第6話 マリシエの才能
「えっ、わかるんですか!? 自分では上手くできているつもりなんですが……」
マリシエが驚きの声を上げたあと、落胆した様子でそう言った。
あっさりと付与魔術ではないことを認めたことを考えれば、事情があって隠していたとういわけではなさそうだが、そうなると意図が解らない。
「どうして、付与魔術だと偽ったんだ?」
再度マリシエに疑問をぶつける。
「あっ、いえっ、そういうつもりじゃ……ただ、ちゃんと学んだわけではないんです。正確には付与魔術とは呼べないんでしょうけど、術の効果としてはほぼ同じはずです! 説明に問題があったのは謝ります。でも、騙すつもりはなかったんです。信じてください!」
マリシエが必死に弁明するように言い連ねると、最後には頭を下げた。
赤い髪が垂れ下がり顔は隠れているが、その姿勢を見れば、悪意がなかったのは明白だ。
俺の聞き方が良くなかったな。
マリシエの怯えるような姿にバツが悪くなり頭を掻く。
「あー、その、誤解だ。知りたかったのはどういう術かというところで、疑ったわけじゃない。性質があまりに違ったんで単純に興味があるんだ」
「性質、ですか?」
説明を求めて聞き返してきたマリシエにどう伝えるか思案する。
「うーん。俺は術者ではないから上手く説明はできないが、限界以上の力を引き出すのが通常の付与魔術で、マリシエのはなんというか、最大限の力を発揮できるようになる感じだな」
「限界以上と最大限……やっぱり、わたしの実力不足ということですね」
その可能性については、大量のベルウルフとの持久戦を理由に否定できる。
「いや、そうじゃない。効果が小さいから負担を抑えられているって理屈なら、長時間の戦闘を続ければ少なからず影響が出るはずだからな。だから、根本的になにかが違うって思ったんだが」
「なにかってなんですか?」
「それを聞こうと思ったんだがな。その調子じゃ、自分でもわからないんだな――余計なことを聞いてすまなかった」
「いえっ、そんなっ、とんでもないです!」
俺が謝罪を口にするとマリシエが全力で首と両手を振った。
「それでなんだが、この違いは他の付与魔術師にはないマリシエだけの強みとして考えていい。少なくとも冒険者としての活動には向いてるだろう」
勇者パーティでこの特性が求めるかどうかは俺にはわからないからな。
それにしても、高度な付与魔術を習得し、独自の技術まで持ち合わせているなんて、やはり勇者パーティにいたことのある人間は規格外だ。
「……わたしだけの、強み」
「そうだ。これからは、それを意識して伸ばしていくのがいいんじゃないか? 無理に付与魔術を真似ていく必要はないと思うぞ」
通常の付与魔術との差異の理由が明確になれば、使える付与魔術も増えるかもしれない。別の使い方、あるいは本来の力の引き出し方があるんじゃないかとも考えられるが、確証もないのに期待させるようなことは言わない方がいいだろう。
「そうですね……もっと自分の力と向き合ってみることにします」
そう答えたマリシエの瞳からは、いままであった焦りや不安の色が消えていた。
「とまあ、ひとまずこいつらの処理をしておかないとな」
そう言って、折り重なったベルウルフの死骸の山に視線を向けた。
自分でやっておいてなんだが、この数となると後始末だけでも一苦労だ。
「それなら任せてください! 得意ですから!」
俺が面倒な作業に辟易していると、マリシエが途端に張り切った様子で胸を叩いた。なぜか、いままでで一番自信に満ちた表情をしている。
いや、なんでこのタイミングでそんないい顔を?
「よいしょ、っと。これで最後です」
「……ホントに得意なんだな」
恐るべき手際の良さで、あっという間に片付け終えてしまった。
その様子を見ながら、俺もマリシエが作ったベルウルフの山に聖水を振りまくと、不浄の存在である魔物の肉体が溶け崩れていく。
魔物の死骸はそのまま放置しておくと土地を穢す原因になるため、焼き払うか聖水で浄化する必要がある。
積み上っていた魔物の山が、ドス黒い結晶《魔結石》と瘴気の影響を受けていない部位だけを残して、他は跡形もなく消滅した。
見るからに邪悪な結晶を一つ一つ拾い、ギルドへの報告用の荷物袋へと詰め込む。
正直、こんな不気味なものを持ち歩かないといけないのも、冒険者という仕事をやめたくなる要因だ。
世の中には討伐の記念に飾ったり、物好きのコレクターがいると聞いたこともあるが、まったくもって理解しがたい話だ。
「さて次は、ベルウルフの血はできる範囲で洗い流したい。ノーズゴブリンのやつらは血の匂いを利用して獲物の動きを捕捉するからな。すぐそこに泉があるようだから使ってきていいか?」
地図で印を確認しながら、マリシエに提案する。
ノーズゴブリンも単体の強さで言えばベルウルフと大差ないうえに数もすくないが、低級とはいえ魔人に分類される人型の魔物だ。油断していい相手ではない。
「わたしは血を浴びてないので大丈夫です。ここで拾った素材の整理をしてますから行ってきてください」
「そうか。じゃあ、行ってくるが。危険を感じたら呼んでくれ」
血の付いた顔を洗い流そうとして、泉に映った自身の表情に驚く。
自分で思っていた以上に、この状況を楽しんでいるように見える。
マズいな。情が移りすぎている。
俺たちが冒険者になったのと同じくらいの年頃のせいか、ほっとけないんだよな。
リーリスとの冒険者生活は毎日激闘を繰り返しだったから、マリシエとのやり取りは初めて後輩ができたような気がして、案外こういうのも悪くないんじゃないかと思えてしまう。
それでも、結局マリシエも俺なんかと比較にならない才能を持っているのは間違いない。それを腐らせるのはもったいないと思うが、最後に足を引っ張るのは俺自身なんだよな。
だから、早いうちから信頼できるパーティに任せたいんだが、そううまくはいかないのがなんとも歯痒い。
いっそのことリーリスに会ってもらうのも手だな。あいつならマリシエの術についてなにかわかるかもしれないし。
そんでもって、後のことは任せて、俺自身は平和でのんびりとした生活が送れれば理想的なんだがな。
兄たちのところに戻ったら、ひたすらこき使われることになるのは明らかだが。まあ、それはもとより承知の上だ。
あれこれと思考を巡らせていると、森の静寂を打ち破るように悲鳴が辺り一帯に響く。
「きゃああああああああああああ!!」
マリシエの声だ!
俺は急いで、マリシエの元へと駆け出した。