2/優しくて明るくて可愛い酒村さん。
(残暑の季節ですね)初投稿です。
ハーメルン様でも「かげのかげたろう」名義で投稿しております。よしなに。
「ねえ、淵見くん」
「ん?」
仕事が終わった帰り道、一緒に帰っている酒村さんは隣から顔をひょこっと覗かせて声を掛けてきた。
「この後って暇?」
「暇だけど……ご飯でも行くの?」
「うん。最近一緒に行ってなかったし、どうかなって」
「いいね。行こっか」
「やった!ね、何食べたい?」
「お肉」
「好きだね、お肉」
「酒村さんは何食べたい?」
「食べたいって言うか、飲みたいかな。お酒」
「好きだねぇ、お酒」
白い髪を上機嫌そうに揺らしている酒村さんは、名前に関係するかはさて置きお酒が大好きだ。嗜む、というより酒カスと言うべきだろうか。毎日の晩酌を欠かさないお酒を愛し、お酒に愛された空前絶後で超絶怒涛の酒好き。
たまにご飯を一緒に食べに行く時はこちらが驚くほどにお酒をぐびぐびと流し込んで空のグラスを積み上げるものだから、一体その細い体の何処にお酒が消えているのか分からなくなる。
「いつものところでいいかな」
「今日は平日で予約しなくても空いてるし、いいと思う」
「うん、決まりだね。飲むぞぉ」
「……酒村さん明日休み?」
「んーん、お仕事だよ」
「二日酔いを知らない女め」
「なってみたいんだけどね、どうしてもならなくて」
とっても可愛い女の子らしい見た目でえへへと笑う彼女がこの後、えぐいペースでお酒を無限に飲み干していくとは思えない。ギャップという奴だろうか。萌え~。
「今日は何時まで付き合ってもらおうかなぁ?」
「俺明日休みだから何時でも大丈夫だよ」
「ほんと!?じゃあ、その後おうちで飲もうよ!」
「酒村さんの家の日本酒飲ませてくれるなら」
「飲ませてあげるよ!ふふ、今夜は寝かさないよ?」
「酒村さんは仕事なんだから寝ろよ」
「大丈夫、私強いから」
「店長もそんなニュアンスの言葉吐いてダウンしてたな……」
「いや店長はフィジカルはよわよわだし……私はつよつよだし……」
夜に飲み明かしてそのまま仕事に行っていいのは大学生までのノリと思うのだけど。そうでもないのだろうか。
そんな話をしていると、酒村さんが「あ」と不意に足を止める。
釣られて俺も足を止める。酒村さんは道の端側に目を向けて何かを見つけたようで、俺も何かとそちらへ目を向ける。
「酒村さん、どうし」
「淵見君灰皿があるよ」
「いってきます」
「いってらっしゃーい」
おお、神はここにいた。ここに酒村教を作ろう。貢物は酒じゃ。つまみも捧げよ。
二の句も告げずに俺は酒村さんが見つけてくれた灰皿へ直行する。「相変わらず早いなぁ」と呆れた言葉を耳にしながらポケットから煙草とジッポを取り出して、秒で口に咥えて火を点ける。
一呼吸。居酒屋の入り口に設置されているその四角くて赤い灰皿がある事に感謝しながら、俺はニコチンを吸い込む。
「…………」
少し離れた所に酒村さんが立っている。彼女は煙草を吸わないが、吸う人を肯定するという素晴らしい考えの持ち主だ。愛している。
見ている俺を見返し、鼻を摘まむような仕草をしてくる。誰が臭いじゃ。あっかんべーを返しておく。
……しかし帰り道の途中、こんな居酒屋あっただろうか。振り返って、灰皿の奥の居酒屋へ目を向ける。
どこにでもある普通の居酒屋だ。中からは賑やかな声が聞こえ、繁盛しているのがわかる。
灰皿の隣には今日のオススメが可愛らしい文字でブラックボードに書かれており、魚の刺身の名前がずらりと並んでいた。マグロ、カツオ、サーモン、サンマと中々に美味しそうだった。
今度行ってみよう。そう思いながら居酒屋から視線を外し、酒村さんのいる方へ体を向ける。
「お兄さん、火貸してよ」
「…………」
知らない人が目の前にいた。
キャップを被った、ショートカットの男か女か区別がつかない不思議な雰囲気の誰か。俺より少し背が小さく、口元に煙草を咥えた誰か。
いつのまにか其処に居たその人は目元が見えず、上機嫌そうに口元が笑んでいる。
「いいですよ」
「助かるよお兄さん。ボク、ライター落としちゃってさ。どうしようかなって思ってたんだよ」
「はあ」
「お兄さんが居て助かったよ、とてもラッキーだったよ。こんなところに居てくれて」
「……そりゃ、よかったですね」
すわ逆ナンか。思いはしたがそんな筈は無い。
喫煙所で声を掛ける理由は煙草を貰うか火を貸してもらうかの二択だ。ましてや女から男へ声を掛ける理由なんぞ。そも男か女かも分からん。
咥えている煙草に火をつけてやれば、すーっとその性別不詳は吸い込んで、げほげほと咳き込む。
「げほっげほっ!臭っ!?こんなに臭いの煙草って!」
「……初めてなんですか?」
「初めてだよ初めて!この辺に来るのもね!」
涙目になりながらけほけほと咳き込む性別不詳は、一口吸っただけの煙草を灰皿へと勢いよく放り捨てる。
勿体無い、とも思いながら何故その初煙草とやらをここで吸っているのだろうとも思った。貰い物だろうか。
「キミに聞きたい事があってきたんだよ!わざわざこんな所にね!」
「……俺に?」
「そう、キミに!」
「はぁ」
臭い、と指先についた煙草の臭いを嗅いで顔を顰めながら性別不詳は言う。この人が言った事を脳内で咀嚼して、しかし無味の如く会った記憶がさっぱり無いと首を捻る。
聞きたい事。初対面の人に。はて、居酒屋のキャッチとかだろうか。
ふう、と煙草の臭さに落ち着いたのか性別不詳は向き直って俺に口を開く。
「この辺にさ、落とし物をしちゃったんだよ」
「落とし物?」
「そーそー。黒くて……あ、でも白っぽくもあるかも。そんでふわふわ」
「なんですかそれ」
「いやあ、大きいから割と分かりやすい落とし物なんだけど中々見つからなくて」
「どの辺に落としたとか分からないんですか」
「ん?だから聞いてるんじゃん、キミに」
「は?」
「しらばっくれないでよ、心当たりあるんでしょ?」
「黒くてやっぱ白くてふわふわ……いや、俺は」
「知ってる筈だよ」
にこ、と口元が笑む。俺は首を傾げる。
「落とし物の匂い、キミからするからさ」
顔が上がって、性別不詳の目が見えた。
翠色の、こちらの心の奥の奥まで見通すような透き通った人離れした目。愉悦の色が見える、ろくでもない事に巻き込んできそうな胡散臭さが滲み出た目。
昨夜見た、落とし物と同じ種類の目。
動揺。
眉がぴくりと動いたのを感取られ、にこりと笑みが深まった。
「やっぱり」
瞬間、目の前に孔が見える。いや、孔だが向けられているのは、楽器。
金色のラッパ、いや、トランペット、もしくはホルン?に似た楽器のようなナニカ。構造的には吹いて音を鳴らす楽器だろう。だが、何かが違う。
ソレは、ただの楽器では無いナニカだと悪寒が教える。向けられて怖気が首筋にチリチリと走り、嫌な予感が止まらない。
「殺しはしないんだけど、一応連れてこうかなって」
「……言われりゃ着いてくからソレ下ろしてくれませんかね嫌なんで」
「あれ、キミ感受性豊かだね。コレの事分かるんだ」
「直感で吹かれたらやばい事なるって分かんですよ性別不詳さん」
「ボクは女だよ」
「わかりずらい格好すんじゃね────ああいや悪かったすいませんでした」
失礼な、と頬を膨らませる性別不詳もとい謎女は楽器のようなナニカをずいと俺に突き付ける。触れてはいけないもの、人間が目にしてはならないような気がするソレが間近に突きつけられて、俺は止まらない悪寒を落ち着けるように煙草を吸う。
こんな時でも煙草は美味い。吸ってる場合か。
「ともかく時間はあんまり無いんだ、ボクも仕事が多くてさ」
「どっかで楽器の公演でもするんですか?」
「ちょっとウチのシマを荒らしに来た輩に無料コンサートをね」
「そりゃ大変だ、今すぐ帰らないと」
「大丈夫、キミの用事が終わってからでも余裕あるよ」
「いやーリハーサルとか念入りにしておいた方がいいんじゃないかなって」
「練習とかボク嫌いなんだよね」
「ぶっつけ本番はリスキーですよね」
「その方がひりついて楽しいでしょ?」
にこり、と楽器モドキに口をつける謎女。翠眼が楽しそうに緩み、今からソレを吹かれてしまうのだと分かる。
煙草を吸う。最後のフィルターギリギリになってしまったそれを灰皿に放り、改めて溜息を吐き出す。
用はわからないが、つまり昨晩の落とし物の後始末に来てそれと関係してしまった俺を連れて行こうとしている訳だ。下調べもなく。
「なんだつまり、落とし物と、落とし物に関係した奴を誘拐しに来た訳ですか」
首肯。
「なんでですか?」
「まあ、神様の言う通りに、って事」
「上司命令に逆らえないなんてブラック企業にでも勤めてるんですか??」
「逆らう理由もないし。落とし物と違って」
「……ちなみに連れてかれたらどうなります?」
「さあ?」
「めちゃめちゃ行きたくなくなったんですけど」
「お茶菓子くらいは出すけど」
「酒と煙草くれるなら着いてったかもですね」
「なんて強欲な」
「誘拐犯が何言ってんですか」
てへ、とぺろりと舌を出して腹立つ顔を晒される。煽り性能高い顔面だな殴るぞ。
「で」
かつん、と楽器モドキが俺の鼻先に触れる。触れてしまった。
「いい加減連れてっていい?ボクとしても手荒な真似はしたくないし」
「ああ、俺も手荒な真似はしたくないですし」
「素直なのはいい事だね。美徳だよ」
「うん。まあ、俺は平和主義者だし、俺は」
「……"俺は"?」
「うん。俺は」
鼻先に触れたソレをガツッ、と横から掴まれる。
飛び出した細腕はその楽器モドキをミシリと軋ませ、向けられていた孔を謎女の腕ごと上へと逸らし持ち上げる。
「えっ」とその剛力に驚いた声と、「はあ」と呆れたような溜息が聞こえる。
「……淵見くん?」
「はい」
「大人しく見てたけどこれはどう言う事?」
「昨晩ちょっと色々あったというかなんというか」
「何やらかしたの、今度は」
「やらかしたというか、たまたまというか」
「淵見くん?」
「はは」
「誤魔化さない」
ぷりぷりとする酒村さんに苦笑いする。正面の驚いた様子の謎女は、横合いから飛び出されたその酒村さんに目線を向けて、目を細める。
「……うわ、キミ友達は選んだ方いいよ」
「失礼な。酒村さんはいい人ですよ」
「人じゃないじゃん。なんでここに居るのさ、こんなの」
「こんなのはもっと失礼ですよ」
「そうだよ、こんな玩具人に突き付ける君の方が失礼なんだから」
「こんなオモチャって言うな!」
「壊せそうだもん、ほら」
「それキミが馬鹿力だからだよね!?止めてってば!」
「仕方ないなあ」
パッと離した瞬間、数歩仰反る謎女。
相当力を入れていたのが急に抵抗を抜かされたものだか、慌てた声と共にたたらを踏んで、すぐ様俺へ恨めしい視線を向けてくる。
まるで俺が悪い事をしたかのように。なんでや。
「人外のお友達が近くに居るから、誘拐するとか言っても動じなかったんだ」
「いや俺は連れてかれるのもやぶさかではないんですけど」
「淵見くん連れてかれたら誰か私の晩酌に付き合ってくれるの?」
「こういう理由なんですいません」
「えっ」
ぽかんと口を開け、一拍。
「……えっと、それだけ?」
「はい」
「うん」
「その、なんかこう……こんな怪しい奴に連れてかれたら危ない!守らなきゃ!とかじゃないの?」
「いやまあ淵見くんだし」
「らしいです」
「妙なところで薄情というかなんというか」
「というか怪しい奴って自覚してるんだ」
「こんなミステリアスでビューティーな女の子は魅力的過ぎて怪しいでしょ?」
「いや普通に喫煙所で声掛けてくる女は怖い。壺とか売られそう」
「喫煙所にいるお姉さんは壺を売るのが仕事なの?」
「そういう事じゃなくて……」
「ねえ淵見くんお酒ー」
「ああごめんなさい不審者さん酒村さんが駄々こねちゃう」
「駄々こねてないもん!」
俺の服の裾を引いて、酒村さんがアルコールの催促駄々こねこねを始めてしまった。お酒を飲みたい気分でそれを邪魔されてしまうと、普段温厚な酒村さんでも少し不機嫌になってしまうのだ。
この状態が続くとあたり一帯が灰燼と化す。比喩抜き。
「すいません不審者さん、後日改めて来たら行きますので」
「え、ちょっとボクも時間ないんだけど。あと不審者さんはやめて」
「次来たら必ず行くんで、上の方にはそうお伝え下さい」
「一応誘拐しようとはしてるんだボク」
「誘拐の一悶着でこの場所を更地にしたいんですか?勘弁して下さいほんとに」
「ああ経験あるんだ……」
「あと身体の何処かがもげるのは覚悟しといた方がいいかもです。あとそのなんかよくわからない楽器みたいな奴」
「いやーまた後日来るよ!何事も穏便が大事、そうだよねお兄さん!」
大事そうに楽器モドキを懐にしまいながら、こちらにひらひらと手を振る謎女。先程掴まれた際にやられかねないと思ったのか、今日のところはお帰り頂けるようだ。
「でもちょっとすぐには行けないかもだから、それまで落とし物を預かって置いて欲しいな」
「預かるというか、勝手に居るからどうしようもないというか」
「居るのは事実だから、責任は取ってね?」
「おい落とし物引き取るならちゃんと引き取って下さいよ。……責任?」
「ごめん、今割と時間無いからまじで。あ、あとボクの名前はガブリエルね!」
「あー、ガブリエルさん?責任って何?」
「じゃあそういう事で!」
「おい待て責任って───」
刹那、風が吹いた。
ぶわりと風が吹いて目を細め、気づけば先程まで謎女が居たそこには何本かの白い羽が舞い散っていた。謎女の姿はもう掻き消え、飛んで去ってしまったのだろうと予想出来る。
……溜息を吐いて、頭をがしがしと掻く。何事も無く一難去った。なんだ責任って。
「ねえ酒村さん、煙草もう一本だけ」
「駄目、お酒」
「はい」
「よろしい。…‥詳しい話は、呑みながら聞くからね」
「そんな俺が悪い事したみたいな」
「でも原因は淵見くんにもあるんでしょ?」
「いやそんな事は」
「ない?」
「……ない、と思います……」
「ほんとに?」
「…………ちょっと、だけ?」
「ふーん」
どうせまた、と言わんばかりにジト目で見つめられればそう答えざるを得ない。確かに今その落とし物さんが居るのは俺の一言によってかもしれないが、だが一言だ。
たった一言でこんな責められるような目をされるのはなんだか癪だ。そも俺の目の前にそういうのが現れるのが悪いわけで。
俺は悪くない。
「……はあ。まあ淵見くんも気疲れしただろうから、吸っていいよ。仕方ないから」
「ありがとう酒村さん優しい愛してる」
「はいはい」
秒で取り出して火を点けて吸う。うまあ。
「ガブリエルさん、次いつ来るんだろうね」
「遠くない内にまた来るでしょ」
「誘拐って何処に持ってかれるんだろ。天界かな」
「だと思うけど。……酒村さんついて来てくれる?」
「多分シフト入ってるかも」
「実は俺って弱いから何かあったらやばいんだけど」
「運は良いから大丈夫だよ。淵見くんならなんとかなるよ」
どういう信頼のされ方だ。
煙を吐き出して、今更煙草を持つ手が少し震えているのに気付いた。先程のあの異質な楽器モドキを向けられた時の、鮮明な恐怖。それが虚勢の消えた今やっと来たらしい。
銃をこめかみにつけられたような気持ちだった。引き金を引かれれば瞬く間に命が散らされそうな、主導権が全てあちらの手にあったあの瞬間はどうも、怖かった。
「でも」
震えがほんの少し残った手に、白くて細い酒村さんの手が添えられる。
「シフトが無かったらついてってあげる」
酒村さんに目を向ければ、これまで幾度も見たほんわかとした優しい笑顔があった。
震えが止まって、心の端にあった不安感が溶けて吐息が漏れた。優しくて明るくて可愛い酒村さん、やはり結婚してくれないだろうか。
俺はその優しさに笑って、感謝の気持ちを伝える。
「……ありがとう、酒村さん」
「でもとりあえず今はお酒早く飲みたいから吸い切ってほしいかな」
「あっすいません」
言われて俺は煙草を吸うペースを早めて、それでもフィルターギリギリまで燃やし切ってからようやく灰皿へそれを投げ捨てた。
お酒が絡むと少し怖い所もあるけど俺は大好きだよ酒村さん。
良ければ高評価コメントなど宜しくお願い致します。