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第1話 グランズが相棒をやめた日

「グランズ、君に相談がある」

 ダンジョン【魔障(ましょう)の森】の探索を終え、道を半分ほど引き返したあたりで小休止をしていると、相棒のリーリスが妙なことを言い出した。

「相談!? お前が? 俺に?」

「むっ、ダメなのか?」

 俺の咄嗟の反応に、リーリスが拗ねたように頬を膨らませる。

 そんな子供っぽい仕草を見てふと思う。


 他の冒険者たちが麗しき天才付与魔術師と、実力だけでなく容姿も褒め称えている声を耳にするが、物憂げな眼差しや超然としていてどこか儚さを感じさせる佇まい、なんてものがこいつのどこにあるのか俺にはわからない。見た目の話で同意できるのは、艶のある黒髪が綺麗だということぐらいだ。


「ダメってことはないが……」

 多少大袈裟だったのは認めるが、放っておいても一人で勝手に進んで行っちまうようなやつだ。相談なんて言われりゃ、耳を疑うのは当然だろう。


 冒険者になるために村を出ていく、という大事な話でさえ聞かされたのは前日だったからな。あのときは慌てて支度をするハメになって、準備不足で苦労した。

 まあ、もうあれから五年だ。こいつもちょっとは進歩したということか。


「いや、話の腰を折って悪かった。それで相談って?」

 俺が促すと、リーリスはためらいながら呟いた。

「……実は、ある勇者パーティから勧誘を受けた」

 どんな話かと身構えていたら、存外いい知らせだったのでテンションが上がってしまった。

「おお! 俺たちの活躍も随分と広まったみたいだな。で、どの勇者のパーティからだ? 【紅蓮(ぐれん)】か【閃光(せんこう)】か――もしかして【天稟(てんぴん)】か!?」

 勇者といえば魔王軍に対抗する教会の最高戦力で、現在その称号を持っているのはわすか数名。教皇から与えられる二つ名は勇者個人やパーティを区別するための呼称としても使われている。

 そんな特別なパーティから声が掛かるなんて滅多にあることではない。


 冒険者になってから、付与魔術の反動でボロボロの身体に鞭を打ち、魔物との死闘を繰り返し生計を立てる日々。もうやめたい、と何回思ったことか。ああ、ようやくそんな日常から解放される。これまでの人生で最高の気分だ。


 しかし、喜びに浸っている俺とは対照的にリーリスは浮かない顔をしている。

「話をしたのは【彼岸(ひがん)】だよ」

「歴代最年少の勇者様か! 年上ばかりのパーティじゃないのは気楽でいいんじゃないか?」

 一年ほど前に話題になった際、年下勇者の誕生に驚いたのをよく憶えている。

 他のパーティと比べると、いまはまだ実績に乏しいが、そんなことに不満を抱くような性格ではない。

 いったい、なにを気にしているんだ? 不思議に思いながらも、リーリスの言葉を待った。



「それで、その……誘われたのは私だけなんだ」



「なるほどな。そういうことか」

 相談するようなことなど思い当たらなかったが、いまの言葉で合点がいった。

 引き入れた側としての責任感なのか、自分一人だけ勇者パーティへ参加することに、後ろめたさでも感じているのだろう。

「腕試しと聞いて一度共闘したときに、正式なメンバーにならないかと言われた。グランズも一緒にと思ったんだが、それは無理だと彼らには断られてしまった」

 言葉を選ぶリーリスに対して、気遣いは不要であると示せるようになるべく軽い調子で返す。


「まあ、こっちは元々お前の冒険者になるっていうわがままに付き合ってただけだ。お呼びじゃないなら、構わないさ」

 構わないどころか、大歓迎だ。

 パーティの人数が増えれば負担が減ると思っていたら、もう付与魔術の苦しみを味わう必要がなくなるなんて素晴らし過ぎる。

 いっそのこと、冒険者なんて危険な仕事もやめてしまうのがいいかもしれない。よし、そうしよう。


 俺が第二の人生に思いをはせていると、リーリスが期待のこもった眼差しを向け、恐ろしいことを言ってきた。

「私としてはこのままグランズと二人で冒険者として名を上げていく、というのも悪くないんじゃないかと思っているんだが、どうだろう?」

 ……やめてくれ。これ以上は身も心も持たないから。マジで。

 俺はもう引退して故郷に帰るんだ! 

 兄たちの仕事をときどき手伝いながらのんびり平和な生活を送るんだあああああああああ!


 そう叫びたくなるのをこらえて、なんかそれっぽい理屈をつけて諭そうと試みる。

「いや、でも、あれだろ? 勇者パーティに誘われるなんてなかなかないわけだし、教会も関わってるとなると一介の冒険者としては断れないだろ。……それに、夢を叶えるにはそっちの方が近道だろ?」

 こいつの夢は一人でそう簡単に叶えられるようなものじゃない。

 だからこそ、俺はこれまで死ぬような思いをしてまで力を貸してきたし、だからこそ、俺なんて置いて勇者パーティに行ってほしいとも思う。

 足枷にだけはなりたくない。

 

 ――というのも紛れもない本心ではあるが、労働環境が悪すぎて戻りたくない、というのが一番の要因なんだよな。


「……そう……だな。その通りだ。こんな機会そうそうないのは分かっている」

「だろ?」

「じゃあ、グランズはどうするんだ?」

 どうやら俺が路頭に迷まないか、柄にもなく心配しているようだ。

「俺か? 村に帰ってシャルフ兄さんのとこにいくよ。人手不足って聞いてるからな」


 俺がそう答えるとリーリスが驚いたように目を見開いて聞いてきた。

「冒険者はやめるってことか?」

「ああ。そうなるかな」

 俺にとってはごく自然な選択肢だったが、リーリスにとっては予想外だったらしい。

「そうか、もう…………」

 一瞬、リーリスの顔がより沈んだように見えたが、杖を手に取りそそくさと歩き始めたせいで、確かめることができなかった。


「どこに行くんだ。そっちは森の奥だぞ」

 俺が引き留めようとすると、リーリスは振り返ることなく答えた。

「もうひと暴れしてくるよ。グランズはここで休憩をいればいいさ」

 心配は、いらないか。この辺の魔物ならあいつ一人で充分だろう。

 単独での戦闘には不向きとはいえ、素の実力が三流(ブロンズ)以下の腕しかない剣士の俺なんかより、はるかに強いからな。


 リーリスの背中を見送りながら呟く。

「こっちの身体はもうボロボロだしな」

 付与魔術の反動で歩くことすらしんどくなってきた。

 改めて術を掛けてもらえば、戦闘することはできるが、やりすぎるとしばらく動けなくリスクもある。

 リーリスの言葉に素直に従って再び腰を下ろし身体を休めることにした。


 俺ではもう、あいつのとなりに立つことさえ、かなわない。

 けど勇者パーティになら、あいつと共に戦ってくれる仲間がいるはずだ。




 この日、俺はリーリスの相棒をやめた。



 ***


 その後。

 リーリスから正式に加入するとの知らせを受け取った【彼岸】の勇者は一人の少女に追放を言い渡した。

今後の執筆の参考になるので、お気軽に評価を入れていただけると嬉しいです。

面白ければ★5、イマイチなら★1でも大丈夫です。

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