第2話 グランズは追放された少女と出会う
「マリシエ、パーティから出て行ってくれ」
宿屋の一室へと戻ってきた【彼岸】の勇者クレス・リードは、赤毛の少女に鋭い口調で言い放った。
「どうして? わたしは付与魔術師としてパーティに貢献してきたわ」
言葉を向けられたマリシエ・シスキンは、次の旅のためにしていた物資の確認を中断し、説明を求めた。
「たしかにお前の働きは評価に値するだろう」
「なら――」
「だが! あくまでそれは凡人目線の話に過ぎない!」
「……え?」
異論をとなえようとして遮られたマリシエは、クレスの言葉の意図がわからず困惑する。
「オレは歴代最年少で勇者に選ばれた天才の中の天才だ。あの【天稟】の連中にだって引けを取らない。なのに! 奴らはこのオレを蹴った! 折角、手を組んでやるつもりだったのに」
「それとこれと何の関係もないじゃない」
「いいや、ある。未だにあいつらとの差が縮まらない理由はなんだ? そう! パーティの質だ。このオレがいるんだ、優秀な人間さえ揃えれば、あいつらを見返すことなど造作もない。お前みたいな凡人がいるからダメなんだ」
「たしかにわたし自身には戦う力はほとんどないけど、《強化付与》は役に立っていたはずでしょ?」
マリシエが反論すると、それまで傍観していたクレス以外のパーティメンバーたちが、示し合わせたように一斉に非難を浴びせる。
「あー、出た出た。いっつも馬鹿の一つ覚えみたいに《強化付与》。それしかできないのかしら?」
「結局はボクらが働いてることに変わりないのに、よくもまあ堂々と言えるよね」
「クレス殿の幼馴染という理由だけでパーティに身を置きながら、いつまでもそのような態度。恥知らず、というのは貴殿のような者を指すのでしょうな」
仲間からの嘲るような言い草に動揺するマリシエ。
突如として陥った孤立への不安を抑えながら自らの主張を続けた。
「そのぶん、荷物運びや武具の手入れ、野営のときの食事の用意や見張りなんかの仕事を一人で引き受けてきたでしょ? それに、《強化付与》も研究や改良をして、より優れたものになるようずっと努力を重ねてきたわ」
マリシエの必死の訴えを意にも介さずクレスはさらりと言い切る。
「人より働くのも、人より努力するのも、凡人なら当然だろ? 当たり前のことをしているだけなのに、なぜ評価されると勘違いしているんだ」
「……っ!!」
マリシエは言い返そうとするも、続く言葉を見つけられずに唇を噛み締めた。
辛うじて絞り出したのは震える声での精一杯の強がり。
「でも! わたしの術がなければいままでのように戦えなくなるのよ!」
それを聞いた途端にパーティメンバーが失笑する。予想外の反応に戸惑い、頭が真っ白になったマリシエにクレスが告げる。
「新しいメンバーは天才付与魔術師と名高いリーリス・オーレムが来ることになっている。半端なおまえと違って《属性付与》や《共感覚》も使いこなす本物だ。わかったら、凡人はさっさと出て行け」
「そんな……」
既に自分の追放は決まっていたのだと知り、マリシエは力なく崩れ落ちた。
「これでようやく始められる【天稟】への逆襲が!」
狂気に歪んだ顔を浮かべ高笑いするクレスに、マリシエは恐怖と絶望を感じ、視界が暗闇に沈んでくような錯覚さえ起こし、気付いたときにはいつの間にか部屋から追い出されていた。
***
「すまないが道を尋ねたい」
宿を追い出され途方に暮れて街を歩いていたマリシエは声を掛けられてふと顔を上げる。緑がかった黒髪に意志の強さを窺わせる瞳。その美しさにマリシエは思わず見惚れながらぼんやりした口調で聞き返した。
「あなたは?」
「私はリーリス。【彼岸】の勇者を探しているのだが、道に迷ってしまった。案内を頼めないだろうか」
リーリスという名前にマリシエが反応する。
「……この人がリーリス」
ぼそぼそと呟くマリシエの様子にリーリスが首を傾げる。
そのまま沈黙が続き、やがてマリシエはリーリスの瞳をしっかりと見据えて宣言した。
「わたしマリシエって言います! 【彼岸】の勇者のパーティに、いつか必ず帰ってきます! 負けませんから」
抜け殻だったマリシエの瞳に決意がみなぎっていた。
突然の宣戦布告に面食らったリーリスだったが、わずかに笑みをこぼしながら頷いた。
「受けて立つよ」
しばらく、互いの視線を向け合っていたが、やがてマリシエが踵を返した。
「【彼岸】の勇者たちはこのまま真っ直ぐ進んだ宿に居るはずです。失礼しました」
そう言って走り去るマリシエを見送りながらリーリスが呟く。
「……道に迷っている場合じゃないな。彼女のためにも」
***
リーリスが出立してから数日後、俺は久々に冒険者ギルドに顔を出すことにした。
さっさと故郷に帰ってもよかったが、いままで世話になったギルドの人たちに挨拶くらいはしておきたい。
街の中心部まで足を運ぶと、大きい割には飾り気のない無骨な建物が見えてきた。唯一といって差し支えない装飾の旗には剣と腕輪の刺繍が施されている。
見慣れた冒険者ギルドの紋章だというのに、なんだか感慨深く感じてしまう。
初めてこの街に来た時の高揚、初めて依頼を受けたときの緊張、初めて貰った報酬の重み、様々な出来事があったけど、いつもとなりにはあいつがいた。
今更ながら一人になったことの実感が湧いてくる。
寂しくはない。未練もない。
ただ、喪失感のようなものならある。
……終わったんだな、俺の冒険は。
「あの、パーティ組んでもらえませんか?」
感傷に浸っている最中、赤毛の少女が背中から声を掛けてきた。
…………終わったんだよな? 俺の冒険は。