第4話 武器商人
「ぜぇ……ぜぇ……ここが惑星ジグマ最大の大市場だ」
息を荒らげるオルバス。道中何度もシトラが寄り道し、戻っては寄り道、戻っては寄り道の繰り返しにオルバスは体力をゴリゴリ削られた。傭兵を引退したとはいえ、体力がこれほど衰えていると思っていなかった。
そんなこと露知らずシトラは大市場を舐め回すように視線をあちこち向ける。
黒い甲殻に覆われた人、青い体毛に耳長の人、虹色に輝く鱗の人……様々な異種族が売買の攻防を繰り広げている。
「色んな人がいっぱい!」
ヒューマンのシトラにとって異種族は未知と好奇心の集合体だ。シトラは無邪気な子供のように目を輝かせる。
「オルバス、あの種族はなんて言うの!?」
「あ・の・な。武器の調達が最優先だと忘れたのか?」
「でもでもでも! 知的好奇心が疼いて仕方ないの!」
「分かった分かったから今は武器に知的好奇心を働かせろ」
シトラは頬を膨らませてオルバスにズルズルと引きずられる。周囲から見たら父親が駄々っ子を病院に連れていく光景だ。
通行人はちらっと見たあと自分達の商売に視線を戻す。
「ほれ。この下に武器選びのプロがいる。ちと癖があるが気にしたら負けだ」
オルバスはコンコンと鉄の階段を降りていく。
シトラは近くにある共通言語の看板を見て小さく呟いた。
「武器選びならゼネラル商店、か」
クラゲのような人が様々な異種族の手を握るイラストが少し気掛かりになる。けどあんまりもたもたするとオルバスが睨んでくるので、迷いを振り払ってダダダっと階段を降りた。
「さ、入るぞ」
カランカランとベルの音が鳴って銀細工の扉が開く。中に入ると様々な武器がガラスケースに飾られている。気になる物だと私と同じサイズのゴツイ大剣が禍々しい光を放って使い手を待っているようにも見えた。
ちょくちょく武器に視線を奪われながらも奥の方に進んでいく。カウンターが見えるとオルバスが止まり、私も一歩前で止まる。
「ゼネラル! 隠れてないで出てこい!」
すると奥からプルプルと震える半透明のクラゲが現れる。
「隠れてなイ。武器の調整してだけダ」
ゼネラルは縦横無尽に動く八本の足を交互に動かし、カウンターに乗り出して歩みを止める。
「久しいなオルバス。傭兵時代が恋しくなって武器を選びに来たのカ?」
「馬鹿言うな。俺が来たのはこの子に武器を選ばせるためだ」
オルバスはシトラの頭をポンポンと叩く。
「シトラです。よろしくお願いします」
私はお辞儀するとゼネラルのカサの揺れる。
「私の名はゼネラル・オーマス、ダ。ゼネラルと呼んでくれたら嬉しイ」
「分かりました。ゼネラルさん」
うんうんとカサが上下に揺れる。挨拶が一通り終わるとゼネラルはシトラの全身を見回す。
「ふム。見たところ普通のヒューマンだナ」
「まぁな。だが、あいつが弟子って言うくらい見所のあるヒューマンらしい」
シトラはポツリと「弟子じゃないけど」と口にするが二人は構わず話を続ける。
「あいつ? ああ、あの最恐凶悪無慈悲ヒューマンのことカ。それならちょっと期待できるナ」
「言っとくがシトラは女の子だからな」
私は首を傾げる。女だと何か問題あるのだろうか。
「ちゃんと配慮するヨ。さ、シトラ両手を出しテ」
差し出されたゼネラルの触手。私は握手かなっと思い両手で触れる。とゼネラルが突然、痙攣したように体を震わせ頭から煙を吹いた。
「んほほほ! 逞しくて固くてしゅごい! 体も心も全部イちゃいそう!」
思わずシトラはゼネラルの触手から手を抜こうとする。だが、強力な接着剤のようにへばりついて抜くことが出来ず、助けを求めてオルバスに視線を向ける。
オルバスは首を横に振って両手を広げた。
「ゼネラルの触手は敏感でな。普段は抑えてるんだが、武器選びする時はいつもこうなる。だが、そいつの能力と見合う武器をほとんど誤差なく判断するから安心しな」
「そんなこと言ってないで助けて! 何か手が変にくすぐったくて気持ち悪いの!」
「お、そいつはゼネラルが認めた証だ。滅多にない事だから自慢するといいぞ」
「自慢なんてできないから! これセクハラ案件だから! というか手触られてイってるの変態そのものだから!」
オルバスは過去一笑って必死になるシトラを傍から見守った。少し間をおいてゼネラルの触手から手が離れる。
妙にテカテカと輝く手を見てシトラの瞳がゆっくりと暗闇に沈んでいく。流石にオルバスも罪悪感を感じ、慌ててハンカチでシトラの手を拭った。
「ま、まぁ水生族は清潔だから手洗いの手間が省けたと思えばいい」
「……武器選びが終わったら始末していい?」
「するなするな。闇堕ちなんてあいつも望んでねぇから」
危うく暗黒面に落ちそうになったシトラにオルバスはほっと息を吐く。
「で、ゼネラル。相応の見込みがあるって事でいいんだよな?」
さっきまで全身を震わせ、興奮一色だったのが嘘のようにスーンと悟りを開いた仏様になる。
「うム。シトラは才能あるヒューマン、ダ。しかも『開拓者』になれるほどにナ」
「マジか。そうとなればここは一つ、将来の有望株に投資してみるのも悪くないかもだぞ?」
「上機嫌だから乗せれると思うナ。まぁオルバスに借りがあるから多少割引くらいならしてもいいガ」
ゼネラルは店の奥に行き、ガサゴソと金属の擦れる音が小さく響く。シトラはオルバス達の会話である単語が気になりそれを口にする。
「『開拓者』ってなに?」
「おいおい開拓者を知らないのか? 宇宙で一番聞く言葉って言われるほど有名だぞ?」
「全然知らない」
「……開拓者はあらゆる惑星の調査、開拓、研究などが自由に認められた者達だ。開拓者になるには銀河系ぶっちぎりの超巨大企業コスモス・フロンティアの試験を突破しなきゃいけない」
その他もシトラは疑問をオルバスに投げる。
オルバスは微妙に常識が抜けているシトラに四苦八苦して答えた。
「教えてくれてありがとう、オルバス」
「別に大したことじゃない。流石にコスモス・フロンティアを知らないと言った時は目が点になったがな」
私は乾いた笑いしか出せなかった。
コスモス・フロンティアは八百年続く銀河系最大の超巨大企業。どんな事業にも長けた企業で私の使っている携帯もコスモス製と気づいた時は関心したほどだ。
「随分と話が盛り上がってるナ」
アタッシュケース二つ抱えるゼネラル。
「これがシトラと相性抜群の武器ダ」
解錠したアタッシュケースを炭焼きの二枚貝にパカッと開ける。
一つは白銀のボディー輝く四角い銃。もう一つは白い側面の溝に淡い藍色が煌びやかに光る。シトラは無意識に二つの銃を手に取る。まるで体の一部を取り戻したように。
「白銀の銃がLG94ダ。よくレールガンって呼ばれることが多イ」
ゼネラルはもう一つの銃を指す。
「蒼い閃光と異名がつくGP09。一ミリの誤差なく標的を当てることが出来る優れた銃ダ」
武器名はよく分からないけど、とりあえずそれっぽく銃を構える。
「……試射してみるカ?」
ちょっと羞恥するも頷く。このとき、私は銃が容易に人を殺せることを知る由もない。