27、そこは深い森の中…
森深い温泉地へと向かうため、レンタカーを手配した私たちは微妙な空気の中にいる。
「ところで、なんで河野さんは後部座席の真ん中にいるんですか?」
「オキニナサラズ」
田中君には見えないけれど、今の私はガタイの良いイケオジたちに挟まれているのだ。
藤乃が助手席に座っているから変な感じになっているかもだけど、本当に気にしないでください。
「彩綾は酔いやすいんだ。気にするな」
「了解です!」
田中君、素直すぎか。今はありがたいなと思うけれど、お姉さんはこの先ちょっと心配だぞ。
『妙な男だな』
『この年にしては幼子のようですね』
車に乗せてもらっておいて、この態度の御二方である。
ちなみにキラキラの背後にいる美女はトランクに入っているらしい。かわいそう。
現在、キラキラ田中君の好意に甘えて運転を回避している。
藤乃はバリバリ運転できるけど、わたくし免許を持っている「だけ」でございまして。本当に運転する人を尊敬いたしますです。はい。
今回はリアルにある温泉の付近から異界に入ると、そこにも温泉があるとのこと。
異界の地図にある印を辿って何の意味があるのかは未だ不明だけど、各地の温泉にも入れるし「まぁいいか」という気分になる。
もしかして前世とか関係あったりして……。
いや、前世のくだりはフラグがたちまくっていたと思う。そこを突き詰めれば、御二方についてもさらに知ることが出来そう……なんだけど。
『疲れていませんか? どこかで休憩など?』
『こんなせまい車で行くなら、鬼たちに出させたぞ』
いや、あの黒塗りの高級車は目立つんですよ。長閑な風景に漆黒が浮きまくりなんですよ。
山道に入り、カーブが多くなるにつれて車は横に激しく揺れるけれど、後部座席の私はガッチリ安定したままだ。
あたたかいし、ムチムチだし、いい匂いだし……ということで、すっかり熟睡。
気がつくと、濃い緑の天井が見えましたとさ。
「あれ?」
「おう、気がついたか」
「急に起き上がらないように。気を失っていたのですから」
「え? 気を失う?」
御二方の体温が心地よくって居眠りぶっこいてたわけじゃなくて?
横になっている私を、心配そうに覗き込むギンセイさんは額に手を当ててくれている。アカガネさんは油断なく周囲を見ていて、あまりゆっくりしていられない雰囲気を感じるのだけど……。
「起きます」
「支えますよ。水を飲みますか?」
「ありがとう」
ゆっくりと起き上がった私は、手渡されたペットボトルの水を数口飲む。
御二方の感じから実体化しているのが分かるけど、もしやここは異界? いつの間に?
「彩綾は、赤い着物のことを覚えていますか?」
「あの前世の話? うん、なんとなくだけど小さい頃に着ていたイメージがあるかな」
「前回のこともそうですが、普通の人間である彩綾が我ら以上に異界へ入りやすいのは前世の影響かもしれませんね」
「あの着物について記憶があるってことは、何かしらあるんだろうな」
「きゅぅー」
アカガネさんの頭から毛玉が落ちてきた! と思ったらコンちゃんだった!
ふわふわ癒されるぅー。
「留守番してたかと思ったけど、ついてきちゃったの?」
「異界経由で来たみたいだな。まぁ、こうなったからには毛玉がいたほうがいいだろう」
「こうなった、とは?」
「前回は彩綾の実家近くというのもあって、だいぶ安定していたのですが……」
「ここは不安定ってことだ」
その瞬間、周りの空気に圧がかかったかと思うと、いい匂いに包まれて体が上へと運ばれる。
「え? え?」
「じっとしていてください」
それでも下から聞こえる金属音が気になって目だけ動かすと、ウネウネ動いている白い何かにアカガネさんが刀を振るっている。
木の枝に乗ったギンセイさんに横抱きされながら、戦うアカガネさんを見守ることしかできない。お腹に乗っているコンちゃんのぬくもりが緊迫した状況の中で心の拠り所になっているけど、心臓はバクバクしっぱなしだ。
「大丈夫ですよ。ほら、アカガネは笑っているでしょう?」
まさかと思ったけど、めちゃくちゃ全開の笑顔だった。なんなら笑い声が聞こえるくらいのやつ。
うすうす勘づいていたけど、もしやアカガネさん……いや、私を抱っこしながらもウズウズしている感じのギンセイさんもあわせて、御二方とも戦闘狂なのですか。そうなのですか。
「ほら、来いよ! こっちだ!」
白いウネウネが何本も向かっている中、まるで舞うように刀を振るっているアカガネさん。
着流し姿だから足の運びがどうかと見てみれば、動きに支障はまったく無いようです。さすがです。
「だいぶ不安定になっていますね。我らに向かってくるとは……」
「これ、もしかして神獣?」
「白色ということは、金を司どる神獣でしょうね」
ちなみに、金色のコンちゃんは土を司っているとのこと。このあたりの情報は何度聞いても忘れそう。メモしておかないと。
「おーい、終わったぞ」
「格好つけていないで早く終わらせればいいのに」
「悪い悪い。久しぶりだったから、つい」
もしかして私が名前をつけてしまったから? と思って小さくなっていると、苦笑したギンセイさんから数百年ぶりだと言われたでござる。
平和を謳歌していたようで何より。
「ギンセイと手合わせはしているが、実戦はなかなか無いからなぁ」
「もっと戦っていてもいいですよ。彩綾を独り占めできますし」
「次はお前が戦え」
「考えておきます」
あの、とりあえず木の上からおりてもらってもいいですかね?
そろそろ地面が恋しいのですよ。
お読みいただき、ありがとうございます。




