3、諦めて終了なら諦めないでほしい
そして今、私の目の前には赤い着物をまとうイケオジと、青い着物をまとうイケオジが正座待機している。
彼らの表情は冴えない。別に悪いことをしたわけではないのだから、そんなにかしこまらなくてもいいと思うのだけど。
「あの、とりあえず自己紹介してもらっていい?」
無言で首を横に振るイケオジたち。
すごくションボリしている様子なので、別に怒っているわけじゃないんだけど……と思いながらも、私が見えているのに気づいておいて「気づかなかったフリ」をされていたのは恥ずかしい。
許す許さないはともかく、今は先のことを話し合っておきたいのだ。あと恥ずかしいので。(二回言った)
でも名前が無いのは困るし、しばらくこの状態が続くのであれば呼び名があったほうがいいよね?
「じゃあ、赤い着物の人は『アカガネ』で、青い着物の人は『ギンセイ』というのはどう?」
『おう! それでいいぞ!』
『……ありがとうございます』
褐色肌なので分かりづらいけれど、目尻を赤くするアカガネさん。
白い肌をほんのりピンクにさせて、控えめに喜ぶギンセイさん。
うん。どちらも違って、どちらも良いね。
急に元気になっちゃうの、男の人なのにかわいいよね。
あと御二方とも腰に響くバリトンボイスが素敵ですねごちそうさま。
「じゃあ確認だけど……御二方は私から離れて生活することは」
『できねぇなぁ』
『すみません』
「……だよねぇ」
御二方同時に、なおかつ食い気味に否定されたでござる。
ということは、この狭いワンルームで、三人(内二人はガタイがいいイケオジ)で生活していくことになるってことか。
藤乃の伝手で何とかなるのも、いつになるか分からないし。
『邪魔にならねぇようにするからさ』
『これからの私たちは、彩綾の役に立ちますよ。名前をもらえましたから』
「え?」
首を傾げる私に向かって、ほわりと微笑んだギンセイさんは立ち上がって台所に立つ。
そしてなんと、コップに水を入れて持ってきてくれた。
あれ? 今、水道を使わなかったような……。
『私は水と風。彼……アカガネは火と土との相性がいいのです。だから何かあれば遠慮なく言ってくださいね』
「そうなんだ」
うん。まったく意味がわからない。
それよりもギンセイさんは今、聞き捨てならないことを言っておりませんでしたか?
「名前をもらった、とは?」
『あん? 何も知らねぇで与えたのか?』
『もらってしまった名前は返せませんよ。……彩綾、まさかご友人からもらった注意書きを読んでいない、なんてことはないですよね?』
「あはは、いやそんなまさか」
からからと笑っていると、さっきまで穏やかだった御二方の笑顔が凍りついている。
そっとスマホを取り出し『藤乃メモ』の画像を表示させる。
【注意その一、イケオジたちに名前を付けないこと!】
「ひとつめに出てきた、よ?」
『彩綾……まったくお前は昔から……』
『予想はしてましたが、まさかこんなに早くとは……』
ああ、呆れたような視線が刺さる刺さるぅ。
でもこれ、いつも感じているやつだ。藤乃あたりからは会うたびにされるから慣れてるよ。えへへ。
ん? 予想してたの?
『お前、俺らがいつからいると思ってんだ』
『私たちは、彩綾が生まれた時から見守っていましたよ』
うわぁ、そりゃ私の行動や性格くらいお見通しだよねぇ。
ガックリと項垂れる私を、御二方は呆れながらも右から左から撫でてくれる。
大きな手と、あたたかさに心がホッコリ。
「いや、ホッコリしている場合じゃない! このままだと部屋が息苦しい!」
『いいじゃねぇか、ホッコリしてんならよ』
『部屋が狭いなら広くすればいいですよね。アカガネ?』
『おう、やるか?』
「それで、このザマか」
「はい。このザマでございます」
「言い訳を聞こうか」
「何も言うことはございません」
私たちは広い部屋の真ん中に小さなちゃぶ台を置き、お互い正座で対面している。
上の階まで吹き抜けになっている天井は、夏も冬も快適に過ごせるよう適温設定された風が流れていた。
乾燥防止のために壁は水が流れていて、それは外の庭園に続いている。
いたるところに色とりどりの花が咲き、窓からは菜園もあるようで日々の野菜不足も解消されつつあるのだけど。
「それで、このザマか」
「大事なことだから二回言ったね」
藤乃のメモに書いてあった『イケオジに名前をつけないこと』という注意事項を即行破った失意の私は、続きに書かれていた言葉にすがるしかなかった。
「まさかメモを一文字も読まないとは思わなかった」
「ごめん。マジごめん。メモをもらっただけで安心しちゃって」
「何も解決していないのに、安心できるその胆力たるや」
「ほんとごめんなさい。許してください。怒らないでください」
「こんなことで怒っていたら、彩綾と友達なんてやってられないだろうな」
「あうう……」
広い部屋の中で、私は頭を抱える。
『おう、彩綾の友は何を飲むんだ? あっちからギンセイが良い茶葉を取り寄せたってやつにするか?』
「おかまいなく」
『彩綾、茶菓子は昨日焼いたマドレーヌを出していいですか?』
「あ、ありがとうギンセイさん」
ガスを使わずにポットの水を湯に変えるアカガネさんと、笑顔でマドレーヌを用意するギンセイさん。
それを凪いだ目で見る藤乃。
「とても快適な生活を送っているようで、何よりだ」
「うわーん! 反省しているから助けてよー!」
「どこを助ける必要がある? イケオジの神、二柱に世話されて何が不満なんだ?」
「うわーん! このままじゃ私、ダメ人間になっちゃうよー!」
そう言いながら涙目で藤乃にすがりつこうとした私の体は、フワッと宙に浮いてムチッとした筋肉に包まれる。
『おい、抱きつくなら俺にしとけ』
さらにフワッと宙に浮いて、しなやかな筋肉に包まれる。
『そうだよ。まったく彩綾は、もっと甘えてくれればいいのにね』
もう……。
もう……。
「めっちゃいい匂いするよー!! うわーん!!」
「よかったじゃないか」
うわーん!! 藤乃せんせー!!
助けるのを諦めないでよー!!
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