第5話 マリシエの付与魔術
マリシエを連れて、最後にリーリスと共に訪れたダンジョン【魔障の森】へと再び足を踏み入れていた。
おかしい、俺はあの日冒険者をやめるとあいつに言ったはずなのだが?
だが、そんな俺個人の感傷はマリシエにはなんの関係もない。
今回の目的に適しているダンジョンをあえて避ける理由にはならない。わざわざ、遠くまで行くのが面倒だったというのもある。
【魔障の森】は街の南西にある広大な森で、多種多様な魔物が生息している。奥に進むと徐々に強力な種族や個体が出没するようになる特徴から、腕試し用として冒険者ギルドも推奨しているダンジョンの一つだ。
「準備はいいか? 改めて、今回受けたクエストの確認をする。探索エリアはBの6から14。ギルドからの依頼はベルウルフとノーズゴブリンの駆除と指定箇所の巣穴の状況報告、以上だ」
いくつかのエリアに区切られた地図を開き、指し示しながらマリシエに説明した。
「こうして見てみると、結構広いですね」
描かれた地形と実際の風景を見比べたマリシエが感想を述べた。
「街道に近いエリアだからな。魔物の数も少ないし強くもないから危険は少ないんだが、そのぶん働かされるってわけだ」
「なるほど。実は冒険者さんのこと、あまり知らなくて」
そういえば【彼岸】の勇者は冒険者上がりではないんだっけか。
十六歳という異例の若さで任命されたことなども含め、色々と気になるところではあるが、マリシエに直接聞くのは憚られる。
「まあ、今日はお互いの実力を確認する必要があるからな。念のため、俺一人でもこなせる程度のクエストを選ばせてもらったが、嫌になったなら帰ってもいいぞ」
「いえ、予定通りお願いします!」
マリシエは迷うことなく答えた。
やれやれ、結局また付与魔術師につきあうハメになるのか。
事前にマリシエから聞いた話では《剛腕》《俊足》《強靭》の身体強化の基本3点セットに感覚強化系統、さらには《明晰》まで使えるらしい。
《強化付与》は得意だと言うが、逆に他の付与魔術は一切使えないと聞いたときには驚いた。
俺も詳しいわけではないが、3つの身体強化のうち最初に覚えた術によって《属性付与》《共感覚》《耐性付与》のいずれかを習得していくのが基本だとリーリスから聞いた覚えがある。
《強化付与》だけをひたすら習熟させてきたというのは異質な存在と言えるだろう。
以上のことを踏まえ、まずは身体強化を使って戦闘をすることになった。
どの術が一番使いこなせているか実戦で見極め、次に習得を目指す術を決めるためだ。
しばらく、森の中を歩き回っているとベルウルフの群れを発見した。
視界におさめたのは7匹。四足歩行の小型の魔物で、牙や爪などはあるものの冒険者の防具を引き裂くほどの鋭さはない。代わりに、身の危険を感じると鳴き声で周囲の同胞を呼び寄せるという特性があり、「鳴かれたら逃げろ」との教訓は冒険者なら誰しも新人の頃に一度は聞いたことがあるはずだ。
少々厄介な数だが、付与魔術の効果を確かめるには都合がいいかもしれない。
「マリシエ、まずは《俊足》、仕留め損ねて囲まれた場合は《強靭》での援護。そのあとは、自分の身を守れ!」
「はい! 『汝、風の如く駆けろ! 《強化付与・俊足》』」
「よし!」
術が掛かったのを確認し、左腰に携えた剣を押さえ魔物の群れへと背後から襲い掛かる。
最初の狙いは後方を並んで歩く2匹。
「ハァッ! そりゃっ!」
剣に力を込め首をへと振り下ろし1匹目を仕留め、振り向きざまに2匹目の首筋に向け切り上げるように剣を振るう。
「ギャウ!?」
残りの5匹にこの時点で気付かれたが、群れの間を縫うようにくぐり抜けながら喉を切り裂いていく。
――3、4、5。
流れるような体捌きで魔物を切り倒しながら、俺は違和感を覚える。
――身体が軽い。
いつものような息苦しさを感じることなく自然に身体を動かすことが出来ている。
これは、一体どういうことだ?
しかし、いまは考えている余裕はない。あと2匹、さっさと倒すことが優先だ。
戦闘のリーダーと思しき個体をかばうように立ち塞がった魔物の首を刎ね飛ばし、最後の1匹は潜り込むようにして顎を下から剣で貫き絶命させた。
ふぅ、なんとか間に合った。
「ギャウゥゥン!」
顔に付いた返り血を袖を使って拭っていると、背後でベルウルフの鳴く声が響いた。
「なっ!? しまった! 浅かったか」
振り返るとそこには仕留めた損なったベルウルフが血を流しながら立ち上がっていた。
「マリシエ、こっちだ!」
事前の打ち合わせ通り、マリシエを呼び寄せ迎え撃つ準備を整える。
「任せてください。『汝、山の如く坐せ《強化付与・強靭》』!」
魔物が寄ってきてくれるんだ、マリシエの術を試すいい機会と捉えよう。
きっちり返り討ちにして、俺だって新人よりはやれるってところも見せないとだしな。
駆け寄ってきたマリシエに術を掛けてもらっている間に、周囲にはさっきの倍近い数の、ベルウルフが集まってきていた。
さて、戦闘再開だ――
「はぁ、流石にもう打ち止めか?」
「……みたい、ですね」
軽く見渡して動きのある魔物が残っていないか確認してそういうと、マリシエからも同意が得られた。
いくら倒しても、新しい群れが次々と寄ってきたせいで想定よりも長い戦闘になっていた。
おかげであたりは死屍累々といった様相だが、これだけ倒しても報酬が大した額にならないことも考えると、やはりあの教訓は正しいものだと言わざるを得ない。
まあ、元々そっちは期待してなかったから問題ない。
マリシエの付与魔術について、これだけ長時間の戦闘をしてもまだ余力が残っているのは、あのときの違和感が勘違いではないことを証明している。
その答えを確かめるべく、俺はマリシエに質問した。
「なあ、マリシエ。その術は本当に付与魔術、なのか?」