17、地図が読めないのは女だけじゃない
氷室さんが「鬼」という言葉を出した瞬間、両隣にいた御二方のまとう空気が変わる。
何でだろうと呑気に構えていたけれど、よくよく考えたら氷室さんが御二方の「鬼」を知っているのはおかしい。
「まぁまぁ、そう構えないで。情報を入れてくれる『伝手』があるだけだから」
『まったく安心できねぇよ』
『油断ならないですね……』
私がぼんやりとしている間に、御二方は納得したようだ。
それでも、アカガネさんとギンセイさんの警戒モードは続いている。すると、藤乃が大きく息を吐いて、氷室さんの額にデコピンをかます。
「やめなさい。イケオジたちが荒立つと私が面倒だ」
「うふふ、つい反応が面白くて」
着物の袖から折りたたまれた白い紙を取り出した氷室さんは、軽くそれを宙に放り投げる。
すると、何かに握りつぶされたようにクシャッと丸まり、白い煙とともに消えてしまった。
『まったく油断も隙もねぇな』
『本当に人間なのか疑わしいですね』
「一応、人間ですよ」
くすくす笑う氷室さんに、私は気になっていたことを問いかける。
「あの、この本にある答えって、なんですか?」
「河野さんと御二方との繋がりについて、もっと深く知ることができる『答え』かしら」
「それを知ったら、どうなりますか?」
「知るということで御二方との繋がりが強固になるから、名付けで起こる悪い流れも避けられるでしょうね」
え、それは良いことだよね?
繋がりが深くなれば、ギンセイさんもアカガネさんも本来の力が使えるようになるってことなのだから。
「隠されていたってことは、繋がりのことを知ってほしくないのかな……」
プライベートなことだから知られたくないのかなって、両隣を見ると御二方とも「ちがう」と首を横に振っている。
『危険です』
『ただでさえ彩綾は目をつけられているからな』
そうだったんだ。ガイドブックに載っているところに行くだけなのに、御二方とも過保護なんだから……。
「なんだ。彩綾が嫁に行くのが嫌だからかと思ったが、違っていたのか」
『……当たり前だ』
『考えすぎではないでしょうか』
藤乃のツッコミに対し、わかりやすく目が泳ぐアカガネさんと微笑みを浮かべるギンセイさん。
御二方とも、過保護ちゃうんかい……。
「私が河野さんに何かをすることはできないの。私が出来ることは『視る』だけ。藤乃さんあたりなら少しは何かやれるけれど、もう少し修行が必要だと思うの。だから御二方には頑張ってもらわないと」
「何やら、まだ妙な気配がある。彩綾も気をつけたほうがいい」
氷室さんも藤乃も、親身になってくれて感謝しかないよ。
こういう現実的じゃない話って普通なら誰に相談すればいいのか分からなくなるけど、彼女たちがいるから私は恵まれていると思う。
「色々とありがとう。ところで妙な気配って何?」
『以前もあった、こちらに飛んでくる念のことでしょう』
『鬼たちが調べているが、俺らが原因なのは変わらないらしい。絶対に守るから安心してくれ』
「それはいいけど……御二方とも大丈夫なの? 私に何かできることある?」
私の言葉に、アカガネさんが驚いたように大きく目を開くと、ギンセイさんに慌てて声をかける。
『おい、これ、いいのか? いいのか?』
『落ち着きなさいアカガネ。おねだりはひとつだけですよ』
いや、いったい何の話なの。
あと冷静に見えるギンセイさんも、よく見たら頬染めてるから実はテンションマックスなやつじゃない? 君こそ落ち着きたまえ。
「彩綾をイケオジたちに任せるのは、不安しかないのだが」
「あらあらうふふー」
もう呆れ顔がデフォになってしまった藤乃と、完璧に面白がっている氷室さん。
何かあったら、また相談させてくださいと言って相談料を払おうとしたら「こっちが勝手に来たから」と断られてしまった。
本を見つけてくれたことだし、今度会った時に何かお礼を考えておかないとなぁ。
用事があるという藤乃と氷室さんを送った私は、急いで帰宅した。
もちろん、黒塗りの高級車は使っていない。徒歩と電車での移動ですよ。こういうところをキッチリしないと、ダメ人間になってしまいそうだからね。
途中で買い物をしたけれど、軽く(?)お酒を買った程度。今日は地元で作られている日本酒にしたよ。
焼酎に手をのばそうとしたら、なぜかアカガネさんが落ち込んでいたからね。
「焼酎、苦手なの?」
『……聞かないでくれ』
どんよりとした空気をまとうアカガネさんに、それ以上何も聞けなくなる。
今度こっそりギンセイさんに聞いてみよう。
『彩綾は焼酎も飲めるのですか?』
「お湯や炭酸で割るなら飲めるかな。焼酎好きの人にはもったいないと言われる」
『人それぞれと思いますよ。お酒は美味しく飲むものです』
「だよねー」
『シュワっとしてるならいいかもな』
そういえばアカガネさん、ビールは好みだったみたいだし、炭酸割りなら何でもいけるかも。
ハイボールとかもいいかなぁ……おつまみは唐揚げ……揚げ物は太るけど、正義なのだ……。
お酒の話題はともかく。
取り出したのは、氷室さんが届けてくれた「ようこそ!魔界の地へ」という本だ。
「さて、この本を読まないとね!」
『なぁ、それ、どうしても読むのか?』
「うん。観光のガイドブックなのに、魔界っていうタイトルなのが普通に気になる」
『アカガネ、止めるだけ無駄ですよ。彩綾の好きにさせましょう』
『……わかったよ』
渋々といった様子のアカガネさんに対し、ギンセイさんは余裕のある感じだ。
何でだろうと思いながら本を開くと、そこには……。
「これ、地図だ」
『そうですね』
「これ、日本?」
『そうですね』
「東って、右?」
『どの場所にいるのか、どこを向いて立っているかによりますよ』
なるほど。
わからん!!!!
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