第16話 調査開始
マリシエがステアリアさんについていったので、俺は一人で酒場へと聞き込みに向かった。
ギルド側が判断したなら周囲にはもう危険な魔物はいないと考えて良さそうだが、万が一ということもある。
それに、わざわざバスティックさんがこの村に立ち寄るように仕組んだことも気掛かりだ。
「あのときの魔物についてだと?」
「ああ。勇者が倒したんだろ? 冒険者としてその戦いぶりに興味があるんだ」
村に脅威が迫っているかもしれないと正直に伝えれば余計に不安を煽ることになりかねない。
あくまで目的は、村の人々の安心と安全の確保だ。世間話を装って聞き出すのがいいだろう。
「なるほどな。いいぜ、教えてやる。なにせ、オレが一番間近で見てたからな!」
酒を一杯おごったこともあってか、男は上機嫌で話し始めた。
「どこから話そうか……そうだな、あれはオレがまだガキのだった頃のことだ――」
「いや、魔物との戦いの様子だけでいいんだが……」
「そうか。なら、オレが初めて倒した魔物、ポイズンフロッグとの死闘から――」
「それもいい。勇者が倒した魔物の話だけで充分だ」
「ったく、ノリの悪いやつだ。これでも昔はシルバーランクの冒険者だったんだぜ?」
男が自慢げに語る。
一般的に才能だけではブロンズ止まり、それ以上のものを持つ人間がシルバーに上がれると言われている。
多分俺はリーリスがいなければ未だにブロンズに上がれていないだろう。
シルバーランクが一つ上のレベルの指標になっているのは間違いない。
とはいえ、ランクだけで言えば一応俺もいま現在、プラチナランクではある。
名ばかりだと言われ続けてきたが、実力もあの戦いを経て、多少はマシになっているはずだと思いたい。
冒険者ランクの話で争っていても不毛なので、さっさと本題の質問する。
「で、シルバーランクの人間から見て魔物と勇者の戦いはどう映った?」
「ハッキリ言って別次元だったな。襲撃してきたのは将軍コブラなんだが……知ってるか?」
「戦ったことはないが、噂なら聞いたことがある。巨大な蛇の魔物で鱗は鋼よりも硬く、牙は岩盤を砕き、体内に大量の同族を飼っているとか」
「よく知っているな。本体も恐ろしく強いが、兵隊コブラの方も厄介だ。中でも、強力な毒を持ったアサシンコブラ、魔術を反射する特殊な鱗を持つリフレクトコブラ。この黒と白の変異種には熟練の冒険者でも手を焼くほどだ」
「それで、どうやって攻略していたんだ?」
「助けてくれたのは【彼岸】の勇者様たちでな。まるで未来でも見えているかのように動きに無駄がなく、針の穴に糸を通すような華麗な身のこなし。技のキレもさることながら、巨体相手に押し負けない力強さ! 正直感動を覚えたよ! 魔王軍と戦うのにも相応しい力を備えていた。あれは人類にとっての希望だよ」
興奮した様子で熱弁する男の話を聞きながら冷戦に分析を進める。
少なくとも、《未来視》、《洞察》、《俊足》、《剛腕》あたりの付与魔術は使っていそうだな。あとは《耐性》や《共感覚》の系統もだろうか。
思ったより少ないな、【彼岸】のメンツが強いのか魔物が弱いのか判断に迷う。
だが、どちらにしても、毒や反射は相性的には悪くない。ステアリアさんの魔造人形にはどちらも効果が薄いだろうし、解毒薬も用意してもらえるだろう。
【彼岸】の勇者たちの実力がわからないので正確にはわからないが、準備さえ整えれば俺たち3人でもなんとか対処できそうな相手で一安心だ。
その後も色々な人に話を聞いてみたが、ほとんど村を救った【彼岸】の勇者を讃える内容ばかりで新たな収穫はなく、どうしようかと悩んでいると外から悲鳴が聞こえてきた。
「大変だ! 魔物が! だ、誰か助けてくれー!」
慌てて外へと飛び出す。
馬鹿な! ギルドの職員たちは何を調査してたんだ!?
道端で腰を抜かしている男性に駆け寄り、視線と指の先を追う。
夕暮れを四つ足で駆ける黒き獣の姿が見えた。
あれは――
瞬く間に迫ってきたそれをよく見ると、陶器のように滑らかな質感の身体から魔造人形だと分かる。
そして、その背中にはステアリアさんが乗っていた。
「ヒィィィ!? ま、魔女だ!」
「あら、失礼ね! アタシは錬金術師よ?」
怯えた男性にステアリアさんが少しムッとした表情で訂正した。
「ステアリアさん。過敏になってる人たちを無暗に刺激するのはやめた方がいい」
「アタシだって好き好んでハタ迷惑なことはしないわよ?」
俺の諌めるような物言いに、しれっと反論したステアリアさんの言葉に納得しかけたが、そうでもないような気がする。
「なら、どうしてこんな派手なことを?」
「マリシエちゃんが大変なのよ!」
「なんだって!? まさか――」
そう言えばマリシエの姿が見当たらない。なんだか嫌な予感がする。
「迷子になった子供を探して村の外に行っちゃった。てへっ」
ステアリアさんが行かせたことに責任を感じてるのかどうかわからない態度でとぼけた。
額に手を添えながら、溢れ出そうになる文句を飲み込み質問する。
「……例の洞窟か?」
「大正解! グランズくんも乗っていく?」
そう言ってステアリアさんが、四足獣型ゴーレムの背中を叩いた。