第15話 《ミケーレ村》の異変
「あー、しんどい」
思わすそんなことをぼやいてしまう程度には、ここ数日はひどい目に遭った。
ステアリアさんに実験体にされ続けていたら、いつの間にかバスティックさんが指定した出発日になっていた。いまは調査予定の村に向かう冒険者ギルドが手配した荷馬車に同乗しているところだ。物資の運搬の護衛を兼ねているので乗り心地はあまりよろしくない。
「ごめんなさいね。試せることはすべて試したつもりなのだけれど、マリシエちゃんの付与魔法のことはアタシじゃわからなかったわ」
「いえ、そんなことは。むしろ、わたしの方こそあまりお役に立てずに申し訳ないです」
ステアリアさんとマリシエが互いに謝罪をしているのを、ぐったりと項垂れながら眺めていた。
色々な付与魔術とアイテムの組み合わせを試しながら、連日俺が倒れるまでステアリアさんの錬成した魔造人形との戦闘は続いたのだが、成果はイマイチだったようだ。
それで結局ステアリアさんはリーリスに会いに行くことにしたらしい。
戦力が増えるのはありがたい話だ。実験を通してステアリアさんがかなりの実力者だと判明したので、少人数でも道中の調査依頼はなんとかなりそうだ。
「グランズくん、本当にマリシエちゃんの術は付与魔術じゃないの?」
ステアリアさんが考え込むようにしながら聞いてきた。
「一般的なのとは違うのは間違いない」
なにが付与魔術かの線引きは俺が決めることではない。
俺より詳しいであろうステアリアさんが付与魔術だと言うならその通りなのだろう。
「アタシにはその違いっていうのがわからないんだけれど……」
「わたしも言われるまで考えもしなかったです。でも、グランズさんに指摘されてから掴めそうな気はしてるんですよね……」
そのまま二人が黙り込んだので、しばらく沈黙が続く。
その間俺は、狭く上下に揺れる荷車の中で戦いと実験の疲労を少しでも回復しようと休息を取っていた。
……なんか、リーリスと冒険者やってたときと変わらないくらい忙しいんだが。もっとゆっくりするはずだったんだけどなあ。
まあ、追いつくためにはこれくらいで弱音を吐くわけにはいかないんだけど。
「皆さん、お疲れ様です。もうじき到着します」
御者の声を聞いて、ぼんやりと眺めていた空から視線を前方へ動かすと小さな村が見えてきた。
「ようこそ《ミケーレ村》へ!」
冒険者ギルドへと訪れると村長さんがから歓迎を受けた。
こういう小さな村では実態が自警団のような場合も多く、有力者が冒険者ギルドとのつなぎ役になっているのは珍しくない。
「バスティック殿から伺っております。着いて早々悪いのですが、お頼みしたいことが……」
申し訳なさそうな態度にマリシエが反射的に答える。
「任せてください! なんでもやります!」
後先考えずに突っ走るのは付与魔術師の特徴なのか?
リーリスも無計画で行動するタイプだったが、マリシエも負けず劣らずだ。
「とりあえず話を聞かせてもらえますか?」
ちゃんと手綱は握っておかないと、毎度巻き込まれてたら命がいつくあっても足りん。
「実は最近、狂暴な魔物に村が襲われたのです。幸いなことに、居合わせていた勇者様とお仲間によって無事にその魔物は討伐されたのですが、また同じことが起きるのではないかと皆不安になっているのです」
「つまり、魔物が暴れていた原因を突き止めて欲しいと?」
「いえ、すでに冒険者ギルドには調査をしてもらっていて、これ以上の危険はないと……」
「それなら、大丈夫だと思いますが」
「ですが、妙な噂が広まっているんです。北の洞窟から呪いの声が聞こえると」
「呪い?」
ステアリアさんがその単語に反応した。
「はい、不気味な声が聞こえて気分が悪くなるのだそうです。いまでは誰も近寄らなくなったのですが、魔物が住み着いているのではないかと言い出す者も出てきてしまって……」
「じゃあ、わたしたちが洞窟に向かって、噂の真相を確かめてきます」
早速マリシエが申し出た。
この迷いのなさはある意味長所なのかもしれない。
「その前にしっかりと準備しないとな」
ひとまず、いまにも飛び出しそうなマリシエを引き留めた。
「ねえ、ちょっといいかしら。その呪いの声を聞いた人に会いたいのだけれど」
ステアリアさんが村長に尋ねていたことが気になってしまい、つい横やりを入れる。
「なにか心当たりがあるのか?」
「心当たりというほどでもないわ。錬金術師の勘ってやつかしらね」
「なら、そっちは任せた。こっちは村を襲った魔物について調べてみる」
呪いに関して俺がわかることなどないので、情報収集のために二手に分かれることにした。