第21話 それぞれの力
「あんた、なにをしたんだ!」
一瞬の静寂の後、ベルデがマリシエに向かって吠える。
たしかに俺の目にも、マリシエが受け止めたように見えたが。
「その技は、わたしには通用しない」
マリシエが珍しく自信に満ちた様子で断言した。
ステアリアさんも解明できなかったと言っていたあの力を、この洞窟内で一人でいるときに使えるようになっていたのか!
ベルデがギリギリと歯を食いしばって怒りを露にしながら言い返す。
「ふざけるな! この力は天使のものなんだぞ! お前なんかに効かないわけがないだろ!」
ベルデが口にした天使という言葉に、瘴気に包まれた像へと自然と目が動いた。
あれにそんな力が隠されていたっていうのか?
神話級の力が秘められているのなら、魔族の奴らが狙うのも納得できるが……。
「そうなの? でも、実際にはわたしはこの通り無事だけど……」
マリシエが若干戸惑った様子で答えた。
それもそのはずだ。ベルデの言ったことが真実なら、たとえ引き出せるのが一部だとしても、常人に対処できる範疇を逸脱している。
だとすると、マリシエが持つ未知の力も、それに匹敵するということになるが……?
「いまのは何かの間違いだ! きっと無意識に僕が手加減しちゃったんだ。……そうだ、そうに違いない! もう一度だ! 消し去――」
「無駄よ!」
ベルデが攻撃の構えを取ると、即座にマリシエは杖を突き出して相殺した。
マリシエは宣言通り、ベルデの攻撃を無力化してみせた。
「なんで!? なんでだよ! どうなってんだ? どうして……。ねえ、ダルドス様」
弾き飛ばされたベルデが、腰を地面につけたままの姿勢で喚いた。
強力な力を得たことで築いた自信を、マリシエによって揺るがされたベルデからは、先ほどまでの威勢の良さが完全に失なわれている。
縋るようにダルドスを見つめたベルデだったが、ダルドスはそんなベルデに冷たい視線を送り返していた。
「……チッ。天使の力を得ようが、所詮は人間。こんなものか」
そう呟いたダルドスが、ベルデへと矛先を向けた。
クソっ、しまった!
ほんの一瞬、ダルドスの意図に気付くのが遅かった。
「ダルドス様……?」
襲い掛かる刃に、理解が追いついていないのか、ベルデは呆然とした表情を浮かべている。
咄嗟に走り出していた俺は、座り込んでいるベルデの前に立ち、ダルドスの攻撃から庇う。
「グァッ!!」
真っ直ぐに伸びてきた剣先をかろうじてだが、ベルデから逸らすことができた。
勢いそのままに伸び続ける剣が地面に触れると、岩盤を砕くように大きく抉った。
「グランズさん!」
マリシエの悲鳴混じりの声が耳に届く。
ダルドスの攻撃は、ベルデには当たらなかったが、俺の脇腹の辺りを貫いている。
「ハッ、敵を庇って負傷とは傑作だな! やはり、人間は愚かな生き物だ」
ダルドスはそう言うと、地面と俺に刺さっていた剣を引き抜き、節をつなぎ直して長さを元の状態に戻した。再び痛みが走り、出血が激しくなる。
すぐさま回復薬を使って止血だけはしたが、痛みとダメージまでは消えない。薄暗い視界が歪んでさらに悪くなる。
「あんた……どうして……」
ベルデからも気遣うような言葉が途切れ途切れに聞こえる。
どうして、か。助けたことに理由を求められても困るのだが、強いて言うなら――
「あいつに、マリシエに任せてくれと言われたからだな」
「…………えっ?」
ベルデが困惑した声を溢す。
説明が不十分だったか? まあ、詳しく教えることでもないんだが、一応は補足しておくか。
「つまらない横やりで台無しにしちゃ悪いだろ? ほら、決着をつけてこいよ。ダルドスは俺が止めておくから気にするな」
すっかり大人しくなったベルデの頭を搔きまわして元気づける。
こういうのは半端に終わらせるより、出し切ってしまったほうがいい。幸いなことに、それを受け止めてくれる相手もいる。
ベルデのことはマリシエに任せて、俺は俺の相手へと向き直る。
「話には聞いていたが、やっぱり魔族ってのはろくでもないな。多少は話のできる相手だと思ってたんだがな」
魔物や魔人と違って言葉こそ通じるものの、穏便に済ますことができる相手ではないと、ベルデへの仕打ちを見て改めて認識させられた。
「利用価値のない”道具”を処分して何が悪い?」
ダルドスが手のひらを返したようにベルデへの態度を覆す。
……いや、ベルデも言っていたように元から力だけが目当てだった、ということか。
「……ったく、嫌になるな」
どいつもこいつも、力ばかり求めてやがる。
かくいう俺も、のんびりと平穏無事な日々を過ごせればそれでいいと思っていたのに、あいつの隣に立つためにと、力を得ることを望んでいる。
「けど、ま、おかげでクソ野郎を止められるんだから結果オーライか」
今度は明確に敵意をもってダルドスと対峙する。
マリシエの方は多分もう大丈夫だろう。ステアリアさんもそろそろ追いつくはずだ。
これで安心して目の前の敵へと意識を集中させることができる。
「その傷で俺様とやりあうつもりか? なめられたものだ――【三寒】に数えられし由縁、その身で思い知れ!」