第10話 覚醒
いまならまだ《俊足》を使って全力で逃げれば助かるかもしれない。
でも! そんな甘えた考えは捨て去り覚悟を決める。
「――『我に三位一体の力を《三重付与》』!」
《強靭》の重ね掛けで守りを固め、杖を構えて呼吸を整える。
「ビョォォォン!」
付かず離れずの間合いを維持している魔人が威圧するように雄叫びを上げた。
警戒を強めたのか、2本の腕だけでなく、背中に隠してあった3対の腕も広げる。文字通り手数が増えたことで、攻撃が苛烈になることは一目瞭然。
怯むな! 戦え、わたし!
ダメージを我慢してどれだけ敵に近付けるかがこの作戦の肝。
冷静に状況を判断する精神力がなにより大事!
「はあぁぁぁっ!」
気合を入れて魔人へ向かって走り出す。
「ビュォ!」
「ぐっ!」
即座に魔人が腕を鞭のようにしならせて叩きつけてくる。それを杖でいなすように防ぎながら少しずつ接近する。
「ビュョョョョ!」
「がっ! うっ!」
距離が縮まるにつれて攻撃が激しくなり、防ぎきれなくなってくる。
これ以上は……いや、もう少しだけ前に!
《洞察》の術はいまは掛かっていないけれど、ずっと観察して戦ってきたからなのか、攻撃のタイミングが少しだけ掴めてきている。
これなら、あと一歩踏み込める!
猛攻に耐えながらチャンスを窺っていると、一瞬だけ攻め手が緩まった。
来る!
こちらの守りを破ろうと、ためのある強力な突きを魔人が放った。
「っ!」
予見していたというのに回避はギリギリだった。
けど、懐に潜り込めた!
攻撃を躱して前進した直後、待ち構えていたように魔人が残りの腕を向ける。
この距離、このタイミング、フィレインさんのときとほとんど同じ状況。
違うのはわたしにはもう、付与魔術を使うだけの魔力が残されていない。
だったら、付与魔術を使わずに加速すればいい!
「はあ!」
身体を回して魔人に背を向け、さっきの攻撃で伸びた腕を魔力を込めた杖の先で叩く。
最初に弾かれたときよりも多くの魔力を込めた攻撃は、魔人の隙を突くのに充分な反発力を生み出し、わたしの身体を押し出した。
「これでも食らいなさい!」
すれ違いざまに反撃をもらいながらも、魔人の脇腹に残っていた傷口に残りの魔力をすべて込めた杖を突き刺す。
「ビュョョォォ!?」
魔人の苦悶の叫びが森に響く。
すべての力を出し切ったわたしは、両手と両膝を地面に付きながらその声を、どこか晴れやかな気持ちで聴いていた。
「はぁ……はぁ……、勝った、の? や、やった、わたしがっ――!?」
「ビョオオオ!」
く、苦しい。喉が締め付けられて……息が!
倒したと思っていた魔人が猛り狂ったような声を出しながら、わたしの首に腕を巻き付けてきた。
なんとか気道を確保するために、喉の周りを掻き毟るようにして隙間を作ろうと試してみたけれど、魔人の力に敵うはずもなく、そのまま身体が持ち上げられて足が地面から離れた。
宙吊りになったわたしを魔人が正面から向き合わせた。顔の中央にある穴の中の暗闇が、より一層不気味に映る。
殺される。
そう感じ必死に伸ばした手は杖には届かず、ただ空を切るだけだった。
魔人が複数の腕を束ねているのが見えた。あれでわたしの身体を貫くつもりだろうか。
嫌だ、死にたくない。助けて、クレス――
「ハァァ、セァ!」
薄れていく意識の中、誰かの声が届く。
直後に身体が落下を始め、息苦しさが和らいだ。
「かはっ! げほっ、ごほっ!」
わたしは優しい腕に抱えられながら、狭くなった喉を押し広げるように荒い呼吸をした。
「良かった、無事だな」
「グラ……ンズ……さん?」
「あとは任せろ!」
お人好しの冒険者はそう告げると、魔人へと一人で立ち向かっていった。
戦闘が勢いを増して激しくなっていくのを、わたしは地面にへたり込みながら見ていることしかできなかった。
魔人はもはや人型とは言えないような異形の姿へと変貌し、無数の腕がグランズさんへと襲い掛かる。それを一振りで斬り落とすグランズさんの戦いぶりもまるで別人のように見える。
失った腕をすぐさま再生し攻撃を仕掛ける魔人に、それら全てを剣一本で捌くグランズさん。
勇者のパーティにいたときでも、こんな戦いは数えるほどしか見たことがない。
「一体、あの人は何者なの……?」
本人や周囲から聞いていた話といま戦っている姿は随分とかけ離れている。
「まったくホントに、相変わらず付与魔術さえあれば最上位クラスの実力だな。手負いで狂暴化した魔人を単騎で相手できるなんてな」
「デュゼルさん!」
「ったく、あいつに感謝しとけよ? 冒険者なんて損得勘定で動いてんだからよ。パーティを組んでたって見捨てるときは見捨てるもんだぜ? 村への被害を出さないようにって志は立派だと思うがな」
「……そう、ですね。デュゼルさんもありがとうございます」
己の力不足を改めて痛感し、思わず拳を握り締めた。
「仲間から借りは返せと言われちまったからな。パーティのリーダーとして代表して来ただけだ」
「あの、グランズさんの強さのことで疑問なんですが」
応急手当を受けながら、デュゼルさんに質問をした。
「ん? 勇者パーティでも付与魔術を受けて、あそこまで動けるようになるやつはいなかったか?」
「いえ、その……付与魔術を使ってないんです。わたし、魔力を使い切ってしまったので」
「なんだと!? ……いや、そうか」
デュゼルさんは驚いたあとすぐになにかに気付いた素振りを見せると、嬉しさと悔しさが入り混じったような複雑な表情を浮かべて呟く。
「遂に気付きやがったな、あいつ」
「あの……気付いたってなににですか?」
デュゼルさんの言葉の意味がわからず質問をした。
「自分の実力にだよ」
「グランズさんの実力はリーリスさんの付与魔術によるものだと聞いていましたが?」
「それも間違いじゃないが、あの高い負荷に耐えながら、化け物どもとやりあえる時点でイカレてるってのに、そんなことを続けて強くならない方がおかしいと思わないか?」
「でも、だったら、どうして悪評ばかり広まってたんですか?」
「どんなに力をあっても引き出す方法を持ってなきゃ意味がねえだろ? ま、それを力がないのと同じだと勘違いする馬鹿な連中が多いってだけの話だ。あいつ自身を含めてな」
「っ!」
グランズさんもわたしと同じだった……?
でも、グランズさんは自分の力と扱う術を見つけることができたんだ。
「きっかけはわからねえが、この土壇場でなにか掴めたようだな」
わたしにも見つけることができるだろうか……?