7、立ちはだかるは岩山の如し
結局、図書館では何も借りずに、そそくさと出てきた私たち。
スマホで記憶していたタイトルを検索して、近くの書店で購入することに成功した。
「もう、同じあやまちを……あの悲劇を繰り返してなるものか……」
『だから悪かったって』
『夕飯は、彩綾の好きな煮込みハンバーグを作りますから』
「ならば許す」
頭では悪いのは御二方じゃないと分かっている。だいたいの原因は私の「おっちょこ」なのだから。
でも、つい甘えてしまう。
一緒にいるうちに、親戚のオジサンみたいな感覚になってきたんだよね。
いるでしょ? 親戚に一人はいる「この人の仕事って何だろう?」みたいなオジサン。
図書館で長居できなかったから、ランチでもして帰ろうかな。
美術館に隣接されているレストランがとてもお洒落で、一度入ってみたいなぁと思っていたことを思い出す。
入り口前にある男性のオブジェを通り過ぎると、地面の影がゆらりと揺らいだ。
『彩綾』
『後ろへ』
地面にあるのは、明らかに日陰の黒さじゃない。
まるでインクが滲んでいくように、じわりと広がっていく黒を見ていたらギンセイさんにそっと手のひらで視線を遮られた。
『彩綾、ギンセイの後ろにいろよ』
「う、うん」
いつものんびりとした様子はなりを潜め、アカガネさんからの指示が来る。
ちゃんと言うことは聞くけど、一体何が起こっているの? 危ないこととかしてない?
『大丈夫、アカガネは強いですよ』
「強いとかそういう問題じゃないから!」
ギンセイさんの広い背中の向こうで何が行われているのか、気になってコッソリ覗き見る。
そこには、真っ黒で大きなシルエット。
逆光でうまく見えないけれど、目をギュッと細めたらじわじわと見えてきた。
「な……な……なんで……」
漆黒のスーツに合わせているワイシャツもネクタイも、全てが黒い。
それよりも驚いたのは、彼の岩山のような肉体だ。
スーツをピッチピチにさせている、モリモリとした筋肉がすごい。すごいとしか言えない。
肌は赤みを帯びていて、まるで神社仏閣で見るような「鬼」そのものだった。
でも、顎ひげのある厳つい顔なのにメガネかけてるの、そのギャップがいい感じだと思う。これは、かの有名なインテリ筋肉ってやつではなかろうか。
「筋肉……すご……」
『おや、ワタクシの筋肉に目をつけるとは、なかなかの女人ですネ』
『彩綾の視界に入るな。消えろ』
『そうは言ってられないのですヨ』
『百年あるはずだろが』
『こちらもそのように伝えたのですガ……どうも見てしまったようなのですヨ』
そう言うと、岩山の男性は私に目を向ける。
『御二方のご贔屓様が、この女性に念を送ったようですヨ? まさかお気づきではなかったなどと言いませんよネ?』
『……ギンセイ』
『……確かに念はありますが、日常によくあるものです』
念って何? そして私に何かあるの?
あと服を着ていてもムチムチ筋肉が動くのわかるって、すごくない?
そして気づいたらイケオジたちは着流し姿になっている。
いつも外出する時は洋服なのに、いつの間に着替えたんだろう?
『念があるからと、それだけでこんな真っ昼間に鬼が現世に姿を見せるもんじゃねぇだろが』
『ワタクシがどれだけ呼んでも返してくれなかったからですヨ。この銅像はワタクシそっくりなので、形代として使わせていただきましたガ』
え? この鬼さっきから動いてるけど元に戻る?
最悪は知らんふりしよう。
そんな私の考えをよそに、さっきまで警戒状態だったアカガネさんとギンセイさんは目の前にいる岩山の鬼じゃなく、もっと遠くを見るように周りを警戒しはじめた。
『なんでバレたんだ?』
『アカガネは詰めが甘いのでは』
『んだと? ……まぁ確かに、俺かなり適当だからなぁ』
「自覚あるんだ」
やっと声が出せた。
さっきまで御二方の圧?で動けなかったんだよね。
あと。
「お腹すいた」
『……とりあえず、飯にするか』
『ですね』
『おお、いいですネ』
いや、アンタ(岩山)も来るんかい。
レストランに入ると、人の騒めく音が戻ってきた。
そこでやっと、さっきの場所が「違う」ことに気づく。
うーむ。
「私、あまりスピリチュアルなことは得意じゃないんだよね。幽霊とか怖いし」
『おもしろい女人ですネ。これほど深く御二方と関わっておられるのニ』
なぜか通されたのは個室で、十人くらいで会食できそうな椅子とテーブルがあった。
そこに並べられた肉やサラダやパンなどの皿に、驚く私。
「これ、私が一人で食べると思われてるの?」
『連れがいると思われているから大丈夫だ』
『周りの人間には錯覚を起きているんですよ』
「え、それ、さっき図書館でやってくれれば……」
『こういう繊細な力の使い方は、鬼のほうが得意なんだ』
え、すごい。鬼さんめっちゃ高性能じゃん。
そしてイケオジ御二方に「攻撃特化型脳筋説」が浮上してきた件。
『彩綾、浮気はダメですよ』
んんっ、ちょっと待ってギンセイさん、今の私はご飯中なので色香は必要ないですお腹いっぱいになっちゃうんで。
そして鴨のローストのオレンジソースかけには、白ワインを合わせていただきたい。
『色気より食い気の権化かよ』
『ふふ、たくさん食べて大きくなってください』
いやもう成長しませんから。食べたら横に大きくなりますから。
岩山の鬼さんは、形代があるから大丈夫だと言って、テーブルの料理をモリモリ食べている。
御二方は私がお皿を持って捧げるポーズをしたら、外でも食べられるとのこと。
アカガネさんは肉料理とを食べながらビールを美味しそうに飲んでいて、ギンセイさんは生ハムサラダとワインという組み合わせだ。
「あれ? お酒は飲まないんですか?」
『ええ、ワタクシこう見えて、酒は一滴も飲めないのですヨ。御二方と違って繊細なのでス』
顎ひげを撫でながら語る鬼さんは、御二方のムッとしたような視線をものともせず豚肉のローストを一枚そのままひと口でたいらげる。ナイフをまったく使ってないの、すごいな。
そして、勝手に鬼さんと言ってるけど大丈夫かな? 声に出したらよくないかもだから、心の中だけで呼んでるけど。
『個々の名じゃないなら、好きなように呼んでいいぞ』
「よかった。じゃあ鬼さんって呼ぶね……って、私の心を読まれた!?」
『わりと最初からだと思いますが……彩綾が名をつけたことで、魂が繋がったのですよ』
「ええ!? 私、御二方の心とか分からないよ!? 一方通行なんてずるい!!」
『落ち着け彩綾。お前は元々顔に出るから、感情くらいなら周りにダダ漏れだったぞ』
「ええええっ!? 嘘ぉっ!?」
『やぁ、まったく愉快な女人ですナァ』
やいのやいのしていたらレストランの店員さんから「お静かに」と注意されてしまいましたとさ。
私も反省するけど、イケオジたちも悪いと思うよ!!
お読みいただき、ありがとうございます。
ストックがない中で仕事ががが…