第十一話 仮に月⑤
「イーグルと言ってまず頭に思い浮かぶのは?」
入皆の問いかけに
参加者が口々に答えた。
「ゴルフで-2打で上がる。」
「航空自衛隊。」
「ハンドガン、デザートイーグルかな。」
「超獣機神の頭。」
「スペース1999。」
「車のタイヤ。」
出る出る。
「油絵描いてる時の台」
真黒井さん、それはイーゼルだ。
「チェェエエンジ!げったぁアアア!!」
突然、奇声を張り上げた宮本が
入皆に怒られていた。
「宮モブくん。うるさい。」
本人にあまりに特徴が無いコトから
入皆は宮本を一人そう呼んでいる。
あやかるのに引っ張りだこの人気者。
それがイーグル・鷹だ。
「色々あるけれども
ここでは当然、人類初の月面着陸を果たした宇宙船
アポロ11号に搭載された月着陸船のイーグル号に
焦点を当てていくわ。」
「あれもイーグルなんだ。」
参加者の誰が言ったのかは分からないが
意外と名前の知名度が低いぞイーグル号。
「ハイ。このイーグル号どうやって
月面に降り立ったのかしら?
パラシュート?ヘリみたいにプロペラ?」
ヘリの場合はローターと呼ぶのだが
野暮な突っ込みだ。
止めて置く事にしよう。
「・・・・逆噴射だよね。」
そう
空気の無い月面では
パラシュートは開かないし
空気の流れを生ませ推進力に変換する
プロペラは真の意味で空回りだ。
正解を述べた参加者に連動し
入皆は器機を操作しながら言った。
「そう正解!そして
これを見て頂戴!!。」
入皆の席、【知らん。でも映像は偽物】にだけ
配置されていたモニター画面に動画が表示された。
そこには逆噴射で着陸を試みるロケット。
その失敗シーンが連続で写っていた。
「これみんなスペースXのテストの映像よ。
何で出来ないのかしら?今21世紀よ。」
入皆は演説調になって続けた。
「50年前よ。ナビは勿論エアコンだって
当時の自家用車には付いていない車の方が多かった。
50年でコンピュータは信じられない程進歩したのに。」
アポロに搭載されていたコンピューターは
ファミコン以下の性能だと
どこかで聞いた事がある。
「その50年前、ぶっつけ本番で」
空気もあり重力も六分の一ではない地上でのテストだ。
着陸船のテストで本番の環境を再現出来る
施設や設備は無い。
「それも操縦者は全員違う人!
初回はともかく何故、経験者に任せないの?
みんな初めて初体験で失敗の一度もない
連続6回で月面着陸を成功させているのよ。」
ふと部屋の隅のゴミ箱を見る。
紙屑シュートでもあの有様だ。
「もしかして簡単なのかしら
命大事にするなら経験者、成功した人に任せようって
普通はそうするハズなのに
初心者にぶっつけ本番でも問題なく出来る安全で簡単な事?」
そこで画面を手で叩き
続ける入皆。
「50年前に簡単に出来た事なのに
何億も何十億も資金を使って
スペースXは一体コレ何をしてるの。
人類は退化したのかしら?」
参加者から疑問の声が上がった。
「アポロの技術が機密事項で
他がそれを再現出来ないんじゃ。」
入皆よりも僕が先に答えてしまった。
「サターンロケットの内部構造から何から
全て公開されている。」
入皆が続いた。
「そして紛失する程お気軽よ。
夏休み宿題並みね。」
2006年
NASAが正式にアポロの通史記録のオリジナルが
1年以上も行方不明である事がニュースになった。
人類の偉業がどんな扱いなんだ。
友達に貸したマンガ本かよ。
「って、そう言えば入皆?!」
マンガ本で思い出した。
「何。」
「僕が貸したコナン全巻。
そろそろ返して欲しい。」
「ごめん。ブックオフで売っちゃった。」
「そうか、いくらになった。」
「10円よ。」
そこで売却を止めて
僕に返すという発想が出なかった事が悲しい。
「つまり現代の宇宙技術が
退化したのではないとすれば・・・。」
あ
強引に戻した。
「スペースXのレベルが逆噴射による着陸の
通常の最先端ってコト。
NASAの技術力が異常、正に脅威ね
そして宇宙飛行士は超人だらけって事。」
無理があり過ぎる。
これでは着陸が嘘
そう考えるのも道理だ。
「さて、これからその異常っぷりを解説していくわね。」
入皆はそう言うと
再び器機を操作し
画面はCGに切り替わった。
月が映し出され
その周囲を矢印が円で囲っている。
「司令船は月軌道上で周回しているわ。
ここからイーグル号は月面に向かって
ダイブするだけれども。
この時の司令船の速度はマッハ4.9を越えているの」
時速に換算すると6000km/hだ。
「一秒間に1700mも移動する・・・ぞ。」
本当にスゴイ暗算力ですね。
本気で感心しますよ生徒会長。
流石は真空の宇宙空間だ。
「何でそんな危ないスピード出すの?」
ゆっくり飛べばいいのにねぇ
うん
真黒井さんの普通の感覚
とても良いですよ。
おぉ傍の人が衛星周回軌道を
説明している。
理解させられる事を祈る。
「イーグル号の重量は4900kg
凡そ5トンね。
その重量物が地表に対して水平方に
マッハ4.9で出発。
高度170km下りる間に
向きを変え水平方向の速度をゼロにして
垂直方向のタッチダウンの時は・・・
まぁ10km/hくらいかしらね。
そこまで減速しくちゃいけないの。
空気抵抗に頼れないから
全ては姿勢制御のバーニアと
直下のスラスターの噴射で賄うわ。」
反作用
プロペラが回転すれば
その回転方向と真逆方向にも力が加わる。
ギャグマンガなどでレシプロ飛行機の
プロペラを掴んで止めると
飛行機本体が回り出すアレだ。
飛んでいる最中に飛行機本体が
安定しているのは
翼から得る空気の流れ
その力
エアフォースだ。
ホバリングが出来るヘリは
進行する事で発生するエアフォースに頼れない
まぁ巨大な翼も付いていないが
なのでローターが生み出す揚力
その副作用の反作用を
お尻の方に横方向に付いている
小さなプロペラで横方向の力を生み出し
本体が回り出すのを押えているのだ。
当然、真空中では空気に頼れない。
一つの噴射が生み出す力で機体は
進行したり減速したりするだろうが
やじろべぇよろしく
完全に重心の中心に力を入れないと
用意に回転してしまうだろう。
ロケットやミサイルの打ち上げ失敗でも
あらぬ方向を向いたかと思うと
グルグル回転を加速させていき
大事故で終わる。
これと同様になる
司令船はこれを避けるのと
日向の温度ばかり上がる事を防ぐ為に
弾丸の様に回転して進んでいる。
着陸船もその動きに同期して
回転しているのだが
着陸の動画を見る限り
何処かでその回転を止めている。
入皆の言葉
言うとそれだけだが
至難の業では無いだろうか
翼による安定が無い状況で
反作用を完璧に相殺しつつ
マッハ4.9からゼロへ
六分の一とは言え重力に引かれつつ
軟着陸しなければならない。
「そんな難しい事か?」
三井はあっけらかんとそう言った。
これが普通の感覚なのだろう。
自転車や自家用車の運転レベルで
ものを考えてしまうのだ。
だから誰も気にしないのか。
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