1、酔っ払いは大抵ロクなことをしない
初回、2話目です。
その日の私は気分良く酔っていた。
彼氏いない歴そろそろ五年選手になる私こと河野彩綾は、会社の同僚の豪華な結婚式でお高いシャンパンをいただき、色々な意味で気持ちよくなっていたのだ。
「あー、幸せになるがいいー。私を置いてー」
幸せいっぱいといった様子の同僚は、とても綺麗で可愛くて、私が嫁に欲しいくらいだった。
ちくしょう。幸せになっちまえ。
「お酒、おいしかったー。そういえば引き出物ってなんだろう?」
やけに重い紙袋には箱が二つ入ってた。
「おお! これは幻のお酒! しかも原酒!」
私のことを知りすぎている同僚が特別に選んでくれたらしい。
美味しいお酒と、徳利とお猪口のセット。
……そう。お猪口はもちろん二つ、だよ。
「まぁ、大は小を兼ねるって言うもんね……ははは……」
都心から自宅の最寄り駅までは電車で三十分ほど。
そこから歩いて数分のところのアパートに住んでいるのだけど、この日はなぜかまっすぐ帰りたくなかったんだ。
夜の神社なんて普段なら怖いと思うはずなんだけど、酔っていたせいか「縁結びのお参りしちゃおう」なんて考えてしまった。
神頼みなんてやることやってからするものだと思ってはいるけど、この二つのお猪口と美味しいお酒を、どうしても「誰か」と飲みたかったのだ。
「ええと、ここに座らせてもらっちゃお。お賽銭入れて、お邪魔しまーすってことで」
誰もいないなら神様と一緒に飲もうと拝殿の階段に座った私は、二つのお猪口にお酒を入れて、片方だけ持って……。
「かんぱーい!」
『かんぱーい!』
ん? 私、こんなに酔っぱらっていたっけ?
目の前に白い着物姿のおじいさんっぽい人が見える。
なぜ「おじいさんっぽい」のかは、角度によって若くも見えるからだ。不思議。
『これは珍しい酒じゃの』
「ん。これは原酒で、あまり市場に出回らないんだって」
『それもあるがの、善き念が入っておるのじゃよ』
「結婚式でもらったからかなぁ」
『うむうむ、お嬢ちゃんは感謝されとるの』
「やだー、おじいちゃんったら私のことをお嬢ちゃんだなんて。もういい年なのにぃ」
おつまみはコンビニで買ったイカの塩辛とタコわさだ。日本酒にはこれが合うのじゃよ……うへへ……。
おじいちゃんも美味しそうに飲んでは、塩辛をつまんでいる。
さすがに全部は飲みきれないから残りはおじいちゃんにあげようと言ったら、持って帰りなさいと言われた。
そう? じゃあ持って帰って明日飲もうかな。
『美味しい酒の礼は、何が良いかの?』
「別にいらないよう。一緒にお酒飲んでくれただけで嬉しいもん」
『そうはいかんよ。何でもいいぞ? 言うてみい』
「んー、私好みの男と出会いたい。ワイルドで豪快なイケオジと、優しくて物腰柔らかなイケオジなんて嬉しすぎちゃうなぁ」
『なんじゃ、そんな事で良いのか。視力を上げるのみとは無欲じゃの』
そんな事だなんて……。
理想のイケオジが、その辺にゴロゴロ落ちているわけないじゃん。まったくおじいちゃんったら……。
「毎日、イケオジを眺める生活とか送りたいよー!」
『なるほどのう。では、願いの残りはまた思いついたらここに来れば良いぞ。ではな』
ありがとう! なんかよくわからないおじいちゃん!
そして翌朝。
のろのろとベッドから起き上がった私の目に入ってきたのは、鮮やかな赤と青。
褐色肌に艶やかな黒髪のイケオジ。
白い肌に真っ直ぐな白金髪のイケオジ。
夢の続きのイケオジ祭りかなと思ったけど、鼻がむずむずしてクシャミをしたところで昨日の神社で会ったおじいちゃんの笑顔を思い出す。
「まさか……これがかの有名な『夢だけど夢じゃなかった』ってやつ?」
イケオジたちはゆったりと寛いでいるように見える。
ワンルームの狭い部屋なのに、器用に寝転んだり本を読んだりしている。
あ、その本、まだ読んでいない新刊だから返して……そして内容がボーイズラブだけど大丈夫?
私だって鈍くはない。
霊感がある友人から「アンタ、よく平気だね。鈍すぎるでしょ」とか私の肩を見て言われたことがあるけれど、さすがにここまでハッキリと視えたら分かるよ。
だって彼らには『影』が無いからね!!
窓から差しこむ朝の光が素通りしている感じだからね!!
「ええと、こういう時ってどうすればいいんだっけ?」
幽霊って、こんなにハッキリ視えるものなんだろうか。
幸いにも怖いという感覚は無いし、タイプの違うイケオジは眼福だ。
「目を合わさない、急に動かない……と」
私が動こうとする方向や、ちょっとした行動に対してイケオジたちはするっと避けてくれる。こっちを見ていなくても分かるらしい。
そして開きっぱなしだった本(BL漫画)も風でめくれたようになっているけど、青い着物のイケオジがガン見しているんだよね。すごい難しい顔をして読んでいるから、パッと見どういう内容の本か分からない感じになるのがウケる。
いや、ウケている場合じゃない。
とにかくいつも通り行動しよう。
きっと、明日には消えているだろう……と強く祈りながら。
それから数日後。
相変わらずガタイのいいイケオジが、狭いワンルームをさらに狭くしている。
不便ではない。毎日眼福だ。
だがしかし。
「……家で、まったく心が休まらない。くつろげない」
最近すっかり習慣になった夜の神社参り。
左右にイケオジをひとりずつ侍らせた私は、一升瓶を片手に持ったまま項垂れるのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
明日もよろしくお願いします。




