第5話 不殺と殺生
躊躇なくヤれ、旅人さんとオルバスから聞いた言葉。ちゃんと意味は理解しているつもりだ。
でもそれはまだ先でいい。その時がくればその時の自分に任せよう。行き当たりばったりも旅の醍醐味だと旅人さんも言っていたから。
だから私は何も考えず引き金を引く。
「センスは悪くねぇな」
店の地下のそのまた地下にある射撃場。
五十メートルほど離れた的に焦げた跡が残る。
オルバスは何千人もの兵士を見てきた。実弾ではないが、それでも初心者が初めての射撃で的に当てるのは並外れた精神力とセンスが必要になる。
「胴体数発ヒット。ゼネラルはどう思う?」
「そうだナ。シトラの腕もあるがやっぱり蒼い閃光の性能もあって一ミリのズレもないし反動もほぼなくておまけに実弾より早く撃てるからマニアから熱烈な人気があるのも頷けるでも使い手次第のもあって威力調整ミスればすぐ熱暴走しちゃ……」
「銃オタクは一旦黙ろうか」
羽交い締めされるゼネラルはまだ言いたげだったが、オルバスの筋力の前に口を閉じるしかなかった。
「次はレールガンだっけか」
ゼネラルは羽交い締めからぬるりと抜け出し、自慢げに頷く。
「うム。軽式だが最大火力に調整すれば重式並の威力を誇るコスモス社が誇る傑作の銃ダ。その代わりクールタイムと弾倉バッテリー全部使い果たすがナ」
私は威力を最小にしてレールガンを数発撃つ。
ビー玉サイズの電弾が的に当たりビリッと小さな稲妻が走った。
「ちなみに最小でもヒューマン相手なら気絶するヨ。その代わり射程距離短くなるけどネ」
「……最大威力だとどうなるんですか」
「消し炭一択だネ」
「消し炭一択ですかそうですか」
「別の銃にすル? 実弾もあるけド」
「いいえ、これの方が私に合ってると思います」
別の銃にすると多分よくない気がする。あくまで私の勘だけど。
「両方買ウ? 両方買うなら割引するヨ」
「じゃあ両方買います。なるべくお安くしてください」
「おウ。弾倉込みメンテ道具付き拡張機能ありホルダーその他諸々で……全部で四百万マネだナ」
電卓に浮かぶ数字にシトラは目が点になる。少しして思い出したように声を荒らげた。
「よ、四百万!? 高くないですか!?」
ほぼ予算の半分なくなる値段に視界がボヤける。
「これでも値切った方だヨ。普通なら六百万マネするかラ」
「いやいやいやいや! この豆鉄砲が六百万するとかありえないでしょ!」
「ありえるからそこにあるんダ。あと豆鉄砲じゃなイ」
「哲学的なこと言っても信じないからね!?」
ゼネラルに言っても無駄だと思い、私は視線をオルバスに向ける。
「オルバス、これって高すぎるよね?」
オルバスは首を横に振って口を開けた。
「残念だが相場価格だ。もっと高いやつだと億以上の銃もある」
わなわなと震えるシトラにオルバスは非情な現実を突きつける。
「自分の命を守るためだ、諦めろ」
「でもでも!」
「死んでも旅したいのか?」
「……生きて旅します」
お母さんに生きて帰る約束した。だからここは甘んじて、そう甘んじて受け入れるしかない。
「よ、四百万マネ払います」
「支払いは一括で頼むネ」
好色のゼネラルと対称的にシトラは四百万マネが飛ぶ瞬間を名残惜しく手を伸ばした。
ピコンと音とともにパッドから電脳カードを離して視界が歪む。
「私の四百万マネ……」
「四百万マネなんてまだ序の口だ。これからもっと使うぞ」
四百万が序の口? オルバスは何を言ってるの?
「こ、これが序の口なの?」
「当たり前だ。それこそ宇宙船とかもっと高額だ」
「…………私、旅できるんだよね?」
「次は防護スーツを買いに行くぞ」
宇宙船を前に資金が尽きそうな気がする。いや、オルバスの背中が諦めろと語っているのが目に見えてしまった。
日が沈んで赤と青の双月が昇る頃、シトラ達は一通り道具を揃えた。まだ買い揃える物があるが閉店する店が増えていくのを見て明日に回すことにした。
「残り十万マネ……」
一千万マネが一瞬で溶けた。残りは私が必死に貯めた貯金だけである。
「な、一千万マネ端金だったろ?」
「ソウデスネ」
もう宇宙船を買える金額でないことが目に見えている。宇宙を旅するには徒歩で行くしかないのだろうか。
「そういえば泊まる宿は予約してるか?」
「してないけど泊まれるでしょきっと」
「いいや、この時期は来客が多くてどの宿も満席がほとんどだ。空いてたとしてもすぐ埋まっちまう」
うそーんと悪態つく私は野宿一択に絞られる。
「野宿はやめろ。身ぐるみ剥がされて奴隷、最悪体バラバラにされて売り飛ばされる」
「ここそんなに治安悪いの?」
「いいや悪くない。悪くないが昔はそういう事があった。今はほとんど見られないが絶対じゃない。特にシトラみたいな少女には、な」
シトラは美少女と呼ばれるほど顔立ちがいい。道中、ヒューマンも異種族からも何度も視線を向けられているほどだ。
「家に使ってない部屋がある。そこで泊まってけ」
「え、そんなお世話になれないよ」
「シトラに何かあったら俺があいつにどやされるんだよ。それに女房もいるから何かあっても大丈夫だ」
「え、奥さんいたの!?」
「いるわボケ。でなきゃ泊めるなんて言わん。ああもちろん泊まる間は家事の手伝いしてもらうがな」
「分かった。タダで泊まるわけにはいかないもんね」
流石にシトラにも貞操概念はある。独身男性の家に泊まるならある程度警戒する。タダ宿なら尚更だ。
「誰かそいつを止めろ!」
後方から助けを求める声にシトラ達は振り返る。遠くに岩のような鱗を持つ蜥蜴が全力疾走で大通りを突っ切っていた。
「死にたくないならどけどけ!」
生を願望する人々はすぐに道の端へ避ける。蜥蜴の脚力は少しずつ速度が加速していき、生きる暴走機関車の如しだ。
「治安悪いね」
「ああ、全くだ」
傍観するシトラと呆れるオルバスは蜥蜴野郎が通るであろう道を譲る。いや、避けるためと言った方が正しいか。
「なにやったのかな?」
「大方盗みだろうよ。まぁこの感じじゃ殺されるだろうな」
「盗んだだけで?」
「盗んだ物による。ほらあの屋根にやべぇスナイパーが狙いつけてやがるぜ」
私は指した屋根の方を見るとスコープを覗く一人の赤髪の少女がいた。
「見たところ普通の少女だけど」
「馬鹿言うな。あれは開拓者だ。その証拠にコスモスカード付けてやがる。クソ、手出しするなってことだろうなぁ」
よーく見ると確かに薄い紫のカードを胸ポケットに付けている。あれがコスモスカードなのだろう。
「シトラは平気か?」
「どういうこと?」
「人が死ぬ瞬間を見るのを」
「……別に知り合いならともなく他人はどうでもいいかな」
思ったことそのまま口にする。蜥蜴野郎が死んでも私に損得はない。でも見たいか見たくないかと言われたら見たくない方に傾く。
助ける道理はない。けど……蜥蜴野郎はケースを抱えて必死に逃げようとしている姿を見て、必死になってお金を集める時の私と重ねてしまった。
「おい、シトラ何するつもりだ?」
蜥蜴野郎が通るど真ん中。自殺願望者ならともかくシトラはすぅーと息を吸った。
「死ぬぞ!?」
「大丈夫。ちゃんと無傷ですませるから」
猪突猛進する蜥蜴、それを追いかける人達、スナイパーの赤髪少女、道端で怯える市民、まさか喧騒の中に飛び込むと思ってもみなかっただろう。
「ど、どけ! 轢き殺しちまうぞ!」
最初に気づいたのは蜥蜴野郎。その次に赤髪少女と市民、後続も遅れて彼女が突っ立っている姿を見て叫ばずにいられなかった。
「危ない逃げろ!」
蜥蜴野郎とシトラの距離およそ五十センチ。
スナイパーでも引き金を引く前にタイムラグがある。赤髪少女は間に合わないと判断が遅れて後悔した。
「うおおおおおおおお!!」
無我夢中の突進。肉と骨がぐちゃぐちゃに飛び散り視界が赤く染ったのを蜥蜴野郎は覚悟した。が、瞼を開けると逆さの世界が蜥蜴野郎の前に広がっていた。何が起こったと疑問に思ったのも束の間、腹に圧迫感が襲い、体内の空気すべて吐き出してしまう。
「かは!?」
蜥蜴野郎が最後に見た光景は銀色に輝く可愛い少女の姿だった。