第6話 気まぐれ
「よっと!」
ドコーン、と強化アスファルトがガラスのように割れる。ヒューマンとは思えない怪力に市民は絶句して言葉を失った。
「かは?!」
蜥蜴野郎は白目を向いてピクリとも動かなくなる。パンパン、手を叩いてオルバスの元に戻った。
「終わったから帰ろう」
「……何をした?」
衝撃な光景にオルバスも目を丸くする。ただのヒューマン少女が体格差が二倍あろう蜥蜴を地面に叩きつけた。ヒューマンは異種族より力が劣る。なのにシトラはその常識を覆したのだ。
「転ばしただけだよ」
「転ばしてあの威力はないだろ!?」
思わずシトラの肩を掴んでしまう。はっと思い出したようにすぐ手を離す。
「悪い」
「気にしてないよ。それよりあの威力は私じゃなくてあの蜥蜴野郎の突進力。私はその力のベクトルを下に向けただけに過ぎないから」
受け流し。力量差がある相手を覆す弱者の技の一つだ。旅人さんから教わった技だがまさかここに来て役に立つとは夢にも思わなかったけど。
「こう、踏み込む足を思い切り蹴るのがコツ。体軸がズレて投げやすくなるの」
先ほどやったのをエアでやってみせる。オルバスは深くため息をついて眉間に皺を寄せる。
「二度とあんなことするな」
「う、うん。もうしないって約束する」
「ならよし。それと後ろにいる奴が話したいようだぞ」
振り返ると赤髪少女がスナイパーライフルを横に持ってじっーと見つめている。恐る恐るシトラは話しかける。
「あの、何か?」
「……開拓者じゃない。どこの所属?」
「……えーと、所属?はしてないです。ただの一般人です」
「確認中……本当だ。ただの一般人だ。いや、偽装? いや、私の目を至近距離で誤魔化せる奴なんてないはず……まさか新しい偽装プログラムか? でもそれなら事前に連絡がくるはず……」
「オルバス、さっきからこの子ブツブツ何か言ってるんだけど」
オルバスは呆れを通り越していそ清々しいまでに答える。
「そいつは機械少女のココナだ。この惑星じゃ知らない奴はいない有名人だな」
「そうなんだ。というか機械少女ってなに?」
「体が機械でできた人間」
「分かりやす! でも見た目は完全にヒューマンに見えるなぁ」
「工夫してるから。それとココナではなくレッドアイと呼べ」
赤髪をサラッと手で靡かせ、ドヤ顔そのもので胸を張る。
「そろそろ女房が夕食の支度してくれるから帰ろうぜ」
「りょーかい」
シトラ達は視線を何事もなかったように帰り道を歩むとココナが慌てて手を伸ばす。
「待て待て待て待て、銀髪のお前。あいつの後始末どうしてくれる? おおん?」
拘束されて連れてかれる蜥蜴に一般人の私は口出し出来ないはずだが。
「別にそちらで処理していただければ」
「一般人が他者を怪我させる行為は禁止されている。つまるところ違反だ。ついてこい」
「え、あっちょ!?」
無理やり腕を掴まれて強引に引っ張られる。解こうにも巻きついた蛇にがっちりして、抜け出せそうにない。
「おいおい、ココナさん。こいつは何も違反しちゃいないぜ?」
するとオルバスがニッコリと静かに怒りを込めた笑みでココナの腕を掴む。ココナは冷気を帯びた目を向ける。
「蜥蜴野郎に外傷はないだろ?」
「……内部に傷がある可能性もある」
「確かにあったらな。でもそれなら今じゃなくてもいいだろ? もし傷がなかったら無理に連れて行けるの今くらいだもんな?」
「……」
ココナの表情は眉毛一本すら動かない。オルバスはとどめの一撃と言わんばかりにある事実を突きつける。
「それに追ってた奴らが誰か止めろと言っていた。なら正義感溢れる一般人が依頼として受けても仕方ないよな?」
「……ちっ」
ココナから離された私は二三歩後退する。
「ありがとう、オルバス」
「礼なんていらん。女房が作ってくれた夕食を冷ます奴が許せんだけだ」
私はクスッと笑みをこぼす。まだ知り合って数時間も満たないけどオルバスがどんな人か少しずつ理解できてきた。あまりここにいると居心地悪いので背を向けてその場を去ろうとする。
「おい、銀髪のお前。名前はなんていう?」
二人は歩みを止めて視線だけ向ける。
「シトラだよ」
「シトラ……覚えた。次会ったら私と一緒に来い」
「丁重にお断りします」
機械少女を振ったあとシトラ達は人混みの中に消えていった。騒ぐ周囲を気にぜずココナは夜空を見上げて一言呟く。
「振られてしまった」
◆◆◆◆
夕食を食べ終え、家事の手伝い、お風呂、歯磨きを済ませてようやくベッドに辿り着く。
「今日は色々あったなぁ」
銀河鉄道で金髪野郎と口喧嘩して、道を訪ねて、オルバスの旅話を聞いて、ゼネラルに手を穢されて、新しい武器と装備買って、機械人形ココナに連行されそうになって、オルバスの女房さんの料理が超美味しくて……上げ出したらキリがない。
「そうだ日誌書かなくちゃ」
旅をするなら日誌を書くべし。旅人さんから教わったやるべき日課だ。ペラペラと白紙のページまで捲る。あれから八年、塵も積もればなんとやら。
一枚一枚の紙切れが分厚い層を作って思い出を象る。そしてまた一枚積み重なり層を厚くする。
「ふわぁ〜寝よう」
暖かい毛布にくるまり瞼を閉じる。
今日よりも波乱万丈になることをちょっぴり期待して。