第11話 報告
変わり果てた姿の魔人と対峙していた俺は、冷静に分析を進めていた。
攻撃は激しさこそ増しているものの単調で、力任せに暴れているだけ。厄介だった腕の伸縮を利用する戦い方はしてこない。
人型ではなくなっているのも、魔人の特性である狡猾さより、魔物としての本能が強くなっていることの現れだろう。
「ビュォォォン!」
魔人が複数の腕を同時に振り下ろす。
パワー、スピード、手数のすべてが増しているが、軌道は読みやすくなっている。
「ハァ!」
無駄な力みを消して、攻撃の瞬間に全身に力を込める。
相手の攻撃に合わせ一歩踏み込み、斬るというよりは叩くようなイメージで、無理に伸ばしたことで樹皮の鎧が薄くなっている位置を狙って、思い切りよく剣を振り抜く。
自らの重みと勢いに耐え切れなくなった腕が、バキバキと音を立てて折れる。
マリシエの付与魔術を受けているときと比べればぎこちないが、いままでより上手く身体を動かせているのが感じられる。
――二人のおかげだな。
性質の異なる付与魔術を体験して、わかったことがある。
術の効果は切れたとしても、その経験は俺の中にしっかりと残っている。
リーリスの付与魔術によって心身が鍛えられ、マリシエの付与魔術によって力の扱う術を知ることができた。
もしかしたら、リーリスのお師匠さんが言っていた、付与魔術と人間の可能性、というはこのことだったのかもしれない。
「ビュォォン!」
魔人が再び生やした腕で攻撃を仕掛けてくる。
魔人の物量攻撃を捌き続け、魔人の体力を奪っていながら接近する。再生能力も無尽蔵に使えるわけではないはずだ。
我慢比べなら負ける気はしない。リーリスの付与魔術がある状態の戦闘に比べれば、この程度苦痛はないも同然だ。
まあ、あいつの術があればとっくに決着がついているのだろうが……ないものねだりをしても仕方がない。この調子で、端から削り続けて活路を切り拓く!
「ビョッ……?」
何度目かの攻防を乗り越えて遂に魔人の再生に限界が訪れる。
待ちに待ったチャンスの到来に逸る気持ちを抑えながら、必殺の一撃を与えるために構えを取る。
「【アーレンス式剣闘術】――《山颪》!」
頭上から剣を振り下ろし、魔人を大地へと叩きつける。
「ビョォォォォォ!」
叫びながら反撃を繰り出そうとした魔人の動きを封じるため、さらに押し込む。
「うおおおおお!」
気合を入れて力を振り絞り、抵抗する魔人の頭部を叩き潰した。
「――流石にこれならもう動かないよな?」
しばらく様子を見ていたが、魔人は沈黙を続けている。
「うっ!」
「グランズさん!」
力が抜けて倒れそうになったところをマリシエに支えられる。
「やりやがったな」
「デュゼル!? 撤退したんじゃなかったのか」
「パーティの連中が寝覚めが悪いって言うんで仕方なくな」
仲間には退かせておいて、自分一人で来たのか。こいつらしいと言えばらしいが。
「いたならなんで手を貸してくれなかったんだよ」
「女の子一人に男二人運ばせる気か? 退路はおれに任せろ」
デュゼルが俺の恨み言をさらりと受け流し、この場を立ち去ろうとする。
「アレは、あのままでいいんですか?」
マリシエの魔人の死骸をどうするのか、という問いにデュゼルが答えた。
「報告すればギルドの職員が調査に来るだろうから、任せときゃいい。他の敵に見つかる前にとっとと帰るぞ」
俺もマリシエと同様に魔人の死骸が気掛かりだったが、闘いの後の疲労感と昂揚感も合わさりデュゼルの意見に賛同した。
さっさと進み始めたデュゼルを先頭に、マリシエの肩を借りながら歩いて、無事に【魔障の森】を出ることができた。
***
「新種の魔人か。ついに【魔障の森】でも出ちまったか……しかも、危険度の低いエリアでなあ。調査をしなきゃならんし、危険度の再設定も必要だよなぁ。それまでダンジョン内の立ち入りはもちろん、通行の制限と近隣住民の避難の受け入れ――ああ、クソっ! 面倒な仕事ばかりじゃないか! どうしてくれるんだ!」
街へと戻ってきた俺とマリシエは冒険者ギルドで治療を受け、そのまま一晩過ごした後、ギルド長に呼び出されて今回遭遇した魔人についての報告をしていた。
「どうって言われても……ストレス溜めるとまた禿げるぞ?」
理不尽な追及をしてくる強面のギルド長、バスティックさんの危うい生え際を見ながら忠告する。
「またってなんだ、またって! 俺ァまだ禿げてねえぞ!」
他の街の冒険ギルドのマスターと比べると、まだ若く現役として前線に出られるくらいに肉体も鍛えられているが、毛根はそうもいかないらしい。
「あのっ! 【魔障の森】でも、ってことはあの魔人は他のダンジョンでも出没してるんですか?」
マリシエが、怪我人である俺を容赦なく締め上げているバスティックさんに疑問を投げかけた。
「いや、他のダンジョンで確認されたのはまた別の新種だ」
「新種の魔物や魔人って、そんな頻繁に出てくるもんだったか?」
「そんなわけあるか! 王国全域で異変が起こっているということだろう」
俺の率直な疑問にバスティックさんが憤慨して答えた。こりゃギルドは相当被害を被っているようだ。
「魔王の影響かもしれません」
マリシエが心当たりがあるような口ぶりで呟いた。
「この辺に魔王軍が潜んでるってことか? けど、ここは魔界の境界からそれなりに離れるはずだろ。流石に関係ないと思うが」
俺が否定的な意見を述べると、バスティックさんから情報が補足される。
「そうとも言えん。最近、四天王の一角【極寒】のブリュンヒルダが各地に部下の魔族を放ったとの報告もある。どこに紛れ込んでいるか、わからんぞ?」
「ってことは、勇者が調査に来るのか?」
魔王軍の四天王が絡むとなると、教会の介入があるのは間違いないだろう。
勇者という言葉にマリシエがぴくっと反応を示した。
「それなら【閃光】が来ることに決まったぞ。リーリスに会えなくて残念だったな、ガハハ」
バスティックさんが揶揄うように笑った。
「いや、まあ、来てくれた方が良かったのは間違いないが――」
「なんだ、やけに素直じゃないか。お前のことだから、リーリスが勇者パーティに入れたならこれ以上冒険者なんてやってられるか! とか言い出すのを期待していたのに」
うっせぇな! と言いそうになったが、実際そうだったからな。思い返すと自分の間抜けさに恥ずかしくなってきた。
「とにかく、俺たちは【彼岸】を追いかける。旅の資金を貸してもらいたい。バスティックさん、お願いします」
そう言って頭を下げる。
「…………え?」
その横でマリシエが気の抜けた声を漏らしていた。
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