26、さぁ次の……温泉だ!
前世だイケオジだと騒いでいても、現実を生きなければならないわけで。
子狐を両手でコロコロ転がしながら遠い目をしている今日この頃です。
『疲れているみたいですね』
『俺らが来てから、色々あったからなぁ』
確かに疲れている。
炊事洗濯掃除などの、家事全般お任せモードだから助かってはいるけれど、やはり怪奇現象?が起きていることに気疲れしているような気もしなくもない。
繁忙期を終えた仕事場は皆がまったりモードで、溜め込んだ書類をシュレッダーにかけたり、メールの整理をしながら雑談をしている人も多い。
私といえば、他の人から見えない子狐をデスクの上に乗せて転がしている体たらくである。
デスクに置いてあった同僚からもらった編みぐるみを、遊び道具にしているコンちゃんがかわいい。
でも、疲れているなんて言ってられない。
異界の地図(あれはもう異界ということにしたの)も、まだ印ひとつしか行ってないし。
夢で見た赤い着物は前世の私だという説も気になるし。
やらなきゃならないことは、たくさんあるのだ。
パソコンで地図を呼び出し、色々見ているとキラキラ田中君がやってくる。
後ろの美女が私の手元で遊んでいるコンちゃんに気づいて、ドン引きしている感じなのはなんでだろう?
「お疲れ様です! 今日は暇ですね!」
「そういうのは大きな声で言わないように」
私たちの部署が暇でも、他がそうかといえば違うのだ。皆が皆、暇なわけじゃないのだ。
『こんなんのどこがいいんだ?』
『情緒が育っていないのでしょう』
『可愛いじゃろ?』
薄衣をまとったナイスバディな美女が、愛おしそうに田中君に抱きついている。本人はまったく気づいていないけれど、視える人にとっては目の毒だ。
『はぁ? 彩綾のが可愛いだろうが』
『愛らしさの権化と張り合おうなどと……笑止千万ですね』
御二方は、ここぞとばかりに張り合おうとしなくていいから。
「そうそう、河野さんにはお世話になっているので、実家にご招待したいなぁって思っているんですよ! どうですか!」
「どうもこうも、田中君のご実家にお邪魔するとか意味がわからないんですけど」
『ヤるか?』
『滅しましょう』
ダメです。落ち着いてください御二方。
そういえば田中君、さっきから社内の人たちに何かを配り歩いていた気がするけど……。
「実家が旅館を経営しているんですけど、お世話になっている人たちに配るよう優待券を渡されていて!」
「そうなんだ。ありがたくもらっておきますね」
「河野さんとは一緒に行きたいなって思っていたんですよ! 案内しますよ!」
「ひとりで行くので案内は遠慮します」
「河野さんは奥ゆかしいですねー!」
奥ゆかしい? まぁいいや。
ともかく面倒くさそうなので、やめておこうかな。
『もう! こんな女子のどこがいいのじゃ!』
実体化したら、お姉さんのほうがいけると思いますよ。
早くしてください。このキラキラ、私には手に余ります。
もらった優待券を返そうと思っている私に、ずずいっと近づくキラキラ。殺気立つ御二方が怖いから離れてほしい。
「ここ! ここですよ!」
「はい?」
「うちの実家です!」
パソコンの画面を指さす田中君。そこには、私が異界の地図を検索をしていたものが表示されたままになっている。
ふむふむ、なるほど。
「案内役として採用しましょう!」
「任せてくださいよ!」
『おい!?』
『……彩綾?』
『女子!! そこまでは許しておらぬぞ!?』
だって、方向音痴なんだもん。
この前の時は地元だったから迷わなかったけど、さすがに新規開拓は無理だよ。
「あれ? 藤乃?」
「そこの過保護たちに呼ばれてきたのだが」
「河野さんのお友達ですか! お綺麗な方ですね! 両親が喜びます!」
週末、さっそく優待券を使いたいを言えば、キラキラな笑顔で快諾してくれた田中君。ちょっと空気が読めないところもあるけど、悪い子じゃないのよ。たぶん。
突然合流してきた私の友人に動じることなく対応する田中君。
彼の後ろの美女を見て微動だにしない藤乃。
二人揃って、どこかおかしいのではないかと思うのは私だけなのだろうか。
私たちがいるのは都心から特急電車に乗って二時間ほどの所にある温泉地だ。
土日をここで過ごすのだけど、ついでに異界地図ガイドブックにあった印がこの地域にあるので、ついでに探索してみようという魂胆だ。
ちなみに田中君は実家の手伝いをさせれらるそうで、必然的に別行動となる。
当初は道案内してもらうのにいいなと思っていたけど、よく考えてみたら田中君は異界に行けないのでは?という疑惑が。
『まったく……なぜわざわざ若造と旅行なんざ……』
『こんなヒヨッコに彩綾はあげられませんね』
私もキラキラしている人は苦手です。
過保護たちの存在はさて置き。
なぜ、藤乃なんだろう……。
やっぱ視える系女子だから? そして、そこらの知らん人よりも信用できるからってのもあるのかなぁ。
「どうやって連絡きたの?」
「朝、自宅に迎えが来て、問答無用で黒塗りの高級車に乗せられたんだが」
「それは申し訳ない」
「暇だったし、気にするな」
あ、私のためとかじゃないんだ。
お読みいただき、ありがとうございます。




