第9話 決意
「クソっ! 早く追いかけないと!」
「落ち着けって。ほら回復薬だ、使いな」
デュゼルが投げ渡してきた革の水筒の中身を軽く飲んだあと、傷口にかけて止血する。すぐに痛みが引き、尽き欠けていた体力も万全とまではいかないがほぼ復活した。
流石は高ランク冒険者だ、持っているアイテムの質がいい。
「助かった! これで追いかけられる」
水筒を返すとデュゼルから予想外の問い掛けをされた。
「本当に追うのか?」
「……どういう意味だ?」
いくら考えても質問の意図がわからなかった俺はデュゼルに聞き返す。
「そのまんまだよ。これ以上の戦闘は危険だ。逃げ込んだ先にアレと同じかそれ以上の敵がいないとも限らない。状況がわからない以上、撤退するべきじゃねえのか」
「そういうことなら、お前たちがつきあう義理はない。マリシエは俺一人で追う」
そもそも黙って立ち去ることもできたんだ。未知の相手に対して危険を冒してまで共闘してもらえただけでも感謝するべきだろう。
「テメェだって出会ったばかりなんだろ? 見捨てるようで心苦しいってんなら、あれは先走ったあの子の責任だ。一人の身勝手な行動でパーティが壊滅したなんてのはよく聞く話だろ。判断を間違えるなよ。それとも、やっぱりあの子に重ねてんのか? 相棒のことを。そんなことするくらいなら――」
「そんなんじゃねえ。リーリスは”元”相棒だ。いまさら、冒険者にだって未練はない」
「だったら、なおさらあの子にこだわる理由がねえだろ! 死にてぇのか!?」
デュゼルのその言葉にハッとさせられる。
その通りだ。
こんな目に遭うのがイヤで俺は冒険者をやめようとしていたんじゃないのか?
無茶をしたマリシエを助けるために、自ら危険に向かっていく理由はなんだ?
情が湧いたから? パーティを組んだ責任? 独自の付与魔術が気になるから?
……いや、違うな。そうじゃない。そういうことじゃなかったんだな。
「ありがとう、デュゼル。おかげで目が覚めた」
「ケッ! 別にテメェがどうなろうが知ったことじゃねえけどな!」
「俺はマリシエを追う!」
「なっ!?」
俺の宣言に驚いているデュゼルをよそに駆けだした。
***
わたしだって戦えるんだ!
そう自分を鼓舞しながら魔人の後を追っていた。
さっき、魔人の攻撃を弾いたときのあの感覚。
あれがどういうものなのかは、正直まだ分からないけれど、グランズさんが言うわたしだけの強みとの関係があるような気がする。
いままで、ずっとクレスの力になりたいと思ってきたけど、心のどこかで彼に頼っている部分があったのだと、いまにして気付く。
クレスならできる、クレスなら助けてくれる、クレスが護ってくれる。そうやって彼にすべて押し付けて、自分でなにかをしようとしてこなかった。
だから、自身の力にも気付くことが出来ていなかった。気付こうとすらしなかった。
クレスが勇者に選ばれるきっかけにもなったあの日、村を襲った敵から護ってくれた彼のように、今度はわたしがあの魔人を倒す!
追い返したとはいえ、ダンジョンを彷徨っているうちに付近の村へと寄り付かないとは限らない。いまは冒険者だけれど、勇者パーティの元メンバーとして人々の安全を守る使命がわたしにはある。
わたしにも力があると示すことができれば、クレスだってもう一度迎え入れてくれるに違いない。これはそのための第一歩。
「追いついた、さあ覚悟しなさい!」
「ビュョ?」
魔人が間の抜けた音を発したことにいままでとは異なる不気味さを感じる。
始めは得体のしれない化け物でしかなかったのに、徐々に動きが人間味を帯び始めているようにも見える。
もしかして、成長している? だったら、なおのこと早く仕留めないと!
「『我は風の如く駆ける《強化付与・俊足》』!」
自身に付与魔術を施し、武器となる杖に魔力を込めた。
攻撃用の魔術を習得していないわたしにできるのは、魔力そのものを使った方法に限られる。
思わず手に力が入る。
いまわたしが持っている力を一つ一つ確認していく。
大丈夫だ、やれる。わたしが自分の力でやらなくちゃならないんだ。
「ビュョョン!」
「くっ! えいっ!」
魔人が伸ばした腕をギリギリで回避して、直後に杖で叩く。
バチッ、と弾けるような音とともに反発力が生まれ杖が押し戻された。
ダメだ、まるで効いていない。
それに本体を狙うにはもっと近づかないといけないのに、この距離でも回避が精一杯だ。《俊足》で接近戦を狙うのは無理だ。なにか別の方法を考えなきゃ。
「『我が目は万物を見通す《強化付与・洞察》』!」
魔人の動きを見極めるため、そして弱点を見つけるために《洞察》の術を使用した。まずは、これで突破口を探る!
「ハァ、ハァ……」
回避に徹して観察を続けてわかったのは、魔人の動きはさっきまでより確実に鈍くなっているということ。そして、身体の表面の樹皮が鎧の役割を果たしていると見て間違いない。
グランズさんやデュゼルさんのつけた傷口を庇うような戦い方をしている。そこに、攻撃を叩き込めれば勝機はある。けれど、問題はそれをどう実現するかということだ。
この戦闘中に魔人が消耗した様子はない。対して、わたしは付与魔術を使いながら攻撃の回避を続けていたせいで、魔力と体力どちらも尽きそうになっている。
作戦を立てるなら《明晰》を使いたいけど、発動までの時間と魔力がいまは足りない。《三重付与》を使うなら攻撃に回す分の魔力のことも考えると、もう仕掛けるしかない。
《俊足》によるイチかバチかの特攻か、《洞察》を組み合わせてのカウンター、《強靭》での玉砕覚悟の突撃、あるいはあのときの力が都合よく発現してくれるのを願ってみる?
どれも現実的とは言い難いなぁ。
やっぱり、凡人のわたしには無理だったのかな。
グランズさんに、わたしだけの強みがある、なんて褒めてもらえたのが嬉しくて、調子に乗ってしまった末路がこれ、か。
……それは嫌だ。
上手く言葉にはできないけれど、ここでわたしが諦めてしまうのは間違っている。
そんな気がした。
なんとしても、この状況を切り抜けて証明するんだ。わたしの力を!
消えかけていた闘志に火がついた。