第20話 持つべきもの
「そらそら! どうした? 防ぐだけで精一杯か、人間!」
ダルドスが奇妙な剣を使って、中距離から斬撃を浴びせてくる。
刀身がいくつもの節に分かれていて、まるで蛇がうねるように動き、変則的な軌道での攻撃を可能にする機構を備えた武器だ
トリッキーな技だが、守りに徹していれば、付与魔術が切れた状態でも、なんとか対処できそうだ。
とはいえ、まだ手の内を隠している可能性も考えると、こちらから仕掛けるのはリスクが大きい。
しかし、このままではマズい要素もある。
「アハハ! そんなんで僕を連れて帰るって? 笑わせないでよ! 結局、あんたも僕のことを見下してたんだろ!」
「違うわ! わたしは誰も悲しませたくないだけ! あなたの帰りを待つ人達も、あなた自身も!」
「僕が悲しんでいるだって……? バカなこと言わないでよ。いまはこんなにも気分がいいのにさあ!」
当初の想定に反して、マリシエの方は苦戦を強いられている。
身軽な動きで翻弄するベルデ相手に《アルファ》は完全に置物と化していた。マリシエ自身は速さには対応できているが、力負けしていて劣勢に立たされているように見える。
付与魔術を受けるためにも、共闘に切り替えるという手もあるが……。
「向こうの心配とは随分と余裕そうじゃないか!」
ダルドスが振り下ろした剣を横へのステップで回避すると、まるで剣自身が意志を持ったかのように向きを変え、顔を狙って伸びてくる。
咄嗟に身を反らして躱し、体勢を崩した隙をついた追撃は剣で受け流す。
「そうでも、ないさ!」
ダルドスの相手をしつつ、加減が必要なベルデと分断していた方が、乱戦になるよりも戦いやすいのは間違いない。
拮抗した戦況に最初にしびれを切らしたのはベルデだった。
ターゲットになったのは、攻撃を捨てマリシエの盾となっていた《アルファ》。
「チッ! 卑怯なデカブツなんか使って……!! けど、練習台にはちょうどいいや! ――『消し去れ《魔力消失》』!」
ベルデの指先が頑丈な《アルファ》へと突き刺さる。バチンという炸裂音が聞こえると衝撃波が発生し、《アルファ》の半身が消し飛ばされた。
「い、いまのは……!?」
素手で《アルファ》を破壊するなんて人間業じゃない。魔力がないというのが本当なら、魔術は使えないはずだが……いったい、どんな力を使ったんだ?
「グッ……! ハハッ! 最高の気分だよ! この力があれば誰も僕を馬鹿になんてできないはずさ!」
「素晴らしいぞ、ベルデ! 計画が完遂されれば、その力はお前の思うがままになるだろう!」
「ありがとうございます。ダルドス様」
ダルドスに褒められたベルデが、右腕を押さえながら返事をしている。
先ほどからの言動を鑑みるに、扱いきれていないのだろうか……?
「本当にそれでいいの? 力で他人に認めさせるようなやり方が、あなたが望んだ方法なの? そんなことしなくても待っている人がいるのに……」
マリシエが呼びかけるが、ベルデの対応も変わらず、またしても一蹴する。
「しつこいなぁ、当たり前でしょ? 弱者がなにしようと意味なんてないんだ。だったら、強くなるしかないじゃないか。どんな手を使ってでも、さ」
「…………」
ベルデの言い分は、実力主義の冒険者を生業としている俺のような人間には否定し難いものだ。
マリシエだって【彼岸】に戻るため実力をつけようとしているという点では、同じ考えと言える。
それに、言ってしまえばリーリスの夢だって似たようなものだ。
子供ながらシビアな感覚を持っている……いや、子供だからこそ、か。
「たしかに、いくら取り繕おうと、弱者のままあり続け、他人に助けてもらうことに甘えていては、見限られても仕方のないことだと思うわ。でも! それは決して、力が全てということではないとわたしは信じてる! 魔族に手を貸してまで得た力に価値なんてないのよ!」
「――ッ!!」
マリシエが熱のこもった叫びは、いままでよりもベルデに届いているように見えた。
「ふん! 人間風情が偉そうに……! 耳を貸すなベルデ。さっさと始末してしまえ」
「……えっ?」
「どうした。俺様の言うことが聞けないのか?」
「い、いえ、ダルドス様……。わかりました」
戸惑うベルデをダルドスは威圧するように睨みつけ命令に従わせる。
「グランズさん、ここは任せてもらえませんか?」
マリシエが決意を固めた表情で、そんなことを頼んできた。
「元からそのつもりだ。俺は、あの子の救助を依頼されてるわけじゃないからな」
もちろん、ただの迷子なら話は別だが、敵対する意思と力を持ちあわせている相手を助けるほど、俺はお人好しでも実力者でもない。
いまここでマリシエに反対するくらいなら、そもそもこの場に来ていないだろう。
「その代わり他のことは気にするな。俺が引き受ける」
最悪ステアリアさんから渡された奥の手を使えば、マリシエを連れて撤退ぐらいは、一人でもどうにかなるだろう。
「ありがとうございます!」
そう答えたマリシエが杖を構え、付与魔術を唱える。
「――『我に三位一体の力を《三重付与》』!」」
「ちょっと付与魔術が使えるからって、調子に乗るな! いまは僕の方が強いんだ!」
再びぶつかり合ったマリシエとベルデの戦闘は激化していた。互いの攻撃によって、地面や壁が削られていく。
《俊足》で速さに対抗できるようにしたうえで、《剛腕》を二重に掛けることでプレッシャーを与え、ベルデの動きを制限している。
付与魔術込みでも埋まらない身体能力の差を上手く補って戦うことができている。
「クソっ! つまらん言葉に揺さぶられやがって。これだから人間というのはアテできん!」
「おっと、もうしばらく手出し無用で頼む」
焦ったダルドスが横やりを入れようとしたところを、距離を詰めて阻止する。
「ベルデ! なにをしている、あの技を使え!」
マリシエの善戦に苛立ったようにダルドスが指示を飛ばす。ベルデが躊躇いながらも《アルファ》を倒したときと同じ構えを取った。
「くっ……僕の邪魔をするあんたが悪いんだ! ――『消し去れ《魔力消失》』」
ベルデが向けた指先をマリシエは避けずに、正面から杖で受け止めようとしていた。
「マリシエ!?」
なにを考えているんだ!?
たとえ《強靭》を掛けていても防げる攻撃じゃないはずだ。
ベルデの指先がマリシエの持つ杖に突き刺さった。
マリシエの思いがけない行動に驚いたのは俺だけでないようで、ベルデの顔には恐怖が刻まれている。
「よくやったぞ、ベルデ! それでこそ我らの仲間だ!」
ダルドスは対照的に歓喜の声を上げた。
しかし、今回はベルデの指先からはなにも生じることはなかった。
「…………一体、どういうことだ?」
マリシエ以外のその場にいた全員が同じ疑問を口にした。