14、悩むよりも考えようとして悩む
家に着いて車からおりると、黒塗りの高級車はどこぞへと消えていた。
どこに置いているのかと聞けば、岩山の鬼さんに「そのうち分かると思いますヨ」とウインクされる。正直、ちょっと怖いと思ったのは内緒だ。
「鬼さん、免許あるんだね。有能だね」
「俺らもやろうと思えばできるぞ?」
「運転を『やる』と表現するところが色々な意味で危険そうなので、お断りします」
「賢明な判断です」
ギンセイさんが褒めて撫でてくれる。えへへ……なんて嬉しがっている場合じゃない。
私は怒っているのだ! 怒っているのだよ!
「日本酒だけじゃ、この気持ちは晴れないよ!」
「まぁまぁ、彩綾、先にお風呂に入りましょう」
「一緒に入ってやろうか?」
「ひとりで入ります!」
イケオジ御二方の期待を込めた視線をぶった斬るように断固拒否し、お風呂タイムへと突入する。
お湯の張られた湯船に浸かると、腹の底から勝手に声が出る不思議。
「ぶはぁー……まぁ、何とかなるでしょー……」
そして声を出すと、さっきまでモヤモヤしていた気持ちも抜けていく不思議。
鬼さんたちのおかげ?で出来るようになった、認識を変えるようなやつとか。そういう不思議パワーでなんとかなるはずだ。
……なんとかなる、よね?
「そういえば、本、読んでないなぁ」
イケオジ御二方のルーツを調べていて、買ったはずの本……なんか変なタイトルだったけど、アレはどこに置いたっけ……?
「彩綾、大丈夫ですか?」
「うぇ!?」
「長湯は良くないですよ」
「は、はーい!」
だんだんギンセイさんがお母さんのようになっている件。
言ったら怒られるだろうから、お口チャックしておくけど。
翌朝は、あいにくの雨になっていた。
天気予報が当たらなかったなぁと傘を持ってドアを開けると、目の前には黒塗りの高級車が。
「すでに慣れてきた自分が怖い」
「いいじゃねぇか。行くぞ」
「君は留守番していなさい」
『あい! 皆様いってらっしゃいませ!』
もうチャイルドシートに座りたくないという小鬼くんの笑顔に見送られ、私はスタスタと駅に向かって歩き出す。
「どこ行くんだよ彩綾?」
「会社」
「私たちと一緒に行けば良いでしょう?」
「やだよ! 目立つもん!」
もちろん、私の抵抗なんて赤子のように非力なものだ。
昼間なのになぜか御二方は実体化したままで、ご近所の人たちからの視線が痛すぎる。
「まったく世話の焼ける。ほら、抱っこしてやっから」
「降りる時は私が抱き上げますからね」
上機嫌のアカガネさんに抱えられ、楽しそうなギンセイさんに先の予約をされてしまう。
抵抗をするだけ無駄だと遠い目をしながら、昨日聞いた御二方の「設定」とやらを思い出していた。
「あんなの、うまくいくわけないじゃん。ぜったい大変なことになるやつじゃん」
「大丈夫ですよ」
「俺らを信じろって」
信じる信じないという問題じゃなくってさ……。
「設定の話はともかく、なんで二人とも実体化したままなの?」
「太陽を隠しておいたからな」
「午前中が限界ですが、彩綾に関わる輩に釘をさす時間くらいはあるでしょう」
アカガネさんの天候をコントロールする能力のヤバさは言わずもがな、ギンセイさんの言っていることが不穏すぎる。
少し垂れた目を優しげに細め、優しく頭を撫でてくれるアカガネさん。何でもない時なら嬉しいけれど、今はまったく癒されない。イケオジの限界が、ここにある。
私たちの乗っている車は会社の地下駐車場へ入り、そのままビルの中から出勤することに。
ギンセイさん抱っこで車から降りると、目の前にずらりと並ぶ偉そうなスーツの人たちががが。
「出迎えご苦労さん」
「こちらは気にしなくてもいいですよ」
いや、確実に気になるよね? 私を抱っこしているとか気になっちゃうよね?
「お噂はかねがね。御社と繋がりのある社員が弊社にいるとは……」
滅多に見ない上司の上司が、汗を拭き拭き頭を下げている。
御二方は「とある大企業の代表取締役たち」という設定らしいけど、具体的な会社名がいっさい出ていないの怖い。
名前言っちゃダメなの? それって御二方の世界ルールだけじゃないの?
そして、何よりも昨日とはまた違うデザインのスーツを身につけているイケオジたち。
スーツだけじゃない。時計もネクタイピンも靴も、すごく高そう。(白目)
「そろそろ、おろしてください」
「……もう少しだけ、ダメですか?」
「社会人的に無理です」
「……仕方がないですね」
お偉方?には見られてしまったけれど、そのあたりは放っておくことにする。
なんか全員「機嫌を損ねなければ我が社は安泰だ!」みたいな顔しているんだもの。
「さて、彩綾の部署は三階だな」
「本当に行くの?」
「説明が必要だろ?」
「起きてしまったことの記憶を操作するのは面倒ですからね」
うわ、面倒なだけで暗にどうとでもできるって言ってるよ。怖いよこのイケオジたち。
エレベーターに乗り込み、扉が閉まるまでお偉方の薄めの毛量を遠い目で見る。
そして次に扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたのは同じ部署の人たちのキラキラした好奇心丸出しの笑顔だった。
「おはよう! 河野さん!」
「やっぱり本当だったのね! これが『あの会社』のトップのお二人……!」
「河野さんすごいなぁ、『あの会社』のトップと知り合いなんて」
なぜか別の階にいるはずの同期たちも集まっていた。
その中には池手くんの顔も見える。
皆、気づいていないんだな。イケオジたちの会社名を『あの会社』と言っていることに。
最悪な事態は避けたというか、力技でなんとかしたというか。
私は偉い人たちと知り合いだということが広まって、それだけに留まった。普通ならもっと色々あるだろうけど……。
それと。
なぜ御二方は実体化して、こんな面倒なことをしたのかが気になる。
私だって、やらかしてばかりのバカじゃないのだ。ちょっとくらいは考えるよ。さすがにヲトナですから。
池手くんは時々何かを言いたげにしていることだって、ちゃんと考えているのだ。
「さて、どうしたもんか」
考えているだけで、どうすればいいのか分からないけどね!!
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