青と白と銀色の記憶
ギンセイさん視点の少し?過去の話。
「お前さ、戦ってて楽しいか?」
「まぁまぁですね」
「まぁまぁかよ」
そういう世界だから、戦うことしか私にはなかったように思う。
別の世に生まれたのなら、また違う人生を送れたのだろうか。
「貴方はどうですか?」
「俺か? 俺は……」
彼の言葉の続きは記憶にない。
いや、正確には私たちの配属された軍に向けての襲撃があり、数に押されてどうにも打つ手がなくなった。
ここはどこなのか。
いつのことなのか。
なぜ戦っているのか。
すべては時とともに流れてしまった、過去の話。
ただ、断片的に覚えているのは、たまたま見つけた洞窟でつかの間の安らぎを得られたこと。
そこで私たちは、最後になるだろう穏やかな時間を過ごしたのだ。
「まったく、貴方という人は世話が焼けますね。あの軍勢に単身で飛び込んでいくなんて自殺行為ですよ」
「俺が出なきゃ、お前が飛び込んだろう? どうせ結果は同じになる」
「ふふ、違いないですね」
周りからは冷静沈着に見られている私だが、実は横にいる彼よりも好戦的だったりする。
そこを理解できるほど、彼との付き合いは長くなっていた。
戦乱の世においては、強い者しか生き残れない。
強者である彼も私も必然的に生き残り、いつしか二人で組んで戦うことが多くなった。
しかし……。
「この付き合いも、そろそろ終わりますかね」
「何言ってんだ。まだまだこれからだろ?」
自信家の彼らしい言い方に、つい笑ってしまうと肩を強めに小突かれた。
さて、そろそろ時間になるか。
「あー、酒、飲みてぇなぁ」
「よい肴を用意しておきましょう」
「んだよ、俺に用意しろってか」
「あちらの世界でも、貴方なら見つけるでしょう?」
「違いない」
もう、手の握力がほとんどない。
何とか両腕で槍を支えようとすると、重みが消えて別の重みとなる。
「交換しようぜ。俺、今は槍の気分」
「……まったく、貴方という人は」
ああ、私は幸せだったのかもしれない。
ただひたすらに戦うだけの人生だったけれど、最後は気の合う仲間と共に逝けるのだから。
「はい! 次の人……ああ、二人一緒ね! 早くこっちに来て!」
さっきまで苦しかった呼吸は楽になっていて、血に濡れた手も体も綺麗になっている。体全体にあった燃えるような痛みも、今はまったく無い。
「ここは……どこですか?」
「なんだぁ?」
聞き慣れた声に振り返れば、さっきまで背中を守りあっていたはずの彼も真っ白な着物を身にまとっている。
やはり、私たちは死んだのだろうか。あの戦の最中に。
「早くしてください! 時間がないんですから! これに手を当ててください!」
顔がよく見えない、男性か女性か分からない存在に急かされ、私と彼は板のようなものに手を当てる。
「青と白と銀ですね! そちらの御方も三色ですか! 助かります!」
そう言われた瞬間、背中を強く押された私たちは真っ暗な闇の中を落ちていく。
いや、落ちているのか、止まっているのか……。
「なぁ、俺ら、死んだんだよな?」
「でしょうね」
「これからどうなるんだ?」
「さぁ、どうなるのでしょう……」
最初の勢いは無くなり、どうやらゆっくりと落ちているようだ。
これはどういう力なのだろう。
「まぁ、お前と二人ってのは心強いな」
「それは同感です」
そう、私は一人ではない。
私は……私は……?
「名前……貴方の名前は?」
「んだよ、忘れたのか? 俺は……あん? 何でか思い出せねぇぞ」
「私だけではないのですね」
「名前なんて大したことねぇよ。それよりもこれからどうなるんだろうな」
「名を失うなど、大したことだと思いますが……」
「もう死んでんだし、関係ねぇだろ」
暗闇に目が慣れてきた私は、一緒に落ちて(?)いる相棒の顔が笑みを浮かべているのを知る。
まったくもって、こういうところが彼には敵わないと思ってしまう。
「何にせよ、これからもよろしくお願いします。相棒」
「おう、任せておけよ。相棒」
そうだ。それでいい。
きっと私たちはこれからも、共に過ごしていくのだろうから。
それから、落ちた先は文字通りの「地獄」で、私たちは慣れない文官のような仕事を数百年ほどやり続けた。
なぜ年数をボヤかしたのか、もちろん記憶が薄れるほどの激務だったからだ。
変化のない気候、常に様々な花が咲く庭、見たこともない動物、どこの国かよくわからない建物がある場所。
そこで「城」と呼ばれる建物の一室に、私たちはあてがわれた。
彼とは共に過ごしていこう……と言い合った仲とはいえ、ここまで長く一緒にいるとは思わなかった。
それが嫌というわけではないが、面白みがなくなるのではないだろうか、などと考えたりする。
つらつらと考えていると、彼が苦笑して言った。
『上も、俺とお前の二つで安定するって言ってたし、あんま気にすんなよ』
『そうですね。細かく考えてしまうのが私の悪い癖です』
『昔っから変わらねぇのな』
『貴方の能天気さも似たようなものですよ』
『違いない』
山のようになっている書類を片付けるのは、最初の数ヶ月で慣れた。なぜなら感覚で処理できるからだ。
あの『穴』に落ちる前に言われていた『三色』の意味が、仕事を進めていく上で分かった。
『これは貴方の配分ですね』
『また俺かよ。最近多くねぇか?』
『そっち系の感情が溜まっているのでしょうか』
『そっち系ってどっち系だよ』
眉間にシワを寄せた彼は、手渡された紙を摘んで後ろに投げる。
雑に扱っているように見えて、処理したものはすべて仕分けできているところが彼らしい。
『あいつら、俺らが死なないのを良いことにコキ使いやがって』
『私たちはまだまだ新人ですからね』
『千年単位で新人って言われてもよぉ……』
お互いの「周りにいる者たち」を思い出すだに、うんざりしてしまう。あれらは数千年は存在している、私たちとは別格の存在だ。一緒にされたくはない。
『そういえば、今度の休みに現世へ行けるようですが、どうします?』
『おっ、行こうぜ』
『そう言うと思っていました』
数百年ぶりの気まぐれだったと思う。
私も彼も移り変わりの激しい現世に、ほぼ興味を失っていたからだ。
しかし、この時の私たちを待っていたのは思いもよらない「見つけもの」。今の環境も、私たち自身も大きく変化していくこととなる。
それは私たちにとっての、運命。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回はアカガネさん視点の話です。




