節分の夜の厄払い
ヨウイスルモノ
豆。炒り豆。歳の数プラスひと粒、半紙にひねる。
塩。良い品質の粗塩を用意。味塩、精製塩は却下。
水。湧き水を汲む、水道水ミネラルウォーターは却下。
酒。口にひとくち含み、底には少しばかり残る量。
刃。よく切れる物なら何でも良い使い古しは却下。
器。手頃な飯茶碗が良い。水を入れ赤く染めておく。
盆。塗の丸盆が良い。供物を整然と並べられる大きさ。
白の三角形の布、これは己の口元を覆うために使う。
白の正方形の布、これは儀式の場に敷くために使う。
黒の長方形の鏡、これはスタンドタイプが便利。
白の蠟燭は2本、これはマッチにて火を灯す。
導きの為の線香を1本、線香立てに挿した品。
赤い紐を用意。左右に立てた蠟燭に端を結び、
ピンとはり、磨いた鏡の前に立てておくこと。
テーブル、椅子は一脚。窓には遮光カーテン。
時間を知るための時計はアナログ。
水を染めるための深紅の染料。
籾、豆、麦、粟、稗、五穀をそれぞれ盃に、ひと盛りづつ。誰のものでも良い。供物にしたい生者の毛髪、爪をいくばくか。
バノツクリカタ
窓と部屋のドア、または引き戸が真正面になる部屋を用意。その中ほどに椅子とテーブルを設置。
衣服は華美でなければ何でも良い。午前2時きっかりに電気を消すことができるようにしておく。その10秒前に、三角の布で鼻から下を覆った口の中に酒を含んでおくこと。
テーブルの上は片付けておくこと。鏡、酒を入れていた湯呑、盛り塩、赤い紐を結ばれた蠟燭のみにする。豆は身につけておく。
窓を正面とした椅子とテーブルの下に、正方形の布を敷く。中央、鏡の前、左右に蠟燭を立て、結んだ赤い紐をはる。盛り塩は左手、湯呑は右手に置く。紐を切るための刃物は鏡に並行に置く。
窓のカーテンは閉めておく。鍵は開けておく。
ドア、または引き戸は1寸、開けておく。これはきっちり寸法を守るべし。
丸盆に煎った五穀をそれぞれ盛った盃を正しく五角形に置く。その中央に必ず蠟燭より貰い火をし、灯した線香を立てた線香立て。飯茶碗に注いだ染めた赤を並べ、ドア引き戸の前に据え置く。
ハジマリ
午前2時きっかりに時計のベルを鳴らし天井の照明を落す。灯りは蠟燭のみとする。続いて刃物にて赤い紐を断ち切る。鏡に深く一礼。そのまま背後から吹く風を待つ。口に含んだ酒は決して飲み込んではいけない。
この手順を踏襲をしても来るか来ぬかは、その時の運。願う故人に逢えるか、はたまた別のモノに遭遇するかはその時の運。わからない。
ゾクリと背筋が凍りつき、ユラリと蠟燭の炎が揺れを感じたら、成功。後ろを振り向いてはいけない。鏡を見る。運が良ければ願う相手に出遭える。
時は……。5分、鏡中のモノと不思議な時間を共有出来る。時計でそれはきっちりと、計らなくてはいけない。
秒針が動く。短針がコチ。
目に飛び込む己の背後、1寸空いた場から入りしモノ、それは懐かしきモノか愛しきモノかソレトモ……
秒針が動く。短針がコチ、
耳に潜り込む己の背後、先達を勤めた餓鬼達が盆の上の供物を喰らい赤い水を啜る音。
秒針が動く。短針がコチ、
頭の中にワチャクチャと。キイキイと。ギギギ、ヒヒヒィと。流れる音は此岸の国の言葉なのか、懐かしきモノか愛しきモノか、懐かしきモノ、愛しきモノは愛を込め、ソレトモの存在はしたり顔で、言葉はわからぬが意味は判る不思議な風が頭の中で吹きすさぶ。
秒針が動く。短針がコチ、
蠟燭の焔がユウラユラ。陰気に煽られ蒼い色。醒めた色。部屋の空気は異世界で、鏡に向かう己も妖しくて、盆の上では餓鬼達が飲めや歌えの宴会気取り。
秒針が動く。短針がコチ。
時計が終わりを告げてくる。背後の餓鬼達は盆の上で供物を順々、食い尽くす、爪をポリポリ齧り髪の毛をスルスル啜れば、歓声上がり姿が消える。何処か供物が内から食い荒らされて……。
突然コトリと此岸に向かう。
カタズケカタ。
5分。深い陳謝を込めて頭を下げる。下げたままで鏡をテーブルの上に伏せる。そのまま立ち上がり振り返る事無く後ろに進み、1寸空いた、ドア、または引き戸をそろりと閉める。
そのままに前に進み鏡面を下にし手に取ると、カーテンを開け窓を大きく開く。同時に鏡を落す。
次に後ろ向きに戻り振り返らぬ様にし、盆を手に取り全てを窓から外に落す。蠟燭、切った赤い紐、敷布、口元を覆っていた布の順に落としていく。
テーブルに戻り盛り塩の半分を後ろ手でドア、引き戸の方に撒く。その後は後ろを向いても構わない。酒の残り半分をドア、引き戸に掛け清め、残りは全て窓から外に撒くこと酒を注いでいた湯呑を落とし。
口元を覆っていた布を取り中身を霧散させ。
誰にも知られぬ様に外に出ること。
誰にも見られぬ様に外にて残骸を集め袋に詰め込む。
口を覆い隠す布もはぐり詰め込む。
後は夜が明ける迄に、誰にも見られぬ様に身につけていたおひねりの豆とともに、四つ角に捨て置き振り返ること無く家に戻る事。
四つ角を節分の夜に横切る災厄を糧とするモノが、それらを喜々とし通り過ぎる折に、巣に戻り喰うために。
ヒョイと、穢れをひろうてくれるそうな。
運が良ければ相手が冥界に住みしても尚、会いたい存在に出逢える事と、己にとって邪魔な者を、祓える一石二鳥の節分の夜の厄払い。
書いてて恐いこわがりなので、節分の夜を外して昼間に書き書きしてからとっとと投稿しちゃいます。執筆中に置いてたら怖いのです!