第8話 魔人との死闘
「全員退避しろ!!」
魔人の攻撃が拡散するのとほぼ同時に叫ぶ。
身を隠せる遮蔽物は近くになかった。
仕方がないが、このまま迎え撃つしかない!
次々と飛んでくる攻撃を見極め、剣で払い落とす。
《洞察》の付与魔術がなければ、とてもできない芸当だが、《聴力》との併用をしていない分、視界の確保が重要になってくる。
そのうえ、いまは《強靭》の保護がない。一つでもまともにくらえば、致命傷だ。
クソッ! やっぱり冒険者なんて、ろくなもんじゃないな!
切る、弾く、防ぐ、躱す、切る。
――こんな物量の攻撃に対処しようとすると、視えていても、視え過ぎているからこそ、身体を動かすことに意識を向けるのが難しくなる。
反応の鈍くなった身体を付与魔術で強化することで、無理矢理動かせるように力を任せで解決するというのが、いままで俺がリーリスと組んでやってきた戦法だった。
防ぐ、躱す、斬る。
――だが、いまは、必要なことだけが視覚から伝わってくる。おかげで、迷いなく動き出すことが出来る。飛んでくる物体すべての軌道を読むことはできないが、代わりに目の前のことへと全神経が注がれていく。
斬る斬る斬斬斬――
ただひたすら剣を振るい続け、無傷とまでは言えないが、なんとか凌ぐことはできた。片膝を着きながら、思わず本音をこぼす。
「……案外なんとかなるもんだな」
正直、視えていても俺の剣技で耐えきる自信はなかったが、これもマリシエの術のおかげだろうか?
っと、そんなことよりマリシエたちは? 手応えを感じている場合じゃない。
魔人の方を警戒しながら、味方の元へと近寄っておく。
「マリシエちゃんなら無事だぜ、あとおれもな。バッズが護ってくれた」
「でも、そのせいでバッズさんが……」
「マリシエ嬢の《強靭》がなければどうなっていたか……とはいえ、少々堪えました」
二人を庇ったバッズの鎧には、関節の隙間や装甲の薄い部分に魔人から放たれた枝が刺さっていた。兜のせいで表情が見えないが、ひどく消耗しているのは間違いない。
攻撃の痕跡も多く、集中的に狙われていたのがわかる。
「派手にやられたわね。すぐに手当てを――」
「わたしに任せてください! こういうのは得意ですから」
フィレインが合流しバッズの傷の処置に当たろうとすると、マリシエがその役目を買って出た。
「では、お願いします。マリシエ嬢」
「ブュョョン!」
魔人の声が再び響く。やはり、まだ倒せていなかったようだ。
焼け焦げた表面の樹皮が剥がれ落ち、すぐに再生を始める。案の定、この森と同じく瘴気の影響を色濃く受けているようだ。
「おいおい、嘘だろ。おれの最大火力の技だぞ!?」
「効いてはいるはずだが……、マリシエはバッズの手当てが終わったら付与魔術の再使用を頼む」
「わかりました!」
「ちょっと待って! 何か様子が変だわ」
魔人の腕を引いて攻撃の構えを取っている。
しまった! この距離まで届くのか!?
最初に見せた急成長を上回る速度で魔人の腕が大きくなっていき、こちらに向かって突き出される。
「チッ!」
「このっ!」
「くっ!」
座り込んでいるバッツとマリシエの前に、俺とデュエルとフィレインが並んで構える。
「ーー来ないで!」
マリシエが叫ぶと、魔人の攻撃が見えない力によって弾かれるように攻撃が逸れた。
「なんだ、いまのは? おい、グランズ! これも付与魔術なのか!?」
俺に聞かれても困るが、張本人と思われるマリシエも驚いた表情を浮かべていて、状況が分かっていないのは明白だった。
「いや、これは――」
マリシエの付与魔術の根幹となっている力の本来の使い方だと推察できるが。
「そんなのはあと! ここが反撃のチャンスよ!」
フィレインが鋭く喝を入れ、重心を崩した魔人へと猛然と向かっていく。
「おれたちも続くぞ!」
「言われなくとも!」
もう片方の腕による迎撃を躱し切り、懐へと潜り込んだフィレインが拳に力を込める。
「はあぁぁぁ!」
その動きは虚を突いたかのように見えたが、魔人がこれまで隠していた奧の手を出してきた。
「っ! 罠だ!」
背中から新たに伸びてきた6本の腕がフィレインを取り囲むように襲い掛かる。
魔人の攻撃の方が先に届く、完璧なタイミングのカウンター。このままだと、マズい!
「――《強化付与・俊足》!」
マリシエが付与を施すが、それでも回避するには間に合わない。
「っ! 《サンライズ・アッパー》!」
同じように回避が不可能だと判断したフィレインは、さらに一歩踏み込んで相打ち覚悟の攻撃を仕掛けた。
魔人の身体が浮き上がり、大きく伸ばしていた方の腕が根元から折れた。
それと同時フィレインの腕も魔人の攻撃によって切り裂かれる。
「うっ! 二人とも! 頼んだから!」
負傷した腕を押さえたフィレインから、打ち上げた魔人への追撃を託される。
重心を沈ませ全身に力を込め構えを取りながら狙いを定める。
「――【アーレンス式剣闘術】」
大きく剣を振りかぶりながら跳躍すると、マリシエの付与による強化が間に合った。
「――《強化付与・剛腕》」
身体を限界まで反らせることで溜め込んだ力を解放し、反動を利用しながら、上体を前に倒す勢いそのまま剣を振り下ろす。
「《弧月閃》!!」
俺の攻撃の直後にデュゼルが魔術剣でさらなる追い打ちを仕掛ける。
「『雷光よ、灼熱と共に迸れ! 《火山雷》』!!」
電撃を纏った炎が魔人へと命中し、樹皮の鎧を焦がしながらその内側へと雷が突き刺さる。
「ビュョョォン!」
心なしか先ほどよりも苦痛混じりの声に聞こえる。
これは間違いなく効いている!
「ビュョョン!」
隠し腕による素早い反撃が、俺とデュゼルに向けられた。
「くっ!」
「しまっ――!」
なんとか回避を試みるが脇腹に掠ってしまう。
痛みに顔を歪めるが、この程度の出血なら冒険者をやっていればザラだ。リタイアするにはまだ早い。
デュゼルの方は剣で防いでいたが、突き飛ばされた勢いで木へと打ちつけられていた。あの程度でくたばるようなやつではないが、様子を見るとダメージはそれなりに受けているようだ。
「ブョォォォン!」
こちらが態勢を整ている間に魔人が逃走を始めた。
ふぅ、助かったな。
こちらも戦力をかなり削られたが、向こうも消耗していたらしい。
あとは、このまま増援の到着を待つかすぐさま撤退を始めるかだな。
俺が安堵しながら、剣を鞘に納めてその場に座り込むと、マリシエが魔人の後を追い始めた。
「おい! なに考えてるんだ!」
「あとはわたしがやります! 皆さんは待っていてください!」
「馬鹿野郎! 無理だ!」
「でも、あんな危険な敵を野放しには出来ません!」
暴走を始めたマリシエを止めようとすぐさま立ち上がって追いかけるが、緊張の糸が切れたのか力が入らない。
「大丈夫です。わたしだって伊達に勇者パーティにいたわけじゃないんです!」
遠ざかっていくマリシエが背中越しにそう告げた。