良く分からないけれど、まだ眠ってはいけない気がしてならない。何か、約束をしたような気がするのだけど……、なんだったろうか?
『あなたの傍に———』
「や———、離し……私、———スの傍に———」
古い言葉と共に、悲痛な声が遠ざかっていく。
全身が動かされたような軽い衝撃、そして目を焼くほどの人工光。あまりに眩しくて重力に従って横を見ようとしたけど、完璧にはできなかった。
腕に微かな痛みが奔ると、だんだんと眠くなっていく。その中で、さっき思い出したある一つのことを考えている。
(僕は、誰となんの約束をしたんだったかな……)
だが結局はその答えを思い出すことはできず、強制的に眠りへと落とされた。
『本編について』
・トーレスの具象契約
前話ラストでいい感じに能力を使いそうな終わり方をしていましたが、現状の彼はある事情により能力が使えていません。もし仮に扱えていたとしてもこの場では襲撃者を倒すことは難しかったでしょう。
・ミカの能力について
彼女は出自が特殊なので『原型』を用いずとも能力を使用することができます。しかし、扱いなれていないことからも消耗が激しく、特別強力と言えるわけではありません。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




