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第四話 強情なメイドと、彼女の恋心

「……なかなか強情ね」


 わたくしはかなり手こずっていた。

 モララのあの表情筋は鉄でできているのかと思うほどに硬い。どんなに楽しい話を聞かせても美味しいものを食べさせても、それどころかこっそり背後から近づいて全身をくすぐってもなお顔色一つ変えないのだ。


 でもわたくしだけはあれが仮面でしかないことを知っている。

 だからその仮面をどうやって剥がしてやろうかと毎日毎日考えては実行しているのだ。


 ……そして同時に、どういう意図でか知らないがモララと積極的に接触を図っている人物がもう一人。我が弟のアシュリーである。

 今日も庭に出てモララに紅茶を運ばせては、あちらこちらの花を指差しながら楽しげに話していた。


 最初はモララも嫌がっているように見えたが、その割には毎日彼に付き合っているので不思議だ。何か裏があるのでは……と思い、わたくしは今日はこっそりその様子を観察することにした。


「この紅茶美味しいね。き、君のお茶は他のメイドたちのと違って味がある」


「お褒めに預かり光栄です。ここに働きに来る前にずいぶんと修行させられましたので」


 その会話はやはりというかとてもそっけなく、一言二言ですぐに終わってしまうが、モララの言葉がどこかうわずって聞こえるのは気のせいか。

 わたくしはだんだん見ているだけでは満足できなくなってしまい、二人のお茶会――と言ってもモララはお茶を運んでいるだけで飲んではいないが――に割り込んで行ってしまった。


「わたくしもご一緒していいかしら?」


 アシュリーは一瞬戸惑った様子を見せたが、さすが幼少期にわたくしへ恋心を寄せただけあって、わたくしを断ることはしなかった。

 それからわたくしとアシュリーでお茶を楽しむことになったけれどモララはあれ以来閉口してしまい、すぐに「仕事がありますので」と立ち去って行った。


 ――わたくしとしたことがとんだ失態を。


 でも今更もう遅い。わたくしは諦め、また後日このお茶会を覗きにこようと決めたのだった。



***



 そしてその日の夕刻、わたくしはまた、思いがけないことを聞いてしまったのだ。


 それは、また新たな作戦を実行するためにモララの姿を探して屋敷を歩き回っていた時のこと。

 たまたま客間の前に差し掛かったわたくしは、その中から漏れ聞こえるモララの声を耳にし、思わず固まった。


「ああ、アシュリー様、なんて素敵なんでしょう。今日もご一緒できたのに、あの方とまともにお話しすることもできなかった……!」


 それはとても興奮した、まるで世界一の宝石を見た時のような喜びと感動を帯びた声だった。

 これがあの氷のようなモララのものかと疑ってしまいたくなるほどに高揚している。しかしその声質は間違いなく彼女だと、ここ数日彼女を追いかけ回しているわたくしにならわかる。

 そっと扉に体を当て、わたくしはこれがあまり良い行いではないと知りつつも、彼女の言葉に耳をそばだてた。


「アシュリー様のあの柔らかそうなお手に触れてみたい。お花のことをお話しするあの甘やかな唇に…………。はっ! いけませんっ、私はメイド。メイドなんですから。汚い欲望を隠さぬ豚は処罰される。身のほどを弁えない馬鹿でいてはいけないとあれほど教えられたでしょう。何を愚かなことを考えているんですかモララ。こんなところを誰かに見られたら、どうするんです」


 ――わたくしに聞かれているわよ、モララ。


 そう言って突撃しようかとも思ったけれど、聞いた内容があまりに衝撃的だっただけに、わたくしは気づけば扉を背にして走り出してしまっていた。

 モララがアシュリーに、わたくしの弟に対してあんなにうっとりした声で語っていた。その事実はわたくしが平常心を保てないほどに大きな出来事だった。


 あれはまさしく恋。恋の病に違いないとすぐにわかった。

 わたくしにだって婚約者がいる。幼馴染であるからして熱烈な恋情を抱いたことはないけれど、彼に寄せる想いはモララの口にしたそれに似たものだ。

 一緒にいたい。手を取り合っていたい。わたくしはそれが許される地位にあるから別に気にしたことはなかったけれど、モララはどうだろう。


 というより、わたくしの弟のどこにそんな惹かれる様子が!? と正直言って驚きしかないのだが、確かにアシュリーは見目がいいし性格も悪くはない。姉のわたくしとしては情けないところは多いがそれが好きな女性もいるだろうということはわかっていた。

 でもわたくしの弟は我がドリクーン公爵家の嫡男。対してモララはこの屋敷の新人メイド。


 ――なんてこと。


 早鐘を打ち始める心臓を無視し、わたくしはさらに足を早め、自分の部屋へと向かう。

 途中でアシュリーに「姉さん」と声をかけられたが返事をする余裕もなかった。部屋に飛び込み、乱れた呼吸を必死で整えながら、わたくしは頭を抱えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どうやらモララさんは、独り言で本音が出るタイプみたいですね。 人間は誰しも本心を隠しているとしんどくなってしまうので、何処かで本音を解放したくなるのは人情ですね。 とはいえ、身分違いの恋心…
[一言] 身分差の恋すこすこのすこ( ˘ω˘ )
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