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第七話 ヘタレ弟と堅物メイドが揃って鈍感すぎる

「――ねえアシュリー。あなた、婚約者は誰を選ぶつもりなの?」


 わたくしの問いに、アシュリーは小さく息を呑んだ。

 それはそうだろう。彼にとってはあまりにも突然すぎるから驚くのも当然だ。しかしこのままこの問題を放置しておけないこともアシュリーにはわかっているはずだった。


「わたくしが未来の王太子妃である以上、この家を継ぐことはできないわ。あなたは我がドリクーン公爵家の嫡男。そろそろ相手を決めなければいけないことくらい、わかっているでしょう?」


「……なんで急に」


「いいから答えなさい。そうね。わからないなら端的に言ってしまいましょう。あなた、好きな子とか、いるの?」


 今度こそアシュリーが目を見開いて硬直した。

 訊いてはみたものの、わたくしはすでに察しはついている。だからこそ問うたのだ。


 ――あなたがモララに想いを寄せていることくらい、姉のわたくしにはお見通しなのよ。


 そもそもモララの恋心を叶えようとする以前から、アシュリーが彼女に好意を持っていることはわかっていた。

 お忍びで三人で出かけたあの日、アシュリーがモララの美しい佇まいに惚れ込んだのだろう。だからこそあんな花言葉を教えたに違いなかったからだ。


 けれどあまりにも身分差があるし、そもそもあのモララが彼のことをそんな目(・・・・)で見ることがあるだなんて思っていなかったが、一度両想いだとわかったのだからわたくしは二人をくっつけることを決意したわけだ。すでにこのことは父にもきちんと話してあった。

 父はかなり渋々であったが、わたくしの出した条件とモララの有能さを見てなんとか納得してくれた次第である。モララの仕事ぶりや佇まい、頭の良さは満点と言っていいだろうレベルだった。


「わたくしは後半年もしたら王城へ嫁ぐわ。だからあなたには早く婚約者を見つけてもらいたいの。お父様も、もちろんわたくしだってあなたが選んだ方ならどんな方でも歓迎するわよ?」


 アシュリーはしばし気まずそうに視線を泳がせる。それから、言った。


「……素敵だなと思う人はいる。でも、彼女の気持ちがどうなのか、僕にはわからないから」


「そんなことで悩んでいるの? なら、直接訊いてみたらいいのではなくて? どんなお相手かはわたくし知らないけど、きっとアシュリーなら射落とせると思うわ。あなた、決して悪い男じゃないもの。覚悟があるのならという話だけれど」


 小さく頷くアシュリー。これで準備は万端ね。

 モララの方の用意はもう整えてある。詳しいことは今、父が彼女に話している最中だろう。


 ……さて後はどんな風な告白合戦になるか。外野――と言っても色々と仕組んだ張本人なのだけれど――のわたくしはこっそり見守らせていただくとしよう。



 その日は何事もなく夕食が済み、表向きはいつも通りな夜を過ごして眠った。

 ただしモララがほんの少し動揺しているのがわたくしにはわかる。仕事もほんの少し雑だったのを見逃さなかった。


 一晩もあればアシュリーもモララもきっと心の準備はできるだろう。

 そしてそのまま、運命の翌日を迎えた――。



***



 ――なんだかわたくしまでドキドキしてしまうわ。


 もはや恒例となっているアシュリーの一人ティータイムを陰から見つめながら、わたくしは息を潜めていた。

 庭園には、どこか落ち着かない様子でお茶を飲むアシュリーと、いつも通りの無表情なメイドのモララがいた。彼女の方は多少平静を取り戻したらしいが、それでも若干手が震えているように見えるのはわたくしの気のせいではないと思う。


「……きょ、今日もモララのお茶は美味しいね。ハーブティーはやっぱり落ち着くよ」


「ありがとうございます。ですが、なんだか本日はアシュリー様の顔色がよろしくないような」


「あはは……気のせいだよ」


 いや、白い。アシュリーの顔色はどう見ても蒼白で、言い訳の声にも力がなかった。

 我が弟ながら情けない。そう思いつつわたくしはグッと我慢して観察を続ける。


「そ、そうだ。今度さ、い、い、一緒に、馬車で出かけたいなと思っていたんだけど……どうかな!?」


 すごく不自然に吃りながらのアシュリーのお誘い。直球で伝えればいいものを、デートの誘いからだなんて回りくどいことを。

 それを受けたモララと言えば、ガタ、と持っていた茶器を乗せるプレートを落としそうになっていた。


「無理です、そんな恐れ多いこと。……お、お誘いいただけたことは嬉しい限りなのですが、実は」


 ――モララは昨日ドリクーン公爵から聞いた話をそのままアシュリーに語った。


「私の母は元々侯爵令嬢でした。訳あって男爵家に嫁ぎましたが、つまり私にはそれなりに高貴な血が流れているということらしいのです。

 本来であれば男爵家が潰れた以上は私を引き取るはずだったそうですが、父――犯罪者の娘である私を養女にすれば社交界の者たちからなんと言われるかわからないため侯爵が渋り、結果私は今まで放置されていたとのこと。

 しかしどういうわけか、今になって突然侯爵がモララを養女にすると言い出したのです。私は拒否しようといたしましたが、ドリクーン公爵家まで後押しをいただきましたので…………。

 侯爵令嬢になる以上は、私はこの屋敷でメイドとして働き続けるわけには参りません。そのため、今日をもってこのお屋敷を辞すことが決まりました。

 ……申し訳、ございません」


 頭を下げるモララの声は、珍しく震えていた。きっと涙を堪えるので精一杯なのだろう。


 一方のアシュリーは白目を剥きそうな勢いで驚いている。しばらく言葉を失ってしまっていた。


 ――ああ、なんて鈍感なのかしら、二人とも。


 どうして侯爵家が急に養女の話を持ち出したのか。なぜわたくしが『どんな方でも歓迎する』と言ったのか。

 けれど両者共に絶望的な顔をしているところを見て、まるでわかっていないようだった。


「そうなんだ……。おめでとう」


「ありがとうございます。お茶を淹れて差し上げるのもこれが最後ですね」


 そう言って顔を上げたモララはいつもの無表情そのものだったが、きっとその実、今にも泣いてしまいそうになっているに違いなかった。


 ――さあアシュリー、今がチャンスよ。そっと彼女の肩を抱きしめて、「最後じゃないよ」って言って、想いを伝えるの。さあ、さあ!


「そうだね。美味しかったよモララ。今までありがとう。……じゃあ、僕はこれで」


 ――って、ちょっと!?

 わたくしは腰を抜かした。本気で驚いた。


「どうしてそんなに簡単に諦めようとするの!? もしかしてまだわかってないの!? 両想いなんでしょう! しかも身分差も無くなったのに躊躇う理由とかある!? まさかヘタレ!? うちの弟はそこまでヘタレだったの!?」


 …………あ。

 興奮しすぎて、わたくしは気づいたら叫んでしまっていた。


「……姉さん?」

「アリーナ様?」


 ヘタレ弟と堅物メイドの鈍感コンビの視線が、まっすぐわたくしに突き刺さる。どうしようもなく見つかってしまったようだった。

 こうして、人知れずにメイドの恋を成就させるという計画は、わたくし自身の手によって破綻したのである。

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