第五話 公爵令嬢はメイドのために奔走する
――大変なことになってしまったわ。
部屋に戻ったわたくしはあまりの衝撃的な事実に呻いていた。
わたくしは、あの無愛想で堅物なメイドの裏側をたった今、再び知ってしまったのである。しかもそれは前と比にならない重大な内容だった。
立ち聞きしたことを誰かに言えるはずもない。かと言って一度乙女の悩みを聞いてしまった以上、わたくしに無視することなどできなかった。
きっとわたくしが黙ってさえいれば彼女は己の恋心を押し殺し、なかったことにするだろう。
確かにモララはメイドでしかない上に身分は不正を行った元男爵家の令嬢だ。ただの平民と同様、いいやそれ以上に公爵家の嫡男との結婚は見込めない。
しかし、とわたくしは思う。彼女があんなに楽しげな様子で何かを話している声をわたくしは他に聞いたことがあっただろうか? ――否、断じてない。普段は頬を緩ませたことすらない彼女があんな声を出すことがあるのかと腰を抜かしそうになったほどだからだ。
もしもわたくしが彼女の願いを叶えたら、モララはまたあのような声ではしゃぎ、笑顔まで見せるかも知れない。そうすればわたくしの元々の計画が成功するわけで。
やるしかないわ、とわたくしは決めた。
メイドと公爵家の嫡男、身分差のありすぎる恋をわたくしの手によって成就させるのだ。
そのためにはやらなければならないことがたくさんある。まずは何からしたらいいかしら。ああ、考えがまとまらないわ。
とりあえず誰かに相談するのが得策だろう。こんな時頼れる人物は一人しかいない。
わたくしはもうすぐ夜になるのにも構わず屋敷を飛び出し、その人に会うため馬車を走らせた。
***
「……へえ。他人の色恋沙汰に首を突っ込むとは、アリーナらしいな」
そう言って彼――わたくしの婚約者であるレオン王太子殿下がくすくすと笑う。
昔から好奇心旺盛でおてんばだったわたくしの姿を近くで見ていた彼からすれば、別にこの話は驚くほどのことでもないに違いない。
「でもわたくし、幼い頃から婚約というもので結ばれている人がいるものだから、恋愛を成就させる方法なんてわからないのよ。頭のいいあなたにならわかるんじゃないかしらと思って」
「アリーナはいつもそうやって無茶ぶりを言う。私だって万能じゃないんだぞ」
「あら。この前の誕生日会の時、わたくし、あなたのお願いで手作りクッキーを差し上げたと思うのだけれど?」
「それとこれとは話が別だ。そもそも、何か欲しいものがあるかと私に訊いたのはアリーナの方だろうが」
そんなことを言いながらもレオン王太子はわたくしを突き放すようなことはしない。
しばらく考え込んでからこんな答えをくれた。
「身分差の恋というのは、なかなかこの貴族社会で叶えるのは難しい。……だがそれは、逆に言えば身分差さえなければ簡単だとも言える」
「ということは?」
「そのメイドは元々男爵令嬢で、血筋は悪くないんだろう? あの元男爵の夫人は確かある侯爵家の三女だったか四女だったかのはずだ。だから――」
「ああ、そういうことね! さすがレオン」
わたくしは縦ロールの赤毛を大きく揺らして頷き、レオン王太子と向かい合って座っていたソファを勢いよく立った。
ちなみにここは王城であり、前触れもなく突然訪れるのも無礼だしこうやって大声で話したり乱雑な動きをするのもいけないのだが、次期王妃であるわたくしは誰にも注意されないのだ。というよりレオン王太子がそれを許しているだけだが。
まあ、それはともかく。
「来たばかりで悪いけれど、わたくし帰るわ。明日早速その侯爵家に行ってみるから」
「ああ、そうするといい。うまくいくことを祈っている」
「なんとしても成功させてみせるわ。全てはあの無表情メイドを笑わせるために!」
拳を握りしめ、ドレスを揺らしながらわたくしは王太子の部屋を駆け出す。
馬車で屋敷に戻ってからもわたくしは、明日が待ち遠しくてたまらなかったのだった。
***
――――――その翌日からというもの、わたくしは本当に大変だった。
王太子に言われた通り侯爵家を突撃し、話を持っていったもののそう簡単に許されるはずもなく却下され。
それでも諦めずに東へ西へ奔走し、様々な貴族と接触して地盤固めを行った。ドリクーン公爵家の力はかなり強いので、弱小貴族ならば誰でも味方につけることができる。
そうして鉱山をたくさん持つ、領地は小さいが裕福な下級貴族と関係を結び、大金や公爵領で盛んな産業の伝授と引き換えにその鉱山の採掘権をこちらの手に入れた。
後はその採掘権の譲渡をちらつかせ、侯爵家の首を縦に振らせるだけ。かなり手間がかかった上に、せっかくの玉の肌が少し荒れてしまうという痛手を負ったものの、わたくしはなんとか交渉を成立させたのである。
「はぁ……はぁっ、やったわ……」
勝利を手にしたわたくしが満面の笑みでドリクーン公爵邸に帰って来ると、わたくしに声をかけてくる人物があった。
「どうしたの、姉さん。なんだか最近忙しそうだけど。……って、何かいいことでもあった?」
それは他ならぬ我が弟、アシュリー・ドリクーンであった。
「あらアシュリー、ちょうどいいところに来たわね。帰って来たらすぐにあなたと話そうと思っていたのよ。少しあなたの部屋へ入れてくれない?」
「いいけど……改まって何の話?」
「いいからいいから」
わたくしはアシュリーを押し切り、早速弟の部屋へと向かう。
……さあ、ここからが勝負よアリーナ。もしも万が一アシュリーがお馬鹿さんだったら……愛の鞭を与えてあげなくてはいけないものね。
覚悟を決め、彼と二人きりで部屋に入る。
そしてこれから何を言われるのかと警戒して固まっている弟に向かって、口を開いた。
「――ねえアシュリー。あなた、婚約者は誰を選ぶつもりなの?」
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