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第十話 仮に月④

「入皆、フィルムチェンジの件だが。」


「何?」


「最初の200枚は既にカメラに

セットされた状態だっただろうから

3回のチェンジで800枚イケるんじゃないか。」


僕の言った意味を理解した入皆は

コレまでに見た事無い程

真っ赤になった。

耳まで赤くなっている。

何か色っぽい。


「そそそそそうよね。

3回でいきましょ!!」


周囲からもクスクスと

笑い声が聞こえた。

そんな中「えーなんで」と回りに聞く真黒井さん。

誰か説明してあげて。


テストを始める前に撮影大会になった。

レプリカとは言え宇宙飛行士との2ショットだ。

滅多に撮影出来るモノではない

参加者は自前のスマホを持ち寄り

とっかえひっかえ僕の横に立ち大撮影会だ。


なんか

人気コスプレイヤーになった気分だ。


撮影する実験の為だったのだが

撮影されまくりになった。


一通り撮影が済むと

ようやく実験開始だ。


入皆は僕の腹部にカメラを設置した。

操作方法は宇宙服を着こむ前にレクチャー済みだ。

暗闇でも操作出来る様にしっかりと

頭と手に叩きこんである。


「とにかく700回シャッター押せばいいのか。」


指が疲れそうだが

出来なくはない。

実験の意図が見えないな。


「そうよ。時間内にね。」


「時間?」


ここで入皆は俺にと言うより

周囲に向けて説明し始めた。


「月面での滞在時間は二時間半よ。」


てコトは


「・・・・150分で700枚。」


「一枚あたり12~3秒てトコロね。」


出来なくなさそうだ。

そう軽く考えていました。


無理だ。


手が精密な作業を可能にしているのは

その最大の原因は

関節の多さでも

異なる動きを命令する脳でも無い。


感触だ。


暗闇で触れた物がなんなのかを判断出来る。

繊細は触感だ。

これが黄身を潰す事無く卵の殻を割り

溢す事無く別の容器に入れる事を可能にしているのだ。


これ以上の握力だと対象を壊す。


これ以下だと重力に負け落とす。


これ等を感触から判断し

最適な力加減をしているのだ。


この宇宙服の手袋

ゴツすぎてハッキリ言って触感皆無だ。

シャッターをちゃんと押せたのか

巻き上げのレバーを摘まめているのか

レバー外れて指だけなのか

触感からそれを判定出来ない。


折角、覚えた操作だが

感触の無さのせいで

カメラの何処に触れているのか

全く判別が出来ない。


スノーボードのグラブだって

もう少しマシだが

月面、外は真空状態

宇宙服無しでは数秒も存命出来ない

生き物には地獄の環境だ。


宇宙服の内部はそこから安全な

1気圧、温度は20前後に保たねばならない

数ミリ向こうは宇宙なのだ。

柔らかく薄く作れるハズは無いのだ。


触感が不足しているなら

視覚で補う。

見て手の状態を確認するのだ。


僕は腹部に取り付けられた

カメラを見ようと顔を下に向けて


・・・・見えない。


このヘルメット

バイクのとは異なり

頭の動きに連動しないのだ。


バイザーの下枠以降の視界は

上体をかがめるしかないのだが

これもダメだ。

腹部のカメラはかがめば

まるで視界から逃げるかの様に

奥に引っ込んでしまう。


更にこの宇宙服

前かがみ

腰の前屈にはほとんど稼働しない。

出来る動作はかなり制限される。


そう言えば月面で転んだ

宇宙飛行士が起き上がるのに

苦労している動画もあったな。


カシャとかシャッター音が聞こえれば

キチンと写ったかどうかはともかく

撮影は行われた事が分かるのだが

聞こえないので巻き上げが可能か

不可かで判断しなければならない。

それにも手間取る。

12~3秒に一枚など

理論上可能でも

現実問題で無理だ。


「ただ連続で撮るんじゃダメよ。

同じ物をひたすら撮るんじゃないから

多くの被写体を収めないと

移動したり向きを変えたりね。」


既にペースが遅れていると言うのに

入皆は更にハードルを上げて来た。

でも、確かに言う通りだ。

僕は向きを変えるべく動こうとするが

転倒の恐怖に怯えた。


重い。


「重くて、そんなに動けないぞ。」


「重量はオリジナルの六分の一にしてあるわよ。

重量バランスについては分からないけど

背負ってるパックは合わせたわ。

体重の方はどうにも出来ないわね。」


月の重力は地球の六分の一だ。


「これで本当に六分の一なのか

すんごい重いぞ。」


「そうよ。

だってオリジナルは120kgだもの。」


成程六分の一でも20kgか

ベンチプレスのバーベル

その芯棒と同じじゃないか。

あの鉄棒ずっと背負って活動するのか。


「で周知の通り写真撮影だけが作業じゃないわ。

星条旗立てたり、レーザー反射鏡だっけ

各計測器の設置、アポロ15号からは

あのふざけたゴーカートみたいな車?

アレを着陸船の倉庫から降ろして

畳んでいる状態から展開して

乗り回すまでやんなきゃなのよ。

ゴルフとシャレ込んだ宇宙飛行士も居たわね。」


訓練でどうにかなるのか

この服でそんな作業。


「宇宙飛行士は超人よ。」


「同意する。普通の人間の僕には

再現不可能だ。もう勘弁してくれ。」


汗がスゴイ事になっている。

早く脱ぎたい。


僕はギブアップした。


「宇宙飛行士は空軍の出身者が主だろ。」


僕の脱衣を八咫烏先生と手伝う三井が

脱がしながら言った。


「日頃から鍛錬している軍人と

文化部の高校生じゃ体力が比較にならないぜ。」


それはそうだ。

マラソンも登山も普段何もしていない者が

突然参加しても悲惨な結果しか待っていないだろう。


「だから撮影に限ったわ。

肉体労働はさせていないでしょ。」


それもそうだ。

カメラの操作、基礎体力が物言う作業では無い。


脱ぎ終わった僕は入皆から

差し出されたタオルを有難く受け取り

汗を拭い

宇宙服の手袋を三井に差し出しながら言った。


「素手なら何でもない作業も

この手袋じゃ無理だ。」


正直な感想だ。

僕はそう言って三井に

手袋だけ装着させカメラを弄って貰った。


「やりづら・・・頭に来るなぁコレ」


「しかも宇宙服だと手元が見えないからな。」


三井も理解したようだ。


時間の問題では無い。

撮影でコレだ。

フィルムカートリッジの交換など

チャレンジする気も起きなかった。


「冒頭のシュートはこういう事か。」


理論上可能でも現実問題として無理があり過ぎる。


「写真だけじゃないのアポロ計画には

あらゆる場面で常にこの問題が付きまとうの

今度は本題も本題、月面着陸そのものよ。」

ブックマークやポイントでテンション上がります。

どうかお願いします~。

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