第3話 旅人の知り合い
「この店を切り盛りしてるオルバスだ。気軽にオルと読んで構わねぇぜ」
「あ、はい。よろしくお願いします、オルバスさん」
オルバスは鼓膜を貫くほどの声量で高らかに笑いながらシトラに座るよう促す。断れずシトラは座布団の上に正座する。
「あいつの弟子と聞いた時は耳を疑ったぜ。まぁ今もだけどな」
「あいつ、旅人さんのことですよね。弟子……なのか分かりませんが旅人さんのこと知っているんですか?」
「おうよ。あいつとは古い付き合いだ。そんであいつからお前さんの宇宙旅行に一枚噛んでくれって頼まれたわけよ」
「それは有難いんですが、私、オルバスさんがまだ旅人さんの知り合いか疑ってます」
「お、警戒心があるのはいい事だ。ま、そう言うと思ってあいつとお前さんしか知らない思い出話を話してやるよ」
オルバスは顎髭を弄り少し考え込む。ふと何か閃いたように指を鳴らし口を開いた。
「お前さん、卵を殻ごと食ったらしいな」
「あ、あれはそういう食べ物と思っ……てなんで知ってるんですか!?」
「言ったろ? 俺とあいつは知り合いだって。お前さんのことなら腐るほどあいつから聞いてるぜ?」
「旅人さん、口軽すぎですよ……」
掴めない人ではあったが義理堅くなかったようだ。もしかしたら秘密のあれこれも口を滑らせていたり……?
「安心しろ。乙女の秘密は聞いてない。まぁあると言っちまってる時点であれだが」
秘密なのに秘密じゃない。いっそ旅人さんの丸秘エピソードを語ってやろうかと思った。
「旅人さん、デリカシーなさ過ぎです」
「仕方ねぇさ。あいつ変なところで馬鹿になる。こっちからしたらいい迷惑だ」
「そうですね。私も訓練の時に旅人さんは腕立て伏せ数え忘れて、リセットさせられた時はマジで腹が立ちました」
「ははは、あいつの訓練は地獄だろうによくめげずに頑張ったな」
「そうなんですよ。でも努力だけじゃダメだから知識も必要で……」
それからシトラ達は旅人の話で時間を潰した。
正午を過ぎ、太陽が傾き始めて一段落話は終わった。
「おおっと。そろそろ本題に入らないとだな」
腕時計を見たオルバスは懐から一枚のカードを取り出してシトラに差し出す。
「それはあいつからの祝い金だ。有難く感謝しとけ」
オルバスから電脳カードを受け取る。
電脳カードは貯金と電子マネーの両方を備えたカードだ。これさえあればどんな惑星でも共通通貨として使えるため持っていない人はいない。いるとするなら星に引きこもっている原住民くらいだろう。
付き合いが短いのに旅人さんはやっぱり義理堅い人だ。
「んで、旅に必要な道具を揃えるんだが……シトラ。旅で一番必要なものはなんだと思う?」
「それはもちろん宇宙船!」
自信満々に答えるとオルバスは首を横に振る。
「一番必要なものは己を守る武器だ。惑星を飛び出たもんなら法外の空間が広がってる。命がいくらあっても足りねぇ」
おもむろにオルバスは額の傷を触る。
彼がこれまで経験した死のやり取りを証明する深い傷跡だ。弱肉強食。食うか食われるかの宇宙に己を守る牙がなければ暗闇の中で孤独に取り残されるだけだ。
「相手が敵だと思ったら躊躇せずヤれ。でなきゃ自分が死ぬだけだ」
歴戦の顔つきに思わず後退し、冷や汗をかきながら頷く。すると顔色が緩んで慈愛に満ちた親父のような雰囲気に戻った。
私は恐る恐るオルバスに質問する。
「その、武器はどんなのがいいの?」
「うーん、どれも一長一短なんだがやっぱり銃は最低一丁欲しいな」
オルバスは腰にかけていた銃を抜く。黒ボディーが暖光を浴びて白く反射する。
「俺の愛銃だ。こいつには何度も死地から助けられた」
「そうなんだ」
「おうよ。つまりシトラにも一生を添い遂げる相棒が必要ってことだ」
「あ、うん。えーと、どんな銃がいいの?」
「そうだな。銃は大まかに軽式、重式、固定式の三つがあるんだが……シトラの体形からして軽式ハンドガンがいいな」
「軽式ハンドガン……」
銃は一度も触ったことがない。というより人を安易に殺せる武器は私の星にはなかった。もしかしたらあったかもだが、子供の私に触らせてもらえなかっただろう。
「さて、あんまり話し込んでると市場が閉まっちまう。そろそろ行くとするか」
「は、はい!」
「おおっと忘れてた。支払いは全部シトラの自腹になる。借りるとかなしだぜ?」
「し、しないよ。私はこの日のために娯楽全部投げ捨ててコツコツお金貯めてたんだから」
「おお、それはいい心がけだ。ちなみにどれいくらある?」
「へへん、驚くことなかれ。私が貯めた貯金はなんと…………」
どこからかドラムロールが流れてきそうなくらいシトラは溜める。解き放つその瞬間、今までの集大成を披露するが如く顔を綻ばせた。
「十万マネ! どう凄いでしょ」
ちなみにマネは共通通貨の単位である。
オルバスはその圧倒的な額に目を丸くして呟いた。
「ああ……あんまり酷なのこと言いたくねぇがそれだけじゃ旧式の携帯端末機しか買えん」
「え、うそ!?」
「まじだ。これじゃあ、あいつが端金って言ってた祝い金が大金になっちまう」
「大金!?」
祝い金のカードを確かめると一千万マネ。私の百倍以上あるんだけど!?
「い、い、い……」
「表情が忙しないな。まぁそんな金なんぞいつでも集まるのは確かだ」
「一千万マネがいつでも集まるの!?」
「宇宙は未知で広がってる。そっから有用な何かを見つければ一千万マネなんていつでもポン、だ。まぁあくまで有用に限るが」
有用っと言う言葉に引っかかり、私は言葉を口にしようとしたがオルバスの方が早かった。
「さて。武器を買いに行くぞ。それから探査機とその他諸々、そして……宇宙船もな」
シトラは目を輝かせ、オルバスの背を無邪気に追った。