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4、違う違うそうじゃない



 私、彩綾さあやさん。

 今、ソファーに座っているだけなのに、両側を陣取っているイケオジに頭を撫でられているの。


「いいじゃないか。生きているだけで褒められているのだし」


「違う違う! そうじゃない!」


『お前を逃さないぞ』

『愛も渡しませんよ』


「ノリもいいじゃないか」


「だからそうじゃなくって!」


 友人であるはずの藤乃まで投げやりな対応になってきている。

 どうしよう。この子だけが頼みの綱なのに。


「それよりも……彩綾にまで声が聴こえるのは、名前の効果だろうな」


「え?」


「前に見た時はボヤけていたけど、今はハッキリと見えているし」


「……やっぱり私、やらかした?」


「彩綾がやらかすのは想定していた。だから今日は『うっかり名付けした、おっちょこ彩綾救済案』を持ってきた。まずはこれを読んで頭に叩き込め。今すぐにだ」


「はい!!」


 分厚い書類を受け取った私は、ギンセイさんお手製のマドレーヌを頬ばり、アカガネさんの用意してくれたお茶をすする。

 うん。おいしい。

 さて、何が書いてあるのかなーっと。


【その一、仕事をさせるべからず】


「仕事ってなんだろう?」

「もうすでに思いきり働かせているから、そこは飛ばしていい。


【その二、異界の力を使わせるべからず】


「異界の力って?」

「この部屋を見れば手遅れなのが分かるから、そこも飛ばしていい」


【その三、対価を与えるべからず】


「対価?」

「そう。神棚に供物を捧げるみたいなやつだ」


 それなら分かる。

 うちには神棚なんてないし対価とかよく分からないから、これは大丈夫だろう。


 私は自信満々に藤乃を見て、鼻で笑ってみせる。


「やだなぁ、さすがにそんなことはしてないし」


「そうだよな。さすがに彩綾もそれはしないだろう」


「まったく藤乃ったら。……あ、アカガネさん、ギンセイさん、今日のお酒どうしましょ?」


『米の酒もいいが、麦のも良かったな』


『私は果実の酒も欲しいのだけど、お願いできますか?」


「りょうかーい」


 最近、お酒の減りが早いんだよね。

 御二方はお酒そのものというよりも「酒精」をもらっているそうで、その後のお酒は味と香りが良く、たくさん飲んでも悪酔いしなくなるのだ。


 ニコニコしながら買い物メモを書いていると、ずいっと顔を近づけた藤乃がとてつもなく痛いデコピンをかましてきた。


「痛い!! いきなり何するのさ!!」


「愚か者!! 取説を渡す前にやらかしているではないか!! よりにもよって、一番ダメなやつをだ!!」


「一番ダメなやつ?」


 じんじん痛むおでこを、イケオジたちが交互にさすってくれる。あうう、癒されますぅ。


「彩綾、私は言ったはずだ。私が来るまで何もするなと」


「普通の生活を送っていたと思うけど」


「……そうか。彩綾にとっての普通が、一般的なものじゃないと分かっていたはずなのに、これは私が悪いということになるか」


「そんなことないよ! 藤乃はいつも頑張っているもん!」


「私は頑張っている。だが、彩綾はもっと頑張れ。せめてやらかすな」


 頭痛を我慢するかのような表情をしている藤乃に向けて、精一杯の励ましを送ったけど彼女の頭痛はさらに強くなっているみたい。なぜだろう?


『俺、ちょっと彩綾の友に同情する』


『いつもうちの彩綾が世話に……やらかしていて、申し訳ない気持ちになるよ』


 保護者イケオジたちまで呆れている、だと!?

 愕然としている私に、藤乃が懇々と説明してくれる。


「別に普通に生活している分には良かった。名前を与えたとしても私の知り合いならなんとかしただろう。しかし、対価を与えているとなると……」


「その対価って? 神棚に供えるみたいなのはしてないし」


「たとえば、酒や飯を『どうぞ』なんて勧めてたりしないか?」


 ここ最近のことを思い出してみる。

 御二方ともお酒は好きみたいだよね。酒精を美味しそうに飲んでいるのは知っている。

 興味深げにナシゴレンを見ているイケオジたちに「食べる?」と聞いたら、最初に少しだけ別にしておいたら食べるって言ってた。


「うん。こういう存在も何か食べるのかなぁって思って。白米とかお酒、塩とかがあれば大丈夫だって言ってた。あと、この前ナシゴレン食べてたよ」


「はいアウトー。サヨナラバイバーイ」


「見捨てないでー!」


「ことごとく禁止事項をガンガン踏んでいく子は知らない子だよ」


「やーだー!!」


『そう責めてくれるな。俺らを縁で繋いだもんが特殊なんだ』


『あの神社をまとめている神ですから……』


「いや、むしろアンタたちが断ればよかった話だろう」


 鋭い目を向ける藤乃からサッと目をそらすアカガネさんと、私の後ろにちゃっかり隠れるギンセイさん。


 うう、やっぱりそうか。

 ちょっとヤバいかなぁと思ったんだよね。

 でもさ……。


「理想のイケオジだよ? しかも二種類だよ? 神様からのギフトで眼福の毎日だよ?」


「そうかおめでとう。じゃ、帰る」


「待ってー! 置いてかないでー!」


 スタスタと(ちょっと長いこと)歩いた藤乃は、玄関から外に出ようとしてドアノブをガチャガチャと回す。何度も。

 ドアが開かない原因は明白だ。


「おい貴様ら、何をした」


『悪いな。彩綾のためだ』


『彩綾の願いを叶えるために、私たちはここにいるのですから』


 そう、ここは彼らの空間。

 藤乃がここに入った時点で、彼女の行動は御二方に制限されてしまうのだ。でも、こういうのは良くないと思うのよ。


「アカガネさん、ギンセイさん、藤乃を部屋から出してあげてください」


『いいのか?』


「友だちに無理強いしたくないです」


『わかりました。ほらアカガネも』


『……おう』


 ギンセイさんに諭され渋々といった様子のアカガネさんは、指をチョイチョイと動かして空間を解除?し、藤乃が出ようとしていたドアが自動で開いた。


「ごめんね藤乃。あとは私が自分で何とかするから」


「……ほう、流されているだけかと思ったが、うまく御しているじゃないか」


「会話が出来るんだし、お願いすれば色々やってくれるよ。だから大丈夫」


「……わかった」


 そう言った藤乃は、ドアを閉めるとふたたび部屋の中へと戻っていく。


「帰らないの?」


「帰って欲しいのか?」


「違う違う! そうじゃない!」


『お前を逃さないぞ』

『愛も渡しませんよ』


「ノリがいいのは分かったが、どこでそれをおぼえてきたんだ?」


 さっきと同じようなやり取りを御二方としている藤乃が少し照れているのに気づいて、思わずニヤニヤしながら見てしまう。

 何だかんだいっても、藤乃は優しいのだ。


「おい、早く追加の茶を出せ。これから作戦を練るぞ」


「はーい」


 学生時代から変わらない彼女の仏頂面に、心がほんわかあたたかくなるのを感じていた。



お読みいただき、ありがとうございます。


明日もよろしくお願いします。

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