第一話 うちの新入りメイドは堅物で無愛想
「初めまして、新入りさん。わたくしはこの屋敷の当主の娘、アリーナ・ドリクーンよ。どうぞ仲良くしてね」
「……お初にお目にかかります。モララと申します。アリーナ様、どうぞよろしくお願いいたします」
わたくしにとって彼女――モララは今までに会ったことのない類の人間だった。
新入りメイドとしてわたくしの屋敷へやって来た彼女は、声を弾ませることもキラキラした目を向けることもなく、まるで感情のこもっていない声と目でわたくしに頭を下げたのだ。
――何なのかしら、この娘は。
わたくしは社交界でもある程度の人気がある。何せ公爵家の娘だし、長い縦ロールな赤毛と金色の瞳という容姿は人受けがいい。だから当然人付き合いも多く、そのため相手の感情を読み取ることには慣れていた。
貼り付けた笑みの中に隠した感情。それを見抜くのがわたくしの得意技の一つ。なのにこの娘からはまるでそれを感じ取ることができなかった。
にこやかに話しかけながら、探りを入れてみる。
「あなた、どこから来たの?」とか、「この屋敷でのルールを教えてあげるわ」とか。
しかしそれでも彼女は眉一つ動かさず静かに言葉を返すだけだ。無愛想。この言葉が相応しい人間はこれ以上にいないだろう。
普通、この屋敷へ働きにやって来たメイドは期待の色ではしゃぎ回るはずである。特にこういった年少の娘であれば尚更だ。
なのに彼女は少しもそんな様子は見せず、大人しく座っているだけだ。雇い主の娘であるわたくしにも少しも愛想を振りまこうとしない。わたくしが傲慢で鬼畜な令嬢であれば即座に解雇を命じてもおかしくないのだけど、とほんの少し呆れつつ、思った。
――このメイド、ちょっと興味が出てきたわ。
わたくしの黄金の瞳が楽しげにきらんと煌めいたのは、彼女には見られていただろうか。
***
うちにメイドが新しく入って来ることになったのは、別に雇い主――お父様が欲しがったからではない。
これにはちょっとした経緯があるのだ。
「私と親しくしていた伯爵家が没落してな。そこで働いていたメイドを、うちで雇ってほしいというのだ」
お父様曰く、そういうことらしい。
わたくしはその伯爵とはパーティーで少し顔を合わせたことがあるくらいで詳しいことは知らないけれど、領地経営に失敗して借金まみれになって破産したらしい。
すでに多くの使用人が解雇された後だったらしいが、最後まで一人だけメイドが残っていた。
それをこちらに引き取ってほしい。それが伯爵家からの要望だった。
そしてお父様はそれを受け入れ、メイドを雇うことにしたという。
彼女は、元々はとある男爵家の令嬢だったと聞いた。しかし男爵が不祥事を起こし爵位を返上、平民に落ちぶれるところを伯爵が気に入って彼女をメイドとして置いておくことにしたそうだ。しかし拾われて働いていた伯爵家もまた没落し、結局こうして流れ着くようにうちへやって来たわけだ。なんとも不憫な話である。
せっかく迎え入れるのなら良くしてあげましょう。わたくしはそう思い、彼女がどんな娘だろうかと楽しみにしていた。
そうして待ちに待った顔合わせの日、いざやって来たのは、無表情で何を考えているのかよくわからない銀髪碧眼の冷たい感じの美少女――モララだったのである。
モララは我が家、ドリクーン公爵家で働き始めても、態度が変わることはなかった。
仕事に必要な最低限のことはする。礼儀は欠かさない。けれど決して、表情を変えることはない。
しかも彼女は堅物だ。メイド仲間に「一緒にサボって遊ばない?」と言われた時も――その様子をわたくしはそっと陰から見ていた――彼女は「仕事がありますので」と言って迷いなく断る。
そのため同僚たちからの評価はダダ下がりだ。『愛想のないメイド』『可愛くない奴』などと、けちょんけちょんに言われているのをメイドたちの与太話に聞き耳を立てて知った。
「うーむ。このままではモララが孤立してしまうわね」
そう思ってそれとなく注意してみたのだが、やはりモララは堅物だった。
「ここで働けるだけで幸せですので」と言って、それ以上何も言おうとしない。
――別にいいけど、なんだかつまらないわね。
わたくしは屋敷の廊下に立ち、今日も無愛想なままで仕事に励む銀髪美少女メイドを見ながら、思う。
もしかすると彼女は心に傷を負っているのかも知れない。かつては男爵令嬢だったのに実家が没落して、平民になってしまった。これは貴族にとって屈辱的なことであるからしてその可能性は高く思えた。
それなら、わたくしが彼女の心を軽くしてあげなくては。だってわたくしは雇い主の娘。この娘に心地よくこの屋敷で働いてもらうために、何かしてあげなくてはならないわ。
わたくしはそんな決意を固めた。
けれどそんな考えがまるで見当違いであったことを、わたくしはそれからすぐに知ることになる。
無愛想で堅物なメイド。それはあくまで彼女の仮面でしかないのだということを――。
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